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論考シリーズ | No.136 | 2023.6.23
アメリカ現状モニター

初等中等教育をめぐる文化戦争と2024年大統領選挙
―批判的人種理論、トランスジェンダー、マスク―

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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アメリカが直面する最も深刻な問題は何かを聞く世論調査が3月に行われた。第一位は経済で31%、第二位は民主制のあり方で20%、その後医療(9%)、移民(8%)、気候変動(8%)等が続き、教育は第九位で4%であった1。しかし、地方レベルでは公教育をめぐる政治的争いが激しくなっている2。さらに、2024年大統領選挙においても、特に共和党にとって教育政策は、勝利するために重要な争点になるのではないかという見方がある。

ヤンキンによる成功例

2021年に行われたバージニア州知事選挙で、共和党のグレン・ヤンキンが現職民主党知事を相手に勝利した際に、教育政策を最重要争点の一つに位置付けたことが、教育問題が注目を集める大きなきっかけになった3。彼は第一に批判的人種理論(Critical Race Theory: 略してCRTとも呼ばれる)が初等中等教育の中で教えられることについて反対した。
 

批判的人種理論は、人種差別や人種的バイアスが作り上げられたのは法的・社会的制度によるものであるという理論的枠組みのことをいう。そして、その制度は白人によって形成され維持されたものであるという考え方が前提になっている。2019年からニューヨーク・タイムズの特集企画として始まった「1619プロジェクト」は、初等中等教育の現場に批判的人種理論による教育を広める大きな契機になった。ここでの1619という数字は奴隷貿易が開始された年であるとされている。プロジェクト全体としては、奴隷制という観点からアメリカ史を修正することを目指す企画であった4。すなわち、建国の父から始まる白人によるアメリカ史を根本的に見直そうとする試みだった。
 

その中で白人は、人種差別を生み出し、法的、社会的制度に組み込んで維持してきた悪者として見られることは避けられない。それだけでも白人側は心理的な抑圧を感じることは容易に想像がつくが、さらにそのような白人によって作られた制度の中でも自分たちは恩恵を受けていないと認識する、特に中流階級以下に留まる白人たちもいる。そのような人たちにとってみると、この批判的人種理論はより受け入れ難いものになるだろう5。
 

批判的人種理論に加え、教育政策の争点としてヤンキンが強調したのが、公立学校におけるトランスジェンダーの子供への対応についてである。トランスジェンダーとは自認する性と身体的性とが異なっている状態をいう。そのような特徴を持つ子供に対して、ヤンキンは、特にトイレ、ロッカールーム、スポーツチームを取り上げ、トランスジェンダーの子供は身体的性に合わせるべきだと主張した。これは民主党の前知事の支持をもとに州議会で可決したトランスジェンダーの子供に対する権利保護法を覆すものであった6。
 

教育政策の三つ目の争点として、ヤンキンは州レベルでマスク着用を義務付けることへ反対する姿勢を強調した7。彼は、学区レベルで着用を義務付けすることは否定しないが、もし両親が希望するのであれば、それが免除されるべきだとした8。
 

ヤンキンは、教育問題の重要性を訴えながら、その中で、学校で何を教えるのか、子供がどのように自己定義をするのか、学校が子供に何を義務付けるのかについて、親がより影響力を持つべきであるという議論を展開することで、郊外に住む人々や無党派層を取り込んで当選を果たした9。

学校に対する両親の影響力を拡大すべきだという主張は、子供を学校に通わせずに、基本的に両親が管理する「ホームスクーリング」で義務教育を代替させることが全州で認められている、アメリカという国の文化においては、日本人が想像する以上に票を集められることは確かである。

2024年大統領選挙における教育政策の位置付け

ジョンズ・ホプキンス大学教授のアダム・シャインゲイト氏は、初等中等教育をめぐる政治的争いはCOVID-19によって新たな段階に入ったと以下のように指摘する。「これは文化戦争の一部であると言えますが、同時に、COVID-19によって新たに引き起こされた問題でもあると言えるでしょう。『ウォークネス(社会的正義を実現することへの高い意識)』を持った民主党支持者が彼らのアジェンダを子供に押し付けている、という言説に警戒心を持った人々に支持されることによって保守派がエネルギーを得ることになりました。・・・民主党は教員組合の圧力もあってコロナ禍で学校を長らく閉鎖することを支持し、再開後もマスク着用を強制しました。それが反発を生み、結果的に学校閉鎖やマスク義務化がもたらした効果については評価が分かれています。しかし民主党は自らのコロナ禍の対応に問題はなかったという姿勢を崩していません。その結果、高齢者の健康も大事だが、子供への教育も同様に重要であるということを民主党が軽視した、と多くの人に受け止められてしまいました10」。

しかし教育政策が共和党にとって選挙で勝利するための争点になるとは今のところは言えない。他の多くの政策分野と同様に、教育政策においても、共和党の予備選挙に勝利するために必要となる政策スタンスと、本選挙で民主党候補者相手に勝つために必要なものとは異なる。

共和党の予備選挙で勝利するためには、批判的人種理論への反対、トランスジェンダーの子供への不寛容性、教育現場への両親の影響力拡大への支持、においてより強く明確な姿勢を取ることが必要となる。しかし、本選挙で勝利するためには、敵対する政党からどの程度の票を剥がすことができるのか、そして無党派層からどの程度票を獲得することができるかが重要になる。

最近の世論調査によると、民主党支持者の中で、教育政策について自らの党を支持するのは88%であるのに対して、共和党支持者で自党の教育政策を支持するのは84%である。無党派層の中では、24%が民主党の教育政策を支持し、共和党支持の18%を上回っている。無党派層の49%はどちらの政党の教育政策も支持をしていない11。

選挙戦が今後進む中で、教育問題については激しい論戦が行われることが予想されるが、それが最終的に本選挙で共和党候補者をどの程度助けるかは分からない。コロナ禍における学校運営に対する不信感も、コロナ禍の収束とともに減じられていくことはあってもこれ以上に高まることは考えられない。何れにしても、2024年大統領選挙に向けて、教育政策をめぐって繰り広げられる議論の激しさに振り回されずに、論戦を冷静に分析する必要がある。

(了)

  1. Domenico Montanaro, “Poll: Dangers for both parties on the economy, crime and transgender rights,” NPR, March 29, 2023, <https://www.npr.org/2023/03/29/1166486046/poll-economy-inflation-transgender-rights-republicans-democrats-biden>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  2. Juan Perez Jr., “A new battleground: School chiefs,” Politico, September 14, 2022, <https://www.politico.com/news/2022/09/14/conservatives-superintendent-elections-2022-00056418>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  3. ヤンキンは2023年4月に大統領選挙キャンペーンを行わないことを表明したが、選挙資金ドナーから出馬への説得を受けていると報じられている。トランプとは距離をおいている政治家として知られ、さらに民主党と共和党の支持者数が拮抗しているいわゆる「パープル州」で勝利した実績があるため、トランプの起訴をめぐる動向との関係で、今後出馬するかどうかが注目されている。Julia Manchester, “Youngkin sends mixed signals on 2024 presidential run,” The Hill, May 25, 2023, <https://thehill.com/homenews/campaign/4019319-youngkin-sends-mixed-signals-on-2024-presidential-run/>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  4. 批判的人種理論が作られた背景について、それをめぐる政治的争いについては以下を参照。前嶋和弘「『批判的人種理論潰し』は、『第2のティーパーティー運動』になるのか」Yahoo News Japan、2021年10月18日、<https://news.yahoo.co.jp/byline/maeshimakazuhiro/20211018-00263644>(2023年6月19日参照)。(本文に戻る)
  5. 批判的人種理論は歴史のクラスのみならず、他の科目にもその内容が含まれていると主張される。一例として、算数の教科書をめぐる論争について以下を参照。Jay Croft and Steve Contorno, ”Florida releases 4 examples from math textbooks it rejected for public schools,” CNN, April 22, 2022, <https://www.cnn.com/2022/04/22/us/florida-math-textbooks-critical-race-theory-examples/index.html>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  6. Sarah Rankin, “Virginia governor seeks to roll back transgender student accommodations,” PBS, September 17, 2022, <https://www.pbs.org/newshour/politics/virginia-governor-seeks-to-roll-back-transgender-student-accommodations>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  7. Jackie DeFusco, “Youngkin won’t try to block local mask, vaccine mandates like other Republican governors,” ABC 8 News, November 15, 2021, <https://www.wric.com/news/yougkin-wont-try-to-block-local-mask-vaccine-mandates-like-other-republican-governors/>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  8. Dahlia Lithwick, “Virginia Schools Are Melting Down,” Slate, January 24, 2022, <https://slate.com/news-and-politics/2022/01/virginia-masks-schools-glenn-youngkin-chaos.html>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  9. Lexi Lonas, “Youngkin delivers on education campaign promises one year into governorship,” The Hill, October 11, 2022, < https://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/news/3679166-youngkin-delivers-on-education-campaign-promises-one-year-into-governorship/>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)
  10. Adam Sheingate氏への聞き取り調査(対面、2023年3月14日)。(本文に戻る)
  11. Rafael Bernal, “Poll: Plurality of independents don’t trust either party on education ,” The Hill, May 8, 2023, <https://thehill.com/homenews/education/3993655-poll-plurality-of-independents-dont-trust-either-party-on-education/>, accessed on June 19, 2023. (本文に戻る)

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