ロン・デサンティスと文化戦争―ディズニーとの対決は収束するのか?
西山 隆行
批判的人種理論批判と教科書検定
フロリダ州は2022年4月に54冊の算数の教科書の使用を許可しないと宣言した。米国には全国的な教科書検定制度は存在しておらず、公立学校での基礎教育のテキストは学校区単位で決定されるのが一般的だが、州政府が教科書の検定を行うことは可能である1。そしてフロリダ州が算数の教科書を不採用とする根拠としたのは、批判的人種理論(CRT)とコモン・コア、社会的・情動的学習(SEL)が組み込まれていたということである。
CRTとは、人種主義が単に個人的偏見の次元にとどまらず社会に体系的に組み込まれていることを指摘するものである。また、SELとは、自己理解、社会性、共感力、感情制御力などの育成のために行われるプログラムのことである。これらはリベラル派のなかでは非常に重要な理論や理念として高く評価されているが、保守派の間では批判が強まっている。算数の目的は計算ができるようになることであって、このようなものを算数の教科書に組み込むのは不適切だというのが批判派の論拠とされている。
では、具体的にはどのようなものがCRTとSELの例とされているのだろうか。近年の教科書では、学校での学びと日常生活を結びつけることで学習者の興味関心を増大させようとする試みが増えており、例えば「算数を使って考えよう」というコラムが教科書内に設けられていることがある。そのコラムで、白人人口が減少していることや、人種的プロファイリング、警察官の人種比率とコミュニティの人種比率との間にズレがあること、などを取り上げた表現が含まれることがある。警察官に呼び止められる可能性が黒人の場合は人口比に照らして高い、などという例が挙げられ、それは好ましくないとのニュアンスが伴っている場合もあるが、批判派はそれがCRTに該当すると主張している。また、女性の社会進出が進んでいないことを指摘した記述なども、同様の理由で不適切だとされている。
デサンティスが巧みなのは、このような問題について論じる際にも、伝統的な米国の文化や規範と関連させて議論を展開していることである。デサンティスは様々な場で、米国では人種などに関わらず十分に努力すれば成功することができるのだ、と指摘している。先ほど取り上げた例などは、黒人や女の子に「自分がどんなに頑張っても米国社会では成功が阻まれるのだ」という印象を与えて、アメリカン・ドリームに疑念を抱かせる可能性があるので不適切だという。米国では人種や性別を根拠として可能性が狭められることはないと子供たちに伝えるのが重要だ、とも指摘している。このような指摘は、共和党の政治家や保守派が人種や性差について指摘してきたことと同様のロジックに基づいているといえるだろう2。
人種や性差に関わらない記述についても、算数とは関係のない執筆者の個人的信念の表明だとして批判されているところもある。例えば、気候変動やワクチンに関する評価をめぐって保守派とリベラル派の間で議論が分かれているが、それらを例に挙げて説明している部分は、偏った政治的見解の表明だと指摘されている。デサンティスらは、テキストのそのような記述はCRTを用いてアメリカ社会を糾弾することを目的としており、SELはCRTを正当化するための隠れ蓑として用いられている、と指摘しているのである3。
最後に、コモン・コアとは、オバマ政権期に超党派的な合意を得て作成された教育上の評価基準である。米国では統一したカリキュラムが存在しないため、教育水準にばらつきがあった。英語と算数についてその平準化(あるいは最低限度の保証)を目指そうとしたものがコモン・コアであり、そのプログラムに参加するか否かは州政府の判断に委ねられた(そのため、参加は41州にとどまった)。コモン・コアを採用するか否かの判断は州政府に委ねられたにもかかわらず、保守派はそれを連邦政府の不当な権限拡大を象徴するものと位置付けており、2016年大統領選挙でもトランプがコモン・コアを強く批判していた。デサンティスも、フロリダ州の学校で使用されている教科書の幾つかがコモン・コアを基準として作成されているとして、批判しているのである。
教育は米国の文化戦争の最前線となっており、ここまでに紹介してきたデサンティスの立場は、いずれも共和党保守派の支持獲得を目指してとられたものだといえる。デサンティスが巧みなのは、自らの立場が米国の主流派の関心事に沿っているとの印象を与えるような議論を展開できるところである。デサンティスは実際にはイェール大学とハーヴァード大学ロースクールを出たエリートなのだが、そのような印象をあまり与えない。むしろ、自らを一般的な米国人と位置づけ、人びと、とりわけ子供たちを、米国の性格を変えようとする過激なリベラル派から守ろうとしているのだ、としている。
ディズニー社との対決①:「ゲイと言ってはいけない法」?「反グルーミング法」?
デサンティスは、フロリダ州がディズニー・ワールドに1967年から55年間認めてきた税制優遇措置と特別自治権を剥奪する州法に署名した。同法は、オレンジ郡とオシオラ郡内に設置され、ディズニーに自治権を与えているリーディ・クリーク改善地区を2023年6月1日に廃止することを定めたものである。なお、同地区内にはベイ・レイクとレイク・ブエナ・ビスタの2市があるが、両市に居住する人数は2020年の国勢調査によれば53名である。同地区でディズニー・ワールドは、消防や水、電力、ごみ収集、道路建設、緊急医療などのサービスを提供する代わりに、税制上の優遇措置を受けられる債券を発行し、施設整備に充てることが可能だった。それらの措置と権限を否定する法律が作られたのは、LGBTQに関する教育を制限した州法に、ウォルト・ディズニー社が反対したことへの報復が目的とみられている。
LGBTQに関する州法とは、小学校低学年までの子供に対して性的指向や性自認についての議論を学校の授業で行わないよう規定する法律(教育における親の権利法:the Parental Rights in Education law)であり、2022年3月にデサンティスの署名を得て成立した。同法は望まない教育を行った学校区を親が訴えることを認め、児童がメンタルヘルス関連のサービスを受けた場合に学校が親に通知するよう義務付けている。デサンティスは、「学校は子供たちに読み書きを教えなくてはならない。教師らは科学や歴史を教えなくてはならない。公民の授業も増やして、合衆国憲法についての理解を深める必要がある。我が国を特別な存在にする、あらゆる基本的な事柄を理解しなくてはならない」と発言している4。同法を反対派は「ゲイと言ってはいけない法案」と呼ぶが、デサンティスは記者会見時にその表現を使ったレポーターを、誤ったナラティブを作り出したとして強く批判している。また、デサンティス知事のクリスティーナ・プショー報道官は同法を反グルーミング法と呼んでいる(この表現を強く提唱しているのが、マンハッタン研究所のクリストファー・ルフォである)。なお、グルーミングとは、子供を性犯罪や人身売買の目的で、ネット等で誘い手懐けるというニュアンスがある。性的指向や性自認に関する教育を行うと、性犯罪を誘発する、というニュアンスが込められているのだろう。ディズニー社は後述の通りLGBTQを意識した作品を多く作るようになっていることもあり、デサンティスの方針と明確に対立しているのである。
リーディ・クリーク改善地区の地方債残高は現時点で約10億ドルで、毎年1億6,000万ドルの公共サービスを提供しているとされている。当該特区が廃止されると、その負担を誰が負うのかという問題が発生する。また、ディズニー社は6つのテーマパークと20以上のホテルを持ち、8万人の雇用を創出し、毎年数千万人の旅行者を集めている。デサンティスと州議会の決定は、結果的にフロリダ州民に負担を求めることになりかねない。
連邦制を採用する米国では州や地方政府は自主的に財源を確保する必要があるため、高額の納税を期待できる企業などに親和的な態度をとるのが一般的だとされている。企業も州政府との関係を良好に保って税法上の優遇措置を勝ち取りたいと考える傾向が強いが5、時折交渉のために他州への移動を仄めかして交渉することもある。今回の対立を受けてカリフォルニア州知事やコロラド州知事はディズニーが自州に来るべきだと発言するなどしているが6、ディズニー社ほど規模が大きくなってしまうと他州への移動は現実的でない。ディズニーは、当初同法成立過程で強い反対の意思を示さなかったと批判されたのをうけて同法を批判するようになった経緯もあり、急に立場を変える可能性は低い。来年6月の期限までにどのような交渉がなされるかは注目に値するといえよう。
ディズニー社との対決②:中絶問題をめぐって
ディズニー社とデサンティスら保守派の対立は、他の争点についても発生している。
フロリダ州は40年以上にわたり、州憲法のプライバシーに関する修正条項に基づいて中絶の権利を保護する立場をとってきた。中絶の権利を州憲法で保障している11州の1つだとされ、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)によると、同州の中絶率はイリノイ州、ニューヨーク州に次いで高い。世論調査でも州民の56%が中絶は合法であるべきだと回答している7。だが、同州議会は妊娠15週を超えた場合は強姦や近親相姦による妊娠も例外とせず、中絶を禁止する法案を通過させ8、デサンティス知事が4月に署名し、7月1日に施行される予定だった。
ロウ判決を覆したドブズ判決は、中絶を容認するか否かの判断を州政府が行うことを可能にしたため、同州法はフロリダ州で実質的に中絶を不可能にすると予想された。この法律についてフロリダ州の高裁は、伝統的な州憲法解釈を重視する立場から差し止め命令を出したが、共和党はその判決を覆すべく上訴している。
そしてディズニー社は、ドブズ判決を受けて、中絶を禁止する州に居住する自社の労働者が他州での中絶手術を希望する場合に支援する旨を表明している。同様の動きは全米の多くの大企業に広がっている。このような動きは、共和党や保守派からの反発を招いている。
ポピュリストはエスタブリッシュメントと対峙することで自らに注目を集めようとする傾向が強いが、米国のエスタブリッシュメントであるディズニー社との対立を演出するのは自らにとってプラスに働く、とデサンティスは考えているようである。ディズニー社はアメリカ文化を代表するものというイメージが強いが、保守派は同社が進歩的な立場をとっていることを根拠として、これまでも様々な批判を行ってきた。
例えば、1990年代にはディズニー・ワールドでゲイの日のイベントが行われたり(ただし主催者はディズニーではなかった)、同社がLGBTQの労働者のパートナーに医療給付を拡大したりしたことについて、南部バプテスト教会がディズニーに対するボイコットを呼びかけた。アメリカのポップカルチャーを代表するスパイダーマンに関しても、ディズニーはスパイダー・バースというアニメ作品を作り、様々な人種や民族、セクシュアリティの属性を持つスパイダーマンを登場させている。また、『アラビアン・ナイト』(千夜一夜物語)の中の有名な物語である「アラジンと魔法のランプ」を基にして2019年に作成された実写映画『アラジン』では、アラジンと出会った王女ジャスミンがいずれ王になることが当然のこととして想定されていたが、千夜一夜物語が作られた時代にはそのような想定は存在せず、現代のアメリカの規範に合わせて物語が作り直されたと批判されている。その他にも、ディズニーランドを訪れたゲストに対して長らく用いられてきた “Ladies and Gentlemen, Boys and Girls” (紳士淑女の皆さん、そして男の子と女の子たち)という呼びかけは、“Dreamers of all ages” (世代を超えて夢見る人々)という表現に改められた。ディズニー社によるこれらの判断について、保守派の間で不満が顕在化しているのである。
共和党と大企業の関係
伝統的に米国では大企業はビジネス志向の強い共和党と親和性が強いと指摘されてきた。だが、共和党が社会的争点で保守化する中、その方針に明確に反対する大企業が増えてきた。例えば、2021年には投票権の制限につながるとされたジョージア州の投票権法9に対し、ターゲットやマイクロソフト、アメリカン航空に加えて、アトランタに拠点を置くデルタ航空も反対の立場を示した。MLBも、同州で夏のオールスター・ゲームを行うのをやめた10。また、テキサス州の中絶禁止法に対してシティグループが、同州在住の労働者が他州で中絶手術を受けるのを支援する姿勢を示したことも注目された。
企業と共和党の対立が、どのような形で決着するかを予測するのは容易でない。トランプ政権の副大統領だったマイク・ペンスがインディアナ州知事を務めていた時には、同州の「信教の自由回復法」がLGBTQの人々への差別につながると、アップルやセールスフォースなどのテクノロジー関連業界から反発された。米国では宗教右派が、旧約聖書が同性愛を禁じているという解釈に基づいてLGBTQの人々を差別してきた経緯があり11、同法にもLGBTQに対する差別を正当化できる規定が含まれていたためである。インディアナ州商工会議所も反対の姿勢を示した。それを受けて、共和党多数議会は性的指向を根拠としてサービスを提供するのを拒否してはならない、という形で法律を修正した。ペンスも共和党も振り上げたこぶしを下げることで、企業との関係を保とうとしたのである。
だが、デサンティスは依然としてこぶしを振り上げたままであるし、ディズニー社も明確に対決姿勢を示している。2020年まで約15年間同社を率いたロバート・アイガーが2022年に最高経営責任者(CEO)に復帰した。気候変動や移民、LGBTQ問題に関心が強い穏健リベラル派で、信念に基づく政治的発言も積極的に行う同氏を復帰させたのは、単なる経営上の判断だけではないと噂されている12。大企業と共和党の関係はどうなっていくのか、今後の展開に注目したい。
(了)
- 学校区などの地方政府は、主権を持つ州政府が創設したものと法理論上位置づけられているため、上位にある州政府の決定が優位することになっている。(本文に戻る)
- トランプ政権期に国連大使を務め、デサンティスと同様に2024年大統領選挙の有力候補とされているニッキー・ヘイリーも、アメリカが人種差別主義的な国だと指摘するのが流行になっているがそれは誤りであり、偏見や困難に直面してもそれを乗り越えることが可能だと、米国に移民としてやってきた自らの親の例を挙げるなどしながら指摘している。(本文に戻る)
- CRT批判とLGBTQ教育に関してデサンティスに助言を与えている人物に、マンハッタン研究所のクリストファー・ルフォがいる。(本文に戻る)
- 「米フロリダ州知事、『ゲイと言ってはいけない』法案への支持を示唆」CNN、2022年2月8日、 <https://www.cnn.co.jp/usa/35183230.html>(2022年12月14日参照)。デサンティスはLGBTQの問題を取り上げる際に、全米大学体育協会の競泳女子の部門で優勝したトランスジェンダーのアスリートであるリア・トーマスの例を出すこともある。「もし男性が妊娠できるなどと言ったら、ちょっと待ってくれということになるだろう。でも、これがアメリカ中で起こっていることなんだ。三年間男性として水泳大会に出ていた人物が、女性になって優勝した、そして他の女性の機会を否定しているんだ」。(本文に戻る)
- ディズニー社はフロリダ州共和党に多額の献金を行っており、民主党はしばしば同社と共和党の関係を批判してきた。(本文に戻る)
- コロラド州知事のジャレッド・ポリスは、ミッキーとミニーに庇護を与えるとし、フロリダ州が民間部門に「権威主義的で社会主義的な攻撃」を行っていると批判している。なお、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムもコロラド州知事のポリスも、バイデンが2024年大統領選挙への出馬を見送った場合には、民主党の有力候補となるといわれている。(本文に戻る)
- “The State of Abortion and Contraception Attitudes in All 50 States,” PRRI, August 13, 2019, <https://www.prri.org/research/legal-in-most-cases-the-impact-of-the-abortion-debate-in-2019-america/>, accessed on December 14, 2022.(本文に戻る)
- 複数の医師が妊娠の継続が母体に深刻な危険をもたらすと判断した場合は、例外的に中絶が認められることもある。(本文に戻る)
- 米国では連邦の選挙に関しても、投票権の資格を定めるのは州政府である。連邦政府ができるのは、例えば、人種を根拠にして投票権を剥奪してはならない、ということを定めるのみであり、黒人に投票権を認めなければならない、という形で積極的に投票権を規定することはできない。1960年代以降に定められた投票権法で人種を根拠にした投票権の制限は禁じられているが、様々な州政府が「人種」という文言を使うことなく、黒人の投票権を実質的に制限しようと試みている。例えば、重罪の犯罪歴のある人は投票することができないと定めることで、マリファナ所持で捕まった人(圧倒的に黒人が多い)の投票権を剥奪することが行われている。また、公共機関が発行した写真付きの身分証明書を投票時に提示することを求める州が増えているが、貧困な黒人は運転免許証やパスポートを持っていない率が高いことから、実質的に投票権を剥奪されてしまう。(本文に戻る)
- MLBのこの決定に対しては、テキサス州選出のテッド・クルーズ、フロリダ州選出のマルコ・ルビオ、ミズーリ州選出のジョシュ・ホーリー、テネシー州選出のマーシャ・ブラックバーン、ユタ州選出のマイク・リーが、メジャーリーグはビジネスではなくスポーツという理由から反トラスト法の例外としていた措置をやめさせる対抗的な法案を提出した。だが、同法案は採決されなかった。(本文に戻る)
- 旧約聖書の中に、ソドムという街が神の怒りに触れて焼き滅ぼされたという記述がある。それは、ソドムで異性間以外の性行為が行われていたためだという解釈が有力となっている(英語で異性間以外の性行為をソドミーというのは、そのためである)。宗教右派はその記述を根拠に、神はLGBTを許容しないと主張している。米国におけるジェンダーとセクシュアリティをめぐる政治については、西山隆行「ジェンダーとセクシュアリティ」岡山裕・西山隆行編『アメリカの政治』(弘文堂、2019年)で解説している。(本文に戻る)
- Leigh Caldwell, “Is Disney CEO Iger On A Collision Course With Florida Gov. Ron DeSantis?” The Disney Food Blog, available online at <https://www.disneyfoodblog.com/2022/11/27/is-disney-ceo-iger-on-a-collision-course-with-florida-gov-ron-desantis/>, accessed on December 14, 2022.(本文に戻る)