2024年予備選挙目前報告②
民主党編:バイデン再選戦略:「トランプ頼み」の党内結束
渡辺 将人
2024年大統領選挙の予備選挙が「レイバー・デー」を経て本格的キックオフ
アメリカの9月第1月曜日は「レイバー・デー(労働者の日)」だ。政治的には「選挙の季節」キックオフの日でもある。本選挙年なら夏の党大会後、11月の投票前の本選挙のスタートを意味する。本選前年なら党員集会や予備選挙のキャンペーンの本格化の節目だ。労働者の祭典なので民主党側でのイベントが多いが、「レイバー・デー」の土日(レイバー・デー・ウィークエンド)は、共和党でも大統領候補だけでなく地方政治の候補者が顔見せをする政治イベントが目白押しになる。
今回、筆者は中西部のイリノイ州、アイオワ州を行脚し、久しぶりにアイオワのシーダーラピッズ空港から南下したジョンソン郡で民主党「レイバー・デー・ピクニック」に参加した。地方市議会や州議会の現役議員・候補者が、労働組合や地元民に挨拶回りする機会で、日本の盆踊りと同じドブ板の最前線である。中西部、南部、西部、ニューイングランド。どの地域でも現地の政党政治の息吹が伝わるので、この種のイベントには筆者は必ず顔を出すことにしている。ハンバーガー、ホットドック、ケーキ、サラダなどを持ち寄り、労組のメンバーが地方政党や議員と交流する。
ただ、民主党全国委員会のルールが厳格化し、アイオワ州での候補者支援活動が制限されたため、現地での民主党の正式なキャンペーンは抑制的だった。オバマ、ヒラリー、サンダースなど有力政治家訪問が風物詩だったカーニバルの「アイオア・ステートフェア」(2023年は8月中旬)にもバイデン大統領は欠席し、共和党と、民主党内で出馬する予定だったロバート・ケネディ・ジュニア候補にメディア報道枠の独占を許した。
しかし、「レイバー・デー・ピクニック」にはバイデンのサインを掲げる出店が候補者陣営不在のままボランティアにより設営された。「労働の祭典は民主党のイベントではないので規則の範疇外」と地元労組関係者は解釈したのだ。だが一方で、通常レイバー・デーでは地元議員や候補者が顔見せ演説を順にするところ、労組の功労者紹介に限定されるなどの配慮はあった。候補者演説会になればバイデンに触れざるを得ない。
興味深いのは組合の世代交代努力だ。加盟率も下がり中高年以上で高齢化著しい労組だが、新業種の参入でわずかながら「若手」の存在感が強まっている。目立ったのはスターバックス労働組合の活動家だ。スターバックスはアメリカでは環境保護問題への熱心な貢献で進歩的企業の評価が定着しているが、他方で経済格差問題や労働者、とりわけ自らの従業員には冷淡な企業としてリベラル派の批判を集めてきた。マイクを握ったアイオワ州スターバックスの従業員代表の若い女性活動家は、「執拗な組合潰しの嫌がらせの中、本部と闘争しています」と演説し、スターバックスには客としては縁が無さそうな年配の参加者から大喝采を浴びた。
トランプの話題は、こちらからビール片手に隣席で個別に聞き出さない限り一切出なかった。労組はトランプには微妙な感情を持っている。政権期間で実現しなかったもののインフラ投資を訴える「大きな政府」大統領のトランプは、「アイデンティティ政治」を重視する新世代左派より、はるかに労働者に親和性がある。自動車産業でガソリン車製造を続ける労働者はバイデン政権のEV車優遇に不安を募らせ、ガソリン車製造への擁護ポーズをとるトランプに心が揺れる。
中西部の地方議員を支援する労組は、民主党と名乗ることが票に悪影響を及ぼすとして無所属で出馬させる「仕込み」を余儀なくされているほどだ。もともと南部や中西部では、銃規制などの社会問題で保守性が強く、そうした地域の労働者層と民主党進歩派には深い断絶がある。人物としてのトランプを唾棄しても、トランプ政権の政策を頭ごなしに悪く言わない空気自体は激変していない。左派が統一的に足並みを揃えられない、アメリカのリベラル特有の分断の「壁」が燻る。
「争点はトランプ」:トランプ予備選勝利を祈る民主党
民主党内でかろうじてコンセンサスが得られているのは、人工妊娠中絶の問題が2024年にも引き続き重要になることだ。ロー対ウェイド判決が覆されることを現実視する民主党支持者はかつてほとんどいなかった。故にその反動の衝撃は小さくない。特別選挙や中間選挙から、人工妊娠中絶の問題は狭い意味でのフェミニストだけではなく広い範囲のリベラルな有権者、特に若年層と女性有権者の投票意識をかき立てることを民主党は学んだ。そこで共和党から郊外の穏健な女性票を引き離すことを主眼に、共和党内の分断を煽る戦略を押し出している。
バイデン大統領周辺から現場の民主党活動家まで、一貫しているのは「争点はトランプ」だという認識である。「トランプ政権の再来」への恐怖と嫌悪しか党をまとめられないほど、民主党内部にある本来の亀裂は深刻だからだ。2016年にサンダースを支持した多くの人々は、基本的にヒラリーを嫌っていた。2020年に彼らの多くが「ヒラリーでないなら」「バイデンが左傾化してサンダースの言いなりになってくれるなら」と条件付きで民主党に戻ってきて、バイデンに投票した。バイデン政権が左傾化を躊躇しないのは、2016年のヒラリー敗北の原因が、根本的にはトランプ台頭ではなくサンダース台頭の党内亀裂にあったことを骨身に沁みて学んだからだ。ブッシュ息子政権が実は「チェイニー政権」だったのとは違うアナロジーになるが、バイデン政権は「サンダース政権」でもある。
だがこれは、党内対話による双方の「歩み寄り」により実現した民主党結束ではなく、バイデン勝利と政権維持のための「渋々ながらの左傾化」なので、既存の民主党支持者と文化的に進歩度が高い「新世代左派」との緊張は癒える兆しがない。筆者は一触即発の気配を常に感じてきた。その亀裂を棚上げするための応急処置の特効薬が「トランプ」だった。バイデン政権はまたこの「反トランプ」という麻薬に安易に手を出そうとしている。
経済格差問題は党内対立の要因にはならない。亀裂があるのは文化的な問題だ。民主党旧穏健派や黒人の年配層にはLGBTQの権利を最優先課題にすることへの抵抗感は少なくない(黒人新世代は多様なセクシュアリティに寛容だが、もともと敬虔なクリスチャンでもある黒人層は年配を中心に必ずしも同性愛に両手をあげて賛同ではない)。今やリベラル系カトリックの方が黒人高齢者層よりも、文化争点では寛容であり、黒人内の年齢ギャップ、信仰ギャップは難題だ。
また、問題化しているのは警察の扱いだ。アメリカでは警察が人種的マイノリティを差別的に扱う歴史的現実があることは言うまでもないが、その怒りを人種差別そのものではなく、警察組織に向ける抗議が顕著化しており、これに対しての悪感情が党内で強まっている。「予算を剥奪せよ」(Defund the police)という抗議のフレーズに固執すると、「警察は要らない」というメッセージに転化しかねない。民主党の多くの支持者はこれを本心では支持していない。オフレコで党内への愚痴になれば、急進左派的な「ウォーク」への悪口が飛び出すのがここ数年の民主党リベラル派(穏健派ではないリベラル派である)の定番だが、警察をめぐる扱いは話題の中心だ。
例えば、2022年中間選挙で、アイオワ州議会上院議員選挙で象徴的な候補がいた。民主党現職ケビン・キニー議員である。キニー議員はアイオワ州上院で最後の農村地盤の民主党議員だった。元農家でもある。しかし、厄介なことに元警察官(副保安官)でもあった。大変尊敬されている実直な人物だったが、元警察の民主党議員、しかも白人であることは共和党に格好のネガティブ攻撃の材料を与えた。
共和党からは「元警察なのに警察の予算剥奪を訴える民主党のお仲間」、民主党左派からは「人種差別の温床の警察の人間で信用ならない」と、敵と身内の双方から叩かれる。分極化時代の民主党政治家として、検事や警察ほど損な前職スペックもない。ちなみにカマラ・ハリスを一部の左派が叩くのは、彼女が検事だったことも無関係ではない。
2020年民主党では誰もがバイデンはただの「代役」だと考えていた。トランプを倒すためだけに必要な要員である。無党派層や穏健派が支持できるのは、「旧来の左派」ではないバイデンだけだった。そこで「バイデン支持」の合理的な連合に各派が合意した。「バイデンが1期だけやり遂げれば、トランプは消え去り、2024年に再び民主党が世代交代の指名争いをすることになる」。そういう考えが民主党に蔓延していたのだ。だから、高齢で新鮮味のかけらもないバイデンでいいということだった。
「民主党のクエール副大統領」:ハリス副大統領への猛特訓?
ところがその後2つの異変が起きた。
「異変その1」は、米議会襲撃事件以後、トランプ支持運動が沈下することが予測されたものの、そうならなかったことだ。2022年中間選挙以後にトランプの影響力が共和党で低下するという観測も一部にあったが、トランプが支持した候補が多数負けたのは本選であって、共和党予備選挙ではトランプがお墨付きを与えた候補の勝率は圧倒的だった。決定的だったのは、トランプ自身の再出馬で、トランプが出ないことが前提だったデサンティスなど主要候補が出だしで霞んだ。トランプの性格を知り尽くしていたポンペオ元国務長官はトランプの勢いを横目で見てから出馬を断念した。
「異変その2」は、バイデンが再選を目指して出馬したことだ。民主党内にもバイデンが2期やるべきだと心から考えている人は少ない。バイデンには勇退してもらいたいと願い、「御大」に出馬を踏みとどまらせる工作がホワイトハウス内外で様々な形で展開していた。しかし、2022年中間選挙で善戦したことに加え、カマラ・ハリスへの禅譲問題に再びバイデン本人がこだわり始めてしまった。高齢の自分の身に何かあってもハリスにあとを譲れればそれで良いという開き直りすら醸し出す。
バイデンは史上初の女性副大統領を誕生させただけでは満足できなくなった。肝煎りで誕生させたこの副大統領に対する評価が最低水準だからだ。このままでは「間違った人事」としてむしろ汚点になる。ニクソン時代からホワイトハウスに出入りしている共和党重鎮は、「ハリスは民主党版のダン・クエールだ」と共和党のお荷物だった副大統領を比喩に用いた。クエールとは「単語の綴りを覚えられない」など、戦後でも有数の無能副大統領の一人と不名誉な評価を共和党内でも受けてきたブッシュ父政権の副大統領だ。それでも副大統領で、しかも1期で終わったことでさほどの実害がなかった。
マイノリティ女性の就任自体を「歴史」にするには、副大統領ではなく、大統領しかない。バイデンは再びそれにこだわりだした。バイデン周辺にはハリスを切り捨てて欲しいと願う向きもある。最高裁判事などの花道を空手形的に約束して1期で諦めてもらう方法だが、法律家としては最高裁判事の資質を欠く上に、黒人、アジア系、女性に誤解を与えることになる。バイデンが出るならば「バイデン=ハリス」の看板はおろせない。
バイデン政権として今後数ヶ月から1年の間に必要なことは、ハリスをある程度のレベルまで引き上げることだ。ハリスの大統領準備の猛特訓は「選挙」と「外交」の2方面で始まっている。
「選挙」では、若者との対話でのキャンペーン訓練だ。ハリスのコミュニケーションの問題は悪名高い「くすくす笑い」にあるのではなく、キャンペーンの組織運営と継続性にある。「投げ出しのハリス」の汚名を返上するために1つのプロジェクトをやり遂げさせる訓練が必要だとバイデン政権は考えた。
そこで、生殖をめぐる自由、銃犯罪からの安全、気候変動、投票権、LGBTQの権利、「焚書問題」など、若い進歩派有権者好みのイシューを詰め込んだ「大学ツアー」をハリスに任せることにした。バージニア、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ジョージア、ウィスコンシン、ネバダ、アリゾナの各州の大学で若者と語り合う「意見交換」の行脚だ。アイビーリーグや有名大学ではなく、コミュニティ・カレッジなどをあえて選んでいる。「名門」からはリベラル派の牙城、ウィスコンシン大学マディソン校が選抜された1。
一方、政策では「外交」の表舞台を担わされ始めた。皮切りは9月の東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会合へのバイデン大統領の代理出席だ。バイデンとしては「カマラへのいいリハビリ訓練」程度に思って送り込んだのだろうが、バイデン健康不安、ASEAN軽視など不評ばかりが目立ち、良かれと思って与えたチャンスでハリスにまたもや恥をかかせることになった。中南米の移民問題を良かれと思って担当させたときと同じパターンだ。こうなるとハリスの資質もさることながら、バイデンの部下へのチャンスの与え方、目立たせ方にも欠陥があると言えそうだ。
ホワイトハウスと外交政策の調整に勤しむ民主党下院外交委員会幹部が筆者に語った表現を借りれば、「ホワイトハウスのクローゼットに閉じ込め、隠していたハリスを、外交の表舞台に突然、放り込んだ」。外交現場としては、ウクライナと台湾と中東の3正面を抱える中で「迷惑」という言外の戸惑いもあるし、アジア太平洋の国々としては「この地域の外交を外交アマチュア副大統領の教習所にするな」という不満も当然だろう。
国内の「選挙特訓」はともかく、「外交特訓」は頓挫気味だ。ロシア、中国のフロントに続き、イスラエル情勢の緊迫化で、政権に副大統領の訓練をしている余裕がなくなったからだ。外交アマチュアの副大統領に練習ドリルを施すゆとりは今のバイデン政権にはない。口もきかなくなったというバイデンとハリスだが、以前からスタッフ間のいがみあいはもっと激しかった。僅かな発言ニュアンスが中東情勢や台湾情勢を左右しかねない中、リスクを取れない。アメリカの大学ではイスラエル情勢をめぐる学生デモも起きている。大学で学生に不規則発言で挑発され、外交で余計なことを言うのではないか、ホワイトハウスの安保チームはハラハラしている。安全なはずだった国内の大学生との対話が、イスラエル情勢でリスクに満ちたものに転換してしまった。共和党や党内敵対勢力にハリスに恥をかかせる質問者でも仕込まれ、しどろもどろをソーシャルメディアで拡散されたら、再起できない傷がつく。かといって、再びクローゼットに彼女を閉じ込めることもできない。
民主党女性政治家たちのハリス批判と世代交代問題
ハリスへの評価はジェンダーや人種マイノリティへの差別の文脈で検討することも大切だ。しかし、これまでの拙稿ハリス論(『ひらく』5号、『大統領の条件:アメリカの見えない人種ルールとオバマの前半生』、座談会「人工妊娠中絶のゆくえ」アメリカ学会『アメリカ研究』57号)でも縷々示唆したことであるが、米メディアやワシントンで広がる「ハリス批判」は、共和党や白人男性の差別主義者からのマイノリティいじめ、女性いじめだけでは必ずしも説明がつかない根深さがある。筆者はアメリカの政治を20年以上現場で観察しているが、人種マイノリティのしかも女性の政治家をここまで民主党のマイノリティや女性が擁護しない、むしろ厳しく批判する光景を初めて見た。
そこに垣間見えるのは、現存する資質上の問題と、キャリア的な偶然性への嫉妬の混成である。「ぽっと出」で副大統領に引き上げられた「棚ぼた」への嫉妬も皆無とは言えない。「優秀な女性」であることよりも人種的にマイノリティで女性であることが重要だと考えたバイデン陣営の「属性中心政治」への反発だ。とりわけ今のアメリカの女性政治家の地位を草分け時代から築いた大御所筋からの反発が顕著だ。ハリスへの批判的リークが民主内から、そして女性から出てくる根本原因でもある。
ハリス攻撃の隠れたオリジナルな主体の一つはエリザベス・ウォーレン支持の女性グループだった。そして実は彼女たちは「元ハリス支持者」でもあった。遡ること2020年予備選、初戦アイワオ州を前に支持者に挨拶もせずハリスが放り出す形で撤退した後、途方に暮れた女性や若者を中心にしたコアなハリス信奉者は、女性大統領の悲願のため大挙してウォーレン陣営に流れた。
アイオワ州でハリス陣営とウォーレン陣営に同時に出入りしていた筆者は、その現場に立ち会った。「女性大統領実現のために前を向いて頑張ろう」「気持ちを切り替えてエリザベスを応援しよう」「私たちに一言も理由を言わずに選挙を投げ出したカマラのことなんか忘れよう」。女性団体やアイオワ大学の若い学生たちは、皆そう励まし合っていた。筆者にアイオワ州で一番親切にしてくれたのはハリス陣営の若いスタッフたちだった。
ハリスが撤退した日、スタッフが涙を浮かべて待ち合わせ場所に現れた。筆者もそのスタッフに連れられて、いつもの事務所に駆けつけた。スタッフは指示を本部幹部に受けていなかった。報道情報だけで、有権者からの電話に追われていた。選挙は勝ち負けではない。撤退もある。心から尊敬できる人を応援し、その末に負けても爽やかな汗だ。だが、候補者の口からではなく、報道で撤退を知り、さらにハリスは初動に「雲隠れ」した。これが陣営内と応援団に深い心の傷を植え付けた。現場への説明などどうでもいい、という態度に見えたからだ。現場無視は有権者無視と同義だ。応援団の情熱が成仏できなくなる。政治家は「負け際」で評価される。言い換えれば、支持者の熱の成仏のさせ方で決まる。「また応援するよ」「頑張った」と喝采を受け、毎回泡沫なのに尊敬される候補もいる。
こうした経緯を目撃してきた筆者は、ワシントンでのハリス中傷の大半が元スタッフからのリークで、共和党ではないと聞いても驚かない。「難民」のハリス支持者を受け入れた側のウォーレン支持者もハリスに怒りを抱いている。政策でも人物でも全てウォーレンが優っていると信じ、2020年予備選ではサンダースと同等に競ったウォーレン陣営は、ハリス撤退で泣きじゃくる支持者を慰めて受け入れた「当事者」だけに、自分の支持者に説明責任を果たさないままにホワイトハウス入りしたハリスが心底許せない。「アイオワにもたどり着けなかったハリスが人種属性だけでバイデンに利用される形でVP(副大統領)になれた」というまるで怪文書のような口上の攻撃を左派メディアが広める気持ちは、一連の流れを現場で共にした筆者にはわからないではない。
つまり、この構図を理解しないと民主党の女性政治家内、左派内でのハリスの四面楚歌のマグニチュードがわからないのだ。これは「女性大統領が誰になるか」をめぐる民主党女性政治家の内紛でもある。大統領に王手をかけた政策力もある実力派の先輩女性政治家たち、その陣営と支持者の怨念は恐ろしい。
何よりウォーレン支持者だが、その背後には、大統領にあと一歩と期待されたヒラリー支持者という全米規模の女性層が控える。そしてハリスの地元カリフォルニア州の女性重鎮達だ。ナンシー・ペローシ前下院議長、ダイアン・ファインスタイン元上院議員、またバーバラ・ボクサー元上院議員の元スタッフや支持層は、自分の支持してきた重鎮政治家ですら副大統領になれなかったのに、カリフォルニア州の大物を差し置いて後輩分のハリスが女性初の大統領になるなんて、という感情を隠さない。このカリフォルニア州民主党政治の反ハリス色に便乗しているのが、ハリスの献金筋を根こそぎ奪っているギャビン・ニューサム知事だ。
ただ、長く政治家をしていれば経験が増すのは当然のことで、若い世代に道を譲らず引退する気配がない重鎮に、ハリスを批判する権利はないとの見方もある。女性連邦議員の草分けファインスタイン議員は9月末に現役議員のまま90歳で亡くなった。晩年の車椅子勤務は障がいを抱える政治家に希望も与えたが、現職の多忙さから離れ、大御所が人を育てる余生を送る必要性も問われる。ペローシ前下院議長も同様で、天安門事件以来のアジアの人権へのコミットは本物である一方、ライフワークの継承者を育てきれていない。台湾は「ポスト・ペローシ」探しに苦戦している。
しかし、「同胞」からの嫉妬は政治にはつきものだ。オバマは2000年連邦下院選のシカゴでの予備選敗北以来、黒人政治家に「あいつは十分に黒人ではない」と嫌がらせをされてきた。それを跳ね返すには実力しかない。政策ビジョンのアイデアの斬新さか、有能な側近とチームと経験による圧倒的な実行力か、そのどちらもない場合はグレート・コミュニケーターとして、一言の演説や握手で国民を魅了するカリスマか。オバマにはそれらがあった。アイデアもあったし側近やチームもいた。人柄やカリスマは賛否両論だが、演説はうまかった。ハリスはそのどれも突出していない。バイデンのハリスへの願いは、嫉妬する女性政治家の後援者集団を黙らせるだけの活躍に尽きる。
予備選挙中に、バイデン大統領にもしものことがあれば、「無風」だったはずの民主党予備選挙は突如として「政局」になる。「ハリスでは本選で勝てない」「ウクライナ、台湾、中東の三正面の危機の中、ハリスではとても最高司令官は務まらない」として、カリフォルニア州のニューサム知事、ミシガン州のホイットマー知事など進歩派や女性候補が続々と大統領候補に名乗りをあげるだろう。ディーン・フィリップス下院議員(ミネソタ州選出)がバイデンに挑戦する可能性を示唆している。また、上院再選に敗れる可能性があるジョー・マンチン上院議員(ウエスト・バージニア州選出)が再選を諦めてバイデンに挑戦する可能性も取り沙汰される。マンチン応援団は「彼ならおそらくバイデンに勝てるだろうし、本選でもトランプに勝てるかも」と意気軒昂だ。
サンダースを受け継ぐ新世代左派は、2024年は静かだ。第三候補を担いでバイデンに挑戦を企てなかった。しかし、この静けさは2028年に照準を絞った準備の証でもある。「オカシオ=コルテスは2028年には初回の出馬に挑戦してもおかしくない年齢だ」と考える人もいる。彼らはバイデンが選挙運動の継続が不可能となれば、ハリスの支援を放棄して自分たちのグループから進歩的な女性マイノリティ候補を立てるのか。ファンが盛り上げているミシェル・オバマ待望論も含めて、民主党の行末の全てはバイデン大統領の健康状態にかかっている。
民主党内の陳腐なジョークの種としてのトランプ国外リモート選挙説
民主党は、サンダース派の封じ込めにしても、ハリス擁護の気運醸成にしても、党内結束の全てが「トランプ政権が再来するぞ、大変だぞ」と唱え続けて恐怖を煽る「トランプ頼み」にあるだけに、トランプの動向には常に一喜一憂している。指名プロセスの後半でトランプの法的立場に異変があった場合への関心も強い。ジョージア州の裁判はスーパーチューズデーの前日に始まる予定で、この影響は不透明だ。
起訴されればされるほど、コアな支持者はトランプを応援したくなる。米リベラル・メディアはマー・ア・ラゴのトイレの機密文書の箱の写真が出た段階で「トランプは終わり」と論評したが、あの写真を見た支持者は「やはり俺たちのトランプ」と見直した。ワシントンをぶっ壊すために乗り込んだのに、4年間でエスタブリッシュメントに洗脳され取り込まれたかと不安視していた支持者は、トランプにワシントンの慣習も法律も無視してほしい、ただの元大統領におさまってほしくないと願っていた矢先の写真を見て、ちゃんと反逆的なことをしてくれていたと歓喜した。元々、コアな支持者の「非職業政治家のトランプ」への期待は、彼が普通のアメリカ大統領に丸くおさまらないことにある。
地方民主党で最近蔓延しているジョークがある。トランプが仮に収監される事態になれば、彼はそれを潔しとせず、その前に出国するだろうという予想だ。行き先はアメリカとの犯罪人引き渡し条約がないドバイのゴルフリゾート。リモートでドバイから選挙キャンペーンを展開するのでは、というジョークだ。再び大統領になれば、自分も含めて全員を赦免し、連邦政府全体を一掃するのがトランプ計画だという理解のもと、海外追放の憂き目にあった悲劇の「英雄」が、再びアメリカの頂点にカムバックする「一大物語」だ。
「私がアトランタの判事だったら、国外に出られないようにするため、まず彼のパスポートを取り上げる」と述べる民主党関係者らに、「リモート」で「ドバイ」といえば、日本の国会議員にもドバイから遠隔キャンペーンをして、ドバイ在住のまま国会議員を務めた人もいた、と話題提供した。すると、現場の全員が「そんな人が日本にいたのか?知らなかった!」と一心不乱にGoogle検索をしだし、「ほらみろ、そういう時代だ」「リモートでドバイから政治をする人間が出てくるぞ」と口走るので、これまた「例外的な事例」だと慌てて説明したのは言うまでもない。
バイデン陣営は「2024年の民主党の課題は、バイデン大統領の周囲に2008年のオバマ陣営レベルの興奮を作り出すこと」と勇ましいことを言うのだが、その興奮が「トランプ阻止」でしか生み出せなくても、「それはそれで仕方ない」と割り切っている。
イスラエル情勢をめぐるバイデン政権宛の左派嘆願書の2つの含意
2024年に大統領選挙に向けて、前向きなアジェンダは民主党内にも一向に見えない。そうした中で、ウクライナ支援では賛否が一部割れていた民主党左派が、イスラエル情勢では結束して政権に圧力をかけ始めていることも、バイデン政権に影を落とす。民間人保護や人道支援策をバイデン政権に下院議員55名の署名で要望を出したものだが、イスラエル支持一辺倒とは温度差のある立場である。ウクライナへの軍事支援に難色を示した最左派は、2022年中間選挙前にもバイデン政権に同じく停戦へのコミットメントなどを要望する嘆願書を出している。その際は、党内リベラル派にこの暴走を「左派内」で抑え込まれた2。今回はユダヤ系のリベラル派が最左派に合流した点が異なる。ウクライナ問題をめぐる嘆願のような妄動としては扱われていない3。
この55名の下院議員署名が、「イスラエルはレイシストの国」という問題発言で党内外で批判を浴びていた進歩派議連のパラミラ・ジャヤパルだけの呼びかけならば、極左の「反イスラエル」の衝動で片付けられただろう4。しかし、ユダヤ系重鎮級のシャコウスキーが嘆願の連名代表を引き受けたことで風向きが変わった。シャコウスキーはウクライナ支援派で、ウクライナの停戦交渉を求める平和主義者やジャヤパルらとは決裂状態だった。シャコウスキーはウクライナをめぐる進歩派議連の署名にも拒否し、今回9月のシカゴでの筆者との面会でも進歩派議連の外交政策に不満を隠さなかった。その後、イスラエル情勢が急転した。ウクライナ、中国、イランという下院外交委員会が筆者に暗黙に示唆していた「バイデン政権の3大外交問題」のうち、前2つが相対的に報道量でも党内議論でもいったん薄まり、このことが左派内の空気を変えつつあるのは事実だ。
そのため、今回の嘆願書は左派J-Street系のユダヤ系リベラル派の立場表明であると同時に、ウクライナ問題で分裂していた左派内の和解宣言という、二重の含意をもつ。バイデン政権には頭の痛い問題である。イスラエル支持での結束感では、むしろウクライナ支援賛否での党内分裂を修復しつつある共和党に反して、バイデン政権の足元を揺さぶる新たな分裂要因になりかねない。
しかし、J-Street系のユダヤ系リベラル派ほど不遇のポジションもない。AIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)系のユダヤ系右派や共和党からは常に「ユダヤ系のくせに」と批判され、他方で左派系マイノリティからは「ユダヤ系だからイスラエル擁護に違いない」と誤解を受ける。「板挟み」の宿命にある。パレスチナ支援を求める活動家がユダヤ系政治家に対しての抗議活動の動きを見せており、上記のシャコウスキー議員事務所が一時活動家に占拠される騒動も起きた5。州や選挙区にパレスチナ系やアラブ系有権者も抱えるユダヤ系政治家は、SNSの時代、対面集会ごとの八方美人だけでは乗り切れず、ニュアンス上の一言一句が命取りになりかねない微妙な舵取りを迫られている。
これらのイスラエル情勢の影響と共和党側の動向については次稿にて言及する。
(了)
- The White House, “Vice President Harris Launches Nationwide “Fight for Our Freedoms College Tour” to Mobilize Students and Young People in the Fight for Their Rights,” September 7, 2023, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/09/07/vice-president-harris-launches-nationwide-fight-for-our-freedoms-college-tour-to-mobilize-students-and-young-people-in-the-fight-for-their-rights/> accessed on October 23.(本文に戻る)
- 渡辺将人「米民主党『ウクライナ支援論争』が露わにした『内部対立』と『リベラル版・非介入主義』」Foresight、2022年11月2日、<https://www.fsight.jp/articles/-/49284>(2022年10月23日)(本文に戻る)
- Julia Mueller, “Progressive lawmakers put pressure on Biden over Israel’s response in Gaza,” The Hill, October 13, 2023, <https://thehill.com/homenews/house/4254974-jayapal-biden-progressives-israel-hamas-humanitarian-relief/> accessed on October 23, 2023; “Schakowsky, Pocan, Jayapal, McGovern Lead 55 Members in Letter Condemning Hamas Attacks, Urging Protection of Innocent Civilian Lives,” Pramia Jayapal, October 13, 2023, <https://jayapal.house.gov/2023/10/13/schakowsky-pocan-jayapal-mcgovern-lead-55-members-in-letter-condemning-hamas-attacks-urging-protection-of-innocent-civilian-lives/> accessed on October 23, 2023.(本文に戻る)
- Jack Forrest and Philip Wang, “Top House Democrats rebuke Jayapal comments that Israel is a ‘racist state’ as she tries to walk them back,” CNN, July 16, 2023, <https://edition.cnn.com/2023/07/16/politics/pramila-jayapal-israel-netroots-nation/index.html> accessed on October 23, 2023.(本文に戻る)
- “Pro-Palestinian protesters stage sit-in at IL US Rep. Jan Schakowsky's Skokie office,” ABC News, October 20, 2023, <https://abc7chicago.com/israel-hamas-gaza-jan-schakowsky/13941915/> accessed on October 23, 2023.(本文に戻る)