2024年予備選挙目前報告④
共和党編その2:大統領経験者としてのトランプと共和党候補者たち
渡辺 将人
再出馬トランプは「準現職大統領」候補:共和党予備選のハードル
2024年選挙の共和党レースはトランプ出馬で激変した。トランプの特徴は「準現職」候補ということだ。再選を目指す現職大統領ではないが、直近の前大統領で「一度大統領に当選した実績」「大統領職をやり遂げた統治経験」を有する。再選に失敗した「1期大統領」が再び敗北直後の大統領選挙に挑戦する事態になっている。
実は敗退した元大統領が、再び大統領職を得ようとすることは歴史的に珍しいことではない。第8代マーティン・ヴァン・ビューレン、第13代ミラード・フィルモア、第18代ユリシーズ・グラント、第26代セオドア・ローズベルトが挑戦している。しかし、いずれも大統領職に返り咲くことに失敗。成功例は第22代と第24代のグロバー・クリーブランドだ。クリーブランドは1884年の大統領選で勝利して1期務めるが、1888年選挙で敗北。しかし、1892年の選挙で見事に復活し、第23代を挟んで「飛び石」で2回大統領を務めている。
再出馬自体がクレイジーな行為かのように思われがちだが、制度的にも歴史的にもアメリカの元大統領が再出馬すること自体は前例があり、変なことではない。ただ、クリーブランドは民主党だったし、再選に失敗した1888年も一般投票では敵陣営を上回った。トランプをクリーブランドの再来と言うのは言い過ぎだろう。また、クリーブランドは初回の当選が47歳、再選が55歳でトランプより若かった(無論、1880年代と医療技術や平均寿命も変化した現代の年齢を比較しても意味はないが)。重要なのは「準現職」に挑戦する予備選の異質さだ。共和党は現職大統領政党側でないのにオープンな戦いになっていない。仮にトランプが本選を勝ち上がり、バイデンに挑戦者が出なければ、大統領経験がある者同士の「準現職」と「現職」の争いというレアな事態になる。
「国際主義」vs.「非介入主義」の踏み絵
多くの共和党筋が認める現実性のある候補は、デサンティス、ヘイリー、スコットに絞られている。トランプ政権で副大統領を務めたペンスは宗教保守としてアイオワで優位性がある上に外交でも政策的に一貫性のある主張をしてきたが、トランプ支持者には「裏切り者」扱いされて芽はなくなり撤退を表明した。
重要なことは前稿で紹介した4派対話で主流派のA氏が述べるように、現在の共和党では「海外介入」の是非が踏み絵になっていて、介入を是とする「国際主義者」と「非介入論者」(必ずしも孤立主義ではない)とに分類され、前者は勝ちにくい状況だ。ブッシュやロムニーのような国際主義者は今の「トランプ党」の共和党では勝てないとも言われる。ちなみに最も中国に厳しい候補はニッキー・ヘイリーで、中国人の土地購入を法規制する案は党内の対中強硬派に評価されている。ヘイリーは弁舌も鮮やかでディベートでは常に評価が高い。しかし、ヘイリーも国際主義者である。「非介入主義者で愛国心を示すキリスト教徒」が理想の候補像とされる中、イスラエルを支持することと、対テロ戦争を含めて戦争でアメリカが当事者として自軍の戦死者を許容することは別問題だ、という態度を求められる。トランプ、ラマスワミ、デサンティスが非介入主義者だ。
このうちデサンティスは海軍で青銅星章を授けられていて安保にタフな姿勢が売りだが、ウクライナについて「ロシアとウクライナは領土問題で争っている」と述べるなど根本的には外交を苦手としていてる。同じフロリダ州のルビオ上院議員のようにアジア通で日米同盟重視派でもない。ディベートでは冷淡で「ロボット」と酷評されるが、「ロボット」批判は共和党ではいつものこと。これまで指名を獲得してきたマケイン、ロムニーなどいずれも「ロボット」の称号を得てきた。通過儀礼のようなものだ。
州知事が強いのは統治者として「自分の国」の現場を持つ点だ。自州がハリケーンなどの災害や何かの問題に襲われたときに、リーダーシップを示して人気を底上げできる。一国一城の主ではない上院議員にはそれはできない。だが、現時点でデサンティスがこの優位性をフル活用できているとも思えない。そもそもデサンティスの価値は、ミニトランプとして、トランプから問題を取り除いて、しかしトランプ支持者にアピールする「トランプ代替」だった。本物のトランプが出馬することになり、その時点でその価値が半減してしまった。攻撃しないとトランプと差別化できないが、トランプを攻撃しすぎるとトランプ支持者を遠ざけるジレンマがある。
共和党のマイノリティ候補たち
ヴィヴェック・ラマスワミへの評価はオンレコとオフレコで評価が割れる。オンレコでは「若くて勢いがある」との高評価が多く、型破りな経営者像で「共和党版のアンドリュー・ヤン」と称される。アイデア豊富で頭脳明晰、との褒め言葉の美辞麗句が並ぶが、オフレコでは「どうせ勝てない」と一刀両断にされる。ラマスワミの勝利の可能性に触れる共和党関係者はどの流派にもいない。莫大な私財を湯水のように注ぎ込んでのキャンペーン効果で3位にはなれても「彼はまだ準備ができていない」との評価は覆せていない。
ラマスワミは、2016年大統領選挙で予備選に名乗りをあげた元ルイジアナ州知事のボビー・ジンダルと同様にインド系でもある。ハリスといい、ヘイリーといい、インド系は超党派で米政界に根付きつつあり、「初のアジア系大統領」は東アジア系ではなく南アジア系の可能性の方が高いだろう。ただ、「インド系」というエスニシティに引きずられて、ジンダルやヘイリーとラマスワミを同一視するのも禁物だ。筆者は2016年大統領選挙でジンダルに単独会見したことがあるが、付け焼き刃の知識でも日米関係の価値を強調する姿勢には好感が持てた。だが、ラマスワミの政策上の支離滅裂さには共和党内も辛口だ。イスラエル支持でも迷走していて不信感を持たれており、「民主党のブティジェッジのような存在。新鮮で人を興奮させても結局のところ芯や経験がない」と酷評されている。
マイノリティといえばサウスカロライナ州選出の上院議員で黒人のティム・スコットの方が総合的な評価が高い。人格が素晴らしく悪くいう人がいない。前向きで明るい性格であり、一部では「ブラック・ジャック・ケンプ」だと称されている。ケンプ下院議員の元側近スタッフの一人がスコットの能力に惚れ込み、フロリダ州の弁護士業を辞してまでスコット事務所を支えているが、彼がこの異名をワシントンで広めた。ケンプはサプライサイドの経済政策で保守派に期待された一方、社会政策では穏健派でマイノリティに優しく、元アメフト選手のセレブリティでもあった。そのケンプの「生まれ変わり」のように言われることは、共和党では大変に名誉なことなのだ。副大統領候補の射程内に入る。
民主党はスコットを警戒している。誰かしら黒人が予備選に一人は出ていることが、「マイノリティ差別をしない」という共和党のアピールのやり口だと民主党は批判する。2016年選挙で共和党注目候補の一人だったベン・カーソンも黒人だった。民主党からすれば、スコットも共和党の「人種差別をしていない」建前に利用されている、と主張するかもしれないが、「黒人を全国区の大統領選挙のチケットに起用するぐらいのサプライズには共和党も耐性ができている」との見方も少なくない。女性や黒人が副大統領候補になると、民主党は共和党に差別放任の政党というレッテル貼りができなくなり戦いにくくはなる。ヘイリーは女性でインド系だがどちらの属性も殊更には「売り」にしていない。それが属性で人を区別しない共和党流なのだという別のアピールだ。共和党各派にマイノリティの候補の可能性を聞くと必ず、「マイノリティかどうかで私たちは考えない。優秀で指導力がある人を選びたいだけだ」と叱られる。ヘイリーに関しても「女性」「インド系」は陣営にも共和党関係者にも地雷のワードだ。
「良い候補者」でもトランプに勝てない論理
共和党の問題は必ずしも人材不足ではない。バージニア州知事のグレン・ヤンキンのような中道派にはチャンスはある。州としては相当に地味なサウスダコタ州知事のクリスティ・ノームなども、かなりの注目を集めている。良い候補者は何人もいる。ただその「良い候補者」がトランプに勝てない “だけ”だ。共和党穏健派の重鎮の言葉を借りれば、「トランプは良い候補者ではないし、必ずしも悪い候補者でもないが、共和党が立てる最高の候補者ではない」。前稿でB氏が言う本選で民主党を利する問題だ。2020年のバイデン勝利はトランプ反対票の勢いのおかげだった。
「共和党にはトランプを快く思っていない共和党支持者も相当数いる。バイデンは無能かもしれないが害はない。トランプは別の意味で有害な人物と見ている人も私の周りにはいる。みな肩をすくめて、バイデンはあまり好きではないが、トランプよりはマシだと。だが、バイデンが任期を全うできなかったらどうなる?ハリス大統領になる。それは困る。無党派や中道寄りの共和党はバイデンならまあ良くても、ハリスはまっぴらだと思う」
共和党もバイデンがマイノリティの副大統領を切り捨てれられないと知っている。だから「バイデン政権がもう1期続くと、ハリス政権誕生の危険性がさらに増える」という、ハリス嫌悪を利用したキャンペーンのメッセージを練り込んでいる。これは強力である。まるで民主党が予備選勝利はトランプでいいと願っているのと同じだ。バイデン周辺が最後までバイデンに再出馬しないで欲しいと願った裏の理由は、バイデンが出馬してしまうとハリスもセットになるという問題だった。別の候補になれば副大統領候補もシャッフルできた。
共和党の副大統領候補はどうなるだろうか。「大統領を一度経験したトランプ」と、「未経験のトランプ」は違う。トランプは2016年に副大統領候補にペンスというワシントンに慣れている人間をあえて選んだ。トランプが今回同じような人物を選ぶ必要性はない。ヘイリーと並んで対中強硬論のペンスは外交での期待も高かったが、トランプ出馬で共和党では過去の人、不遇の人の扱いだ。トランプに近づくと不幸になるというジンクスもワシントンでは定説になりつつある。「誰が彼(トランプ)のために働きたがるのか?」という問題だ。「政権に参加すると傷を負う。ティラーソン、マティス将軍。かわいそうなのはジェフ・セッションズだ。トランプと深く関わって無傷なのはポンペオぐらいだ」(保守系メディア記者)。
「トランプは自分と対立する人間が嫌いなだけ」と言われるが、この心理を知り尽くして身を引いたのがポンペオだ。トランプ政権の再来なら国防長官が噂される。大した立ち回りだ。トランプは徹底して自分に忠誠を誓う人を求める。逆にこれで地雷を踏んだのがアイオワ州の女性州知事のキム・レイノルズだ。トランプは自分を支持しないことでレイノルズを散々批判している。州知事周辺談では、民主党の予備選改革が思わぬ間接的な影響を与えているようだ。レイノルズは「私たちは党員集会の州で、最初の州であり、すべての候補者を歓迎したい」という建前を貫いているからだ。
特に今回は民主党がアイオワ州を見捨てたことが共和党内にプレッシャーを生んでいる。アイオワ州共和党がその初戦州の地位を維持するには、滞りない運営を達成する必要性がある。レイノルズは中立の立場を保ちつつ、共和党では生き残ったアイオワ州党員集会の宣伝のため積極的にメディアに出ている。もしレイノルズがトランプ支持を表明すれば「アイオワは州政府をあげてトランプ贔屓」となり、他の候補者がイベントをボイコットする可能性がある。結果、党員集会が消滅してしまう。だから、候補者全員が参加できる機会作りに専心することが優先なのだ。しかし結果的にレイノルズは、トランプの圧力に屈しなかったという印象を党内に与えており、デサンティスや他の候補者が指名を獲得した場合は、副大統領候補に一気に浮上すると見られている。
第3候補問題、民主党「Xデー政局」、獄中の大統領の可能性?
最後に言及しておくべきは、リバタリアンに妙に好かれているロバート・ケネディ・ジュニアである。ケネディは民主党で「反バイデン」票の受け皿になっていた。しかし、彼がケネディ一族に勘当同然の扱いをされていることもまた事実だ。ケネディ家の威光にサビつきがでたという面もあるが、そもそもケネディ家が彼をまともなケネディとみなしていないという事実を民主党支持層に晒されたことが痛手となり、ロバート・ケネディ・ジュニアは民主党では挑戦者として勢力を拡大できなかった。「ケネディ一族が認めないケネディなど真のケネディではない」と、ケネディ信奉者ほど初期段階で彼を見限った。「ケネディなのに人気がない」のではなく「ケネディという名家」があまりに個性的な主義主張を展開する上ではしがらみになった逆説性である。保守系テレビに多く出演し「反バイデン」で保守系に理解者を広げ、反ワクチンで共和党の一部に興味を持たれている。主張は個性的だが演説やインタビューが苦手で、アイオワ州ステートフェアでの地元局のインタビューでは、ケネディが有名人だと気付かずに通り過ぎる通行人の姿込みの映像が流れ、まるでテレビ局によるネガティブキャンペーンになり、ケネディ支持者が怒りを爆発させていた。
他の民主党内候補はどうだろうか。ベストセラー作家のマリアン・ウィリアムソンはケネディとセットで論じられていたので、ケネディが民主党予備選から追い出されたことでより泡沫扱いが増してしまった。ミネソタ州選出下院議員のディーン・フィリップスは出馬を表明したが、穏健派で左派の受け皿にはならない。イスラエル支持色も強く進歩派議連とも足並みが揃わない。もし、バイデンが選挙を続けられなくなったら、カリフォルニア州知事(ニューサム)、ミシガン州知事(ホイットマー)、ペンシルバニア州知事(シャピロ)らの名前が下馬評に上がる。特にシャピロは当選してまだ1年も経っていないが「初のユダヤ系大統領」の呼び声が高い。しかし、今、民主党でユダヤ系の候補になることはイスラエル情勢に鑑みるとセンシティブな問題となってしまった。ユダヤ系の政治家が資金力も能力もあるのに上院議員や州知事以上にはなかなか進出しなかったのは差別の問題もさることながら、イスラエルをめぐる外交で距離の舵取りをしにくい問題と無縁ではない。大統領本人がユダヤ系であることは、外交上は利点よりも窮屈さを生みかねないからだ。その分、2000年大統領選挙でアル・ゴアの副大統領候補として初のユダヤ系ホワイトハウス入りに王手をかけたリーバーマンの雪辱を晴らして欲しいとシャピロに期待する声もある。
共和党に話を戻す。共和党の事情通の全員がトランプ勝利を予想しているわけではない。筆者が長年信頼しているワシントンの共和党主流派の重鎮は「自分は党内では少数派であることは承知の上だが、トランプは勝てない」と予言する。理由は訴追だという。トランプ支持者は喜んでいるが、一般の共和党支持者や無党派層の間ではこれがじきに問題になるとの見立てだ。「4件の起訴、91件の訴追に人々は少しうんざりしている」。
もちろん、アメリカの有権者が刑務所に入る政治家にも投票する前歴はある。1910年代から1940年代にかけてボストン政治を支配した民主党のジェームズ・マイケル・カーリー市長は絵に描いたような悪党で、市長時代に郵便詐欺で実刑判決を受けて収監されたが、収監後も代理人を置いて獄中から市長を務めた。出所して戻ってくると英雄的な歓迎を受けた。近年ではワシントンDC市長を長く務めた黒人市長のマリオン・バリーがいる。1990年にコカイン使用でFBIに逮捕され、連邦刑務所に短期間収監される。刑務所では素行がよかったとはいえず性的虐待の加害の罪にも問われた。この人物、なんと出所してから市長に返り咲いた上に、市議会議員まで務めた。熱烈に市民に愛されていた。出所後最初のキャンペーンのスローガンは「完璧な人物ではないかもしれないが、ワシントンには完璧だ」。倫理的な評価は度外視で、地元の利益になる人ならそれでいいという有権者心理は、市長レベルでは働くこともある。これが大統領職に拡大すれば、アメリカの獄中政治家の足跡にも新たな一歩だ。ドバイからのリモート選挙もあながち民主党の筋の悪いジョークと言ってられない(報告2)。
共和党内には、真の共和党支持者こそ議会多数派維持と共和党政策実現のために「ネバー・トランプ派」になり、トランプ個人が好きなだけなのは本当の保守主義者や共和党支持者ではないという「正論」もある。いずれにせよ、そうした内部対立を越えて目先の選挙に勝つための動員には、(民主党にとってのトランプのように)共和党にも憎悪対象が必要だ。2020年のバイデンは2016年のヒラリーに比べると悪魔化するアンチ対象としては中途半端で存在感が弱かった。副大統領候補にハリスが選ばれたことで彼女は格好の餌食となった。
2024年のバイデンはウクライナ、中国に加えて中東問題を抱え込んだ。民主党左派には政権の対イスラエル政策に不満の声が拡大し、党内分断を助長している。バイデン政権がこれを完全に無視すれば、予備選でサンダース派の擁立を招きこむ。外交3正面は今のアメリカには厳しい。暫定的に手打ち可能なのはイスラエルでもロシアでもなく中国である。とはいえ、米中接近が過度になれば、共和党はいよいよバイデン外交を叩きやすくなる。そして高齢のバイデンが十分な指導力を発揮できなくなった場合に現実感を増す「ハリス政権」への恐怖を煽る。また、民主党究極の追い風カード「トランプ再来」への恐怖は、トランプが予備選に勝利した場合にしか通用しない。万が一、トランプが指名獲得できない展開になれば民主党は結束力を瞬時に失いかねない。
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(了)