議会の過激な対中強硬シフトを懸念するワシントンの専門家
渡部 恒雄
ケビン・マッカーシー下院議長が、台湾側の要請を受け、中国側の厳しい反発が予想される台湾訪問を避けて、カリフォルニアで会見をする、という方向に動いていることが報道された。これは、中国側を不要に刺激して、台湾の安全保障リスクを上げることを懸念する台湾側から働きかけられたようだ1。おそらく、ワシントンにおいても、この決定に安堵している専門家は多いはずだ。ワシントンにおいては、日本で想像するよりもはるかに「政治主導」の対中強硬姿勢への傾斜が強まっているからだ。米国の対中競争政策には超党派の合意はあるが、与野党で競争的に動いている議会では対中姿勢がますます強硬な方向に傾き、バイデン政権はそれに引きずられている。一方、一定の距離を置いてこれらの動きを懸念するシンクタンクや大学の専門家がいる。
下院の対中戦略競争特別委員会による初の公聴会
2月28日、今年から下院に設置された「米国と中国共産党の戦略的競争に関する特別委員会」が最初の公聴会を開いた。この委員会は超党派の合意による投票で設置され、共和党13名、民主党11名で構成され、法案は作成せずに、米中間の問題について注意喚起を促して法案への提言を行う委員会とされている。したがって、台湾支援についても、提言は行うが、法案を提出するものではない。
人権問題に焦点を当てた最初の公聴会には、トランプ政権のマクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官やポッティンジャー元国家安全保障担当大統領副補佐官らが出席して証言した。これらの専門家からは、中国への安全保障上の懸念を裏付ける証言を得られ、また同時に中国との戦争を避けるために抑止力を積み上げるべきことや、中国系アメリカ人への差別や暴力などを懸念する声も挙がった。
共和党のギャラガー委員長の、「これは礼儀正しいテニスの試合ではない。21世紀に我々の生活がどうなるか、という生存のかかった闘いであり、我々の最も基本的な自由が試されている」という発言に見られるように、中国との競争が避けられないという点について妥協のないものであった2。
しかし同時に、安全保障専門家は、単なる対中強硬ではなく、現実主義的な視点を議会に提供した。マクマスター元大統領補佐官は、ウクライナでの経験からの教訓として、米国が自身の防衛力への投資が少なかったと証言し、昨年2月23日より前にウクライナの防衛力を強化していれば、ロシアの侵略を抑止できたかもしれないとして、戦争を抑止するほうが実際に戦うよりもはるかにコストが安いため、台湾や日本の防衛力強化を援助すべきだとして、台湾がすでに購入している190億ドルの武器と弾薬を届けることを優先すべきだと証言した3。
ポッティンジャー元大統領副補佐官は、米国が民主主義と主権を守るために重要な超党派の働きとして、議会が心に留めるべきことについて、中国系アメリカ人が米国内で偏見や差別に対して彼らの権利を守るべきことと、米国内に滞在する中国人の自由を守ることに触れ、中国国内では抑圧が進む中、アメリカ流の生活が中国での生活とは違うということを実感させるようにすべきだと証言した。また中国政府とのハイレベルのコミュニケーションチャンネルを維持することも提言した。これは、プーチン大統領という同じように長期独裁政権にある指導者が犯した計算違いに、習近平主席が陥らないようにすべきという理由からだ4。
トランプ前政権のNSCトップ二人の証言は、中国に対して厳しいものであるが、同時に、中国との競争が長期化することを前提に、中国との不要な軍事対立を避けようとする現実的なアプローチが見て取れる。中国側の厳しい対抗政策に、米国側も同じように反応して対立激化のスパイラルに陥り、不要な米中紛争に陥ることを避けよう、という冷戦時代の米国の対ソ姿勢にも通じる、「競争の管理」ともいうべき考え方を反映しているように思われる。
民主党の筆頭委員(ランキングメンバー)のラジャ・クリシュナムルティ下院議員(昨年のペロシ下院議長訪台にも同行した)は、米国は中国との対立を求めているのではなく、中国政府の敵対的行為を防ぐために行動しているとして「我々は、冷戦も、熱戦も、戦争も望んでいない」とし、「平和の持続を求めており、そのためにも侵略行為を抑止しなければならない」と発言している5。
米中競争が後戻りできない対立スパイラルに陥るリスクへの恐怖
筆者は、昨年11月、12月にワシントンとボストンを訪問して、東アジアの安全保障専門家の話を聞いたが、そこで印象的だったのは、対中強硬が、超党派の政治的な合意となりつつある中で、米中の競争関係がアンコントロールに陥り、米中双方が望まない形で、軍事衝突にまでつながりかねないという懸念だった。
これらの問題意識は、ワシントンの専門家による以下のような論説に反映されていると思われる。フォーリン・ポリシー誌のウェブサイトに3月8日付で掲載されたジェシカ・チェン・ワイズ前国務省政策企画スタッフへのインタビュー記事“Is America’s China Policy Too Hawkish?” (「アメリカの中国政策はタカ派過ぎるか?」)では、彼女の問題意識が明確にされている。彼女の懸念によれば、米国内には二つの動きがあるという。一つは中国に競争で勝ち、打ち負かそうというグループで、もう一つは、何のために、何を達成するために対中競争政策を行うかを問い続けるグループで、現在は、前者が後者よりも勢いがあり、それにより米国が構想している将来の総合的なビジョンが見えなくなっていると指摘する6。
ワイズは、バイデン政権の中国に対する戦略について、国内の支持を得るために投資すること、同盟国とパートナー国と連携することという点では合格点を与えているが、中国との競争については、対立回避と国際秩序維持の方向性を出すべきだとしている。
米中の競争的態度は過剰かという質問に対して、ワイズはそうだと答え、米中両国が世界中でお互いを妨害する行為をしている状況が問題だとしている。中国共産党は、米国は中国を封じ込めようとしており、そのために台湾を利用して、中国共産党を弱体化させようとしていると考えているが、バイデン政権は中国共産党を弱体化させようとは考えていないし、そのために台湾を使おうとも考えていない。しかし、「現在の米中の対立コースは、米中どちらの利益にも叶っておらず、温度だけを沸騰させ、本来だったら避け得る危機を招き入れている」としている。
特に台湾については、「解決を図らないことがベストの解決だ」として、問題を先送りすることを提言している。そして、台湾の世論調査では、過半数が、ペロシの訪台は台湾の安全保障に貢献するよりも、負担をもたらしたと答えていることを紹介している。この見方は、冒頭の台湾側からマッカーシー訪台を避ける提案をしている背景にもなっている。
ワイズは、フォーリン・アフェアーズ誌の2023年1/2月号に掲載されたジュード・ブランシェット(戦略国際問題研究所/CSISフリーマンチェア)とライアン・ハス(ブルッキングス研究所上級研究員)の”The Taiwan Long Game, Why the Best Solution Is No Solution”(「台湾を巡る長い駆け引きー最良の解決法は解決しないこと」)での提言を評価している7。
彼らが懸念するのは、米国側が台湾に対する中国の野心に対抗する姿勢を見せることで、米中が解決不能な対立に陥ることだ。彼らが批判するのは、「ウクライナにアメリカが気を取られていることに乗じて、中国が台湾を武力で攻撃するとか、中国は軍事的統一に向けてすでに決められているスケジュールで動いているといった、ひどい分析によって煽られている」ことだ。事実として、中国がウクライナ情勢に乗じて台湾を攻略する動きはないが、米国側は単に中国の軍事力の増大からこれらの結論を導きだしていると批判する。
しかも、ビル・バーンズCIA長官は、習近平は2027年までに紛争に備えるように軍に指示を出し、台湾との統一を進めることが、「中華民族の偉大なる復興」を実現することだと表明して2049年をその目標にしているが、30年近い先の目標のスケジュールなど単なる願望にすぎない、と切り捨てる。
こうした専門家たちの提案は、持続可能な台湾政策の最終目標は平和と安定の維持であり、北京が統一を「いつの日か実現できるシナリオ」程度にみなすように、時間軸を延ばすことに焦点をあてるべきだというものだ。
議会における政治主導が強まり、対中強硬策が懸念される現状である中で、これらの専門家からの現実的な提案が、どこまでバイデン政権と議会の頭に残るかは、予断を許さない。
米中の軍事的衝突が日本に多大な損害を与えることは明らかであり、日本は、米国内のこれらの現実的な声と、政治主導のタカ派の声の二層構造を理解しながら、米国との同盟マネージメントと対中政策を考えていく必要があるだろう。
(了)
- Kathrin Hille and Demetri Sevastopulo, “Speaker Kevin McCarthy to meet Taiwan’s president in US to avoid China’s ire,” Financial Times, March 9, 2023, <https://www.ft.com/content/69b627fc-ab7f-4b19-9ea3-5c308d81c6ef> accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- Caitlin Yilek, “House select committee hearing paints China as a strategic antagonist,” CBS News, February 28, 2023, <https://www.cbsnews.com/news/china-house-select-committee-hearing-tiktok-hr-mcmaster-matthew-pottinger/> accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- “Testimony of Lt. General H.R. McMaster before the U.S. House Select Committee on the Strategic Competition Between the United States and the Chinese Communist Party,” February 28, 2023, <https://www.congress.gov/118/meeting/house/115402/witnesses/HHRG-118-ZS00-Wstate-McMasterH-20230228.pdf> accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- “Congressional Testimony before the U.S. House Select Committee on the Strategic Competition Between the United States and the Chinese Communist Party by Matt Pottinger,” February 28, 2023, <https://www.congress.gov/118/meeting/house/115402/witnesses/HHRG-118-ZS00-Wstate-PottingerM-20230228.pdf> accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- “Transcript of Ranking Member Krishnamoorthi’s Opening Statement from the First Hearing of the Select Committee on the Strategic Competition Between the United States and the Chinese Communist Party,” Congressman Raja Krishnamoorthi, February 28, 2023, <https://krishnamoorthi.house.gov/media/press-releases/transcript-ranking-member-krishnamoorthi-s-opening-statement-first-hearing accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- Ravi Agrawal, “Is America’s China Policy Too Hawkish?” Foreign Policy, March 8,2023, <https://foreignpolicy.com/2023/03/08/us-china-economic-competition-policy/> accessed on March 22, 2023.(本文に戻る)
- Jude Blanchette and Ryan Hass,“The Taiwan Long Game―Why the best solution is no solution,”Foreign Affairs, JANUARY/FEBRUARY 2023, <https://www.foreignaffairs.com/china/taiwan-long-game-best-solution-jude-blanchette-ryan-hass> accessed on March 22, 2023. 日本語訳は以下を参照。ジュード・ブランシェット、ライアン・ハス、「台湾の安全と平和を守るにはー最善の対枠は軍事領域にはない」『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2023年3月号、pp 24-36. (本文に戻る)