中間選挙結果はバイデン外交にどう影響するか?

渡部 恒雄
米国中間選挙の結果
11月8日の中間選挙では、事前に予想していた共和党の「レッドウェーブ」(赤い波)による巻き返しが起こらなかった。上院では民主党が過半数となる改選前の51議席を確保し(最後の1議席は再投票で決着)、共和党は下院で過半数を奪還したが、その議席差は小さく、大勝とは言えない結果に終わった。また知事選では、36州で選挙が行われ非改選州を含めると民主党が24州、共和党が26州で勝利したが、民主党が改選前から2州増やし、共和党は2州減らした1。
中間選挙は与党の業績評価の傾向が強く、大統領の支持率が低迷する与党(支持率が40%前半のバイデン現政権はこれにあたる)は大敗する、というこれまでのパターンを、今回は踏襲しなかった。共和党が大勝できなかった理由の第一は、民主党がこの選挙を大統領の業績評価ではなく2020年の大統領選挙結果を否定する「選挙否定派」(エレクション・デナイヤー)から、米国の民主主義を守る選挙だと位置付けた選挙運動が功を奏したからだった。
事実、選挙の投票や集計の在り方に権限を持つ、州の要職(知事、州務長官、州司法長官)選挙では、共和党候補が振るわず、非営利団体「ステーツ・ユナイテッド・アクション」の集計によれば、これらの新顔の選挙否定派の当選者は少なかった。州知事選挙において、82人の「選挙否定派」候補のうち当選したのは6人2、州務長官選挙では、37人の「選挙否定派」候補のうち当選したのは3人3、州司法長官選挙では、22人の「選挙否定派」候補のうち、当選したのは6人4という結果となった。
第二の理由は、1973年の最高裁判決以来、保障されてきた女性の妊娠中絶の権利が、6月の最高裁の判決によって否定されたことに反発する女性票の取り込みに民主党が成功したことだろう。事実、全米の下院選挙の出口調査では、女性有権者の53%が民主党候補に投票し、共和党候補に投票したのは45%だった。56%が共和党候補に投票し、42%が民主党に投票した男性有権者と大きな差が出た5。
トランプ前大統領は、今回、共和党が大勝できなかった責任は共和党指導部の選挙戦略の拙さにあると、自分の責任を完全に否定しているが、実際には、自らの選挙での敗北を認めずに根拠もなく選挙を不正だと糾弾し、その自身の主張を受け入れる人物を上院・下院の候補者に仕立て上げた張本人である。またトランプ氏は大統領任期中に妊娠中絶非合法化を主導した三人の保守派の最高裁判事を任命しており、人工妊娠中絶の非合法化に責任を問われる立場にもある。
下院では共和党222議席、民主党213議席で、共和党が過半数を獲得したとはいえ、9議席という僅差となった6。上院では12月6日のジョージア州の再投票で民主党の現職、ウォーノック氏が当選したため、民主党51対共和党49となり、共和党の同意なしに上院の委員長ポストを民主党が独占できるようになった。この結果、共和党が検討しているバイデン氏に対する調査を含む、審議の優先順位の決定権を民主党が握ることになるため、下院で過半数を持つ共和党に対抗する大きな資産となる。
中間選挙の結果、下院では共和党が過半数を奪還したが、上院では民主党が過半数を維持することができたため、共和党、民主党ともに痛み分け、というのが中間選挙の結果と言える。少なくとも、民主党の健闘により、バイデン政権は、民主党大敗の場合引き起こされる「ディープ・レームダック」7のような深刻な事態を避けることができたと言えるだろう。
共和党の下院支配がバイデン外交にどう影響するか?
しかし、民主党が大敗を免れたとはいえ、共和党は下院の過半数を握ることになり、バイデン政権に対するけん制手段を獲得することになった。例えば、民主党主導の予算や法案を共和党は下院で阻止できるようになる。8月のインフレ抑制法案可決に使われた、年度に一回だけ使える予算決議財政調整措置(リコンシリエーション・プロセス)も、民主党は下院で過半数を失ったため使えなくなる。
外交政策に関しては、民主党が上院では過半数を獲得したため、政権の外交人事や条約については、バイデン政権にとっては有利となる。一方、共和党が下院で大勝しなかったことで、むしろ、下院の「フリーダム・コーカス」や「セカンドアメンドメント(銃保持の権利を定めた憲法修正二条)・コーカス」のような保守強硬派の声が共和党で強くなることが予想され、これらがバイデン外交の手足を縛る可能性がある。
すでに、来年1月3日の投票で下院議長を目指すケビン・マッカーシー下院院内総務に対して、投票と引き換えに、これらの議員グループからの圧力が加わっている。例えば、11月22日、フリーダム・コーカスの圧力を受けたマッカーシー院内総務は、バイデン政権のマヨルカス国土安全保障長官に、メキシコとの国境管理の不手際の責任をとって辞職するように求め、もし辞任しなければ下院で弾劾決議を通すと圧力をかけた8。共和党は弾劾で辞職させるための上院の3分の2の議席を持っていないため、あくまでも「脅し」「けん制」に過ぎないが、2023年は、共和党が下院の過半数を使って、バイデン政権と民主党に様々な圧力を加えていくことが予想される。
フリーダム・コーカスとは、そもそもは、ティーパーティー運動から派生した共和党議会の「フリーダム・ワーク」をルーツにしているため、小さな政府志向が強い。しかも、メンバーにはトランプ大統領支持者が多く、「アメリカ・ファースト」に代表される不必要な対外軍事関与に厳しい目を向ける傾向にある9。トランプ元大統領自身は、中間選挙後、失速気味とはいえ、共和党支持者の「アメリカ・ファースト」姿勢への支持は高く、ポスト・トランプの大統領候補として脚光を浴びているデサンティス・フロリダ州知事は、下院議員時代に「フリーダム・ハウス」の創設メンバーの一人になっており、共和党が脱トランプを果たしても、この路線が継続する可能性が高い。
バイデン大統領の息子のハンター・バイデン氏は、すでにウクライナのエネルギー企業に高額の給与でコンサルタント契約を結んでいたことが疑問視されていたが、それに加え、彼が、叔父であるバイデン大統領の弟のジム・バイデン氏とともに、中国との不透明なビジネス関係を持っていることも報道されている10。2023年から下院監視・政府改革委員会の委員長になると目される、現共和党筆頭理事のジェームズ・コマー下院議員は、「フリーダム・コーカス」ではなく、保守強硬派の「セカンドアメンドメント・コーカス」に所属する議員だが、彼らへの調査を行うことを公言している11。
バイデン・ファミリーへの調査は、共和党のフリーダム・コーカスが、ウクライナ支援に対して一定の歯止めをかけようとする際、効果的な圧力となる可能性が十分にある。次期下院議長候補のケビン・マッカーシー院内総務は、10月18日に「我々が下院で過半数を獲得した場合、ウクライナへの支援に関して白紙の小切手を切ることはない」と発言している。この発言は、フリーダム・コーカスの影響を受けた発言とも考えられている12。
バイデン政権は、ウクライナへの軍事支援を強めているが、これは、バイデン大統領がオバマ政権の副大統領の頃に、2014年のクリミア併合を受けて、積極的に行ってきたウクライナ支援の延長にあるとも言える。だからこそ、ウクライナのエネルギー企業は、米国のキーパーソンであるバイデン氏の息子のハンター・バイデン氏と高額のコンサルタント契約を結んだとも推測される。
現在、ウクライナは、米欧の支援を受けて、ロシア軍に対して、優位な戦いを継続しているが、ロシア軍をウクライナ領から放逐するような軍事的成功は短期的には期待できない。そうなると、2023年は、戦線の膠着と欧州におけるエネルギー価格の高騰もあり、ウクライナへの支援疲れが出てくる可能性が十分にある。そのような際に、共和党の財政タカ派のバイデン政権への圧力は、ウクライナ情勢にかなり重要な要素となる可能性がある。
ただし、ハンター・バイデン氏とウクライナ企業との関係は、すでに調査されており、新しい材料が出てくるかどうかはわからない。そもそも、トランプ氏が、まったく証拠を示さずに「ジョー・バイデン氏の家族ぐるみの腐敗」というストーリーを語ってきているだけに、共和党のトランプ派からの支持は強いが、中間選挙で選挙否定派の足を引っ張った経験が生々しいだけに、トランプ氏の陰謀説に引きずられることへの警戒は、共和党内にもある。
例えば、中間選挙で新たにニューヨーク州から選出された共和党下院議員のマイク・ローラーは、「優先順位のトップは、インフレーションと生活費の高さに対処することだ」とし、「私たちが見たくないのは、トランプ政権下に民主党が大統領と政権をしつこく追及したようなことだ」とCNNのインタビューに答えている13。
一方、共和党によるハンター・バイデン氏と中国企業との関係についての調査は、逆に共和党が推し進めたい台湾支援の実現に向けて、政権に圧力をかけるツールとなり得る。
台湾政策法の内容は、2023会計年度の国防権限法の中に盛り込まれて審議され、台湾の武器調達や軍事演習を支援するために5年で最大100億ドルを使うという内容で、12月8日に下院で成立した。台湾の武器調達などに使う資金支援は、当初は4年間で45億ドルだったのだが、法案策定の過程で大幅に積み増しされた14。基本的には、バイデン政権も民主党議会側も台湾支援には前向きだが、今後、共和党下院がより踏みこんだ台湾支援を提案する際には、ハンター・バイデンの中国との関係の調査は、政権への圧力の材料となるかもしれない。
バイデン政権にとって、中間選挙での大敗を免れたことは、朗報ではある。しかし共和党が下院をコントロールすることになり、更に獲得議席数が少なかったことで、下院共和党内の保守派の声が相対的に高まることで、バイデン政権の最重要政策であるウクライナ政策と対中・台湾政策の双方に、影響がある可能性は十分認識しておくべきだろう。
(了)
- Dan Keating, Harry Stevens, and Nick Mourtoupalas, “See how Republicans won the House but fell short of a red wave,” The Washington Post, November 16, 2022 (updated on December 19, 2022), <https://www.washingtonpost.com/politics/interactive/2022/house-race-map-midterm-elections/> accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- “Election Deniers in Governor Races,” States United Democracy Center, December 7, 2022, <https://statesuniteddemocracy.org/resources/governors/> accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- “Election Deniers in Secretary of State Races,” States United Democracy Center, December 7, 2022, <https://statesuniteddemocracy.org/resources/secretary-of-state/> accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- “Election Deniers in Attorney General Races,” States United Democracy Center, December 7, 2022, <https://statesuniteddemocracy.org/resources/attorney-general/> accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- “2022 Exit Polls,” CNN, November 9, 2022 (latest updates), <https://edition.cnn.com/election/2022/exit-polls/national-results/house accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- “Path to 218: Tracking the Remaining House Races,” The New York Times, November 17, 2022 (latest updates), <https://www.nytimes.com/interactive/2022/11/10/us/elections/results-house-seats-elections-congress.html?searchResultPosition=5> accessed on December 23, 2022. (本文に戻る)
- 「ディープ・レームダック」という言葉は、米国では使用されていないが、SPFアメリカ現状モニターのメンバーの故中山俊宏慶應義塾大学教授との会話で、今回の中間選挙後のバイデン政権の状況を表現するのに通常の「レームダック」となるか、それともより深刻な「レームダック」になるかが重要だと考え、より深刻な状況を「ディープ・レームダック」を呼ぶのが適切なので、我々はこの言葉を使おうと合意をした経緯がある。 (本文に戻る)
- Gram Slattery and Ted Hesson, “Top House Republican McCarthy threatens impeachment of Homeland Security chief,” Reuters, November 23, 2022, <https://www.reuters.com/world/us/top-house-republican-mccarthy-threatens-impeachment-homeland-security-chief-2022-11-22/> accessed on December 23, 2022. (本文に戻る)
- House Freedom Caucus, “House Freedom Caucus: Restoring the People’s Voice in Congress,” July 25, 2022, <https://perry.house.gov/uploadedfiles/hfc_rules_reforms_proposal_7.25.2022.pdf> accessed on December 23, 2022. (本文に戻る)
- Khaleda Rahman, “Who Is James Biden? President's Brother Comes Under Scrutiny,” Newsweek, October 18, 2022, <https://www.newsweek.com/james-biden-president-brother-under-scrutiny-1752641> accessed on December 23, 2022. (本文に戻る)
- Theodoric Meyer and Leigh Ann Caldwell, “Meet the congressman planning House Republicans’ Hunter Biden investigation,” The Washington Post, December 9, 2022, <https://www.washingtonpost.com/politics/2022/12/09/meet-congressman-planning-house-republicans-hunter-biden-investigation/> accessed on December 23, 2022. (本文に戻る)
- 「ウクライナ大統領、訪米で支援つなぎとめ:物資確保狙い、米議会の慎重論を警戒」『日本経済新聞』2022年12月22日、<https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67044160R21C22A2FF2000/> (2022年12月23日参照)。(本文に戻る)
- “House GOP pushes forward with Hunter Biden probe despite thin majority,” PBS News Hour, November 19, 2022, <https://www.pbs.org/newshour/politics/house-gop-pushes-forward-with-hunter-biden-probe-despite-thin-majority> accessed on December 23, 2022.(本文に戻る)
- 中村亮「米下院、国防権限法案を可決 台湾に武器支援1.3兆円」『日本経済新聞』2022年12月9日、<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN096390Z01C22A2000000/>(2022年12月23日参照)。(本文に戻る)