2022年12月16日、岸田内閣と国家安全保障会議は、安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を決定した。これは日本の防衛政策の歴史的な転換と考えていいのだろうか?イエスであり、ノーである。日本政府が国家防衛について、現実的に日本が軍事的攻撃を受ける可能性を前提に、現実的な戦略を考えはじめたという点では、イエスであり、第二次世界大戦後、平和主義の「理念」が優先された日本の防衛政策の転換点といえるだろう。一方、日本が自国の安全保障政策を、自国の置かれた国際環境に対応すべく政策の転換を図ろうとしてきたのは、今に始まったことではない。1990年代の北朝鮮の核兵器と弾道ミサイルの開発の進展に対応して、朝鮮半島有事を想定した1999年に周辺事態法を策定したことを大きな節目だった。また台湾有事なども念頭に、日本の安全保障に重要な影響を与える周辺事態を想定して、集団的自衛権行使を一部容認した2015年の平和安全法制も、大きな転換点だった。つまり、日本は過去30年に渡り、安全保障政策について現実的な歩みを進めてきた。今回の安保三文書の決定も、その延長線上にあると考えれば、劇的な転換というよりも、着実に進歩を続けたこれまでの防衛政策の延長上にあるとも考えることができる。

何が新しいのか?

 それでは、今回の安保三文書の何が新しいのか?ひとことでいえば、日本の領域が、現実的に軍事攻撃を受ける事態を想定して、戦略を策定したという点に尽きるだろう。

 今回の国家安全保障戦略、およびこれまでの防衛計画の大綱に代わり、新たに登場した国家防衛戦略の双方の策定の趣旨で強調されていることは、日本自身の防衛力の強化である。国家安全保障戦略においては、2013年の国家安全保障戦略において策定された戦略的な指針と施策の枠組みの基本的な原則を維持しつつも、「戦後のわが国の安全保障政策を実践面から大きく転換するものである」と述べられている。さらに「第二次世界大戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境の中で、国民の命と平和な暮らしを守りゆくためには、その厳しい現実に正面から向き合って、相手の能力と新しい戦い方に着目した防衛力の抜本的な強化を行い必要がある」と述べられている[1]。

 事実、1999年の周辺事態法や、2015年の平和安全法制は、日本の周辺有事における米国との安全保障協力を念頭に法整備をしてきた。したがって国内においては、憲法解釈上、行使できないとされてきた集団的自衛権を、日本がどこまで行使できるのか、という点が争点となった。周辺事態法では、日本が周辺有事で集団的自衛権行使をしないという憲法解釈の範囲内で、米国との協力で何ができるかを明らかにしたものであり、平和安全法制では、内閣が憲法解釈を変更して集団的自衛権を一部行使できるようにして、米国との共同対処の幅を広げた。

 今回の安保三文書の策定過程においては、憲法論議はそれほど重要視されなかった。それは、集団的自衛権の行使よりも、「反撃能力」の保持等の個別的自衛権行使に関わる政策を中心に、政策の幅を広げたからだ。

 国家安全保障戦略の基本認識は、「力による一方的な現状変更及びその試みが恒常的に生起し、我が国周辺における軍備増強が急速に拡大している」中、ロシアのウクライナ侵攻のような国際秩序の根幹を揺るがす深刻な事態を、東アジアで発生することは排除されない、という認識のもと[2]、防衛力の抜本的強化を図っている。具体的には「宇宙・サイバー・電磁波の領域および陸・海・空の領域における能力を有機的に融合し、その相乗効果により、自衛隊の全体の能力を増幅させる領域横断作戦能力に加え、侵攻部隊に対し、その脅威圏の外から対処するスタンド・オフ防衛能力等に重層的に対処する」という内容だ[3]。

 そして、「我が国へのミサイル能力が現実的な脅威になっている」との認識のもと、自国の侵攻を抑止する上で、鍵となるのが、スタンド・オフ防衛能力等を活用した反撃力である」とした[4]。法的には、反撃能力は1956年2月29日の政府見解が、憲法上、「誘導弾頭による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾頭の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」であるという憲法解釈変更が必要がないという根拠を示し、これらは2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の三要件の下で行われるため、憲法および国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではない、と結論づけている[5]。

 日本が理論上だけではなく、現実的なミサイル攻撃を真剣に考えていることがわかるのが、「今後5年間の最優先課題として、現有装備品を最大限有効に活用するため、稼働率向上や弾薬・燃料の確保、主要な防衛施設の強靭化への投資を加速すること」という国家防衛戦略の一節だ[6]。逆にいえば、これまで、このような国家防衛の基本を放置してきたわけで、日本は自国の軍事攻撃を喫緊に起こり得る現実とは考えていなかったともいえる。

背景に日本人の意識の変化

 日本の新しい防衛文書は、かなり野心的なものである。岸田政権は、5年内にGDP2%レベルの防衛予算を達成させることを目標にしているが、現時点では与党内でも財源についての合意が得られておらず、今回の野心的な防衛計画をどのようにファイナンスするかは、2023年の日本の大きな政治課題となるだろう。

 この点で、岸田政権の党内調整、連立与党間の調整、野党との調整、そして国民の理解を得るためのやり方については、かなり不十分であったことは否めない。しかし、逆説的ではあるが、岸田政権の拙い説明について、国民は大きな不満を持ってはいるものの、今回の安保三文書が示した政策の方向性に対する大きな反対はない。これは、2015年の国家安全法制の審議の際中に、首相官邸を取り囲む抗議運動が続く国民的な反対があったことと比べると隔世の感がある。日本経済新聞社の12月23~25日の世論調査において、防衛費財源に充てる増税を巡る岸田文雄首相の説明に関しては「不十分だ」が84%とほとんどの国民が不満に考えているにも関わらず、今後5年間で防衛力を強化する計画を「支持する」との回答が55%で、「支持しない」の36%を上回っている[7]。

 これまで平和主義を支持してきた朝日新聞の12月17・18日の世論調査でも、反撃能力保有について、「賛成」56%で、「反対」38%より多かった。保守のNNNと読売新聞の11月4日から6日の世論調査では、中国で習近平政権が3期目に入る中で、今後、日本の安全保障にとって中国の脅威が高まるという質問に「思う」が80%で、「思わない」は13%だった。そして日本が防衛力を強化することには「賛成」が68%、「反対」は23%だった[8]。

 安保三文書の情勢認識を見ると、これらの国民の認識変化を着実に反映している。「ロシアによるウクライナ侵略により、国際秩序を形づくるルールの今回がいとも簡単に破られ…我が国周辺では核・ミサイル戦略を含む軍備増強が急速に進展し、力による一方的な現状変更の力が高まって」おり、「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」に直面している[9]。

 そして日本国内では、人口減少、少子高齢化、厳しい財政状況等の困難な課題に直面しており、これらの問題を解決して経済成長を実現するためにも、産業に不可欠な物質、エネルギー、食糧などの確保するための国際的な経済・社会活動が円滑になされなければならないため、日本に望ましい安全保障環境を能動的に創出する必要があり、そのためには力強い外交が必要であり、その地歩を固めるために、自分の国を守り抜ける防衛力を持つことが重要だと指摘している[10]。 

 外交的には機微なために、安保三文書に抽象的にしか書かれていないが、日本が既存の外交路線を続けるためには、防衛力強化が喫緊に必要であることが、関係者には共有されている。今回、日本政府は、三文書改訂のために、多くの専門家の意見を聴取し、与党自民党もそれに向けて提案を発表した。筆者は、2022年2月14日、自民党の安全保障調査会で「専守防衛、いわゆる『敵基地攻撃能力』の考え方」についての聴聞会に出席し、反撃力の必要性を具体的なケースを想定して提案した[11]。

 筆者が強調したことは、台湾有事が起こった場合、中国は、日本に対して、台湾および米国の支援をするかどうかについて、軍事的な脅しをかけられる可能性があり、現在のままでは、それを拒否するための軍事的および政治的なハードルが高い。日本の指導者は、少なくとも、台湾有事の日米協力のためには、中国からの在日米軍基地や自衛隊基地への攻撃を覚悟しなくてはならない。このような状況において、日本が通常弾頭の中距離のミサイルを持っていることで中国を恫喝の効果を削ぎ、リチャード・サミュエルやエリック・ヘッジンボサムのような米国の研究者が提案するような「Active Denial Strategy」を取ることができる[12]。もし台湾有事の際に、米国への協力ができない場合は、日米同盟の形骸化を招き、日本の安全保障にとって、より深刻な事態をもたらすリスクも筆者は警告した。そもそも中距離ミサイルは、中国、北朝鮮はもとより、韓国なども保持している軍備であり、その決定が地域の軍事バランスを崩して不安定化させることはない。むしろ日本が力の空白を放置したほうが、地域の軍事バランスに悪影響があるという認識を提案した。

日米同盟深化への重要な一歩

 安保三文書において、日米同盟の強化は、引き続き、自国の安全保障、地域の平和と安定の実現に不可欠な要素として認識され、米国の地域のコミットメントを維持・強化するために、地域への日米の協力を果たすことが重要だと記されている。日本の防衛力の抜本的強化は、米国からの自立や独立ではなく、むしろ日米の協力の深化の方向性で考えられていることは重要だ。

 日本の反撃能力の強化などの抜本的な強化によっても、「日米の基本的な役割分担は今後も変更はない」が、弾道ミサイル等への対処と同様に、日米が協力して対処していくこと、としている[13]。実際、スタンドオフ・ミサイルを運用していくためには、ミサイル迎撃同様、日本および米国との目標の情報収集・分析機能、と指揮統制機能、および統合運用の強化を要求するものであり、日米のこれらの機能の緊密な運用が前提となると考える必要があるだろう。

 1月11日の日米2プラス2と[14]、13日の日米首脳会談の日米共同宣言[15]により、今後の日米協力の方向性が発表されたが、これは日本側の防衛力の発展の上に進められたと考えればいいだろう。そして日本の動きは、国民の安全保障環境への現実的な認識変化を繁栄した不可逆的なものであり、日米同盟の深化への重要な一歩ともなるだろう。

(2023/05/02)

*この記事は、2023年2月13日にCenter for Strategic and International Studies (CSIS)のウェブサイトに掲載されたものを和訳したものです。

*こちらの論考は英語版でもお読みいただけます。
What’s New in Japan's Three Strategic Documents