ミクロネシア講座

ミクロネシアン・セミナー

[第10回講義]風に揺れるハイビスカス

- フランシス・X・ヘーゼル、S・J - " A Hibuiscus in the Wind: The Micronesian Chief and His People" December 1997
ミクロネシアの首長(村長)と村民(島民)

比較的最近の出来事だが、ミクロネシアのある島を率いる首長が、公共投資用に割り当てられた膨大な資金を勝手に使い込んだことがあった。外国人特派員からの「この資金がなければ島民が必要としているプロジェクトを推進することが出来なくなることを分かっていてなぜ使い込んだのか」という質問に対して島の首長はあっさりと「自分にはその権利があるからだ」と答えた。さらに、彼の解釈による伝統に従えば、島の首長は島コミュニティで生産される食品や物資の大半を手中に納めて当然と島民は考えている、とも語った。彼は島で生産された物と入れ替わるように広まった現代の物、つまり現金に対して自分が昔から保有してきた権利をそのまま行使しただけだ、と主張したのだ。

このような貪欲な首長はもちろん彼一人だけではない。ミクロネシアの多くの島々にいる首長は今日、かつてなかったほど強く、自分たちの特権にこだわっている。彼らが自分たちの権利を強く主張するのは、近代化が進むに伴って自分たちの権限が弱まるのではないかとの懸念を強く持っていることが理由だろう。追いつめられた首長たちは、自分たちの伝統的価値観にしがみつくことによって、自分たちは首長だから、外の世界から流入してくるもののほとんどを手中に納める権利が自分にはあるのだと主張している。選挙によって選ばれた政治指導者が島の首長が昔から享受してきた島民の尊敬を覆そうとしている新しい社会で、首長たちは戦ってでも自分たちの地位を守る考えのようだ。

昔から島民や村民の上に立ってきた首長たちがこのような懸念を持つのも当然だろう。彼らは過去50年間にわたって現代の政治システムの枠組みの外に置かれてきた。第二次世界大戦後、米政権がミクロネシアで行った初めての選挙で、ミクロネシアの人々は新しい政治指導者として従来の首長たちを選んだ。だが1つの立法議会のなかで首長と島民とが責任を分担しあうことは非常に難しいことが明らかになった。島民にとって日常生活のなかでさえ民主主義社会で行われるべき自由で開放的な話し合いを行うことが難しかったとすれば、首長の目前で自由に開放的な話し合いを行うことなど思いもよらないことだった。以前は複数の島々をまとめて「地域」と呼んでいたが、複数の地域が集まって首長のための特別議会を作り、現代政治システムのなかに首長の発言の場を作ろうと試みたが、この試みも機能せず、最終的にマーシャルを除いてほとんどの島でこの構想は断念された。マーシャルでは昔からの首長が貴族院のようなものを組織したが、やがてニティジェラではそれが影響力を持つ重要な組織となった。マーシャルの首長たちがミクロネシアの他の島々とは比較にならないほどの確固たる地位を現在の政府のなかで保持していられるのは昔から土地を保有してきたことが理由だと思われる。

マーシャル以外の島々の人々は昔から自分たちの上に立ってきた首長に、新しい「ギブ・アンド・テイク」の政治システムに参加するなどとという不名誉なことをさせたいとは考えていないようだ。むしろ、引き続き島民の尊敬を集めていられるような伝統的な世界に留まっていて欲しい、と願っている。昔からの首長が自分たちが与えられた伝統的な世界を越えて外に出て選挙に立候補すると、必ずと言っていいほど落選する。首長には現代政界の混乱から離れていて欲しいという島民の希望がほとんど毎回、選挙結果に明確に反映される。ミクロネシア連邦政府の少数派閥が時々、憲法を改正して昔ながらの首長たちが政府のなかで正式な地位を持てるようにしようと提議するが、島民から積極的な支持を得たことはなく、これからもないだろう。

しかし、だからといって伝統的な首長たちに同情する必要はない。首長たちは現代の政治システムから排除されているが、ないがしろにされているわけでは決してない。もはや土地の所有権を奪われてしまった島でも彼らの威信は驚くほど守られているし、精神的な面でも物質的な面でも島民から一目置かれる存在であることに変わりはない。ポナペの島民たちは今でも、首長から高い評価を受け、肩書をもらおうとさまざまな分野で競争を展開している。ヤップの遠隔の島々を治める首長たちは数年前、ある島の島民が、ウミガメを捧げるべきモグモグの権威者に捧げずに自分たちで殺して食べてしまったとしてその島民たちに数ヶ月間漁に出ることを禁じたことがあるが、彼らは今でも、このような非礼を働いた島民に対して制裁を加える権限を持っている。近代化の進んだパラオでさえ、首長は島民たちから敬意を集める存在であることに変わりはない。昔ながらの首長は、現代の政治の場に参加できなくても、島民から尊敬されているのだ。

にもかかわらず敬意以上のものを欲しがる首長もいる。公共投資のための資金を自分の懐に入れてしまった首長のように、自分たちが従来から持っていた権限を傘に、単なる敬意だけではなく有形物を欲しがる首長もいる。彼らは、自分たちの地位から判断して、豚の最初の一切れ、つまり地元コミュニティに流入する現金のかなりの割合を受理する資格がある、と考えている。つまるところ、彼らは首長であり、首長が最初の収穫を受理するのは当然なのだ。

昔の記録を慎重に調べ、従来から権限を持っていたこのような首長たちが主張するところの伝統について詳しく探ってみると、全く新しい局面が見えてくる。ミクロネシアにかなり昔に到着した外国人識者たちが首長たちが享受する権限に強い印象を受けたとしても、実際には、首長たちには権限と同様、島民に対して果たさなくてはならない義務もあった。ポナペには「首長は風に揺れるハイビスカスのようなもの」という諺がある。これは、首長は島民のニーズに対応して頭を下げたり、身体を折ったりしなくてはならない、という意味だ。他の島にも、首長は島民にさまざまな配慮をしなくてはならないことを意味する隠喩がある。

我々が知る限り、ミクロネシアの首長にはさまざまなタイプがあり、レベルも異なる。彼らが持つ権限も島によって異なれば、集める敬意の内容も異なる。だがミクロネシアでは一般的に、首長は、我々が現在使っている言葉で言うところのコミュニティの構築を通して島民に仕えることが期待されていた。首長たちはまず、島民からの期待に応えて、公共の建物や船着場を建設したり、道路を舗装したり、村の清掃を行ったりなど、公共プロジェクトを導入することによって義務を果たした。植民地の行政官たちは首長たちのこのような役割を認識しており、首長と連携して、島民の福祉拡大を目的とするプロジェクトを推進した。首長がドイツ政府や日本政府の命令にしたがってココナツの植樹を指導・監督したのはその1例である。首長はまた、島民たちに植樹や収穫の拡大を促したり、何かを達成した島民を表彰したり、肩書を与えたりして、生産性を向上させることも期待された。また自分のコミュニティ内で発生した問題を解決し、自分の勢力圏の平和に保つことも首長の責任だった。

首長は、自分たちの責任を全うする見返りとして「豚の最初の一切れ」や他の贈り物を受けた(島民も首長も実際にはこのようなことは口にしないが)。優秀な首長には、島民の利益を拡大するチャンスを創出し、コミュニティのステータスを向上させることが期待された。

首長は島民の福祉に配慮するだけでなく、幸福になりたいと希望する島民の相談にも乗ることが求められた。チュークにはかつて尊敬を集めていた首長がいたが、彼にまつわる話しが残っている。彼は「男の家」で自分が村のためにどのような行動を採るつもりかを話し始めた。だが彼が自分の構想について語り始めると、島民たちは小さなグループに分かれてこそこそと不満げに文句を言い始めた。首長はさらに20分ほどスピーチを続けたが、スピーチが終わる頃には彼がスピーチの最初で語ったこととは全く異なる、島民が納得するような内容のスピーチに変わっていた。彼はスピーチをしながら島民たちの反応をうかがい、自分の語る構想の内容を修正したのだ。彼は、優秀な首長は風に揺れるハイビスカスのようでなくてはならない、というポナペの諺通りに行動したのだ。

首長に贈られるものも基本的にはコミュニティのために使われ、島民や村民たちに再配分することが前提だった。冷蔵庫などの保存技術が開発される以前の時代に、彼らにとっては、生鮮食品は結局、島民や村民に再配分するしかなかった。ポナペで長年にわたって生活した経験のある人類学者は「物を集めるということは、配分するための準備にすぎない」と語っている。マーシャル諸島にも同じような内容だがもっと詩的な言い回しがある。「卓越した首長には胃袋が3つある。1つは食べ物を入れるための胃、2つ目は人々のゴシップを納める胃、3つ目は人々のために物資を保管しておくための胃、だ。」島民や村民が困窮に直面した時には、首長は自費を投じてまでコミュニティのために物資を「吐き戻す」ことが期待された。マーシャルでは昔、勝れた首長は人々が労働するために必要な道具を購入したり、医療サービスを受ける必要のある人には当時行政府のあったジャルートまでの旅費を負担したものだった。この点で、マーシャルの首長たちは、他の島々の首長たちとは異なっていた。

昔は首長の権限に目を光らせる人はおらず、首長は一種の独裁体制を築いていたとする見方が一般的だが、このような見方は正しくない。長い伝統にもとづく社会には、現代の政治システムに見られるよりはるかに効率的なチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)機能が見られることが多い。首長は権限を行使しながらも独裁者として見られないよう、微妙なバランスを図らなくてはならなかった。上述した、村民にスピーチをしながら自分の構想を変えた首長の話から分かる通り、首長は方針を決める前に村民や島民と相談する、あるいは少なくとも人々と相談しながら指示を与えることを期待された。首長はつまるところ、人々の意見という風に揺れるハイビスカスだったのだ。

島民や村民に人気のない首長はどうなるのだろうか?村民や島民のための心遣いという義務を果たさない、強欲だと思われる首長はどうなるのだろうか?ある人類学者が、昔ポナペのマドレニムにいた優秀だが強欲だった首長について次のように記している。この首長は村民や島民に相談せずに多くの決定を下したため、村民たちは抗議のため首長の家に押し掛けた。首長は一族の者たちに助けを求めたが、常日頃から疎遠だったために支援を得られず、首長は憤った村民たちに殺されてしまった。またパラオでは不人気な首長はすぐに暗殺された。なかには同族の者に暗殺された首長もいた。首長の人気が衰えると、村民たちは首長への支援を取りやめ、敵が襲ってきても首長を守らず、結局は首長を死に追いやる、というかたちで自分たちの怒りを示す場合が多い。マーシャルの人々は、村民や島民たちが首長との関係で享受してきた力を「強い」という意味の「カジュール」という言葉で表現し、高く評価していた。

言うまでもなく今日では首長に対するこのような制裁が見られることはない。3つの胃ではなく、たった1つの胃しか持たない強欲な首長は敵の手による残虐な死を免れられるだけでなく、自分には伝統にもとづいて物品を手中に納める権利があることを村民や島民たちに納得させる場合さえある。村民や島民による制裁が消滅し、かつて首長の権限に対してチェック・アンド・バランス機能が働いていたことに関する記憶も失われてしまった今、私たちにとって首長とはどのような存在なのか、また首長には何が許されているのかを正確に理解するのは非常に難しい。

かつてミクロネシアの首長たちは、村民や島民たちが首長を必要とするのと同じくらい村民や島民たちを必要としていた。村民や島民たちが首長に対して持っていた抑制力や規制力が消滅してしまった今、首長と村民や島民たちの関係を特徴づけていた互恵精神も消えつつある。では、首長たちが豚肉の最初の一切れを報酬として受け取れるほどのことをしていない時でさえ最初の一切れを取ろうとするのを規制できるものがあるとすれば、それは何なのだろうか?首長たちが、自分たちが仕えるべきコミュニティから物資を搾取するのを防ぐものがあるとすれば、それは一体何なのだろうか?

1997年12月

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