ミクロネシア講座

ミクロネシアン・セミナー

[第2回講義]ミクロネシアにおける若者の飲酒

- フランシス・X・ヘーゼル、S・J - "Youth Drinking in Micronesia" Kolonia, Ponape November 12-14, 1981. 26.
ミクロネシアのアルコール事情

アルコール飲料は西洋からミクロネシアにもたらされた物であることは明白です。ヨーロッパの人々との接触がなかった時代、いくつかの島でビンロウジやカバから取った薬物は使われてはいましたが、チュバ(tuba)も含めて、ミクロネシアには全くアルコール飲料はなかったのです。最初にミクロネシアを訪れたヨーロッパ人達が、島にワインと蒸留酒を持ち込みました。これらの飲み物は、友好の印として島民達に渡されることが多かったようです。ヨーロッパとの交流が活発になってきた19世紀半ばから後半になると、島民の間では、アルコールに起因する気分や態度の奇妙な変化が見られるようになりました。やがて島民が外国商人からジンやラム酒を購入したり、自ら発酵・蒸留を行ない酒を造り始めるようになると、常軌を逸した‘正気を失わせる’恍惚感を求めるようになってきました。ほどなく、島民は、酩酊状態を得るために多量のアルコールを摂取するようになりました。

飲酒による島民の間での喧嘩や、乱暴な行為が多発するようになったことで、1885年からミクロネシアを支配していた統治諸国は島民の飲酒を禁止するようになりました。カロリン諸島を統治していたスペインは禁酒の施行に対してはそれほど厳格ではありませんでしたが、ドイツ、ならびにそれに続く日本は地元民に対し、あらゆるアルコール飲料の摂取を厳格に禁止しました。この政策は、第二次世界大戦後にこの地域が米国の統治国となるまで続けられ、米国政府も当初はこの政策を維持していました。ところが、1950年代後半になると、ミクロネシアの人々の間に、それまでの差別的な飲酒政策に対する反発が芽生え、地元民の飲酒を認めるように法を改正すべきだという主張が出てきました。1959年はじめに、パラオでビールの販売が認められたのを皮切りに、ミクロネシアの他の地域でもビール販売が認められるようになりました。1960年夏までには、法律がさらに改正され、その他の蒸留酒の販売も承認されることになりました。

こうしたアルコール飲料の自由化に関する法律の施行は、ミクロネシア政府職員の雇用の増加、職員の漸進的賃金引上げ、および地域中心部における労働者増加につながった信託統治領への、米国による資金供与の増加と時を同じくしていました。つまり、島民の間では、ビールやその他のアルコール飲料を購入するのに使える資金が増え、飲酒を楽しむために町に集まる人々が増えてきたのです。その結果、この時代を経験してきた誰もが口にしているように、多くの酔っ払いや暴力行為が発生することになりました。

禁酒法の撤廃から30年が経過し、アルコールはミクロネシアのほぼすべての町や、多くの村の社会生活の場で大きな位置を占めるようになってきました。輸入アルコール飲料についての米ドル換算の数字が唯一記録されている1969年から1977年にかけ、ビールならびに蒸留酒の消費量は着実な伸びを示しました。1969年には輸入総額に占めるアルコールの比率が4.6%であったのが、1977年には約8%にまで増加しています。インフレならびに人口増加を考慮に入れても、この期間、アルコール飲料の国民1人当たりの年間支出額は、約13.5ドルから34ドル以上に増加しています。特に、ヤップ(66ドル)ならびにパラオ(54ドル)での年間1人当たりのアルコール支出額は、他の島々と比べ突出していました。

若者の間での飲酒問題

過去30年間の若者の飲酒は、観察者の大半が同意しているように、地域社会における大きな問題となってきています。ウォッカの瓶を取り囲み、目を充血させたに即席の若者グループが喧嘩騒ぎや、さらに悪い状況を作り出すということがあまりにも頻繁に見受けられるようになっています。マイケル・ケニーは、数年前に発表した、ミクロネシアの若者に関する報告書の中で、「18才未満の全少年(少女)逮捕者の90%が、不法にアルコール飲料を所持したり摂取しており、アルコールの影響下で平穏を乱し、アルコールの影響下で暴力行為を行なっている。またアルコール飲料を得るため、あるいは、その購入の費用を得るために強盗や窃盗を行なっている」と指摘しています。ミクロネシアの大半の社会では、こうした傾向が20代後半から30代前半までの若者の間で続いているように思われます。

少なくとも過去30年間で、犯罪の大半に関わっているのは若年層であり、また、彼らの犯罪行為の大半の動機となっているのがアルコールであるように思われます。

若者の飲酒問題をより深く理解するため、カロリン諸島およびマーシャル諸島のカトリック教区の牧師の研究機関であるミクロネシア・セミナーは、ポンペイのコロニアで3日間のセミナーを開催しました。このセミナーには、パラオ、マーシャル諸島、北マリアナ、FSM加盟各州ならびにヤップの離島から20名以上の代表者が参加しました。

アルコールの飲用ならびに乱用は、信託統治地域内で過去何度も会議のテーマとして取り上げられてきましたが、大抵は、「ミクロネシアの若者における個人的な社会不適応性や社会に対する不快感の兆候」とした臨床心理学者やソーシャル・ワーカー達の見解に基づき、若者の飲酒問題として取り扱われてきました。このセミナーでは、ソーシャルワーカーではなく、文化人類学者の見解を聞くという、異なったアプローチが取られました。限られた時間内にできる限り徹底的に、異なるミクロネシア社会におけるアルコールの文化的意味とコンテクストを探る、というのがこの会議の主な目的でした。この会議では、従来の方法のように、アルコールの飲用が深く浸透している文化から若者の飲酒問題を切り離して考えるのではなく、この地域でアルコール飲料がどのように、また何故飲まれるのかについて調べることを提案しました。

誰が飲むのか?

ほぼすべての地域の参加者が、飲酒は圧倒的に男性の行為であるということに合意していました。村の祝い事などに関連して、女性の飲酒が認められる機会や場もありますが(特にパラオやヤップの離島では、主な地域イベント期間中では女性の飲酒が認められている)、一般的には女性の飲酒は見苦しいものと見なされています。それにもかかわらず、最近では特に若い女性を中心に、お酒を飲む女性が増加してきています。こうした女性はおおまかには2つのグループに分けられます。ひとつは、町に住む酒場で働く少女や、これに類する場所にたむろしているその他の若い女性です。彼女たちは評判が落ちるということにもかかわらずアルコールを入手していますが、できる限り人目につかないように飲酒する傾向にあります。もうひとつのグループは、海外の大学に数年間留学したことのある若い女性達で、彼女達は女性の行動を支配している伝統的な基準を無視するかのように、公然と飲酒をする傾向にあります。

ミクロネシアの大半の地域では、飲酒は基本的には(独占的とは言えないまでも)若い男性の行動と見なされています。飲酒は大人になるために通過する一種の儀式的なものというのが、セミナー参加者達の一般的な考え方でした。親や地域の大人達は、家庭内や村では飲酒を慎むよう助言をしたり、飲酒の破壊的影響について嘆いている一方で、飲酒は大人になるためには避けられない行動と見ているため、若年男子がいずれ飲酒をすることになるということを十分に予測しているのが現状です。このため、親や大人達にとっては、若者達の飲酒行為が親や大人達、その他の権威者の目に触れない所で慎重に行われ、酩酊状態になったことが公にならないでいて欲しいと願うのが精一杯というところです。

飲酒は主として若者達の行動であるため、大半の若者達が少なくとも不定期的に娯楽のひとつとして飲酒をしていることは、驚くに値しません。「ウィークエンド・ウォーリア」のマック・マーシャル氏は、ムーナ島のある村では、18才から25才の男性の57人中50人が時々飲酒をしていると報告しています。アルコール飲用に対して教会による厳格な不承認体制が確立されているコスラエ地域を除いて、全地域の参加者が、若い男性の相当多くが何らかの飲酒行動をしているという事実を認めていました。また、コスラエ地域においてすら、教会の規則を破り秘密で開かれる飲酒パーティーに参加している若者がいることも判明しています。例外的な若者というのは、ほとんどが教会と強い結びつきのある者でした:飲酒を厳しく戒めている小さな宗派のメンバー(例:セブンスデー・アドヴェンティスト派、モルモン教、エホバの証人);および、メンバーが様々な期間中、飲酒を控えるという宗教的約束事を守っているチューキーズ教会グループである、MwichenAsorなどのプロテスタントやカソリックの教会グループで活動している若者達。

いずれの地域でも、飲酒パターンは、若者が大人になる頃には(一般的には30代前半)相当に変化するようです。チューク(Chuuk)島では、若者が大人へと移行していくにつれ、飲む頻度や量が次第に減っていき、最終的には地域社会での新しい立場の要件を満たすように、完全に飲酒をやめるというパターンが見られます。また、ポンペイ島の大半の大人達は極めて特別な場合を除いては、飲酒をきっぱりとやめ、伝統的なポンペイ島のシャカウとなります。ミクロネシアのその他の地域でも、成人男子については飲酒を止めるということに対して社会的圧力はそれほどないにもかかわらず、飲酒をする際には、(若者達とは)一線を画した態度をとり、若者の飲酒行動パターンに付き物の無謀な行動や、喧嘩騒ぎを起こさないようにするものと期待されています。パラオ、ヤップおよびマーシャル諸島の多くの男性は、大人になっても飲酒を続けているということです。大半の場合、週末に定期的に飲酒しているのは、固定給をもらっている政府職員やその他の人々です。こうした成人飲酒者が社会的な秩序を乱すということはごくまれですが、これらの人々の中には、いわゆる‘常習的’飲酒者や、完全な‘アルコール中毒者’も含まれています。パラオで1度実施された飲酒についての調査結果では、この範疇に入る飲酒者の3割が、ほぼ毎週酩酊状態になっているということです。また、酒場での飲酒よりも家庭内での飲酒が大半を占めるヤップでは、ほぼ毎週、自宅の裏庭でパーティーを開いている男性も見受けられます。成人男性飲酒者によって引き起こされる損害は、若年男性の場合と比べるとそれほど目立ってはいないという点では参加者が同意しているものの、成人男性が家庭内にもたらす飲酒による緊張関係や経済的負担という点を考えると、若者の場合よりも大人の飲酒のほうが深刻であると思われます。

どのように飲むのか、またどのような時に飲酒するのか?

飲酒のパターンには、ミクロネシアの各地域によって大きな開きがあります。そこで、一般論を話す前に、島をグループ分けし、各々のグループにおける飲酒の状況について簡単に説明しておくのが得策と思われます。

ヤップ、パラオ、およびマーシャル諸島では、アルコールが主な地域行事の中で幅広く、もしくは、ある程度取り入れられています。パラオでは、中心地のコロールだけでなく各村で、結婚式、葬儀および、第一子を産んだ女性を称える伝統的祝賀会などをはじめとする、ほぼすべての主要な地域行事の中で、飲酒が標準的な習わしとなってきています。ヤップでは、アルコール飲料は、村祭、結婚式および葬儀で広く振る舞われていますが、現在でも、死亡9日後に行われる「9日間の祈り」(訳者注:9日間行われる祈祷または奉事式からなる信心修行)での飲酒は認められてはいません。ビールも、家庭やコミュニティー生活の特別な機会に開かれる伝統的祝典‘mitmit’の席でよく飲まれています。また、ビールは村でのもてなしの手段となってきており、かつてはココナッツが振る舞われていたのが、現在では、バドワイザー缶に取りかわっています。島民の多くが新教徒(プロテスタント)であり、教会による飲酒戒めが古くから続いているマーシャル諸島では、他の島々のようには飲酒が地域社会の行事に取り入れられてはいません。マジュロ(Majuro)およびアバイ(Ebeye)の準都市部でのみ、地域行事にアルコール飲料が用いられていますが、それもごく限られた場面で、かなりリベラルな家族の間でだけの話です。

残りのグループである、チューク(Chuuk)、ポンペイおよびコスラエでは、地域行事にアルコールが用いられるということはあまり見受けられません。ポンペイでは伝統的な「シャカウ」が飲み物として好まれており、すべての村の祝い事や祭で用いられています。セミナー参加者の一人が最近の状況を説明した際に、集会所の演壇にいる高位の人達には、コーヒーカップにアルコール飲料を入れて差し出すという逸話を披露しているように、アルコール飲料は「裏口からは入ってくる」ようになってきてはいるものの、依然としてこうした場面でも表立っては飲まれていません。1977年になってようやく飲酒が法的に認められたコスラエでは、アルコール飲料が地域社会の行事で振る舞われるということは極めてまれです。一般的に酒類が振る舞われるのは、島外の客人をもてなす場合だけです。チューク島では、アルコール飲料は、社会生活の一部とはなってはいません。結婚式、葬式、村や島の祭、家族の祝い事の席でもほとんどアルコール飲料が用いられるということはありません。このようにチューク島では、飲酒が伝統的な社会制度の中に組み込まれているということはありません。

地域行事におけるお祭り気分での飲酒とは別に、特に週末などの余暇に楽しむ一般的な飲酒もあります。ミクロネシアの多くの地域では、この種の飲み方がより一般的であり、飲酒の場は通常、バーかブッシュの中となっています。いずれの場所にも各々の機能があり、異なる客を相手にしています。

大概の場合、バーでの飲酒は持ち帰り店の酒よりもはるかに高額になるため、バーの常連客は安定した収入のある年配者となっています。ただし、例外もあります。例えば、コロールでは、伝統的なクラブハウスが50年前、もしくは100年前のものというように年数で格付けされているのと同じように、バーも設立の年数で格付けされています。高給取りの政府職員達が飲みに行く、高くて、より快適な場所もあれば、10代後半や20代の若者達で賑わう、音楽が鳴り響くディスコバーのような場所もあるのです。マジュロ(Majuro)およびサイパンも同様ですが、この2島には、様々な違ったタイプのバーがあります。

ただし、大概の若者の飲酒場所はブッシュの中です。一般的には、少人数の仲間が資金を貯え、そのお金を持って商店に行きウォッカやビールを購入し、それを携え人目につかない場所に行き、飲み尽くすというパターンです。ウォッカやその他のアルコール度数の強い酒類のほうが、金額の割に大きな刺激が得られるため、ビールよりも幅広く飲まれています。どのような種類のアルコール飲料が選ばれるのであれ、若者グループは最後の一滴まで飲み干し、飲み会をお開きにし家路につくのが常です。食品やその他の生鮮品の場合と同様に、「2度とチャンスはないかもしれないのだから、そこにあるなら全部平らげよう。」という態度のようです。

若者の間でブッシュの中での飲酒が好まれるのには、金銭的な理由以外にも理由があります。未成年の飲酒者にとっては、年配者にウィスキーやビールなどの購入を頼み、警察や当局者の目につかない場所に隠れて飲酒をすることで、未成年者に対する酒類販売に対する法的規制を簡単にすり抜けることができるというのが、そのひとつの理由です。また、若者達は家族や村人、教会のリーダー達、ならびにその他の地域社会の成人メンバーが一般的には彼らの飲酒に反対であることを認識しているため、たとえ法律的に飲酒ができる年齢に達している場合でも、プライバシーが得られるということが重要となっています。

なぜ若者は飲酒するのか?アルコールの乱用ならびに、常軌を逸した行動の多くは、現代ミクロネシアで起こっている急激な文化面の変化や、さまざまな社会的状況での緊張感で説明がつくというように言われることが多いようです。急激な変化は、伝統的な制度や価値観を混乱させるため、不安感が生じ、これが若者の間に無規範状態や無分別な行動をもたらしているという見解です。このような見解はある程度までは当たってはいますが、こうしたアプローチでは、飲酒ならびに、いわゆる「逸脱した行動」が、緊張状態が蔓延している特定地域においてはプラスの機能を果たすこともあるという点が見落とされています。例えば、飲酒などの行動が、若者にとって比較的害のない積極的な表現のはけ口となり、大人達と正面衝突するよりは、はるかに害の少ないストレス解消法となっていることがあります。

このような見方をすれば、飲酒は世代間の衝突を和らげるための文化的に容認できる行動、つまり、文化の崩壊でなく、文化の安定の兆候と言えるかもしれません。

自己表現としての飲酒

飲酒は、若者にとっていくつかの効用があります。まず、ミクロネシアの文化が若者達に課している自己表現に対する厳しい制約の中で、飲酒はかれらに表現の機会をもたらします。飲酒は、それ以外の方法ではうまく表現できないような感情のはけ口を与えてくれます。多くのミクロネシアの若者を飲酒に駆り立てているのは、しらふでは出来ないことをやり、言えないことを口に出せる「勇気」が得られるという点にあるようです。

自己表現は、様々な形を取る飲酒は、家族の中の年配者に対して不満を口に出したり、魅力的な少女と臆せずに話しをしたり、長年遺恨を抱いていた相手に戦いを挑むということすら可能にしています。ある参加者は、米国人の隣人を自宅の裏庭に招待し一緒にビールを飲んだ若いヤップの父親の話をしてくれました。ビールを数缶空けた後、このヤップの若者は、この日の昼に自分の子供達がこの米国人から叱られ気分を害していることを打ち明けました。酒量が増えていき、怒りが爆発し、ついにはこの米国人の家にあった家具を壊し始めたということでした。また、ザビエル高校では、1、2度ですが、アルコールの勢いを借りて、学生が私のところにやってきて、彼らが考えるところの、彼らに対する私や他の教職員による不当な措置に対して勇気を出して苦情を述べるという場面がありました。

一般的にミクロネシアの社会では、自分自身の感情、特に否定的な感情に対しては抑制するという風潮があります。激昂は軽視されたり、すぐに忘れられるものではありません。こうした厄介な状況が発生する機会をできる限り最小限度にとどめるためにあらゆる手を尽くすというのが、ミクロネシアの文化となっています。家族内および地域社会の年配者に対して敬意を表することが期待されているということが、若者達の自己表現をさらに制約しています。酩酊状態になるということは、若者達にとって自分の心の内を吐露したり、抑えていた強い感情を表に出すことのできる、数少ない機会のひとつとなっています。

評価の手段としての飲酒飲酒はまた、若者が評価を得るための手段としての役目も果たしています。年齢を経るにつれて評価が高まるミクロネシア文化では、若者は高い社会的ステータスは得ることができません。若者はどちらかと言うと責任能力がないと見られており、また、年配者からもそのように扱われることが非常に多く見受けられます。若者達の希望や意見についてはあまり注意が払われず、彼らの迷惑行為に対しても、若者にありがちなあさはかな、あるいは馬鹿げた行動として軽くあしらわれる傾向があります。

若年の飲酒者というのは、家族のメンバーから尊敬を得ることができないことを、仲間達と意気投合することですり替えているのではないかということが何度も指摘されてきています。このような意味で、飲み会への参加は友人達との密接な関係を強固にし、社会に対し何らかのポーズを示し、おそらくは、同世代の仲間の間で評価を獲得したいがための手段であると考えられます。こうした見解は、この点だけに関して言えばおそらくは正しいでしょう。ただし、こうした説明では、若者の飲酒が仲間からの評価と同時に家族からの評価も求めようとしているという重要なポイントが見落とされています。チューク島のある男性は、この島の問題のある若年飲酒者の多くが、崩壊家庭の若者であることをつかんでおり、彼は、これらの若者の飲酒が、自らの両親、義理の親、あるいは、保護者から注目されたいという願望の表れのひとつと感じられたと述べています。家族からのけ者にされている息子は、酔っ払っての大騒ぎの後、少なくとも数時間は注目の的となるのが常のようです。両親が一緒に住んでいる若者の場合でも、酩酊状態を利用して家族に自分を認めさせようとすることがあります。

ポンペイの人々が時折口にするのが、「酒飲みは家族から甘やかされる。」ということです。若者が帰宅しても、一般的に家族のメンバーは、見苦しい諍いを避けるため若者にほとんど注意を払いません。妻は従順に食事の支度をし、子供達は父親の命令にすぐに応えられるよう常に身構えており、その他の家族は、彼を満足させるためあらゆる努力をするといった具合です。翌日、彼がしらふに戻った時、家族が彼を叱りつけるということになるかもしれませんが、当面、酔っ払った若者は家族の中で支配者的な態度を保つことができるのです。

興奮を得る手段としての飲酒若者が飲酒をする3番目の理由は、純然たる楽しみのためです。飲酒は、単純で画一的な日常からしばしの間脱出し、つかの間の享楽をもたらしてくれます。前述のように、飲酒は大概両親や権力者の願いに反して秘密裏に行われるのが常であるため、冒険的な意味合いも含まれています。リスクの要素は、若者の飲酒パーティにつきまとう不確実さによって高められることになります。パーティーの終わりが喧嘩で締めくくられたり、それよりもさらに悪い状況を引き起こすことになるのかは、誰にも分かりません。海に行く、あるいは、戦争に行くのと同様に、飲酒をするというのは、特に若者にとって魅力ある危険をはらんだ冒険なのです。セミナーの参加者の一人は、「ミクロネシアの若者の中には、餌を必要とする動物が住んでいる」との興味深い意見を述べていました。

最後に、ミクロネシアの若者が飲酒をするのは、飲む事が期待されているからという点も忘れてはなりません。これは、一般的な若者の姿であり、両親達の反対があろうとなかろうと、ある年齢に達した印と捕らえられています。動物には餌が必要なのだから、若者にはアルコールが必要ということを、ほぼすべての人々が容認しているのです。

大人達は実際には心配でたまらないのかも知れませんが、その一方で若者の飲酒は避け難いものと考えているようです。一方、若者達はそうした大人達のメッセージを素早く読み取っているのです。

飲むと若者達はどのような行動をするのか?

若い男性が自らを酔っ払いとして公に示す場合に、ある種の儀式的な行動を取ります。チューク島では、雄たけびや叫び声、大声での会話、自慢話、大袈裟な千鳥足、そして、ちょっとしたカンフー・キックや付き押しなの行動が見られます。他の諸島でもほとんど同じような光景が見られますが、儀式の形には、幾分違いが見られます。ポンペイ島では、若年の酔っ払いは、会う人ごとに握手をするという傾向が見られるのに対し、チューク島では、数年前まで、道路の真ん中に突っ立ち通行人に挑むという行動が見られました。また、大声で歌うことで、酔っ払っていることを示すという行動を取る地域も見受けられました。

1缶のビールであれ、20缶のビールであれ、一旦、酔っ払っていると見なされた若者は、地域社会のしらふのメンバーに適用される多くの行動規範を免除されることになります。「頭のない缶詰のサーディン」と見なされるのであれ(モートロックス島など)、「霊が乗り移った」と見なされるのであれ(パラオなど)、結果は同じようなものです。酔っ払いは、論理的に思考する力を失い、何でもやることができる者と見なされ、彼らに対しては不要な諍いを避けるために近寄らず敬遠するというのが他の人々の一般的な対応です。これが、少なくとも酔っ払いや、彼らの態度についての一般的な人々のとらえ方です。ただし、事情はもっと複雑です。実際には、酔っ払いの行動を律している不文律があります。つまり、酔っ払いに対し、しらふの人間よりも大きな自由を与えるという規則です。ただし、これらの規則にも、限度があります。こうした規則が明確に示されるということはほとんどありませんが、すべての社会の人々は、これらの規則がどのようなものであるのか、どのような場合にこれらの規則に反することになるのかを十分に認識しています。部外者の目には、酔っ払ったミクロネシアの若者に関しては「すべてが大目にみられる」、「あらゆる無謀な行動がアルコールによるもの」とうつるかも知れませんが、ミクロネシアの人々は別の見方でとらえているのです。ミクロネシアの人々は、飲んだ勢いで不文律の規則に背く行動をする若者というのは、危険を覚悟の上で飲んでいる、懲罰を受けることを覚悟の上で飲んでいるということを知っているのです。

それでは、酔っ払いの行動を律する規則とはどのようなものでしょうか?勿論、地域によって多少の違いはありますが、ミクロネシア全域で共通しているいくつかの要素があります。酩酊状態にある若年男性は、両親や年配の親類達に対する怒りを表したり、侮蔑を表しているものと考えられています(これは、普通の状況では厳しく禁じられていることです)。両親や年配の親戚の家にある物を壊したりすることもあるかも知れませんが、酔っ払っている時でも、両親や年配の親戚の人々に対し暴行したり、身体を傷つけるということは認められてはいません。チューク島には、一時的な怒りで、こうした禁止事項に背き、自らの行為を恥じて自殺をした若者が何人かいたそうです。チューク島では、酔っ払いが、女性や子供を脅したり、追い回すということがあったとしても、決して彼らを傷つけるということはありません。このような規則に背いた行動をした場合には、即座に相手方の家族から報復を受けることは確実だからです。大半の場合、男女を問わず、兄弟姉妹達や他の若い男性達が、酔っ払いにとって格好の的となるようです。酔っ払った若者は、酔っ払い行動を律している規則に反することなく、こうした身内の者達をひっぱたくかもしれませんが、自らの向こう見ずな行動の帰結を受け入れることを覚悟しておかなければなりません。

このように、飲酒の際に発生することのある愚行や破壊行為は、一見すると無秩序状態のように見えますが実はそうではないのです。ミクロネシア社会の酔っ払いの間では、「何でもあり」ではないのです。目撃者が酔っ払い騒ぎを見て感じる当惑を否定したり、状況が手に負えないものとなり、重大な負傷や流血騒ぎにまで進展するような真の脅威を否定するために、このような説明をしているわけではありません。

ここで言っておきたいのは、酔っ払っている当人や、飲み会に参加している他の若者達は、ほとんどの場合、何が許され、何が許されないのかということをわきまえており、こうした不文律の行動規範の許容範囲内で、自分達のドラマを演じているということです。喧嘩や殺人が起こることも時にはありますが、こうした事件はむしろ例外的です。

セミナーの参加者の大半は、今日では重大な諍いが発生するのは、10年、20年前と比べるとはるかに少ないと感じています。飲酒に伴い発生することの多い犯罪ですら、誇張されているように思われます。あるパラオの裁判官は、より綿密に観察してみると、若者の犯罪の多くは、不法なアルコール類の所持、外出禁止令に対する違反、治安紊乱などの軽度なものであるため、裁判所の統計に示されているほどには重大なものではない可能性があると指摘しています。重窃盗や、殺傷力のある武器を用いた暴行などの、より重篤な犯罪の大半を引き起こしているのは、以前から警察の厄介になることの多い、非行歴のあるごく一握りの若者グループです。彼らが飲酒者であることにかわりはありませんが、彼らは決して典型的なミクロネシアの若年飲酒者ではないのです。

酩酊状態にある時に引き起こした損害に対して、若者達が責任を取るのか否かというのは、興味深い、ただし複雑な問題です。ミクロネシアの人々は、酔っ払った若者の行動については、「彼はそんなことをやるつもりではなかった」「酔っ払っていただけなんだ」というような言葉で弁解する傾向にあるようです。多くの人々は、若年飲酒者との接触を避けるように務め、彼らに遭遇した場合には、できる限り関知せず「あたらず触らず」的な消極的アプローチを取っています。人々の反応は、虚勢を張っていきまく酔っ払いに対しては、辛抱強く微笑みかけ、石を投げつけられればうまく身をかわし、ののしりの言葉には肩をすくめてやり過ごすという具合です。ただし、こうした対応すべては、酔った若者には、彼が口にしたこと、やったことすべてについて、責任はないという印象を与えてしまいます。こうした印象は理解はできますが、正しいものとは言えないでしょう。

さらに詳しく調べてみると、まったく異なる状況もあることが分かります。例えば、パラオならびにヤップの村では、酔っ払いが、公共、民間の建物に損害を与えた場合、その責任を取ることになり、しらふの人間の場合と同様に損害賠償の責任がかかってきます。またヤップの離島では、酔っ払っているのかしらふであるのかにかかわらず、何人と言えども他人に血を流させた場合には、怪我をした相手ならびに、島の主長に対して、一般的には土地の形で補償をすることになっています。どの地域でも、他人に重大な損害を与えたり、他人の建物(所有物)に損害を与えた者は、これらの事件が欧米式の裁判で扱われるか否かにかかわらず、十分な補償を提供することになっています。様々な島の習慣についての調査結果からも、その行為が「霊に乗り移られたから」あるいは「酩酊状態にあったから」と言われたにしても、酔っ払いは、他者に及ぼした重大な損害に対して責任があるということは明白です。

各島には、現在まで続いている報復の伝統があり、報復の標的となることに対するおそれが、酔っ払いの行動に対する真の抑止力となっていることは疑いのないことです。投げつけられる罵倒や石つぶてを我慢強く笑って受け止めている通行人がすぐに行動を起こすことはなくとも、彼らが後になって自分達の流儀で償いを要求しないとは、誰にも言えないはずです。この点を力説するのに、セミナーのある参加者は、警察官が逮捕した若者から侮辱を受けた時の話を引き合いに出しました。この警官は逮捕時には若者の罵倒に耐えていたそうですが、数週間後、自分がほろ酔い気分になった時、この若者を探し出し、手ひどく殴り報復したということでした。これは決して珍しい出来事ではなく、若年の飲酒者達も認識していることです。

若者の飲酒問題に対して何ができるのか?

実際には何が問題であり、その深刻度はどのようなものなのでしょうか?問題が、若年飲酒者が引き起こす破壊的行動、他者に危害を加える行動、ならびに建物に対する損害であるというのであれば、ミクロネシアでの飲酒問題の度合いは誇張されすぎているというのが、セミナー終了時の参加者の一般的な感想でした。討論全体を通じて、ミクロネシア社会はたとえ飲酒をしている場合でも、若者の行動に対しては、私どもの多くが想像している以上に相当にコントロールされているという、驚くべき、ただし、説得力のある証拠が出てきました。これらの社会が課している罰則や統制は必ずしも理解しやすいものではないかもしれませんが、実際にこうしたものは存在しており、また適切に効力を発揮しているのです。

それでも、ミクロネシアの若者達と彼らの文化について大目に見ることは、問題を簡単に片づけてしまうという危険性があります。今なお、この地域では酔っ払いのドンチャン騒ぎの後では、引き裂かれた網戸、破壊されたジープ、救急センターの入り口に怪我人を運ぶ救急車といった光景が見られます。若者の飲酒問題が、多くの人々が思っているほどには深刻な問題でないとしても、この問題が完全に解決されるのには程遠い状態なのです。

若者の飲酒を抑制し、彼らのエネルギーをより生産的な、あるいは、少なくとも害の少ない活動に転じさせるための措置が既に講じられています。多くの地域では数年前、「アルコール飲料規制委員会(ABC委員会)」が設立され、未成年者や、アルコール乱用の可能性のある人物に対する酒類販売を削減させるために飲酒許可証が発行されました。ただし、飲酒許可証の発行を続けた国はなく、ABC委員会もかなり以前から機能を果たさなくなっていることをみても、こうした措置による成功はごく限定されたものと言えるでしょう。1971年、一月の間に2件の殺人事件が発生したため、ポンペイでは暫定的な禁酒令が実施され、数ヶ月間バーが閉鎖されました。また、チューク島では現在、10年以上にわたり独自の禁止実験を行っています。アルコールの入手をより困難にするためのこうした法的措置は、若者向けの新しいプログラムを創設することで、補足されています。ポンペイでは数年前、問題を抱える若者の更正を助ける目的で、「ミクロネシア・バウンド」が設立されました。現在、すべての島嶼グループ内には新しいレクリエーション・センターやスポーツ・プログラムが設けられています。これらの施設やプログラムのいくつかは、政府の青少年対策局が資金を出しており、その他は、民間企業や組織により運営されています。また、若者を対象とした教会後援のプログラムもあり、コーラスや、その他様々な活動を行っています。

当然ながら、若者の飲酒問題と戦うためのこうしたプログラムの効果を測定するというのは難しいことです。ミクロネシア全域を通じて、飲酒による非行問題が減少しているとの指摘もありますが、なぜ減少しているのかという点についてはいまだ解明されていません。

人はアルコールに慣れ親しむにつれ、飲酒による無謀な行動を回避することを学ぶようになるという意見もあります。その一方、アルコールに対する若者の渇望が減少しているのは、マリワナが普及していることによるという意見もきかれます。また、当然のことながら、数年にわたり地域社会が飲酒者に対し行ってきた巧みなコントロールが、飲むならば、飲酒のマナーも守らなければならないということを若者に教える結果となったということも考えられます。いずれにせよ、飲酒による非行問題は減ってきているように思われます。

それでは、これからはどのような道をたどればよいのでしょうか?セミナー参加者の中で、何をなすべきかについて確固とした意見を持つ人は見られませんでした。数名の参加者は、学校ならびにメディアを通じて、アルコール飲料の適切な利用の仕方について公式の教育プログラムを実施することを提案していました。また、他の参加者は教育の必要性については賛成しているものの、地域社会の態度を変えるために情報は提供していくということについては、あまり賛同は得られませんでした。年配者が酒を取り囲んでいるという状況での禁酒であるため、若者の目には飲酒が「神秘的な雰囲気」と映るようです。こっそりと味見をするまでは、酒は若者達の欲望をかきたてる、タブーの対象、禁断の果実となっているのです。このため、数名の参加者は、酒を悪いものとして見せるのでなく、人に利点を与えると同時に危険ももたらすものであるということを誠実に示し、若者達にアルコールについて説明していくことを提案していました。ただし、こうしたアプローチを採用した場合には、若者に対する大人達の態度も変えていくことが求めらます。若者とは無鉄砲で無責任であると考えているかぎりは、彼らの意思決定や行動に責任を担わせることなどできません。若者に対しこうした考えでいるかぎりは、今後も彼らが最悪の事態を引き起こすだろうと考え続けることになるとともに、恐怖心からくる彼らの飲酒行動を軽減させるために彼らに立ち向かっていくこともできないはずです。

ミクロネシアン・セミナー
  • しまじま講座
  • ミクロネシアン・セミナー
  • ゼミ

このページのトップへ