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オーシャンニューズレター

第320号(2013.12.05発行)

第320号(2013.12.05 発行)

ソマリア海賊と日本

[KEYWORDS]ソマリア海賊/海賊対処法/裁判員裁判
(株)IMOS代表取締役社長◆高橋 迪

2009年6月に成立した海賊対処法は、海賊犯罪行為に対して、日本の国として、取締、犯人の逮捕を行い、裁判により外国人海賊を処罰する内容を持つ、極めて特別な法律である。
ソマリア沖の海賊が世界的な問題となっているが、わが国が、凶悪な海賊行為に対し、法の下に捜査を実行し、裁判で評価する力を示したことは、先進海運国家として、国際的にも高い評価を得ることができたと考える。

ソマリア海賊

■映画『キャプテン・フィリップス』
第26回東京国際映画祭オープニング作品
提供:ソニーピクチャーズエンターテインメント(株)

ソマリア海賊はアデン湾周辺1,000キロのアラビア海からインド洋まで出没するが、ソマリア海賊の商船ルートの破壊活動に対応して、2008年の国連安全保障理事会の決議に基づき、30カ国もの国が商船保護のために軍艦を派遣しています。
2009年に発生した米国籍のコンテナ船「マースク・アラバマ号」が海賊に襲われ船長が誘拐された事件に対して、米大統領の命令で海軍の軍艦、特殊部隊を出動させて救出活動を行い、無事救出しました。この海賊事件の襲撃、救出活動を描いた映画『キャプテン・フィリップス』(写真)が最近上映されています。ソマリア海賊の状況、海軍の活動の様子などが迫真の映像で表現され、極限に置かれた人間ドラマを表現しています。救出に当たり、4人の海賊の内、3名が射殺され、1名は逮捕されて米国に移送され、裁判により33年の懲役刑を科せられたということです。
世界の海上荷動き量は約89億トン(2010年)と言われ、日本に出入りする貨物は約9億トンとなり、わが国物流は航空貨物もありますが、重量でみると約99パーセントが海運により輸送されます。その海運による9億トンの貨物の内、輸入の6割、輸出の3割が、日本関係船舶により輸送されています。原油について言えば、日本はその95パーセントをペルシャ湾、紅海から輸入しており、日本の石油エネルギーの大半が、ソマリア海賊が跋扈する海域を通航しています。この重要な海域における海賊行為は、エネルギールート破壊の危機、ひいてはヨーロッパと結ぶ日本の経済活動ルート破壊の危機であり、日本人全体に対する海賊の挑戦という構図になります。

日本の対応

日本では2009年6月に「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」(いわゆる海賊対処法)が成立しました。海賊対処法は発生する海賊犯罪行為に対して、日本の国として、取締、犯人の逮捕を行い、裁判により外国人海賊を処罰する内容を持つ、極めて特別な法律です。ソマリア沖に派遣された自衛艦には、海賊犯罪対処のため、8名の海上保安官が派遣、乗艦しています。自衛艦もこの法律に基づき派遣されることになりました。
加えて日本は、国連安保理の決議に基づく国際協力として、パトロールや取締行為を補填するため、自衛艦2隻とP3C対潜哨戒機2機を派遣、ジブチに航空基地を設営しています。航空基地の警備は陸上自衛隊が担当しています。150人に上る海上自衛隊、陸上自衛隊の隊員とジブチ港に寄港する自衛艦2隻に乗艦勤務する約500人の隊員に対する日本からの物資支援は、航空自衛隊の輸送機により実施されています。運用は、統合幕僚監部の指揮により一元的に行われています。

海賊対処法適応事案

2011年3月5日、日本の商船三井船舶関連の会社が運航するバハマ船籍の油タンカーが海賊に襲撃されました。海賊に襲撃乗船された後、船員は自衛措置を執りつつ、船主に連絡、米国海軍の海賊対策司令部に救助を求めたものです。上記映画でも表現されていますが、米軍艦の強力な航空機、武器などの働きにより海賊を制圧して、海賊4人は米軍に拘束され、その後海上自衛艦の上で海上保安官により逮捕されました。
海上保安官は、海賊を逮捕すると同時に捜査を始め、証拠収集や、関係者から事情聴取を行い、犯人を海上保安庁の航空機で日本に移送し、海賊行為の犯罪事実を明確にし、犯人を特定し、事件として検察庁に送りました。事件の捜査報告と犯人の引き渡しを受けた検察庁は、海賊犯人を取り調べた上で、拘置所に身柄を確保しつつ裁判所に公訴手続きを行い、海賊犯人には国選弁護人が選定されました。海賊犯罪は重罪であり、現代裁判基準において、裁判員裁判により裁判が行われることになりました。
裁判員の仕事は、裁判官と同様に公訴された犯罪者の裁判に参加し、裁判官と一緒に検察官の論告、弁護人の弁論、被告の証言、証人の証言などを聞き、提出された証拠などを調べて、判決を出す審理に参加します。今回の裁判は、被告のソマリア語から一度英語に通訳し、さらに日本語に通訳するという二重の通訳を付けたことも特徴でした。捜査を行った海上保安官や、米国軍人の証言、被害に遭った船員の証言、船舶管理会社の担当職員の証言を聞き、裁判の参考にしています。裁判員は裁判所により、あらかじめ抽出された一般の人の中から裁判所が任命します。一般人の中から、誰でも裁判員として指名される可能性があり、国民の判断力を活用する仕組みです。今回の海賊裁判では、被告人に一人未成年者がいたこと、頑強に海賊行為を否認した被告人がいたこと、犯罪の実行を認めた成人の被告人2名がいたことから、裁判は3つの裁判に分けて実施され、判決はそれぞれ5~9年(未成年被告)、11年(否認被告)、10年の懲役刑が言い渡されました。

先進海運国家として

海賊犯罪は、日本人全員に対するエネルギー供給の危機や、一般生活品の輸出入の遮断危機、企業に対する危機、船員の生命の危機を発生するものです。海賊対処法は、わが国の国会で十分審議を行い、自衛隊の出動、海上保安官の捜査権限を盛り込み、裁判管轄権を日本が持つことを明確にした法律であり、わが国の危機管理体制としての社会全体の法治国家の基礎力、法規範を示したものです。さらに先述した事案においては、裁判には裁判員が参加するなど、危機管理のシステムとして、全て日本で対応しています。
別の事案や他国においては、折角身柄を確保し、ヨーロッパに送られた海賊犯人でも、その国での裁判管轄権が無く、無罪となった事例も起きていると聞き及びます。わが国が、凶悪な海賊行為に対し、法の下に捜査を実行し、裁判で評価する力を示したことは、先進海運国家として、国際的にも高い評価を得ることができたと考えます。(了)

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