Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第152号(2006.12.05発行)

第152号(2006.12.5 発行)

「アルゴ計画」―世界の海を監視するシステム

東北大学大学院理学研究科教授◆花輪公雄

20世紀がまさに終わろうとするとき、中層を漂流する3,000台のフロートを用いて、
世界中の海を、くまなく、かつ均質に監視するシステム「アルゴ計画」が立案された。
この計画は、世界各国の共同した取り組みに発展し、2006年11月現在、
約2,600台のフロートが展開され、システムの完成まで、あと一歩の段階にある。
今後、このシステムの維持とさらなる強化、さらには溶存化学物質などを計測する新しいセンサーの搭載など、
ますますの発展がなされなければならない。


世界の海を監視すること

海は、地表面の約7割を占め、地球表層に存在している水の97%を貯えている。その大きな蓄熱能力と物質の高い溶解能力のため、気候の形成において大きな役割を担っている。実際、海は、大気の持つ熱量の約1,000倍もの莫大な熱を貯えており、また、人類の化石燃料消費により大気中に放出している二酸化炭素の約30%を吸収している。そして海には、細菌からプランクトン、そして、魚類や哺乳類にいたる多様な生物が存在することも、地球上の物質循環を考えるうえで、極めて重要である。

海はその広大さゆえ、たゆまなく変化する全体像を観察することは、容易なことではない。しかし、世界の海で起こっている現象をより詳しく理解し、変化・変動を予測し、顕在化している地球温暖化に際し、海はどのような役割を担い、海自身どのような変化をするのかを知るためには、世界の海を対象として常時監視するシステムの構築が望まれる。この構築に向けた計画が、1991年から走り出した「GOOS(全球海洋観測システム※1:グースと発音)」である。

GOOSを構成する有力な手段の一つは、人工衛星による海の監視である。すでに、海面水温、海上風、海面高度、波浪、表層プランクトン量を計測する技術が開発され、ルーチン的に計測されている。しかし、これらのリモートセンシングは光も含めた電磁波による計測である。海水は、その物理的性質により、電磁波を通さない。そのため、海の中の観察には無力であり、別の観測手段を採用する必要がある。


世界の海を丸ごと観察するアルゴ計画

■ 図1 アルゴフロートによる観測の模式図
米国カリフォルニア大学サンディエゴ校のアルゴオフィスのウェッブサイトより引用

こうした中、1990年代の後半、流れの弱い中層を漂流するアルゴ(Argo)※2フロートを用い、一定期間ごとに浮上させて水温や塩分を計測する計画が、米国の研究者から提案された。この計画に対し、すぐさま多くの国々の研究者が呼応し、また、研究資金提供機関の理解もあって、2000年前後に世界中で相次いで計画が走り出すこととなった。わが国では、当時の小渕内閣が主導する「ミレニアム(新しい千世紀)プロジェクト)」の一つとして実現したのが、「高度海洋監視システム(ARGO計画)※3の構築」である。これは、2000年度から2004年度までの5年間、海洋科学技術センター(現(独)海洋研究開発機構)、気象庁、海上保安庁水路部(現海洋情報部)などが参加して行われた。この間、約380台のフロート投入、データセンターの設立、海洋短波レーダによる黒潮流速観測などが行われた。約380台のフロートの投入は、米国についで第2位の貢献である。

2005年度以降は、一つのプロジェクトではなくなったが、引き続き上記の各機関、および、(独)水産総合研究センターや大学などが協力して推進している。また、同時に文部科学省の予算で「アルゴ計画推進委員会」が設置され、国内における調整や緊密な情報交換を行うとともに、国際対応の役割も担っている。

■ 図2 アルゴフロートの位置
2006年11月15日現在、2,637台のフロートが稼動している。
米国カリフォルニア大学サンディエゴ校のアルゴオフィスのウェッブサイトより引用
http://www.argo.ucsd.edu/

図1は、フロートの動作を示す模式図である。フロートは、船舶や航空機などから投入される。通常は水深1,000m付近を漂流する。一定期間(約9日間)の後、浮力を調節し、一旦2,000mまで沈んで上昇し始める。そして、秒速10cm程度で上昇しつつ、水温や塩分を定められた間隔で計測し、データをフロートのメモリーに貯える。数時間後、地球を周回している人工衛星に、海面に出たフロートからデータが送信され、さらに地上局へと伝送される。この伝送システムで、計測から24時間以内にデータが利用に供されることになる。

図2は、11月15日現在のフロートの展開図である。ほぼ世界の海にくまなく展開された2,637台のフロートが稼動している。計画の最終目標である3,000台の展開は、そう遠くない将来とみなされている。


アルゴ計画の今後の課題

順調に進展してきたアルゴ計画ではあるが、今後これを効率的に維持し、さらに強化していく必要がある。例えば、常時3,000個のフロートを維持するためには、フロートの寿命を可能な限り延ばすこと(当面の目標は4年)が鍵である。また、フロート空白域に効果的にフロートを投入するため、各国の連携・協力が必要となる。さらに、フロートは流速の速い黒潮などの強流域の観測には適していないので、補完のための観測システムの構築が必要である。これには、水中グライダーの利用が有力と考えられている。

さらに、フロートは各種計測センサーを搭載できる優れたプラットフォームである。実際、海水に溶けている酸素を測るセンサーや、クロロフィル(植物プランクトンの葉緑素)を計測するセンサーなどが実用的な段階に入り、実際搭載したフロートも展開されている。このほか、さまざまな溶存化学物質濃度を計測するセンサーの開発が望まれる。


船舶による観測の役割とその重要性

アルゴ計画がまさに達成されようとしているが、これまで行われてきた船舶による観測は、一見必要でなくなったかのように思えるかもしれない。しかし、これはまったく的を射ていない。深層における水温や塩分の精密測定、海水を採取しての溶存性諸化学物質の精密測定、そして海洋生態系を構成するさまざまな生物の観察などには、船舶の利用が今後も必要不可欠であることを強調しておきたい。(了)


※1 GOOS(Global Ocean Observing System)=http://www.ioc-goos.org/
※2 アルゴ(Argo)=ギリシア神話で、ジェイスン(Jason:ギリシア語読みではイアースン)が、金の羊毛を取り返しにコルキス国へと旅立ったときに乗船した木製の船の名前に由来する。この船には、ヘラクレスを含む49人が乗船した。なお、本文に記したように、2001年に打ち上げられた海面の高さを計測する衛星には、ジェイスンと名づけられている。
※3 ARGO計画=http://www.jamstec.go.jp/J-ARGO?index_j.html

第152号(2006.12.05発行)のその他の記事

  • 海洋政策と資源エネルギー問題 (財)日本エネルギー経済研究所専務理事◆十市(といち) 勉
  • 「アルゴ計画」―世界の海を監視するシステム 東北大学大学院理学研究科教授◆花輪公雄
  • 味覚のカニ、上海ガニ 帝京平成大学現代ライフ学部教授◆武田正倫
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

ページトップ