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オーシャンニューズレター

第152号(2006.12.05発行)

第152号(2006.12.5 発行)

海洋政策と資源エネルギー問題

(財)日本エネルギー経済研究所専務理事◆十市(といち) 勉

エネルギーの安定供給の確保はわが国にとって最重要課題の一つである。
今のところ、石油および天然ガスの自給率はそれぞれ0.3%、3.5%に留まっており、
海底資源の開発や海域の有効利用の促進につながる条件整備を進めることが不可欠となっている。

はじめに

エネルギーは経済活動および市民生活に必要不可欠な物資であり、その安定供給の確保はわが国にとって最重要課題の一つである。わが国は国内エネルギー資源に乏しく、そのエネルギー供給の大部分を海外からの輸入に依存している。とくに石油および天然ガスについては、その自給率はそれぞれ0.3%、3.5%に留まっている。このような中、1994年の国連海洋法条約の発効に伴い、わが国が主権的権利を有する管轄海域が飛躍的に拡大したこともあり、エネルギーの安定供給の確保に向けて、海底資源の開発や海域の有効利用の促進につながる条件整備を進めることが重要な課題となっている。以下では、エネルギー問題の視点から、排他的経済水域(EEZ)における資源開発、漁業補償、海上輸送などの問題について、今後取り組むべき課題について考えてみたい。

EEZでの資源開発

磐城沖プラットフォーム。
(写真提供:帝国石油(株))

これまで、わが国周辺の海洋におけるエネルギー資源の開発が不活発であった主な理由は、東シナ海を除いて、石油・ガス資源の有望な鉱区が少なかったことにある。現在生産中の海上の油・ガス田は、新潟県の岩船沖油・ガス田と福島県の常磐沖ガス田の2カ所に留まっているが、最近は三陸沖および茨城沖で新たな試掘活動が行われている。また、近年の原油高を背景に、日本周辺の海底に賦存する膨大な量のメタンハイドレート資源の開発利用に向けた動きも強まっている。

一方、東シナ海の有望鉱区については、政府が、周辺諸国との政治的摩擦を避けるために、30年近い間、わが国企業による試掘権設定の申請を棚上げしてきた経緯がある。しかし近年、中国が油・ガス田の本格的な開発を始めたのを受けて、わが国政府は、昨年7月、中国のEEZと隣接する鉱区の試掘権を帝国石油(株)に許可する決定を行った。問題は、民間企業が試掘作業を行おうとすると中国側の強い反発行動が予想されるなど、安全に操業できる環境にない点である。中国側とは、共同開発のあり方などを含めて引き続き協議を進める一方、先の通常国会で継続審議になっている「海洋構築物安全水域法案」を成立させるなど、法制面での環境整備を急ぐべきである。

また、現行の鉱業法は陸地を前提に制定された法律であるが、国連海洋法条約の発効を受けて、自動的にEEZに適用した経緯がある。そのため、単位当たりの鉱区面積の広さや都道府県知事との協議義務など、EEZの海底資源の開発を進める上で適切ではない点もあり、見直しが求められる。さらに、EEZでの資源開発を促進するには、次に触れるように、漁業補償の適正化に向けた取り組みなども重要な検討課題である。

海域利用と漁業補償

わが国は、大幅な中東石油への依存を低減するため、代替エネルギー源として天然ガスの利用拡大を進めているが、現在は全量LNG(液化天然ガス)としてASEAN、豪州、中東諸国から輸入している。しかしこのような中、サハリンおよび東シベリアには膨大な量の天然ガス資源が発見され、エネルギー供給源の分散化および地球温暖化対策の面から、これら地域からの天然ガス輸入の促進が重要な課題になっている。長期的には、欧州において実現しているように、北東アジアにおいても朝鮮半島および極東ロシアを結ぶ広域的な天然ガスパイプライン・ネットワークの形成が、この地域の平和と経済発展に大きく貢献すると考えられる。

日本初の瀬棚町洋上風力発電。(北海道、2004年運用開始)

さらにエネルギー供給源の多様化および地球温暖化対策として、再生可能エネルギーの利用拡大が、重要な課題になっている。とくに、風力発電は技術革新によるコスト低減の効果もあり、世界的に導入が促進されている。その際、景観や騒音の問題もあり、欧州では洋上における風力発電の設置が進められており、わが国でも、本格的な開発が期待されている。

地球温暖化対策として、2030年には先進国はCO2の排出量を現状に比べ30%以上の大幅削減が必要とも言われており、火力発電所から排出されるCO2を回収・分離し、地下ないしは海底下の帯水層などに貯留する技術の開発が進められている。わが国では、地下貯留に適した場所が限られており、海底の利用が重要な選択肢と考えられている。

一方、これらのエネルギー・環境対策として海域の有効利用を進める際に大きな障害になっているのが、わが国固有の漁業補償を巡る問題である。欧米諸国における漁場補償は、立証された損害額に対する事後補償になっているが、わが国では事業者と漁業従事者の折衝による事前補償になっている。そのため、わが国の場合は、漁業関係者の同意を得るのに多大の時間と過大な費用が必要になるなど、海洋の利用を進める上で大きな障害となっている。公共財としての海洋を国民福祉の向上のために最大限に役立てるには、わが国固有の漁業補償のあり方を再点検し、その適正化を図る必要がある。

海上輸送とエネルギー安全保障

今後、予見し得る将来にわたって、深刻なエネルギー不足に直面するアジア諸国(日本、中国、韓国、台湾、ASEAN、インド等)では、中東およびアフリカ諸国からの石油、LNGの輸入が大幅に増加するのは避けられない。例えば、国際エネルギー機関(IEA)の見通しでは、2002~30年の間に、ホルムズ海峡およびマラッカ海峡を通過する石油タンカーの隻数は、それぞれ3倍、2倍に増加するとしている。

そのため、とくにマラッカ海峡の安全確保、海賊問題や海上テロ等への対応など安全対策、および油濁防止などの環境保護対策への取り組みがこれまで以上に重要になる。すでに、マラッカ海峡の沿岸3カ国および日本、中国、韓国、タイなど利用国は、さまざまなレベルでの国際協力を進めているが、今後は、その取り組みを一段と強化する必要がある。

同時に、わが国のエネルギー安定供給にとって深刻な問題の一つが、石油タンカーやLNG船の運航を担う日本人船員の確保が高齢化の進展とともに今後一段と困難になると予想されることである。また、日本船籍のタンカーの比率が非常に低下していることも、エネルギー安全保障にとって懸念すべき問題である。いずれにせよ、わが国経済にとって不可欠な石油やLNGの安定確保を図るためにも、若い人材の確保と育成に向けて、産官学が一体となって長期的な視点から取り組む必要がある。そのためには、海洋関連の産業を活性化させ、若者が海洋に魅力を感じるような環境を作る努力が不可欠である。(了)

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