Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第300号(2013.02.05発行)

第300号(2013.02.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆この冬はインド洋東部の対流活動が極めて活発である。これが偏西風の蛇行を引き起こし、各地で異常気象が頻発している。日本列島にはその地理的な位置もあって、しばしば極域から寒波が襲来し、1月中旬に首都圏でもかなりの積雪があった。物流が滞り、日常生活に影響を与えたほどであった。このような時に、たまたま寺田寅彦の随筆『天災と国防』に出会い、東日本大震災のこと、昨今の国際情勢も思いながら、改めて先達の卓見に感動した。いわく、「日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために国際的にも特殊な関係が生じ色々な仮想敵国に対する特殊な防備の必要を生じると同様に、気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれていることを一日も忘れてはならないはずである。・・・・想うに日本のように特殊な天然の敵を四面に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる」。寅彦がこれを書いた昭和9年頃とは違って、現代のわが国ははるかに国際化し、地球上の至るところでさまざまな活動を展開している。この警鐘を広義に解釈するならば、いつ起きるかもしれないが、充分想定される非常時や危機への備えを常に怠ってはならないということになるだろう。
◆本ニューズレターは今号で300号になる。そこで、本誌の発刊を企画され、また長期にわたり支援していただいている日本財団の笹川陽平会長にご登場いただき、海への熱い思いを語っていただいた。生命の母なる海は広く大きい。そこでは人為的な境界を越えて、人類社会の持続的展開に不可欠なさまざまな活動が行われている。こうした活動を協調的に担っていく人材の育成こそ長期的な視点から最も重要なことである。日本財団の支援により、既にさまざまな分野で多くのリーダーが育ち、各国や国際機関で活躍しているが、これこそ、わが国の貴重な財産といえるだろう。オゾンホールの研究でノーベル賞を受賞したパウル・クルッツェンは、人類活動が地球環境の変化を起こし始めていることから、新しい地質学的時代区分「人類世(Anthropocene)」に入ったとする。特に海洋環境の劣化は危機的状況にあることから、笹川会長は、世界海洋の管理の面で、わが国がイニシアティブをとるべきであると力説されている。官民が連携して、こうした面でも世界に尊敬される国を築いてゆきたいものである。
◆佐藤洋一郎氏には海と人類の関わりのなかでも、特に、農耕作物の伝播について解説していただいた。小さな集団がごく少量の種子や苗を持って海を渡ったからこそ、作物が進化できたという一見して逆説的な結論には、海は隔てる一方で繋げる媒体という海の二面性が現われていて興味深い。人類が海を渡るにはモンスーンや貿易風の存在など自然環境も重要だったはずである。偶然と必然がもたらした「人類世」が、自然環境と調和的に持続可能なのかどうか、壮大な実験が始まったと言えるのではないだろうか。 (山形)

第300号(2013.02.05発行)のその他の記事

  • インタビュー 海とともに 日本財団会長◆笹川陽平(聞き手=本誌編集代表◆山形俊男)
  • 海を渡った作物たち 総合地球環境学研究所副所長◆佐藤洋一郎
  • 編集後記 ニューズレター編集代表((独)海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

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