Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第300号(2013.02.05発行)

第300号(2013.02.05 発行)

インタビュー 海とともに

日本財団会長◆笹川陽平(聞き手=本誌編集代表◆山形俊男)

地球表面の7割を占める海洋は、人類の発展にとってますます重要になってきている。われわれ人類は海洋からさまざまな恩恵を受けており、海洋の総合的な管理と持続的な利用について国際社会が一致団結して取り組んでいかなければならないと考えている。
世界の海を次世代に引き継ぐためにも海洋管理の分野において日本がイニシアティブをとっていけるようなることを強く願っている。

Ship & Ocean Newsletter300号を記念して

―本日はお忙しいなか、ありがとうございます。お蔭さまで本誌は300号を迎えることとなりました。これを機に、海洋と人類の共生を目指して様々な分野で活動されている日本財団の笹川会長に、じっくりとお話を伺いたいと思います。
「そうですか、300号を迎えましたか。このニューズレター創刊時に、継続的に出して行くことが大変重要だと思いました。ただ、当時はどなたに読んでいただけるのか、どういう方が海洋に興味を持っていらっしゃるかも判らないような、心もとない船出だったと記憶しています。それが先生方をはじめ関係者のご尽力により、今ではニューズレターを通して海洋政策研究財団が海洋政策について中心的な役割を果たしていることが理解されるようになったのですから、大変喜ばしいことです。是非とも500号をめざしてください」
―心強いお言葉をいただきありがとうございます。私どもとしてもこれからも海洋の重要性に関してできるだけ多くの人たちに伝えたいと考えております。さて、さっそくですが、2012年6月8日、「世界海洋の日」に国連で海洋法条約採択30周年記念会合が開催され、民間から笹川会長がただ一人招かれて海洋に関して基調講演をされたと伺っています。
「国連海洋法条約採択30周年記念ということですが、肝心の米国はまだ批准していません。国連は様々な活動を戦後60数年やってきましたが、一番遅れているのは海洋への取り組みではないかと思います。世界の人口が100億人も視野に入っているような状況下で、人間の生存に不可欠な海洋が汚染され、魚も減っているわけです。海洋の総合的管理の緊急性を世界の有識者が共有をしていくべきだと私は考えています」
―会長に基調講演のお声がかかったのは、海洋の総合的管理における人材育成に関する国際貢献が評価されたものと聞いております。
「総合的管理が必要なのはどの分野でも同じだと思いますが、海洋については、EEZ(排他的経済水域)の導入により海洋で国境が接する時代になってきたことで、やっとそうした視点が出てきたところです。ところが海洋に関する人材育成が全くされてこなかったため、途上国においては急にEEZの管理だと言われても、人も、扱う省庁もない状況です。日本財団は早くからこの問題に気づき息の長い人材育成をやってきました。そのことが評価されたのでしょうね」
―日本財団では世界海事大学などでもさまざまなスカラシップを展開されていると聞いております。
「世界海事大学ではこれまで400名くらいにスカラシップを提供してきました。また、マルタにある国際海事法研究所、イギリスのカーディフ大学国際船員研究センター、あるいはDOALOS(国際連合海洋問題・海洋法課)、カナダのPOGO(国際海洋観測機構)などでも学んでもらっています。船員指導者の育成だけではなく、海事分野における専門家、海洋観測、国際紛争の解決に関する専門家の育成など海洋に関するさまざまな目的のプログラムが行われ、貴重な人材が育っています」
―日本財団の活動により、そのような海洋人材は世界で何人くらい育っているのでしょうか。
「これまでで780人ほどです。人材育成活動を国連に評価していただいたのはありがたいのですが、まだまだこれからです。しかし、幸いにして長く支援をしていると、育った人たちが、国際会議などでイニシアティブを発揮するようになってきています。そういうネットワークができていますから、海洋の人材育成については日本のプレゼンスは世界で突出していると思います。これは誇りとするところです」
―日本財団は日本という枠にとらわれずに国際的なリーダーとしての役割を果たしてこられたわけですが、これからの人材育成についてのお考えをお聞かせいただけますか。
「例えば、私たちは今、世界の海底地形図を作ろうとしておりますが、まだ10%くらいしかできていません。このペースでは仕上がるのにあと100年かかります。そういう超長期的なプログラムでは、人がいなければ前には進みません。そのほかにも世界の物流の90%以上が海上交通に頼っていることなど、海洋の重要性について取り上げていったらきりがないほどです。その意味では人材育成のスタートが遅すぎたと言えるのかもしれません。多くの国に海洋の人材育成の重要性についてもっと認識していただけるような活動もしていかなければならないと考えています」
―人材育成の視点から海洋の産業界との連携を促進するお考えもあると伺っています。
「船会社の体質は古く、船員育成について遅れていると言わざるをえません。例えばLNG船などは高い安全性を理解できる船員に切り替えていかなければなりません。そのためには船員教育を急がなければならないのです。船員教育は国際基準に基づいた共通の取り組みを推進するべきだと考えています。国際海事大学連合(IAMU)が設立されていますので、そこでグローバリゼーションの時代にふさわしい国際統一基準の教科書を作成し、船員教育に貢献していきたいと考えております。最終的にはLNGの技術取得というようなところまで幅を持たせるような、そんな教育体系を作りたいというのが私のもうひとつの夢なのです」
―わが国が新たな海洋立国をめざすためには、海洋に関する国民の理解が必要となります。そのためには海洋教育の推進が大切だと思いますが、会長はどのようにお考えですか。
「日本は海洋立国だ、海洋大国だとよく耳にしますが、空虚な言葉に感じられるときがあります。実態から離れているのですから。やはり海洋教育というものをきちんとやっていく必要があるのでしょうね。海洋教育というものは戦後60数年ほとんどなかったと思います。小学校の教育から海洋に対する認識を高めていくというのは、一見遠回りのようですが、実は一番近道のような気がします」
―同感です。海洋基本法の精神は海に親しむということにあると思います。親しんで、知って、守り、利用していくことが大切になりますね。海洋政策研究財団では『21世紀の海洋教育に関するグランドデザイン』として、小学校、中学校、高等学校の学習指導要領に海洋に関するカリキュラムを展開しようという提案を行いましたが、そういう活動が重要だと思っています。
「人を育てるということは終わりのないことです。これからの人材育成については、私たちだけではなくて、様々なところと広く連携してやっていかなくてはいけないでしょうね」

海洋科学と社会

―海洋科学は総合的な学問ですから、分科としての既存科学を横断する仕組みが必要になります。私は昨年まで東京大学理学部におりまして、日本財団のご支援で東京大学に創設された海洋アライアンス機構の船出にも立ち会ってまいりました。
「そうでしたか。わが国における最近の海に関する出来事のなかで、画期的なのは東京大学が総長室に海洋アライアンス機構という仕組みを作って横串を刺したということだと私は思います。今まで同じ学内でありながらあまり共同作業をしたことのない組織の一体化を図り、実現したことは高く評価できます。これからの日本の海洋管理にとって必要な、ありとあらゆる分野にわたる人材が学内協働するモデルケースを作られたわけですから、画期的な出来事だったと思います」
―海洋アライアンス機構の発足に当たり、改めて海洋に関係する研究者を調べてみたところ東京大学だけで数百人もいたのです。いままではそれがバラバラだったので、非常にすばらしい横串になりました。
「日本では自然科学と人文社会科学の連携もやや弱いようですが、これからは国際性を含めてもっと大きな視点からのアプローチが重要になるでしょうね」
―ご指摘のとおりだと思います。ICSU(=国際科学会議)では、ISSC(=国際社会科学協議会)、UNESCO(=国際連合教育科学文化機関)、 UNEP(=国際連合環境計画)、UNU(国連大学)、ベルモント・フォーラムなどとアライアンスを形成し、持続可能な社会形成に積極的に貢献するために、科学と社会の交流を活発化しようとしています。Rio+20で「私たちが求める未来」(The Future We Want)という成果文書が纏められましたが、それに対応してICSUが中心になり分野横断的な「Future Earth(=未来の地球)」という大きなプログラムを企画しています。先ほどの会長のお話を受けますと、海洋の場合には持続可能な「Future Ocean(=未来の海)」をめざすものと言えるかもしれません。人と環境のwell-being(佳き生)をめざして、専門家を含む社会のすべてのステークホルダーが協働する仕組みを強化していく必要があります。
「自然科学を含めて、学問というものは、地球上に住む人たちの生活向上に繋がるものだと私は理解しております。学問が学問の世界だけで終わってはならないと私も考えております。人々に裨益していくということが大変重要です。われわれの生存基盤である海洋が、このままでは非常に危機的な状況になってしまうということを社会に啓発してゆく活動が大変重要になると考えます。そのためにも科学者と一般の人々との間の距離を縮めていくことが、これからの科学者に望まれるスタンスではないかと思います」
―そのとおりです。単なる研究のための研究であってはならないのであり、社会のことを考えた研究を推進し、その成果は、社会を啓発することに使われなければならないですね。
「私たちはチェルノブイリで10年間救援活動をやってきた経験があるのですが、これに基づいて、3.11の震災から6カ月経過した昨年9月に、世界第一線の放射線科学者32人を集めて福島県立医大で会議を行い、その提言書を日本国政府に提出しました。私が感じた一番の問題は、これは参加された科学者たちの結論の一つでもあるのですが、科学者は、どうして被害を受けた一般の人たちを説得できるような易しい言葉で説明ができないのだろうかということでした。常日頃、放射線を専門として研究しているけれども、これを社会に伝える言葉を持っていないということを反省しなければならないというわけです。それで、専門の先生方と相談し、卓話を始めました。福島の家にお邪魔して、できるだけ判りやすい言葉で、現地の方々が安心できる、理解できる言葉で話して回るというものです。これからの科学者にはこうした活動も重要なのではないかなと思っています」
―たいへん興味深いお話です。卓話というのは最近ではもう少し多くの人たちを前に話すという意味で使われるようですが、食卓の「卓」を囲んでお話をするということですね。
「まさしくそうなのです。よく政治家が卓話、卓話っていいますけれど、100人や200人いるところでいくら話しても、なかなか皆さんに分かっていただけないと思います。お茶を飲みながら、『お爺さん、そんなに心配しなくてもいいんだよ。これはこういうことだからね』と、そんな感じで話をする。これが大変重要なことだと思っています」

国際貢献と海洋のCSR

―民間である日本財団が世界と連携した活動を積極的に行っていることはたいへん意義のあることだと考えます。日本財団はマラッカ・シンガポール海峡における交通の安全や安全保障の面においてもイニシアティブを発揮されてこられましたが、最近はミクロネシア三国における海洋の安全保障にも協力されておられると伺っております。
「ミクロネシア三国の海上保安能力の強化を支援するプロジェクトとして小型巡視艇への協力をいたしました。しかし、これはこの海域の問題からみればほんの小さな協力です。ミクロネシアは世界的にみても海洋の安全保障の上でとても重要になっています。中国の動きもありますし、アメリカやオーストラリアも南太平洋の島嶼国について、非常に大きな関心をもって協力体制を敷いています」
―南太平洋の安全保障について国としての対応はいかがでしょうか。たとえばアメリカと比較して、わが国政府の対応についてどのように考えておられますか。
「アメリカは2012年年頭に国務長官のヒラリー・クリントンが南太平洋の諸国を歴訪し、政治学者のマイケル・グリーンはアジア担当ということで9カ国を回っています。そういう点から見ると、日本はこの一年で大臣すら一人も行っていないわけです。2011年には森 元総理がちょっと訪問されましたが。日本財団としては南太平洋諸国に日本との連携を深めてもらいたいという意味で、ささやかな協力をしてきました」
―南太平洋の島々は狭い島と海そのもので構成されているわけですし、日本は島嶼国家としてそういう国々を支援し、うまく連携していくことが重要ですね。
「パラオなどは2万8000人で国ですからね。安全保障だけでなく、ゴミ問題や環境問題とか、そのような小さな国ひとつではどうしようもない問題があるわけです。安全保障面でもそうですが、本来は日本政府が国としてきちんと連携していくことが必要なのです」
―外洋や沿岸域での活動には非政府部門、特に企業の参加と貢献も不可欠です。その一環として近年、CSR(企業の社会的責任)が注目されていますが、日本財団としてはこれらについてはどのようにお考えですか。
「私は海洋学者ではありませんが、素人のものの見方というのは大事な点を捉まえることもあると考えています。17世紀の海洋学者グロティウスが唱えた『海は無限なものだ』と『海の利用は自由だ』ということが、常識として通用している時、7年前になりますが、私は初めてマラッカ海峡で『海の利用はタダではない』と呼びかけました。これからは海洋から恩恵を受けている人たちが応分の責任を負うべきだと。特に海運会社についてそういう気運を盛り上げたいと考え、欧米の多くの船会社の団体組織を回ってお願いしてまいりました。けれども、彼らとしては『応分の協力をすべきだ』と急に横から言われて戸惑いもあったようですね。海洋のCSRについては非常に遅れてはいますけども、シンガポールで2012年4月に産業界が自主的に会合を開くまでになりました。やっとそういう方向に進み出しました」

世界海洋会議の開催に向けて

―私たちは海洋からさまざまな恩恵を受けているわけですが、海洋を管理し、持続的に利用していくには、さまざまな分野において指導者が求められています。これまでいろいろお話しをうかがってきましたが、日本財団として将来に向けて何か具体的な構想がおありですか。
「海洋はまだまだ国際社会が一致団結して注目するような対象にはなっていません。世界の政治家や指導的立場にいる人たちに、海洋のおかれた深刻な状況を啓発する必要があると思います。科学的なデータを総合して、世界に向かって「Warning(警告)」を出せるような国際会議を日本で開催したいですね。しかも出来るだけ早く。そういう海洋に関する総合的な国際会議を日本で少なくとも5年や10年続ければ、世界の海洋管理といえば「日本がイニシアティブをとっている」と世界が認めるようになるはずです。私は日本をそういう国にしたいと思っています」
―海洋のいろんな分野に横串を刺すような総合的な国際会議の実現を是非期待したいですね。定期的に開催されれば日本が世界の海を護る海洋国家であることを世界に強く印象づけることになるでしょう。日本財団がますます国際的なリーダーシップを発揮されることを期待しております。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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