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オーシャンニューズレター

第310号(2013.07.05発行)

第310号(2013.07.05 発行)

インド洋における日英の「海洋協力」を構想する

[KEYWORDS]日英海洋協力/海賊対策/民間武装ガード
獨協大学外国語学部教授◆竹田いさみ

日本と英国はインド洋を舞台にした「海洋協力」で、多面的な関係を結ぶことが可能だ。なぜなら、インド洋におけるソマリア海賊対策、海洋インテリジェンス、東アフリカでの海洋開発の三分野で、両国は利害が一致する政策分野を多々抱えているからである。
具体的には、海賊対策などの法執行、海軍艦艇によるパトロール、人道支援、開発協力、LNGなどの資源開発、インテリジェンスの共有などである。両国が新たな「協力」関係を重層的に設計することで、より大きな成果が期待できるはずである。

ソマリア海賊対策での日英協力

■東アフリカ・タンザニア沖でのLNG開発現場。警備は英国系の民間武装ガード、開発企業はノルウェー。

アジアとヨーロッパを結ぶ国際貿易の大動脈であるインド洋西部、アデン湾、紅海、さらにペルシャ湾を結ぶアラビア海で海賊事件が頻発し、それが世界的な問題となってきたことは周知の通りである。このソマリア海賊が特徴的なのは、船舶を襲撃して金品を強奪する従来の「コソ泥」型の海賊ではなく、乗組員を人質に高額の身代金を要求するという「人質ビジネス」を展開する、組織的な犯罪集団型の海賊であるという点である。2008年から2011年にかけて海賊事件が多発するようになったが、各国海軍によるパトロールの強化、民間商船による自衛措置(放水銃の設置、レーザーワイヤーの設置、避難施設の設置)、民間武装ガードの乗船などによって、2012年以降は海賊事件の件数も大幅に減少するようになった。とはいえ、最近ではソマリア海賊に加えて、西アフリカのギニア湾で凶暴な海賊グループが出没するようになり、民間商船の被害が増加している。依然として、アフリカ大陸の東西で発生する海賊に対し警戒監視を怠れない状況が続いている。
ソマリア海賊事件の発生件数を大幅に減少させた背景には、各国の海軍艦艇によるパトロールがある。アジアとヨーロッパを結ぶ国際貿易航路のアデン湾に国際推奨航路帯を設け、民間商船の船団護衛を担ってきたのが日本の海上自衛隊である。護衛艦二隻を派遣し、ジブチには哨戒機P-3Cを2機配備し、多くの民間商船を護衛してきた。米海軍、英海軍を筆頭に、ヨーロッパ諸国がNATO(北大西洋条約機構)もしくはEU(欧州連合)の枠組みで海軍艦艇を派遣し、インド洋西部の海域をパトロールしてきた。
海軍によるパトロールが海洋安全保障のインフラストラクチャーであれば、民間商船による個別対応で威力を発揮したのが民間武装ガードの活用であった。民間武装ガードとは、民間の警備会社に雇用され、自動小銃などで武装した警備員のことである。民間武装ガードの大半は、英国系警備会社により派遣され、警備員自体も英国海軍や陸軍の特殊部隊出身者が大きな割合を占める。英国には現在、海洋安全保障をビジネスとする民間警備会社が120社以上あり、なかには英国海軍と緊密な関係を持つ企業も複数存在する。民間武装ガードを乗船させた船舶は、海賊に襲撃されることはあっても、ハイジャックされた事例はない。これは、民間武装ガードが乗船した商船の乗組員を拘束や人質の危険から守っているという証拠に他ならない。人質にならなければ身代金を要求されることもなく、海賊による「人質ビジネス」は成り立たない。民間武装ガードは、インド洋西部の「危険海域(ハイリスク・エリア)」、つまり海賊事件が多発するエリアを航行する民間商船の安全性を飛躍的に高めたといっていいだろう。
英国系の民間武装ガードの強みは、出身母体である英国海軍のネットワークを活用できる点にある。インド洋の海洋安全保障をめぐる英国の官民連携は想像以上に進んでおり、情報交換も盛んだ。現インド洋を舞台に国際貿易、海賊対策、資源開発など、海洋に関連する分野にさらに踏み込んでいくためには、海洋安全保障を通じた日英の協力は不可欠となる。民間武装ガードの活用という観点で、両国の協力関係を望む声は多い。

海洋インテリジェンス

ソマリア海賊対策の情報収集、民間商船との連絡機能などは、英国を中心に世界が動いていると表現しても過言ではない。各国海軍と民間商船とのコンタクトは、アラビア半島にあるUKMTO(英国海運貿易オペレーション)が担い、EU海軍部隊とNATO海軍部隊の指揮情報通信は英国に集約されている。ここには各国から派遣された海軍関係者が机を並べ、英国海軍と緊密化な関係を築いている。オペレーション・センターに一歩踏み込むと、インド洋西部の海域を映し出す大型モニターが目に飛び込んでくる。複数のモニターを通じて、さまざまな海賊の事件情報、民間商船の動向、各国海軍の動きが、リアルタイムで把握できるようになっている。
インド洋西部における人的ネットワークやインテリジェンス網では、米国と並んで、英国が圧倒的な存在感と影響力をもつ。ただ英国の場合は米国と異なり、静かに、目立たず、ロープロファイルを基調としているため、目に見える形で英国の存在感を確認することが困難だ。しかしインド洋西部を回ってみると、いたるところで英国人のプレゼンスを確認することができる。
日本としては、インド洋西部における人的ネットワーク、インテリジェンス、情勢分析で世界的にも比較優位をもつ英国との協力関係を推し進めることで、日本にとって弱点のインド洋情報にアクセスすることが可能となる。

東アフリカでの海洋開発

東アフリカのモザンビーク沖で「世界最大級」の天然ガスが埋蔵されていることが明らかになり、試掘・採掘・生産への準備が進んでいる。日本は2018年には、LNG(液化天然ガス)をモザンビークから輸入する予定だ。そしてモザンビークの北部に連なるタンザニア、ケニア、ソマリアの沖合には豊富な天然ガスが埋蔵されている可能性が高い。かりにソマリア沖で天然ガスの埋蔵を確認することができれば、新興独立国家ソマリアにとっても有力な経済基盤となる。天然ガス田は隣国のケニア沖、さらにタンザニアにも連続していると考えれば、東アフリカ地域をカバーする有力な海洋開発分野となる。
日本が東アフリカ諸国の沖合で新たに海底ガス田の開発に今後着手する際、英国とのタイアップは重要なカギとなる。英国には、東アフリカで人的ネットワークを形成し、天然ガスの試掘、生産、販売へのノウハウをもつ世界有数の資源開発企業が数多く存在する。また前項で述べたように、海賊などの組織暴力やテロ集団に対応する民間武装警備会社が現地でオペレーションを行うなど、安全な開発事業推進のための環境も整っている。英国のもつ東アフリカ地域での土地勘、人的ネットワークを日英の多角的な「海洋協力」の枠組みに取り込むことが必要である。日本が東アフリカで海底資源の開発に積極的に関わっていくためのそれは大きな足掛かりとなるからである。
日本と英国の「海洋協力」関係といってまず想起されるのは、約110年前の1902年に締結された日英軍事「同盟」であろう。本稿で提唱した日英「海洋協力」は、インド洋におけるより踏み込んだ官民の協力を模索するという観点からすると、多様な政策分野における日英の「同盟」関係だといってもよい。英国にとっても、日本が持つ中国、朝鮮半島など北東アジアの海洋インテリジェンスを活用することが可能となる点、この「海洋協力」による英国側のメリットも大きいと考える。太平洋に日米同盟を、そしてインド洋に日英「海洋協力」を構想することで、日本のグローバル展開の足元はより盤石なものとなるはずである。(了)

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