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オーシャンニューズレター

第49号(2002.08.20発行)

第49号(2002.08.20 発行)

海洋データ交換ポリシー

東京大学海洋研究所 助教授◆道田 豊

海洋観測データは海洋の問題を考える場合の基盤である。最近、海洋観測データの国際交換のルールが見直されようとしており、そこでは、データ生産者の権利とデータ流通の推進のバランスが重要である。わが国周辺海域の海洋観測網を充実させた上で、国際ルールに基づいたデータ流通、データ交換の推進が求められる。

海洋データの国際交換のしくみ

ユネスコに政府間海洋学委員会(IOC)という専門委員会があり、1960年の設立以来、海洋学に関する国際的な議論の場となっている。海の観測データは、それを取得するために多大な労力・経費を必要とするほか、時間変化する海の状態の観測結果は二度と同じものを得ることができないという意味でも極めて貴重であり、IOCは設立当初から「海洋データの国際交換」を活動の柱の一つとしている。海洋観測データの国際交換を進めるために開始されたのが「国際海洋データ・情報交換(IODE)」という活動である。

IODEでは、海洋データを交換する際「無償、無制限」を原則とし、第1回IOC総会(1961年)の勧告に基づいて各国に設立された海洋データセンターのネットワークを中心に、海洋データの流通を進めてきた。わが国では、IOCの勧告を受け国内の議論を経て、1965年に海上保安庁水路部(現海洋情報部)の中に日本海洋データセンター(JODC)が設立され、現在に至っている。

こうした動きに先立ち、1957年に実施された国際地球観測年を契機に、貴重な地球観測データを管理するため世界データセンター(WDC)の仕組みが作られており、IOCのIODEは、米国及びソ連(当時)に設立された海洋学の世界データセンターと密接な協力のもとで進めることになった。そこでは、各国の領海の外で観測され交換に供すると宣言されたデータは、無制限で交換するとされた。

1990年代から温暖化など地球規模の環境問題が国際社会の重要課題となり、気候変動における海洋の重要性が認識されるようになった。そして、海の研究を世界的な規模で推進するという観点から、高品質の海洋観測データを幅広く迅速に交換することの重要性が叫ばれるようになった。これを受けて確認された原則のキーワードは、「fulland openaccess」で、データに対して最大限自由なアクセスを提供しよう、というものである。

データ交換ポリシーをめぐる議論

その後、いくつか情勢の変化があったため、IOCではデータ交換ポリシーを再設定する必要が生じ、2001年に各国2名以内の専門家で構成される政府間作業部会が設置された。背景となる情勢変化の一つは、海上気象の分野でIOCと緊密な協力関係にある世界気象機関(WMO)が、1999年に気象データの交換に関するポリシーを定めたことである。気象データの中には、海面水温や海洋表層の水温分布など海洋データも含まれることから、WMOとIOCの共同プロジェクトなどで、両機関のデータ交換原則の整合を取る必要が生じたのである。もう一つの要素は、国連海洋法条約の発効である。この作業部会は、2001年5月と2002年6月に会合を持ち、新しいIOC海洋データ交換ポリシーの素案を取りまとめた。論点はいくつかあるが、紙幅の都合もあり、ここではデータ生産者の権利保護とデータ交換の推進に関する議論を紹介する。

データ生産者の権利保護という視点

海洋科学技術センター資料
地球全体の海洋変動の観測をリアルタイムで行う国際プロジェクト「アルゴ計画」が2000年に開始された。観測には水深2000mから海面までの間の水温・塩分の値を約10日毎に計測することができるアルゴフロートが用いられる。
(海洋科学技術センターの資料にもとづく)

2002年の作業部会で最も紛糾したのが、この議論である。米国には、海洋データの交換を完全に無制限なものにしたいという基本姿勢があり、次のような議論を展開した。すなわち、「加盟国の協力により海洋科学の発展を目指すというIOCの目的を達成するため、データ交換ではできる限り制限を排除すべき。IOCの精神に賛同して計画に参加した者(研究者、研究組織、加盟国など)は、その計画で取得されたデータを人類の共有財産として広く交換に供すべきであり、データ生産者としての権利を主張すべきではない。最近開始されたアルゴ計画では、データ生産者の権利を放棄することで合意したが、これは画期的なことで、今後のIOCのデータ交換原則もこれに倣い、データを完全に共有する方向に進める必要がある」という主張である。

一見、高邁な理想が感じられるようにも思われるが、上記の米国の論調には大きな問題が隠されている。米国の主張は、「IOCはデータ生産者の権利を保護しない」と表明しているに等しい。そのような主張をする国際組織の研究計画に、研究者は進んで参加するだろうか。米国が例に挙げるアルゴフロートに関する計画については、研究者はデータ生産者の権利を放棄することに納得した上で参加しているため、米国が主張するようなデータ交換原則を適用することが可能である。しかし、それを他のIOCの計画すべての標準として採用するわけにはいかない。IOCの計画への参加に水を差し、結果的にIOCの存在を揺るがす可能性があると考えられることから、同様の問題意識を持つ欧州諸国と協力して論陣を張った結果、なんとか米国の主張を退けることができた。また、沿岸国の権利を重視するインドの強い主張によって「加盟国」という語が加わり、作業部会で作成したポリシー素案では、「データ生産者及び加盟国の関連する権利」という表現が採用された。この権利を尊重しつつ、なるべく多くの海洋データを交換するという目的を達成していくこととされた。

日本の海洋データ流通を進めるために

海洋データ交換のルールに関する国際的な議論の一端を紹介してきたが、これは、交換に供するデータが取得されてはじめて生きてくる議論であることはいうまでもない。最近、国内の関係機関において、定期的な海洋観測が縮小される傾向にあるという。財政その他の事情によるものと思われるが、海洋予報を目指してモニター志向の定常的な海洋観測を拡充しようという世界的な動きには逆行するものである。国際的な動向に無批判に追随していく必要はないが、日本近海の基本的な海洋観測網を維持し充実させることは、わが国の海洋問題を考える場合の基盤であることを忘れてはならないだろう。その上で、ここで述べたデータ交換ポリシーに基づいて、観測データの有効活用を図っていく必要がある。(了)

【文中の略語】

IOC:IntergovernmentalOceanographic Commission

IODE:International OceanographicData and Information Exchange

WDC:World Data Center

JODC:Japan Oceanographic DataCenter

WMO:World MeteorologicalOrganization

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