Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第130号(2006.01.05発行)

第130号(2006.01.05 発行)

再び日本の海洋政策を提言する

東洋英和女学院大学教授、慶応義塾大学名誉教授◆栗林忠男

国連海洋法条約を中心とする国際海洋秩序に対応するため、世界の主要国は海洋政策の策定・実施に踏み出している。
日本の立ち遅れが目立つ中で、その根底にある縦割り型の政策決定過程の弊害を是正し、計画的かつ統合的な政策決定のための行政機構の仕組みを案出して、海洋管理のための理念に基づくわが国の基本的な政策方針を打ち出さなければならない。
「海洋政策研究財団」(OPRF)による最近の提言の主旨を紹介する。

海洋と日本―21世紀の海洋政策への提言について

このたび、海洋政策研究財団(OPRF)の「海洋・沿岸域研究委員会」が「海洋と日本-21世紀の海洋政策への提言」を取りまとめ、同財団はこれを2005年11月に公表した。この提言は、2002年に「海洋管理研究会」(日本財団)が作成・公表した「海洋と日本-21世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」に続く、その後の研究成果を取り入れたものである。

今回の提言は、2002年の提言より一層詳細に総合的な海洋政策を推進して行くための「海洋政策大網」のあるべき内容に踏み込み、「海洋の持続可能な開発」、「海洋の国際秩序先導と国際協調」および「海洋の総合的管理」の三つの柱を基本理念として、わが国が包括的な海洋政策の策定と実行に速やかに着手すべきことを提案している。

また、わが国には未だ存在しない「海洋基本法」の新たな制定や、総合的な海洋政策の立案と実行を担う行政機構の抜本的な整備(具体的には、海洋関係閣僚会議、海洋担当大臣、内閣府海洋政策統括室(および海洋政策統括官)、海洋諮問会議の設置・任命など)に関する提言も行った。さらに、個別的施策の提案として、日本周辺海域の排他的経済水域(EEZ)および大陸棚の管理の枠組構築、海洋の安全保障の確立、海洋環境の保護・保全・再生の推進、海洋生態系に配慮した海洋資源の開発推進、総合沿岸域管理システムの構築に向けた取り組み強化、防災・減災の推進、海洋管理のための海洋情報の整備、研究・教育とアウトリーチの推進など、わが国が取り組むべき重要な諸課題を明記した(提言内容の「概要」については、本誌巻頭を参照)。

前回に引き続き研究会の委員長として作業に携わった者として、提言の作成に精力的に関わった委員各位並びに献身的な支援を頂いた財団関係諸氏に対し、この場を借りて厚く感謝申し上げたい。以下においては、何故私たちが再び日本の海洋政策について提言するのか、個人的見解に及ぶ面があるかもしれないが、その理由について述べてみたい。

21世紀にふさわしい海洋政策の策定を

1994年に発効した国連海洋法条約(1982年採択、日本については1996年発効)を中心として急速に進展する国際海洋秩序に対しては、各国とも創意工夫をもって対応しており、現在、米国をはじめ多くの国がそれぞれの海洋政策の策定・実施に向けて走り出しているところである。そうした中で、日本が法制の整備を含む海洋政策の分野において全般的に立ち遅れている状況があり、それには次のような根本的な要因があると考えられる。それは、統合された海洋政策を案出すべき国家体制の不備であり、その結果として日本独自の包括的な海洋政策の不在である。国際社会にせよ国内社会にせよ、現代社会の海洋問題は相互に複雑に絡み合っており、ますます総合的な取り組みが要請されている。

海洋問題の全体的把握、相互関連性の認識の重要性、海洋の総合的管理の必要性などにつき、国際的な諸文書や各種の国際フォーラム等でしばしば強調され勧告されてきたにも拘らず、縦割り型の日本の国家体制がそのような世界共通の認識と要請に正面から対応してこなかった。そして、現在でも十分に対応できないままでいる。前回の提言の公表に際して、「もうここら辺で、21世紀における海洋に対する新たな国民意識を確認するとともに、縦割り型行政の弊害を是正して海洋政策の策定と実行の制度的仕組みを根本的に見直すべきである。そうでないと、わが国は世界の大勢から取り残され、海を舞台とする国際協力にも積極的に貢献できなくなるのではないか」ということを、私は本誌で訴えた(「海洋秩序の先導国たれ!」Ship & Ocean Newsletter No.41,20 April 2002)。だが、そうした危機感は依然として解消されず、むしろその懸念は一層深まるばかりである。

これまでいくつかの省庁における200海里時代への対応の努力や特定の海洋問題に対する関係省庁間の連絡・調整の動きなどが散見されたものの、わが国における海洋政策の決定過程は第二次大戦後今日に至るまで基本的にはあまり変わっていない。縦割り行政、省益至上主義、官・産・学の縦割り的系列化などに由来する、政策決定の遅延と重複を含む非能率性、決定主体と責任の所在の曖昧性等々の弊害によって、真の計画的かつ総合的な海洋政策の立案・実行は阻まれている。海洋関連情報の開示や説明責任の履行などにおいても、消極的かつ保守的な一般的慣行を脱却することができない。日本を取り巻く海の環境・資源・交通・安全保障などすべての分野で、わが国に国際的・国内的に解決を迫る海洋問題は山積している。それらの問題について、伝統的な「海洋の自由」から新しい「海洋の管理」へと向かう海洋秩序の潮流の中で、日本の立場を総合的に把握・分析し積極的に対応して行くには、現行体制では既に限界をはるかに超えているといわなければならない。「まあ何とかやれているのだから」では、もう済まされない。これでは構造的な自縄自縛に陥って、海洋問題の行政実務の分野において優れた資質を有する人たちが前向きにその能力を発揮することすらできないであろう。

この由々しい事態の遅れを取り戻すためには、今回の提言が示唆するような計画的かつ総合的な政策決定のための行政機構の仕組みを速やかに案出して、21世紀における国家目標として、人と海洋との共生を目指す基本的な政策方針を打ち出し、これによって、国内の海洋問題への対応のみならず、国際社会とりわけアジアにおける海洋秩序の形成と発展に海洋立国日本が積極的役割を果たすことが強く望まれる。これからの日本と海洋との関係についての国民的論議がさらに幅広く深まることを期待するとともに、日本の海洋政策の策定と実施に責任ある人々が、この提言の意図するところを真摯に受け止め、その早期実現に向けての一歩を踏み出すことを切に願う。(了)

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