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オーシャンニューズレター

第41号(2002.04.20発行)

第41号(2002.04.20 発行)

海洋秩序の先導国たれ!

東洋英和女学院大学教授・慶應義塾大学名誉教授◆栗林忠男

世界規模で海の秩序づくりが進んでいるが、わが国はその潮流に乗り遅れている。海洋秩序の形成と発展に積極的な役割りを果たすことが期待されるが、そのためにはまず、わが国の国家的施策を全体的かつ総合的に策定する必要がある。他国に比べて海の利害関係が極めて複雑多岐にわたっている、という理由はもはや言い訳にならない。

はじめに

このたび「海洋管理研究会」(日本財団)が「21世紀におけるわが国の海洋政策に関する提言」を作成し公表した。この提言は、同研究会がこれまで行ってきた検討に加えて、昨年末に実施した「わが国海洋政策に関するアンケート」の調査結果を参考として、さらに検討を重ねてとりまとめたものである。研究会の委員長として、この提言の作成に携わった委員諸氏に対して、またアンケート調査に回答を寄せて協力して頂いたすべての海洋関係の方々に対して、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。提言は、これからのわが国の海洋政策のあり方について基本的に重要な方向を示しており、わが国におけるこの問題に関する論議の一助となることを期待したい。また、現在、日本の海洋政策の策定と実施に関与している人々が、この提言の意図するところを真摯に受け止めてほしいと思う。

国際社会における海洋秩序の潮流

■ わが国の排他的経済水域
わが国の排他的経済水域
国連海洋法条約で生まれた概念に基づき、わが国が設定した排他的経済水域。領海の基線から200海里(370.4km)以内の生物・鉱物資源の開発・利用等について沿岸国の主権的権利および管轄権を認めるというもの。なお国連海洋法条約は、新しい海の秩序を樹立するために1973年から開催された第3次国連海洋法会議の結果、1982年に採択され1994年に発効した。正式名は「海洋法に関する国際連合条約」。

明治期以来、日本は、海洋先進諸国の後を追って、「海洋自由の原則」を追求してきた。それが可能であったのは、この原則を伝統的に支持する先進国主導の国際政治構造によって支えられていたからである。

海の秩序に限らず、国際社会の法秩序一般がそのような列強諸国による国際関係を背景に成り立っていた。しかし、多数の発展途上国の登場を契機とする第二次大戦後の国際社会構造の急速な変化が海の舞台に反映されるようになったにもかかわらず、わが国は他の諸国以上に海洋活動の自由、特に漁業活動の自由に基づく恩恵を求めた。1958年の第1次、1960年の第2次、1973~82年の第3次の国連海洋法会議へと繋がる一連の海の秩序変革に際し、日本が国際社会における海洋秩序の潮流に対して敏感に反応できなかった面が多々あったのも、そうした理由によるところが大であったと考えられる。

わが国の場合、他国に比べて海の利害関係が極めて複雑多岐にわたっている、という理由はもはや言い訳にならない。世界中のどの国も、それぞれの立場から海に対する利害を深めてきているからであり、何よりも、わが国の国民生活の非常に多くの分野が海洋の諸問題と密接に関わっているからこそ、日本にとっても国際社会にとっても等しく利益となるよう、それらの問題に対する国家的施策を全体的かつ総合的に策定してゆくことが強く要請されているはずである。もうここら辺で、21世紀における海洋に対する新たな国民意識を確認し合うとともに、縦割り型行政の弊害を是正して、海洋政策の策定と実行の制度的仕組みを根本的に見直すべきである。そうでないと、わが国は世界の大勢から取り残され、海を舞台とする国際協力にも積極的に貢献できなくなるのではないか。このたび、海洋管理研究会が提言を行った背景には、一つにそうした私どもの危機感があったことは否定できない。この点に関連して、以下においては、海洋秩序の形成と発展という観点から若干の考えを述べてみたい。

海洋秩序の形成と発展に積極的な役割りを

国連海洋法条約を中心とする新しい国際海洋法制は、従来の領海・公海・大陸棚・公海生物資源保存に関するジュネーブ海洋法四条約(わが国は後者の二条約の非締約国)の各条約や国際慣習法などによってバラバラに規制されてきた海の秩序を、現代的観点から、国連海洋法条約という一つの包括的な大法典の中に取り込んだものである。

この条約が扱う事項は、領海、国際海峡、群島国、排他的経済水域、大陸棚、公海、閉鎖海、内陸国、深海底、海洋環境保護、海洋科学調査、海洋技術移転、海洋紛争解決など極めて広範囲にわたる。もとより、この条約自体は海の法秩序を構成する基本的部分に過ぎず、その傘の下に入る他の多くの条約や協定などによって海洋法秩序が具体的に支えられることになるが、この条約に盛り込まれた一般的な原則・規則に沿って、今後の海の秩序が展開されてゆくことは間違いない。

しかし、これまで懸案であった海洋法問題の中にも、同条約によって規制されたもの、規制できずに又はせずに残されたものがあり、さらには、排他的経済水域の内外にわたって回遊する魚種の保存問題や国際海峡における沿岸国と利用国の協力問題などのように、新海洋法体制の始動によって新たな課題として浮上してきたものもある。国連海洋法条約を採択した第3次国連海洋法会議はコンセンサス方式に基づく諸国間の合意形成過程を経たために、内容的に不明確な規定がかなり存在しており、条約上は規制したつもりでも不十分な内容の規定や、その内容が関係国間の合意に基づく実施の段階でしか明確にされ得ないものもある。

今後、諸国がこれら新海洋法条約の不備ないし限界をいかに克服しようとするか。諸国の対応のあり方は看過し得ない側面である。これを要するに、国連海洋法条約体制の行方は、この条約の規則の解釈・適用を巡って今後各国が示す対応いかんによるところが多いということである。  例えば、新たに国際的に承認された200海里の排他的経済水域(EEZ)の制度にしても、各国の受け止め方や実行にはまだバラつきがあるし、船舶航行や環境保全等に関してもそうした面がある。

こうした状況のなかで、わが国は、海の環境と共生しながらその持続的利用を図り、海洋管理の立場に立って、この条約体制の健全な発展に率先して貢献することが期待される。国民生活の多くの面で海に大きく依存してきた日本にって、海洋問題における長年の経験と優れた技術をもって、諸外国との協力関係を進めてゆく中で、海洋秩序の形成と発展に積極的な役割りを果たすことは、むしろ国際社会におけるわが国の責務と言うべきであろう。

このたびの提言は、そのためにわれわれが、まず何をなすべきかを強く訴えている。(了)

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