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オーシャンニューズレター

第41号(2002.04.20発行)

第41号(2002.04.20 発行)

21世紀に向けての沿岸域管理のあり方

横浜国立大学国際社会科学研究科教授◆来生 新

わが国における沿岸域管理は、個別問題解決型であった。しかし、海の利用者が多様化し、海の利用をめぐる競合関係が複雑になるにつれ、さまざまな価値をあらかじめ序列化し、計画的、体系的な、総合的沿岸域管理に移行すべきだとの議論が強まりつつある。また、漁業については、海洋法条約による資源管理型漁業の展開や、国際競争力確保のためにも、漁業権、漁業補償、水産業協同組合等の諸制度の抜本的な再検討が必要である。日本財団海洋管理研究会提言は、沿岸域管理、漁業制度の今後を考える上で重要な意義をもつ。

1沿岸域の管理とこれまでの日本的解決、新たな方向性

沿岸域においてはさまざまな人間の活動が営まれている。それらの活動の中には、漁業権漁業のように一定の海域の排他的な利用を保証されるものがあり、水上バイクと遊泳のように、同一平面ないしは同一空間の同時並行的な利用が物理的に不可能であることも多い。さらには、工場廃水による海水汚染のように、ある活動が必然的に外部性を有し、他人の利害に影響を与えることも稀ではない。いずれにせよ、海における活動が、他の活動と競合するときにはその優先順位付けをする必要が生じ、外部性を持つ場合にはそれによって生ずる外部経済(他人に生ずる利益)ないしは外部不経済(他人に生ずる損害)の予防ないしは事後的な調整をする必要が生ずる。

また、沿岸域で行われる人間のさまざまな活動の中には、市場メカニズムに委ねることによって自然にその需給関係が調整される性質のもの(漁業はその代表である)と、灯台や防波堤の整備のように、それ自体はそれを行う主体に直接の排他的な利益を生み出さず、市場での供給を期待できないが、その供給によって多くの国民が大きな利益を受ける、いわゆる公共財と、さらにはその中間の準公共財的なものがある。公共財ないしは準公共財の供給・維持を誰がどのような形で行うか、またはその公共財ないしは準公共財の供給・維持のコストを誰がどのような形で負担するかを決める必要がある。

海にかかわる人間の活動をスムースに行わせ、より多くの人間により多くの効用を生じさせるためには、上記のようなさまざまな公共財ないしは準公共財の供給・維持に関する決定、利用の競合を調整する優先順位付け、外部不経済発生の予防、事後の紛争解決等々の制度が必要となる。沿岸域管理制度(政策)とはこのようなさまざまな決定を行う社会全体のシステム(政策)である。

わが国では、これまで、沿岸域で個別に問題が発生するのに応じて個別の解決を行って来た。これまでは沿岸域で多様な利用者が競合する状況が必ずしも多くはなく、仮にそれが発生するにしても、漁業のように、その競合は同一目的の利用の競合が主であったために、個別の問題解決で基本的な管理の必要が満たされて来たからである。しかし、わが国の経済が高度に成長を遂げ、その多くの活動が沿岸部で展開され、工場や家庭排水等が海の自浄能力を超える状況が生じて来た。同時に、豊かさの実現とともに、海における良好な自然環境の維持とそこでのさまざまなレジャーなどを求める社会層が増加しつつある。従来は特定の限られた利害関係者のみの世界であった海の利用が、今日では、良好な環境の保全と余暇利用を含めて、多くの一般国民の関心事となっている。そこでの新たな管理のニーズは、環境の利益と経済的利益、余暇の利益と経済的利益というように、経済的利害の調整の枠を越えた、質的に異なる社会的な価値の優先度を決定することを中心に生ずることとなる。

このような管理が従来の個別的な管理で充分かどうか、むしろある種の価値の序列付けを前提とする、計画的な事前の調整と体系的な事後的な紛争解決のシステムが必要ではないか、との問題意識がわが国の沿岸域管理全体を通じて強まりつつある。抽象的に従来型の個別管理の限界を論ずることを超えて、現行制度の機能の実際の限界を検証することと、その改善方策の具体案が検討されることが重要である。このたびの日本財団海洋管理研究会の提言における提案2と3は、そのための第一歩として重要な意義を有するものである。

2漁業制度の継続的検討の必要性

漁業がわが国の海の伝統的、先行的利用形態であったために、新たな利用ニーズと漁業の調整がいろいろな局面で問題となる。これまで多くの場合に、漁業と他の利用との調整は、他の利用を希望する者が、海の先行利用者であり、かつその利用の利益が多くの場合漁業権という権利に裏打ちされている漁業者に対して、補償金を支払って漁業権を消滅させたり、漁業権者が他の利用について同意をすることに対して、名目はともあれ、一定の金銭の支払をすることで行われてきた。漁業補償基準と補償実態のいちじるしい乖離が一般化しており、その不透明性や公正さに対する海の非漁業的利用希望者からの批判も多い。

また、漁業法と水産資源保護法による規制と、水産業協同組合法による小生産者の相互扶助原理を中心に展開されてきたわが国の従来の漁業制度に、国連海洋法条約体制の下で、平成8年に海洋生物資源の保存および管理に関する法律が制定され、特定魚種についての漁獲可能量等を、大臣、知事が決定するという新たな資源管理手法が加わった。このような情勢を踏まえて、平成13年には漁業政策の新たな方向を示す水産基本法が制定された。

日本漁業が国際競争力のある産業として活性化することは、優れた魚食文化を持つわが国にとって、国民の健康増進、食糧自給の観点からも重要な意義をもつ。GHQによる戦後民主化政策の一環として制定された漁業法、水産業協同組合法が漁業の近代化に果たした役割は大きいが、漁業権許可における個人優先思想の強さが法人による大規模な漁業経営を難しくする等、漁業の効率化にとっては阻害要因となっている点も多い。いずれにせよ、多くの非漁民が感じている漁業補償の不透明さ、不公正観の是正を含めて、漁業の今後のいっそうの合理化と制度改革が、沿岸域の総合管理の観点からも、資源管理時代の漁業自体の健全な発展という視点からも、重要な国民的課題となる。

海洋管理研究会提案4の具体化の作業を継続的に行うことの意義は大きい。具体的な検討課題の中で、筆者が重要と考えるポイントをいくつか列記しておこう。漁業法との関係では、法人による漁業への新規参入をより積極的に認めることが必要だと考える。平成13年の法改正で一定の改善は見られるが、今後とも法人が漁業に参入し,企業経営的手法による漁業の合理化等を可能にする方途の検討が継続的な課題として重要であろう。この検討は、現行法では譲渡しえない権利として構成されている漁業権の性格付け(本ニューズレター8号の拙稿参照)、漁業権免許料の再検討、民主性確保を課題とする水産業協同組合法の性格自体の再検討にもつながろう。他にも検討課題は多いが、意欲と能力のある経済主体が、積極的に漁業に参入し国際競争力を確保しうる漁業への転換の継続的検討が、資源管理時代の漁業にとって重要なのである。(了)

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