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オーシャンニューズレター

第130号(2006.01.05発行)

第130号(2006.01.05 発行)

真の海洋立国を目指して

海洋政策研究財団常務理事◆寺島紘士

21世紀初頭の今日、海洋国日本の命運を左右する海洋では、資源、環境、安全・安心の問題を支える海洋の秩序・政策の枠組みが大きく変化しており、世界各国は、新たな国際的枠組みを踏まえつつ、海洋管理の取り組みを着々と進めている。海洋の総合的管理に立ち遅れているわが国は、早急に、海洋政策大綱を策定し、海洋基本法制定を目指して海洋担当大臣を任命するなど政策・機構を整備し、海に拡大した「国土」の管理を推進することを提言する。

1.海洋をめぐる構造的変化

わが国は、四方を海に囲まれて、豊かな水産物、輸送・交易ルートなどの海の恵みを享受し、また、海を安全・安心を守る自然の盾として発展してきた。しかし、21世紀初頭の今日、わが国の命運を左右する海洋を取り巻く環境は、資源・環境などの自然的条件、海洋空間の管理の法制度・政策を含めて大きく構造的に変化しており、これへの対応が大きな課題となっている。

海洋は、地球の表面の7割を占め、149カ国が接している巨大な空間であり、しかも、水で満たされていることにより一体性が高く、その事象は相互に密接な関連を有しているため、海洋問題は本来的に国際的側面を強く持っている。そのため、近年、海洋空間の諸問題は、全体として検討され、総合的に管理される必要がある※1、という共通認識の下に海洋問題に対する国際的取り組みが本格化している。

法制度の変化を代表する出来事が、1994年の「海の憲法」といわれる国連海洋法条約の発効である。距岸200海里という広大な海域を沿岸国の排他的経済水域(EEZ)・大陸棚とする制度が制定されるなど、沿岸国の管轄権が海域に大きく拡大し、海洋資源の管理、海洋環境の保護・保全に関する新しい枠組みが導入された。

現在、この新海洋秩序の影響が端的に現れ、問題となってきたのがEEZ・大陸棚の近隣諸国間での重複である。この問題は世界各地で生じており、東シナ海の石油ガス田をめぐる日中間の紛争も、もとをただせば海洋空間の再編成に関わる境界画定の問題にたどり着き、その背後に、海洋空間の管理に関する国際的枠組みの変更を自国に有利に活用しようとする近隣諸国間の競争という底流がある。海洋が、もはやかつてのような中立的な緩衝地帯でなくなり、海洋に引かれた境界線で直接に近隣国と接する時代が来たのである※2。わが国もこれからはこれらのことを十分に認識して、海洋の資源、環境、安全・安心の問題に取り組む必要がある。

また、海洋の構造的変化は環境・資源政策面でも顕著である。近年、科学技術の発達に支えられて活発化した人間活動によって海洋・沿岸域の自然環境、資源が大きく損なわれた。海洋汚染の8割は陸域起因といわれている。このため、1992年には、持続可能な開発のための行動計画アジェンダ21が採択され、各国は、海洋の「持続可能な開発」と「総合的管理」を進めるために、その第17章で7つのプログラム分野の行動計画に合意した。その10年後の2002年のWSSD※3ではこれをさらに推進するためのWSSD実施計画が策定され、各国にその実施を求めている。

さらに、最近は、地球温暖化に伴う異常気象や海面上昇、津波・高潮等の自然災害および海上テロ・海賊、工作船問題等の人為的脅威が相次いで起こっており、海洋・沿岸域の多様な脅威への対応が内外の緊急課題として浮上してきている。

2.日本の対応と21世紀の海洋政策への提言

近年、世界各国は、これらの構造的変化に対して、新たに構築された国際的枠組みを踏まえつつ、海洋の総合的管理に向けた取り組みを着々と進めている。その先頭を走っているのがオーストラリア、カナダ、米国、英国、韓国、中国などである。これに対してわが国は、残念ながら未だに旧来の海洋観とそれに基づく縦割りの取り組みにとらわれたままで海洋の総合的管理に向けた取り組みがあまり進んでいない。このままでは、世界的な規模で進行している海洋の取り組みから取り残され、その発展の基盤を失う恐れがある。

海洋政策研究財団では、わが国における海洋の総合的管理の取り組みがこのように立ち遅れていることを憂慮し、日本財団の支援を受けて、海洋に関する各分野の有識者により2年間余にわたり日本の海洋政策のあり方について活発な議論を行ってきたが、このほどその成果を「21世紀の海洋政策への提言」として取りまとめ、安倍内閣官房長官に提出し、これを公表した。(提言の概要は本誌巻頭、全文は21世紀の海洋政策への提言を参照)

これは、2002年の日本財団の海洋政策提言を踏まえ、それ以降の内外情勢の進展および政策研究の成果を織り込んで、海洋の総合的な管理と持続可能な開発に関する包括的な政策として具体的な提言に取りまとめたものである。提言作成という難作業にご尽力下さった栗林委員長をはじめ、研究委員会委員の皆様に心より感謝申し上げたい。

「21世紀の海洋政策への提言」は、わが国が真の海洋立国を目指す基本理念として、「海洋の持続可能な開発・利用」、「海洋の国際秩序先導と国際協調」、「海洋の総合的管理」を掲げ、提言に沿って総合的な海洋政策を策定し、実行に着手することを求めている。その骨子は、次のとおりである。

?海洋政策大綱の策定

わが国において総合的な海洋政策を着実に推進していくためには、先ず、今後取り組むべき具体的重要事項を明確にすることが必要であり、これを取りまとめて国の海洋政策大綱として策定すべきある。海洋政策大綱には、海洋政策の基本理念等の明示、海洋基本法・行政機構の整備等海洋政策を推進するための枠組みの整備、課題解決の取り組み強化、パートナーシップの強化および海洋に関する理解と研究・教育の促進を盛り込むべきである。

?海洋基本法制定を目指した推進体制の整備

わが国では、海洋にかかわる諸問題は、縦割りの個別目的の実定法の下で扱われてきたことから海洋を総合的に管理するための政策枠組みや法的根拠が欠如している。海洋問題に総合的に対処するため、海洋基本法を早急に制定すべきである。また、政府に総合的な海洋政策を中心になって推進する部局がないことが大きな障害になっている等の現状にかんがみ、海洋担当大臣の任命など行政機構等の整備を急ぐべきである。

?海に拡大した「国土」の管理と国際協調

新しい海洋秩序を踏まえて、わが国の海洋における権利義務を遂行するためには、海に拡大した「国土」の管理と国際協調について、具体的政策を計画的、総合的に策定・実施していく必要がある。そのために、EEZ・大陸棚の管理の枠組みの構築、海洋安全保障の確立等8項目について具体的政策を提言する。

わが国は、近年の海洋の新しい構造的変化を真摯に受け止め、海洋立国の政策を早急に検討する必要がある。そして、海洋国として世界をリードする気概をもって時代の要請に応える海洋政策を確立して、真の海洋立国を目指すべきである。

本提言が、国政を預かる方々、関係省庁をはじめとする各界・各層の方々、さらに国民各位に受け止められ、海洋の総合的管理と持続可能な開発に向けた取り組みが速やかに展開されることを切望する。(了)

※1 国連海洋法条約前文

※2 厳密に言えば、EEZは国の領域ではなく、特定の目的のための機能的管轄権の及ぶ海域であるが、沿岸国に付与される権能の広汎な点から見ると、領域化の要素を多分に内包している概念であり、(栗林忠男『現代国際法』p.292)各国の実行もその方向に向いているものが多い。

※3 WSSD=持続可能な開発世界サミット。リオ地球サミットから10年を期して2002年に南アフリカのヨハネスブルグで世界各国、および多数のNGO等が参加して開催され、WSSD実施計画などを採択した。

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