Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第557号(2023.10.20発行)

新たな局面を迎えたユネスコ政府間海洋学委員会と日本

KEYWORDS 国連海洋科学の10年/UNESCO-IOC(ユネスコ政府間海洋学委員会)/日本の役割
東京大学大気海洋研究所教授◆牧野光琢

ユネスコ政府間海洋学委員会第32回総会が開催され、IOCが担っているさまざまな業務についての報告および活動計画が議論された。
また、60年以上にわたるIOCの歴史において、初めて日本から道田豊教授が新議長に選出されたことはトピックだ。
日本には、アジア太平洋の一国という地理的特徴や歴史的・文化的背景を活かしながら、海洋科学および海洋の持続的利用についての議論をますますリードすることが期待される。
IOC第32回総会
2023年6月21日から30日まで、ユネスコの政府間海洋学委員会(Intergovernmental Oceanographic Commission:IOC)第32回総会がパリのユネスコ本部にて開催された。IOCは、国際協力により海洋に関する知識及び理解増進に資する科学的調査の推進を図ることを目的として、1960年に設立された国連機関である。海洋科学に関する世界規模での政府間協力や企画、調整等を行う唯一の組織であり、ユネスコ内においても機能的独立性を有している。2021年以降は「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(2021-2030):UNDOS」※1を主導しており、科学に基づく国際海洋政策の策定に特に重要な役割を担っている。
IOCの総会は隔年で開催されており、前回以降の進捗レビューおよび今後2年間の計画策定が行われる。今回はコロナ禍のため4年ぶりの対面開催となったが、加盟150カ国から約400名の参加者があり、わが国からは東京大学教授道田豊団長、JAMSTEC理事河野健副団長をはじめ、筆者を含む15名が日本代表団として参加した。
今次総会の特徴的なトピック
総会では、各地域小委員会の活動報告や、全球海洋観測システム(GOOS)をはじめとする海洋観測・調査の推進、国際海洋データ・情報交換システムの運用、津波早期警戒システムの構築や、教育・研修・能力開発・技術移転など、IOCが担っているさまざまな業務についての報告および活動計画が議論された。以下本稿では、今次総会における特徴的なトピックを選んで紹介したい。
まず3年目に突入したUNDOSに関し、各地で本格的に動き始めたさまざまな公認活動(Endorsed Decade Actions)の状況が報告された。2023年5月には、すでに全世界で47のプログラム、235のプロジェクト、79の寄付が公認されている。しかし、これら公認活動の実施主体の分布をみると、全体の約70%が欧米諸国によるものであった。アジア太平洋諸国は14%、アフリカと小島しょ開発途上国(SIDS)にいたっては、それぞれわずか4%と3%未満にとどまっていた。今後はこの地理的アンバランスの是正が課題である。
個人的に特に印象深かったのは、2023年12月末に退任するリャビニン事務局長による総括レポートである。そこでリャビニン氏は「今日、IOCの歴史上はじめて、われわれは海について何がなされるべきかを明確に理解した。それは、気候変動問題に賢明で、生態系に集中した、倫理的かつ平等な海洋管理であり、それは持続的な海洋経済のための科学に支えられた海洋計画に基づくものでなければならない」と述べた。具体的には、LME(大規模生態系)のMPA(海洋保護区)を含むMSP(海洋空間計画)に基づき、持続可能な海洋経済にむけ統合的エリア管理(ICAM)を実現するという発想である。これらの各概念は決して真新しいものではないが、2020年の「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」※2や、2022年の「国連海洋会議リスボン宣言」などを受け、洋上風力発電や気候変動緩和、海底鉱物資源開発など、新しい海洋利用に関する合意形成への社会的ニーズが一層高まっていることの顕れであろう。
またサイドイベントでは、現在世界37カ国で設立されているUNDOS国内委員会(NDC)※3について、その組織形態や活動内容などの情報共有が行われた。特にNDCの委員構成については、行政官や研究者のみならず、先住民・地域住民や産業界、市民社会代表やメディアの参加が重視され、また男女比率や年齢構成についても配慮すべきことが議論された。これらはわが国NDCにとっても有益な情報であった。
左より道田新議長、トロイシ前議長、リャビニン事務局長

左より道田新議長、トロイシ前議長、リャビニン事務局長

道田新議長の選出と予算拡充
2期4年にわたり議長を務められた、アルゼンチンのアリエル・ハーナン・トロイシ氏の任期満了に伴い、新議長の選挙が行われた。その結果、日本団長でもある道田豊教授が選ばれた。60年以上にわたるIOCの歴史において、初めて日本からの議長選出である。なお、各海域を代表する5名の副議長は、それぞれフランス、ブルガリア、コロンビア、インド、エジプトからの候補が選出された。
もう一つの吉報は、IOC予算の増額である。UNDOSをはじめとする国際的な役割の拡大に伴い、ユネスコ内におけるIOC向け予算配分が拡充されることとなった。さらに、ちょうどIOC総会中にユネスコの臨時総会が開催され、分担金比率で約20%を占める米国の復帰(そして分担金支払いの再開)が正式決定した。これらを併せると、道田新体制下でのIOCは一気に上げ潮モードに入ったといってよいだろう。
日本の役割
この大きなチャンスにおいて、日本は何をすべきであろうか?私見では大きく二つある。第一は、IOCへの貢献の強化である。上述したユネスコ内での予算拡充措置が端的に表しているように、今後のIOCには海に関する多様な国際課題への科学的貢献が求められている。特に2021年から始まったUNDOSは中盤を迎え、その具体的な成果には世界中から期待が寄せられることになるだろう。道田新体制のIOCに対し、これまで以上に日本からの人・知識・資金的な貢献が不可欠である。そのためには、日本国内においてIOCの役割と意義をわかりやすくPRし、オールジャパンでの推進体制を確立することも重要である。第二は、日本らしいリーダーシップの発揮である。JAMSTECの安藤健太郎博士がWESTPAC※4議長を務めるなど、これまでも日本はアジア太平洋地域における海洋科学の推進と国際連携活動において中心的役割を担ってきた。日本には、アジア太平洋の一国という地理的特徴や歴史的・文化的背景を活かしながら、海洋科学および海洋の持続的利用についての議論をリードしていくことが期待されているのではないだろうか。
ともすると欧米偏重となりやすい国連システムの中で、アジア太平洋諸国やアフリカ沿岸国、中南米諸国などの国々とどのような関係を築くべきか、真に世界の持続可能性に貢献しうる海洋科学とは何か、そこで求められる日本の役割は何か。これらについて、わが国の海洋科学界としての基本的な考え方と戦略を議論すべき時である。(了)
※1 参照 植松光夫著「「国連海洋科学の10年」に日本ができること」(本誌第476号) https://www.spf.org/opri/newsletter/476_1.html
牧野光琢著「「変革的」海洋科学の10年に向けて」(本誌第490号) https://www.spf.org/opri/newsletter/490_2.html
森岡優志著「「国連海洋科学の10年」における海洋若手専門家の役割」(本誌第536号) https://www.spf.org/opri/newsletter/536_3.html
※2 菅 義偉著「持続可能な海洋経済と国際連携推進に向けて」(本誌第490号)を参照 https://www.spf.org/opri/newsletter/490_1.html 
※3 国連海洋科学の10年国内委員会 https://oceandecade.jp/ja/
※4 WESTPAC(IOC Sub-Commission) https://ioc-westpac.org/

第557号(2023.10.20発行)のその他の記事

ページトップ