Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第557号(2023.10.20発行)

海上無線通信の標準化について

KEYWORDS 衛星VDES/海洋DX/無人・自動運航船
日本無線(株)マリンシステム事業部企画推進部事業戦略グループ◆宮寺好男

海上無線通信分野における国際標準化について、標準化の先駆けとなった国際電気通信連合(ITU)の歴史及び標準化の重要性を紹介する。
海上無線への導入が進められているVHFデータ交換システム(VDES)、海洋DXの推進、自動運航船導入等へ向けたこれまでの取り組みや今後の課題について報告したい。
国際電気通信連合(ITU)
電信の国際ルールを整備することを目的として、1865年5月17日に万国電信条約が署名され、国際電気通信連合(ITU)の前身である万国電信連合が発足しました。そのため、ITUは「世界最古の国際機関」とも言われ、現在では国際連合の専門機関の一つとして、電気通信の良好な運用により諸国民の間の平和的関係及び国際協力並びに経済的及び社会的発展を円滑にすることを目的としています。ITUには193の構成国が加盟しており、その他に約900の企業、大学、国際及び地域組織も加盟しており、本部はスイスのジュネーブにあります。
わが国からは、ITU無線通信部門(ITU-R)だけでなく、国際海事機関(IMO)、アジア・太平洋電気通信共同体(APT)等の国際機関において、わが国の最新技術や周波数利用状況を反映した海上無線通信技術の標準化に係る提案を積極的に行っています。例えば、衛星VDES(VHFデータ交換システムによる衛星利用)※1導入の検討を主導し、周波数等、わが国の主張する内容をITU無線通信規則、関連勧告等に的確に反映させることにより、VDESの標準化を推進・牽引してきました。
海上無線通信の国際標準化
国際標準とは国際的に共通して使用される規格であり、各国で異なる製品の構造・性能や技術・サービスの規格を世界で統一した標準のことです。特に無線通信の分野においては国際標準化が重要であり、標準化なくして通信は成立せず、無線通信を利用したさまざまなアプリケーションをグローバルに展開することもできません。海上無線通信では、遭難及び安全通信を含む船舶通信のために、地上通信だけでなく衛星通信等さまざまな通信手段における国際標準化が必須とされています。さらに、電波という大切な天然資源を効率よく、公平かつ合理的に使用するためにも国際標準は重要な役割を担っています。
初期の無線通信は船舶通信が主目的でありましたが、当初は使用する周波数や用語が統一されておらず、無線機製造者が異なると互いに通信することが困難でした。1906年にベルリンで開催された第1回国際無線電信会議により、国際無線電信条約及び附属業務規則が制定され、統一した周波数が割り当てられて聴守義務を課すとともに、後にSOSとして広く知られるようになるモールス通信用の統一した遭難信号が規定されました。
1992年2月1日から導入が開始され、1999年2月1日に完全実施された「全世界的な海上遭難・安全システム(GMDSS)」により、それ以前のモールス通信は衛星通信技術やデジタル通信技術等を利用した通信に置き換えられました。筆者は、元々は船舶用無線機の設計に携わっていましたが、2009年頃より海上無線通信の国際標準化に軸足を移して活動しています。GMDSS関連の標準化だけでなく、中心として取り組んでいる標準化の一つにVHFデータ交換システム(VDES)があります。
VDESは海上VHF帯の周波数を用いたデータ通信システムで、船舶の位置情報交換等に広く用いられている船舶自動識別装置(AIS)に加え、簡易メッセージ、航路情報、港湾情報、船舶の安全航行に関連する情報等を、船舶対船舶、船舶対海岸局及び船舶対人工衛星間で交換するシステムです。VDESはAISの技術を拡張したデータ通信システムであるため、次世代AIS(AIS 2.0)と言われることもあります。海上における通信手段は衛星通信をはじめとして数多くの種類がありますが、全船舶共通のデジタル・プラットフォームとしてVDESが期待されています。さらに、衛星を利用した衛星VDESと地上通信を組み合わせて用いることにより、全地球上をカバーすることができます。
欧州では2017年よりVDES用衛星を打上げており、近年では中国も積極的にVDES衛星を整備しています。しかし、わが国の衛星は未だ打上げられておらず、海洋状況把握(MDA)や経済安全保障上の観点からも、わが国独自のVDES用衛星打上げが強く望まれています。
海上無線通信など情報通信分野の国際標準化は、規格の共通化を図ることで世界的な市場の創出につながる重要な課題であり、国際標準の策定において戦略的にイニシアティブを確保することが、わが国の国際競争力強化の観点においても極めて重要となります。
ITU 世界無線通信会議(WRC-19)の様子
ITU 世界無線通信会議(WRC-19)の様子
ITU 世界無線通信会議(WRC-19)の様子です。
上はコーヒーブレーク中、最後まで揉めている議題もありました。下は最終日に行われた参加国による署名式典です。
自動運航船と海洋DX
ヒューマンエラーに起因する海難事故の減少や船員労働環境の改善を目指して、IMOを中心として、世界各国で自動運航船の開発が進められており、現在は自動運航船特有の用語の定義や自動化されるべき機能を含めた基本原則についての詳細な審議が行われています。わが国では、2040年には国内を走る船の50%が無人運航船となることを目指す無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」※2が日本財団を中心として進められています。自動運航船等の普及のためには、運航ルールをはじめとして幅広い分野における標準化が必要とされています。さらには船舶運航に関する情報(自船状態、周囲環境)の収集及び利活用も必須となり、これらは海洋DX(DX:デジタルトランスフォーメーション「デジタル技術の利活用による変革」)の構成要素でもあります。
2023年4月28日に閣議決定された第4期海洋基本計画では、「海洋におけるDXの推進」が「着実に推進すべき主要施策」として掲げられています。海洋DXの推進にあたっては、データの収集・伝送・解析・利活用が重要であり、環境負荷軽減に留意しつつ最先端の海洋科学技術を活用してこれらに取り組むとともに、通信・伝送を含む海洋における情報インフラの整備を推進するとされています。海洋DXにより、海洋分野へのイノベーション創出が期待されますし、自動運航船の安全運航だけでなく、将来はマイクロプラスチック対策など環境保護への活路も開けるのではないかと予期しています。
海上の通信環境は陸上より10年遅れていると言われていますが、衛星通信の普及等によりその差は縮まりつつあります。さらに、VDESのような共通プラットフォームも登場し、DXに不可欠な、ビッグデータの収集及び利活用手段も増えてきました。自動運航船の導入を推進・牽引するためにも、わが国の得意とする通信・情報共有システムの高度化を技術面で支援すること、国際標準化の取り組みを推進すること、それらに係わる人材を育成することが益々重要になると考えています。(了)
●筆者は、2023年5月17日、日本ITU協会主催「世界情報社会・電気通信日のつどい」において、総務大臣賞を受賞されました。
※1 参照 田中広太郎著「海洋デジタル時代に向けた衛星VDESに関する政策提言」本誌第534号(2022.11.05)
https://www.spf.org/opri/newsletter/534_1.html
※2 参照 無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」 
http://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/meguri2040

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