Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第557号(2023.10.20発行)

地球深部の極限環境微生物から紐解く初期生命進化

KEYWORDS 微生物/地球深部/蛇紋岩
(国研)宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所学際科学研究系准教授、(国研)理化学研究所開発研究本部主任研究員◆鈴木志野

海には多種多様な環境が存在するが、生命が生きるには過酷とも思える地球深部の極限環境でも微生物は存在する。
初期地球生態系は、光エネルギーを基盤とする代謝とは隔絶された生態系であったと推定されることから、地球における蛇紋岩水系の岩石内生態系と類似性があると捉えられている。
海底下深部の蛇紋岩生命圏は生命進化を紐解くうえで重要であり、新たな科学的知見にワクワクしながら、生命の起源の解明に挑みたい。
地球微生物学で見る海洋
みなさんにとって海はどのような存在だろうか?生命科学者、なかでも環境微生物学者である筆者は、生命の住処(すみか)として地球・海洋・惑星を見ている。地球は現在のところ生命を宿す唯一の天体であり、故に生命科学という学問が成立する唯一の天体である。海には、表層・深海、高温・低温、強アルカリ・強酸性域など多種多様な環境が存在するが、そのほぼ全てに微生物は存在する。光エネルギーが降り注ぐ海洋表層はもちろんのこと、暗黒の深海熱水流出域などでは、水素・硫化水素・メタンなどが地球内部から湧き出しており、微生物はそれらを餌(エネルギー源)として、海水に含まれる酸素・硫酸・酸化鉄といった酸化物を呼吸物質として用い、増殖している。増殖した微生物は、深海性のカニやエビ、貝などの餌となり、暗黒の深海の生態系を支えている。また、海底下堆積物には全体で1029個程度の微生物が存在すると推定されており、それは陸全体の微生物数に匹敵する。海底下深部に生きる微生物は、海底堆積物中の有機物を分解するなどし、地球における物質循環の一部を担うのみならず、天然ガス・化石燃料の生成などにも寄与している。
生命が生きるには過酷とも思える複合的な極限環境(例えば、深海アルカリ熱水環境など)でも微生物は必ず生息している。微生物は、地球に存在する環境の数だけ「住処化」していく適応の天才であり、いとも簡単にそれを成し遂げているように見える。海洋における多様な環境は、生命機能の拡張を駆動し続ける場となり、今この瞬間にも地球の、海のさまざまな環境で、新たな遺伝子、新たな機能、新たな微生物の種が生み出され、しなやかに、したたかに、生命を紡ぎ続けている。
蛇紋岩生命圏に生きる微生物
生命科学の発展とともに、現生命システムの持つ機能や進化戦略などは、日進月歩で明らかとなっている。しかし、宇宙の起源、生命の起源、脳の起源は、現在の3大科学の謎とされ、未だその答えは見出されていない。生命も約40億年前に誕生しただろうと推定されているが、どこで、どのように誕生したのか?については決定的な解は見出されていない。筆者は現在、岩石内生命圏の一つ、蛇紋岩水系生命圏を対象とし、光合成機能が誕生する以前の初期的生命の姿や、それら初期的生命の生息を可能とした環境駆動力、それを妨げる可能性のある制約因子を見出すことを目指し、研究を行っている。蛇紋岩化反応とは、かんらん岩と水が反応し蛇紋岩ができる反応のことで、この反応により放出される水素・電子などの還元的なエネルギー源を利用する生命(主に微生物)が生きる水域を「蛇紋岩水系生命圏」と呼ぶ。初期地球では、かんらん石を多く含む超塩基性の岩石が広がっていたため、蛇紋岩化反応が今より多く起こっていたと推定されること、初期地球生態系は、光エネルギーを基盤とする代謝とは隔絶された生態系であったと推定されること、などから、現地球における蛇紋岩水系の岩石内生態系と初期地球生態系は類似性があると捉えられている。かんらん石は、地球深部の上部マントルの主要な鉱物として知られているが、各種隕石はもちろんのこと、火星や土星の衛星エンセラダス、はやぶさ・はやぶさ2で持ち帰った「イトカワ」「リュウグウ」といった小惑星由来のサンプルにも多く含まれており、太陽系に普遍的な鉱物としても知られている。
蛇紋岩水系生命圏は、上述のように岩石―水反応が作り出す還元力(=エネルギー)で支えられた生命圏であるが、この環境は、強アルカリ性(pH10〜12程度)であるのみならず、有機物や、呼吸物質となる酸化的な物質がほとんど存在しない。生命が、還元と酸化の勾配からエネルギーを取り出す化学システムであることを考えると、還元物質は多量にあるが、酸化物質が極端に少ない環境は、生命にとって生育が容易な環境とはいいがたい。実際、例えば海水には1mLあたり105個程度の微生物がいるのに対し、筆者がこれまで研究を行ってきた陸上The Cedars蛇紋岩水系(写真1)や、海洋マリアナ前弧域の蛇紋岩海山に生息する微生物数は、1mLあたり102個を下回り、筆者が研究を始めた十数年前は、それらは生命の検出限界以下であったこともあり、「非生命圏」などと呼ばれたりもしていた。
さて、陸上蛇紋岩生命圏であるThe Cedarsに生息するごく少数の微生物のゲノム(生命の設計図)を読み解くと、The Cedarsの深部蛇紋岩生命圏には呼吸に関連する遺伝子群を持つ微生物が一切存在せず、全ての系統門で微生物は極端に小さいゲノムを有し、この生態系の70%を占める最優占微生物は代謝機能をほとんど有さない共生的細菌に属すると推定され、残りの30%を占める自律的生命の多くはこれまでの知見にない新たな経路を有する酢酸生成菌であることなど明らかとなった。つまり、さまざまな解析で明らかとなったことは、極限まで効率化した生命システムを持つ微生物により構成される未知の生命圏が存在するということだった。現在、この特異な性質を持つ微生物たちのゲノム構造を解析しながら、果たして、初期地球類似環境に生きる生命は、初期生命の生き様の痕跡を残しているのだろうか?という問いと仮説に関し、鋭意、検証を進めている。
■写真1 The Cedars蛇紋岩水系

■写真1 The Cedars蛇紋岩水系

海の魅力
2017年以降、筆者は海洋の深部蛇紋岩水系の生命圏の特徴を明らかにするために、マリアナ前弧域の蛇紋岩海山の泥(写真2)に生きる微生物の解析を進めている。マリアナ前弧域の蛇紋岩海山は、一般的な陸上の蛇紋岩水系と異なり、大規模なエリアで蛇紋岩化反応が起きており、各々の海山や熱水鉱床の化学的特性(そして、においが臭いものも!)が異なるのも魅力だ。近い将来、宇宙における海洋天体の探査が本格化する。その探査対象の代表である土星の衛星「エンセラダス」では、かんらん石を含む岩石が海洋性の蛇紋岩化反応を起こしていることはほぼ決定的だ。筆者は今後も生命の起源の解明に挑みつつ、もし、地球外の天体で生命が誕生していた場合、地球外生命が存在する場合、そして、蛇紋岩生命圏が地球外に存在する場合、それをそれとして認識するために、未解明の蛇紋岩水系生命圏からもたらされる新たな科学的知見にワクワクしながら、知を拡充し、宇宙生命(圏)の検出戦略を立てていきたいと考えている。
(国研)宇宙航空研究開発機構(JAXA)による「はやぶさ2のサンプル帰還」(2020年12月6日)に世界中が熱狂したのは記憶に新しいが、宇宙の星からもたらされるほんの少しの石のかけらが人類を熱狂させたのは、そこに行きつくまでの道のりの険しさが容易に想像されるからだけではなく、未知のサンプルが新しい知見をもたらすだろうことにワクワクしたからではないだろうか?海底下深部の蛇紋岩生命圏から得られたサンプルが、生命の起源や地球外生命の知の扉を開く時、筆者にとって、海は今以上に科学的好奇心を満たす魅力的な存在になる。(了)
■写真2 南チャモロ海山から取られた蛇紋岩ブロック(黒い部分)とそれらが砕けた細粒の泥(青グレーの部分)

■写真2 南チャモロ海山から取られた蛇紋岩ブロック(黒い部分)とそれらが砕けた細粒の泥(青グレーの部分)

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