Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第534号(2022.11.05発行)

海洋デジタル時代に向けた衛星VDESに関する政策提言

[KEYWORDS]海洋宇宙連携/海洋基本計画/海洋情報把握(MDA)
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆田中広太郎

沿岸から沖合までを全球的に、船舶の安全航行に関する情報や海洋情報を送受信できる次世代海上通信インフラとして、衛星利用も考えたVDESへの期待が高まっている。(公財)笹川平和財団海洋政策研究所では、これまでの調査研究の成果をもとに衛星VDESの導入に関する政策提言を取りまとめた。
衛星VDESの利用普及、ひいては海洋デジタル化の進展について考えるきっかけとなれば幸いである。

衛星VDESの概要と政策提言

衛星VDES利用可能性の概念図。座礁・衝突回避、気象海象情報の把握と共有、漁具回避、不審船発見の報告、港湾手続き支援、海洋生物・環境モニタリングなど、複数の利用可能性イメージが示されている。(提言より)

船舶の船名や位置情報、速度や目的地等を送信する船舶自動識別装置(AIS: Automatic Identification Systems)の次世代型システムとして、VDES(VHF Data Exchange System)が注目されている。AISの最大32倍の通信速度を有することや双方向通信が可能になることなどの利点により、船舶の動静情報に限らない多様な業務用通信、例えば自動入出港手続きや気象・水路情報の配信、航路計画交換による自律的な航行・衝突回避(協調航法)などの実現を通した海上安全の向上が検討されている。さらに、多数の小型衛星を協調して運用させることにより全球をカバー範囲とする衛星VDESについても検討が進められており、全球的な海洋情報共有社会の構築が期待されている。
今後のわが国における衛星VDESの普及活用を目指し、(公財)笹川平和財団海洋政策研究所ならびに同所が設置した2021年度衛星VDES委員会は『衛星VDESに関する提言~海洋デジタル化時代に向けて~』を作成・公開し※1、関係省庁への手交等、社会実装活動を展開中である。これは、2023年に策定が予定されている第4期海洋基本計画の検討の一助となることを目指し、まとめられたものである。本提言は、同所が2018年から実施してきた海洋宇宙連携に関する調査検討結果を踏まえ、船舶を用いた業務を実施するさまざまな分野の専門家から構成される上記委員会において議論を重ねて作成された。以下にその内容を紹介する。

政策提言の4つの柱

本提言は以下の4つの柱から構成されている。
【提言1】衛星VDESに関するわが国ビジョンの検討
わが国周辺海域の状況を鑑みれば、大型船だけでなく漁船やレジャー船などいわゆる小型船に対しても衛星VDESを利用可能にするという「全船装備」に向けて、技術的・制度的な整備が行われることが望ましい。また、海上安全の向上に資する用途に加え、将来的には海洋状況把握(MDA)や海洋情報収集への利用も考えられている。さらには、収集されたデータの蓄積・共有方法やセキュリティなどの検討も必要となる。このように関連分野が多岐にわたることから、分野の垣根を超えた連携とそれを推進する総合政策の検討が期待される。衛星VDESが海洋・宇宙・サイバーというグローバルコモンズに関わるものであることからも、国家としての戦略的な推進が求められる。
【提言2】国際貢献の推進
国際航路標識協会(IALA)をはじめとするさまざまな国際機関で衛星VDESに関わる基準・規則制定に向けた作業が進められている。VDES搭載衛星は既にノルウェー・中国から打ち上げられているほか、デンマークが打ち上げに向けて現在準備を進めている。2022年8月にはこのデンマーク企業の呼びかけに応じてVDES Allianceが結成され、機器の相互運用性の向上や普及啓発、マーケティングの推進を目的に複数国から企業や関係官庁が参加している。
このような国際的な動向の中で、複数衛星の運営・管理方法やVDES機器の標準化などについて各国との連携の下で検討していくことが求められる。一方で、上述した全船装備や海洋情報収集という未だ国際的議論が醸成しきっていない分野については、積極的な調査研究に基づいて議論を先導していくことが望まれる。
【提言3】関連技術の研究開発及び事業化の推進
衛星VDESの事業化を推進するためには、特に立ち上げ段階において政府が製品・サービス利用を継続的に契約するアンカーテナンシー※2政策や技術開発支援策の実施を通した民間企業のサポートも重要になる。
わが国における衛星VDESのビジネス化を目的とし、2022年10月に民間企業7社を中心とした衛星VDESコンソーシアム(事務局:(公財)笹川平和財団海洋政策研究所)が設立された。上記目的を達成するため、利用シナリオやビジネスモデルの検討、通信実験の実施、実衛星利用サービスの開発などを本コンソーシアムの活動内容としている。
【提言4】海洋デジタル時代の人材育成
デジタル化の進展によって船上において今以上にデータが価値を持つようになった場合、運航・船舶管理・開発の各段階において適切な海技知識を有した上でデータを利用した状況判断ができるような人材の育成が求められる。このためには船員の資格を定めるSTCW条約の能力要件に基づく教育に加えて、データサイエンスに関する知識習得が期待されるが、もちろん海技者の育成期間には限界があるため、現状に合わせた教育カリキュラムの改定や効率化が求められると考えられる。

海洋デジタル時代の実現に向けて

痛ましい海難事故の防止のため、事業者の安全管理体制や監査体制の整備、船員資質の向上が重要であることは言うまでもない。体制の不備や現場での人為的なミスが発生した場合でも、事故を防ぐためのセーフティネットとなりうるデジタル技術・設備を整備することもまた重要な要素である。上述した衛星VDESによる協調航法はその可能性の一つとして考えられる。人為的責任の追及に終始せず、技術的な側面から問題の防止策あるいは解決策を検討し、その導入を支援することも、海上安全の向上のために求められる要素となるはずである。
一方で、新たなデジタル技術の導入が必ずしも洋上の現場での有用性と結びついていない例も報告されている※3。船上作業で忙しい漁業者が、モニターを常時チェックしたり文字を入力したりできるとは限らない。今後の衛星VDESの利用普及、ひいては海洋におけるデジタル化を見据える上では、技術論議に終始することなく、本稿で記述した政策的な視点に加えて、現場の視点を意識しながら取り組みを進めていく必要がある。(了)

  1. ※1(公財)笹川平和財団海洋政策研究所『衛星VDESに関する提言~海洋デジタル化時代に向けて~』
    https://www.spf.org/opri/global-data/opri/op_20220819_vdes_brief.pdf
  2. ※2アンカーテナンシーとは、政府が企業と契約し商品を継続購入し、企業もしくは業界を支援する政策
  3. ※3守雅彦著『海のDX: オーシャンエバンジェリストが語る、30年後の海の未来』NOAブックス2021
  4. ●参照水成剛著「AISを発展させたデータ通信インフラVDESについて」
    本誌第483号(2020.09.20発行)https://www.spf.org/opri/newsletter/483_2.html

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