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オーシャンニュースレター

第483号(2020.09.20発行)

AISを発展させたデータ通信インフラVDESについて

[KEYWORDS]海上交通安全/海事通信/国際航路標識協会
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆水成 剛

衝突防止のための船舶位置情報交換インフラであるAISは、今日では船舶動静把握の核となっているが、これを発展させたVDESが国際航路標識協会等で仕様化されている。
ここでは、VDESの概要について紹介するとともに、普及に向けた筆者の期待を述べる。

進むAISの普及

船舶の分野では、自船の位置情報等を相互に送信して衝突予防を行う船舶自動識別装置(AIS)が広く普及している。SOLAS条約で搭載義務が課されている一定以上の大きさの船舶のほか、搭載義務がない船舶でも船主等が自発的に搭載している例もある。
AISは、灯台関係の国際団体である国際航路標識協会(IALA)が規格制定を行ってきた。今日では、海事関係者のみならず、篤志家が沿岸域に設置したAIS 受信機をインターネットで結びアプリ等でGIS表示させることで、全世界の沿岸域船舶動静情報が誰でも見えるようになっている。
今般、IALAでは、AISの規格を発展させ、より多くのデータ交換を行うためのVDES(VHF Data Exchange System)の規格整備を行っている。本稿では、VDESの概要等を説明する。

AISの仕組みと広がる利用

AISは、SOLAS 条約第Ⅴ章により、国際航海に従事する総トン数300トン以上の船舶、国際航海に従事しない総トン数500トン以上の船舶およびすべての旅客船に搭載義務が課せられている。マリンVHFバンドと呼ばれる、150MHz帯のVHF無線で、時分割多元接続(TDMA)にて通信を行っている。各船舶はMMSI(Maritime Mobile Service Identity)と呼ばれるIDで管理されており、6分毎に静的情報(船名・IMO番号・信号符字・貨物の種類・全長全幅・GNSSのアンテナ位置・目的地・到着予定時刻・貨物情報・喫水)を、2秒から10秒毎(錨泊中は3分毎)に動的情報(位置、速力、回頭角速度、航行状態)を発信している。Class Aと呼ばれる搭載義務が課せられた船用のものと、Class Bと呼ばれる搭載義務が課されていない船用のものがあり、Class B船舶はClass A船舶の通信を妨げないよう制御されている。
他船のAIS情報はAIS受信機と接続されたレーダや電子海図表示装置(ECDIS)等の画面上にも表示されることがほとんどで、航海士が容易に他船の動静等を確認できるようになっている。また、陸上局が受信することでリスク分析や海難事故分析などにも使うことができ、近年では画面上に表示することを目的として航路標識のない場所にバーチャル航路標識を表示する信号を陸上局が発信するといった事も行われている。その他、AIS信号は元々VHF無線が到達する範囲同士での通信を目的としたものであったが、人工衛星からこの電波を受信し解析することで、沿岸から電波を受信できないような大洋上であっても船舶動静把握ができ、ほぼリアルタイムで全世界の船舶航行状況が把握でき、これを漁業管理などに利用する取り組みも行われている。

AISからVDESへ

AISは、レーダやECDIS等の画面上に直接情報を表示できるという大変便利な特性から、今日では搭載義務が課せられた船舶のみならず、搭載義務のない船舶による位置情報の発信、非常時に位置を知らせるAIS-SART、船員が落水した際に位置を知らせるAIS MOB Deviceなどと幅広い用途で使われている地域もある。また、AISの信号を利用し、船舶動静情報以外の情報を交換するASM(Application Specific Messages)という取り組みもある。しかしながら、AIS信号のための容量に限界があり、特に日本周辺海域のような船舶の輻輳海域で、Class A船舶が衝突防止のために必要な通信ができなくなるという問題が発生する可能性を抱えている。
IALAでは、AISの通信を発展させ、近傍の周波数を使用して様々な情報交換を行えるVDESの規格化を実施してきた。これは、マリンVHFバンドの一部をデータ通信用に再配分して、船舶動静情報に限定しない様々なデータ通信を行えるようにするものである。加えて、船対船、船対陸といったVHF到達距離内での海上通信だけでなく、人工衛星を利用した通信についても規格化されている。特に、衛星部分については2019年10月から11月に実施された2019年世界無線通信会議(WRC-19)において衛星VDESの周波数割り当てがなされたばかりであり、今後衛星VDESに関する議論の加速が予想される。
VDESは、AIS、ASMおよびVDE(VHF Data Exchange)の3つの機能があり、特に様々な情報を流すインフラとしてのVDEに期待が寄せられている。但し、VDEの通信速度は数百kbps 程度を海域内でシェアする程度しかないため、現在インターネットで広く使われているようなリッチコンテンツの送受には向かない。
このVDESというインフラをどのように活用するかについては、具体化されたものはまだない。日本国内においてもVDESに関する実験は行われているが、具体的なプロダクトとしては筆者は把握していない。国際海事機関(IMO)において、e-Navigation構想※の中でMSP(Maritime Service Portfolios)として16種類のサービスの類形が示されており、今後IMOやIALAといった場で具体的なデータの活用方法が出てくるものと考えられる。
昨今、沿岸域でも利用可能な携帯電話網のほか、洋上において通信に使用できる人工衛星も多数ある。しかしながら、一般に船舶が使用する衛星通信は非常に高価であり、また沿岸と洋上とで通信の切り替えも発生する。VDESは、ほぼ同じ周波数で沿岸域と衛星通信の双方使用できる特徴があり、今後のサービス実現化が期待される。

■ VDES 概念図(各種資料をもとに筆者作成)
■ Maritime Service Portfolio

VDESに期待すること

現在、海上通信および衛星通信で様々な船舶の運航に必要な情報が送受されている。仮にVDESがインフラとしての役割をフルに発揮することが可能であれば、既存の通信を代替する立場になりうるのではないかと筆者は考える。船舶には様々な通信機器が搭載されており、大型船舶の船価と比較すれば受容可能であっても、小型船舶にとって装置を揃えることは容易ではない。もちろん、遭難通信などを確実に送信するための信頼性確保は必要であるが、通信機器をVDESに集約しシンプルにすることにより、より多くの船舶が同じ機器を搭載し、それによって「デジタルな世界から見えない船舶」を少なくすることが可能になることが考えられる。そのことで、より安全な航行、違法行為の取り締まり、海難救助等に生かすことが期待できる。(了)

  1. 「航海や海上安全・海洋汚染防止のための電子的な方法による船上・陸上情報の統合的な収集・統合・交換・表示・分析」の概念を表す用語
    【参考文献】
    ・船舶におけるVHFデータ交換システム(VDES)の導入(日本無線株式会社 宮寺好男 日本マリンエンジニアリング学会誌第55巻第2号)
    ・IALA Guideline G1117 - VHF Data Exchange System (VDES) Overview Edition 2.0 - December 2017(国際航路標識協会)

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