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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第483号(2020.9.20 発行)

中国の海洋進出と科学技術推進

[KEYWORDS]南シナ海/資源開発/科学技術
(一財)キヤノングローバル戦略研究所主任研究員◆段 烽軍
東京大学公共政策大学院特任講師◆山口健介

南シナ海における中国の海洋資源開発は、安全保障の観点から国際的に注目されているが、国内社会経済を支える資源供給の側面も無視できない。
特に、骨太の国家戦略の下で、海洋進出のために科学技術を推進し、科学技術の進歩がさらなる海洋進出を可能とする好循環は実現できている。

中国の海洋進出の経済的側面

新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行が収まらない中、中国の海洋進出が活発化しているとの報道が国内外マスメディアで頻出している。ほとんどの報道と解説の焦点は、軍事活動や軍事力の増強などであり、中国による既存の国際秩序への挑戦や覇権の追求が喧伝されている。もちろん隣国である日本にとって、これら安全保障に関係する分析は極めて重要である。しかし中国の海洋進出の本質を理解し、今後の付き合い方を検討するには、この一側面のみの分析では不十分と考えられる。本稿では、より包括的な理解に資するため、経済的側面から中国の海洋進出について概説する。
歴史的に中国は大陸国家のイメージが強いかもしれない。しかし近年、海洋産業の規模が非常に大きくなっている。その生産総額は常にGDP総額の10%近くで推移し(図)、2018年における雇用者数は3,684万人に上った。その中心は依然従来型産業の観光、海運、水産、石油・天然ガスなどだが、生物医薬や洋上風力などの新成長セクターも育成されつつあり、海洋産業が社会経済に占める重要性は今後も増す見込みである。
その中でも最重要産業の一つが、資源産業であることは言を俟たない。1980年代から始まる急速な経済成長は、エネルギーを含め資源の急激な需要増をもたらした。他方、国内陸域における資源賦存は限定的で、特に石油・天然ガスの国内生産は需要の増加に追い付かず、海外輸入への依存が年々強くなっている。石油と天然ガスの輸入依存度は、それぞれ2010年時点で55.6%と15.2%、2015年時点で60.6%と34.9%、さらに2019年時点では70.8%と43.0%まで上昇している。こうした状況を鑑みて、エネルギー・セキュリティを確保するため、中国政府は渤海湾の浅い海域を始めとして、近年では南シナ海北部の深海域まで海底資源の開発を推進してきた。2019年の沖合における石油と天然ガスの生産量は、国内総生産量のそれぞれ25.7%と9.3%に達した。中国の海洋進出は、資源開発・供給を通じて中国の社会経済全体を支える土台となりつつあるとも言えよう。

海洋進出のための科学技術推進

中国では、大規模な海洋進出を実現するために、国家戦略の下で産業政策の実施とともに、それを支える科学技術の研究開発が推進されてきた。特に研究開発上の重点分野においては、国家プロジェクトが実施されている。ここでは、南シナ海における非在来型天然ガス資源であるメタンハイドレートの開発を事例として、その仕組みを紹介したい。
メタンハイドレートは、その埋蔵資源量が他の化石燃料の総量を上回ると推定されており、世界のエネルギー情勢を変える可能性を秘めているともいわれる。そこで、日本や米国をはじめ、世界各国ではその開発に向けて研究が進められてきた。中国も1999年の国土資源調査を契機として、南シナ海でメタンハイドレート探査を開始した。物理探査を通じて、広い海域に資源が存在する可能性を確認した後、国家プロジェクトとして研究開発を進めることを即断した。
国家プロジェクトは、国土資源部の外局である地質調査局を中心として、二段階に分けて実施された。2002年に始まった総合資源調査では、資源賦存状況を分析・評価したうえで、オランダFUGRO社の調査船「Bavenit号」を借りて2007年に初回のボーリング調査を行い、メタンハイドレートのサンプル採取に成功した。海域からのサンプル採取としては、米国、日本、インドに続く4カ国目となった。サンプル解析などにより大規模な資源賦存量を確認した後、2011年にさらなる開発に向けた国家プロジェクトの第二段階に移行した。2013年5月より大規模なボーリング調査を行った後、2014年より実海域での産出試験を計画し、2017年5月にそれを実施した。延べ60日間に30万立米のガス生産を実現し、日本に続き2カ国目の実海域での産出に成功した国となった。
この成功を踏まえ、中国政府はメタンハイドレートを新たな鉱物資源と認定し、海洋石油・天然ガス開発を担う国有企業内に国家重点実験室を設立した。このように研究開発のペースを上げ、第2回の産出試験を計画・実施した。2020年、コロナショックが世界中のマスメディアを賑わせる最中、新華社や人民日報などの政府系メディアは、南シナ海北部における第2回メタンハイドレート洋上産出試験が、水深1,225mの海域において、海底下237~304mの地層からメタンハイドレートの産出に成功したことを報じた。2020年2月17日から3月18日までの30日の連続生産を実現し、86.14万立米のガス総生産量と2.87万立米の日平均生産量の二つの世界記録を打ち立て、海域におけるメタンハイドレート開発の世界のトップランナーとなった。
これらの政府主導、公的資金投入による資源探査・開発プロジェクトの実施とともに、関連施設、設備・機器等の開発も同時に進められてきた。調査プラットフォームとしての総合調査船「海洋六号」、深海探査のための大型4,500m級ROV「海馬号」、さらに海洋資源開発プラットフォームである大水深掘削リグ(装置)の「藍鯨1 号」と「藍鯨2号」等が、次々と開発された。また、第2回洋上産出試験を通じて、32の中心技術と12の中心装備の開発を実現した。

■図 中国海洋産業の推移
(左軸:生産総額(億元)、右軸:シェア(%))
(出典:「中国海洋経済統計公報」各年版)

科学技術の進歩によるさらなる海洋進出

メタンハイドレート開発プロジェクトに伴う科学技術の開発は、必ずしも短期的な経済性を追求したものではない。周知のとおり、アメリカ発のシェール革命により天然ガスは世界的に低価格であり、海域のメタンハイドレート開発の採算性が厳しい状況は当分続くと思われる。しかし、中国は目先の経済性のみによる判断ではなく、エネルギー・セキュリティの向上や海洋強国戦略の実現といった、より長期的・総合的な戦略に基づいてイノベーションを推進していると言えよう。
中国の海洋石油・天然ガス開発は、水深がわずか十数mの渤海湾において、海外技術を用いて始められた。資源開発のための科学技術の研究開発が進められ、水深が数十から百mの東シナ海中西部、さらに水深が数百から千mの南シナ海北部へと展開してきた。さらには、メタンハイドレート開発を通じて深海資源開発のための技術力は一層高まり、より深い海域への進出が可能となった。これにより、海洋資源開発を希求する一帯一路沿岸国に技術協力や開発援助を行う素地も整った。中国は、海洋進出のために科学技術を推進し、科学技術の進歩によるさらなる海洋進出が可能になる好循環を、国家戦略の下で生み出してきた。帰結的に今後の国際関係・地域秩序にも影響が及ぶと思われる。
翻って、中国の海洋進出の真意はどこにあるのだろうか。安全保障のみに特化した昨今の国内外の議論が、拙速な状況判断を導きうることが懸念されよう。南シナ海問題に国際的な注目が集まる今、科学技術の観点の重要性を提起したい。(了)

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