Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第534号(2022.11.05発行)

学校の教室を巡る海のミュージアム

[KEYWORDS] 海洋教育/巡回展/産学官連携
東海大学海洋学部講師◆渡辺友美

日本各地の小・中・高等学校で海洋教育が試行されつつある。そうした中、海から遠い地域の学校でも海を体験的に学ぶ方法はないか、分野横断の視点や産学官連携の機会を与える教材ができないか、という視点で開発されたのが、本稿で紹介する「教室ミュージアム 海のめぐみをいただきます!展」である。
身近な食と水産物をテーマに、学校の教室等を活用して展開する巡回展の取り組みを紹介する。

「教室ミュージアム 海のめぐみをいただきます!展」開発の背景と目的

現在、国内のいくつかの小・中・高等学校では、海洋基本法第28条「海洋に関する国民の理解の増進等」および海洋基本計画を背景として、海洋教育が試行されている。試行から見えてきた課題の一つは、実践の多くが海のフィールドでの体験と紐付き、海から遠い地域での実践が難しいことであった。日本財団・海洋政策研究財団(2012年)の提言では、海洋教育の推進においては、教科書内で海に関わる記述を充実させるだけでなく「それを補完する副教材の作成、水族館や博物館など社会教育施設あるいは水産業や海事産業など産業施設との有機的な連携を推進し、海洋教育の総合的な支援体制を整備すべき」とされ、分野横断的な海洋教育の性質に合わせた教科書外での学びを促す教材開発も望まれていた。こうした背景を受け開発されたのが、本稿で紹介する「教室ミュージアム 海のめぐみをいただきます!展」(以下、教室ミュージアム)である。
教室ミュージアムはその名の通り、学校の教室サイズの巡回展である。学校の立地条件に関わらず、実物や体験から海を考える機会をもたらし、分野横断の視点や産学官連携の機会を与えることを目的として開発された。身近な食と水産物をテーマとし、学校の余裕教室※1等のスペースを活用して期間限定のミュージアムを展開する。本展は2017年末より2022年10月現在まで、日本各地の小・中・高等学校、大学、公共図書館、博物館など全国34カ所を巡回した。巡回は海洋教育に積極的に取り組む自治体から始まり、その後は口コミやウェブサイト※2をきっかけに申し込みをいただくことが増加した。本展は日本財団の助成を受け、お茶の水女子大学(筆者の前所属)「海洋教育促進プログラム」内で開発され、現在も同大学を拠点に実践を継続している。

展示の内容

■図1 エントランスの海藻トンネルを探検する

教室ミュージアムでは、学校の教室等が約2〜3週間、ミュージアムに変身する。教室のドアをくぐると、そこには本物の海藻標本がずらりと並ぶ海藻トンネルが現れる(図1)。トンネルを抜けると、利用者を迎えるのは学校給食を模したお皿のプロジェクションマッピング。「今日のごはんはなんだろう?」という問いに続き、3枚のお皿に料理が現れ、徐々に元の食材に姿を変え、海の食材は海へと帰っていく。「知らないうちに食べている海のめぐみが、海の中でどんな姿なのか、どうやって食べものの姿になったのか」を、少し不思議な体験とともに問いかける展示である。
プロジェクションマッピングと並ぶ導入部では、本展をナビゲートする海のめぐみ代表の3つの水産加工品:魚類代表のかつおぶし、貝類代表のあさりむきみちゃん、海藻類代表の塩蔵わかめくんが登場する。以降これらのキャラクターが、自分の生きもの時代を語る「私たちの海でのくらし」、食品としての特徴や加工技術に触れる「おいしく食べるひみつ」、漁獲され水産加工品になるまでの行程をたどる「こんなふうに変身します」、の3コーナーを案内する。
コーナー1 「私たちの海でのくらし」は、各キャラクターの原材料となるカツオ、アサリ、ワカメについての生物学、生態学を扱う。ここでは本物の生物標本を間近に観察しながら、生物の体の特徴、生活環、分布について知ることができる。パネルには乱獲や水産資源の保全、外来種問題といった課題や専門的な内容が含まれるが、キャラクターの「自分語り風」表現やイラストの配置など、小さな子どもも理科嫌いの生徒も、教科書の範囲や学年を超えて興味を持てるような工夫がなされている。
コーナー2 「おいしく食べるひみつ」では、食品科学(食育)を扱う。昔から使われてきた水産物の保存技術を学んだ上で、身近な食品の材料や加工技術を調べることができる。棚に並べられた水産加工品を手に取りバーコードを読み取ると、画面には用いられた部位や加工方法が表示される。本展示には学習機能だけでなく、文字の理解がまだ難しい低年齢層であっても展示を楽しみ記憶を持ち帰ることができる体験展示の役割も持たせており、実際に行列ができるほどの人気展示となっている。
コーナー3 「こんなふうに変身します」では、社会科の視点で各キャラクターの詳細な加工工程と、水産業に関わる人々を紹介する。多くの組織や個人に協力いただき、通常では見ることができない情報が多数盛り込まれた。水産業に関わる人々の紹介では、仕事の現場で和食ブーム、水産資源の減少、温暖化等の課題に対峙(たいじ)するリアルな語りがあり、水産物を通して理科、食育、社会に関わる横断的な見方を与えたいという本展の視点そのものに通じる内容となった。

教室ミュージアムから広がる海の学び

■図2 学校図書館とコラボした小学校での展示

教室ミュージアムでは「実物」「体験」を重視している。これまでの実践では、「児童たちが給食から”海のめぐみ”を探すようになった」、「アサリの模様に興味を持った」、「海産物が好きではなかったけど、食べたいと思うようになった」等、多くの感想が聞かれた。
博学連携の分野では、博物館は学校のカリキュラムに沿った貸出教材に加え、教員向け授業計画、ワークシート等をそろえて貸し出すことが推奨されている※3。それに対して、教室ミュージアムでは対象施設が幅広いことに加え、分野横断的な場を形成する狙いにおいても敢えて学習範囲や用途を限定せず、自由なアレンジが可能な教材として貸し出した。その結果、教科横断型授業や、小学校と大学等の校種間連携、食品企業との産学連携等、多様な展開が生まれている。また実施主体(学校図書館、部活動、地域の公共図書館、博物館等)が持つ資源を生かし、オリジナル展示を加えていただく事例も多数あった(図2)。
展開の一例として、埼玉県立越ヶ谷高等学校の事例を紹介したい。同校では教室ミュージアムを中心に位置づけ、海の恵みに関わる複数教科の授業内容をつないで大きな一つのテーマ「命のつながり」を考えさせる教科横断型連携授業が、高校教員によって開発された。理科、家庭科、地歴公民科ではカツオに関わる各分野の学習が行われ、図書館での特設コーナーや大学・企業による出張講義も展開されるなど、大変に面白く充実した取り組みであった。
これまでの実践から、「実物」に触れ、多様な人が関わる「体験」の場を提供することによる、人と展示の化学反応の面白さを感じている。教室ミュージアムや博物館は、年齢や科目の枠を越え、各人の興味・関心に応じて学びに自由にアクセスできる入口である。興味・関心に基づき学ぶことに年齢の壁はなく、入口の先にある情報は本物であることが重要で、必ずしも子ども向けである必要はないとも考えている。2020年以降はCOVID-19の流行により本展も実施が難しくなった。2022年10月現在もその影響は続いているが、今後も学校や地域とアイデアを出し合いながら、各々の海の学びへの入口を提供していきたい。(了)

  1. ※1文部科学省では余裕教室の活用を推奨している「廃校施設・余裕教室の有効活用」 
    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/yoyuu.htm
  2. ※2「教室ミュージアム 海のめぐみをいただきます!展」公式ウェブサイト 
    https://uminomegumiwoitada.wixsite.com/itadakimasu
  3. ※3平賀伸夫, 東垂水琢哉, 中村千恵, 北村淳一「学校・博物館連携を促進するための貸し出し教材の開発・利用・効果」『科学教育研究』41(2) 2017 pp.258-267

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