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オーシャンニューズレター

第318号(2013.11.05発行)

第318号(2013.11.05 発行)

海洋を用いた微細藻類による有用バイオマスの生産

[KEYWORDS]ボトリオコッカス/エミリアニア/炭化水素
筑波大学生命環境系教授◆鈴木石根

再生可能エネルギーの中でバイオマスだけが、石油代替の液体燃料・工業原料を提供できるものである。微細藻類はバイオマス供給源として、その高い生産性と食糧生産との直接的な競合が少ない点で注目されている。
今後は、炭化水素系のバイオマスを生産する海産性の微細藻類がより重要になるであろう。

再生可能エネルギー確保の重要性

今日、石油は自動車や航空機などの移動や輸送手段のための燃料や、発電所での燃料、あるいは様々な工業製品の原料として、現代社会の維持に不可欠な天然資源である。近年、産油国における生産量の減少・不安定な政情、発展途上国等における需要の増加等により、石油価格は上昇を続けている。また、採掘可能な石油資源は徐々に少なくなっていくと予測されており、数十年後には枯渇すると予想されている。また、石油や石炭などの化石燃料の消費による大気中のCO2濃度の増加にともなう、地球温暖化・異常気象・海洋の酸性化などの地球環境の悪化が実感されている。したがって、石油を代替できるエネルギー資源の安定的な確保や、地球規模での環境の改善や維持のため、カーボン・ニュートラルな持続可能エネルギー資源の確保は急務である。
現在、石油代替エネルギー資源として、水力・風力・太陽光・太陽熱・地熱・波力・潮力・原子力など様々なエネルギー源が考えられているが、そのほとんどが電力を生み出すものである。このような次世代のエネルギー資源の中で唯一、光合成生物が産生する有機物に由来するバイオマスだけが、石油の直接の代替物質となりうるポテンシャルを秘めている。

石油代替のバイオマスエネルギーへの期待

サトウキビやトウモロコシのショ糖やデンプンを活用し、生産されるエタノールを燃料に混合して、利用する試みは一部の国で実用段階にある。しかしながら、作物を原料にバイオマスエネルギーを生産する試みは、食糧生産と競合するため将来の食糧危機問題を考えると、全地球規模で同様の仕組みを構築することは現実的とはいえない。また、エタノールは内燃機関内の金属を腐食させたり、配管などの樹脂製品を傷めるおそれもあり、専用の装置が必要になる。陸上植物の非食部を活用したセルロース起源の糖からのエタノール生産の方がより現実的であるが、セルロースを直接微生物に利用させることが容易ではなく、現時点では研究の域をでていない。
一方、微細藻類は海洋・湖沼・河川水などの水中に生育する、主に単細胞の藻類で、光合成により有機物(バイオマス)を生産・蓄積する。特に窒素欠乏の条件では細胞の乾燥重量の数十%以上のトリグリセリドあるいは炭化水素を蓄積する種が知られている。また、微細藻類は陸上植物と異なり、耕作不適地であっても藻類培養用の施設・装置を設置すれば培養が可能である。その上、単位面積あたりのオイル生産量は陸上植物の生産量に比べて、ずっと高い値を示す種もあり(表1)、微細藻類のオイル生産のポテンシャルを活用した石油代替物質として利用可能なバイオマス生産を目指した研究が国内外で盛んに行われている。
油脂植物や微細藻類が蓄積する油脂(トリグリセリド)を鹸化して得られる脂肪酸をメチルエステルとして、ディーゼル燃料に用いる、いわゆるバイオディーゼルについても盛んに研究されている。しかしながら、光合成生物のトリグリセリドに含まれる脂肪酸は、そのアシル基に複数の二重結合を含んだ多価不飽和脂肪酸であり、酸素により容易に酸化され劣化を受けやすく、長期間の貯蔵には不向きである。また、鎖長が長いため低温条件で粘性が上昇したり固化したりするため、その利用は限定される。また、脂肪酸メチルエステルは分子内に酸素原子を含むため、高温のエンジン内で燃焼させると、NOxを生じやすくなることも問題である。このような現状により、近年炭化水素を蓄積する微細藻類を利用したバイオマス生産に対する期待が高まっている。

微細藻類の可能性

■図1:炭化水素を生産するボトリオコッカス。(左)光学顕微鏡像、(右)ナイルレッドによるオイルの染色、蛍光顕微鏡像。オイルは黄色の蛍光を発する。赤色はクロロフィルからの蛍光、細胞が赤く見えている。

■図2:ハプト藻エミリアニア。(左)走査型電子顕微鏡像、(右)ナイルレッドによる染色、蛍光顕微鏡像。アルケノンは黄色の蛍光を発する。赤色はクロロフィルからの蛍光。

微細藻類はたいへん多様な性質を持った生物群で、また天然からはこれまで見出されていなかった性質を有するものが、毎年新たに同定されている。このような特長を生かし、オイル生産に適した生物群の単離同定も行われている。
ダムや淡水の湖にも生息する緑藻の一種ボトリオコッカス(Botryococcus braunii)は炭化水素系の物質を高濃度に合成し、また細胞外に分泌する性質を有している(図1)。この性質により、ボトリオコッカスは微細藻類による石油代替物質生産において、最も注目されている生物といえる※1。ボトリオコッカスは淡水性の藻類であり、大規模な培養には多量の清浄な淡水の確保が不可欠である。わが国においては、水の供給はそれほど大きな問題とならないが、温度や日射量の条件は藻類の培養には適していない。アメリカ大陸南西部やオーストラリアの北西部など、年中温暖で日射量の豊富な地域は藻類の培養に適しているが、一般に乾燥地帯であり淡水の供給は困難である。そのため、これら地域では、海水を利用した海産性の微細藻類の大量培養が望まれる。
海産性のケイ藻の中には、低窒素栄養条件で多量のトリグリセリドを蓄積する種があるが、炭化水素を蓄積するケイ藻は知られていない。一方、海産性のハプト藻に属するエミリアニア(Emiliania huxleyi)は、世界各地の海洋に生息する株がしられ、様々な環境に適応した種である。エミリアニアは細胞の乾燥重量の20~30%の長鎖不飽和ケトン(アルケノン)を合成する(図2)。アルケノンを蓄積した細胞を、無酸素条件で熱分解を行うと、処理温度の違いによって、ジェット燃料やガソリンなど常温で液体の炭化水素から、メタンやエタンなどの気体の炭化水素までが得られることがわかっている※2。アルケノンの合成経路は明らかになっていないが、ゲノム解析、転写産物解析、代謝産物の網羅的解析により、その解明が進められている。
将来的には明らかにされた代謝経路に関わる酵素遺伝子の改変や欠損により、目的の炭化水素のみを合成する株を作出し、海水を活用した炭化水素(石油代替エネルギー)生産の実現をめざしている。(了)

※1 Yoshida M. et al., Biofuels, (2012) 3, 761-781
※2 Wu Q. et al., Mar. Biotechnol. (1999) 1, 346-352

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