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オーシャンニューズレター

第318号(2013.11.05発行)

第318号(2013.11.05 発行)

京都大学における森里海連環学教育

[KEYWORDS]大学院教育/地球環境問題/国際教育
京都大学学際融合教育研究推進センター森里海連環学教育ユニット長◆山下 洋

研究林、臨海・水産実験所などから構成される京都大学フィールド科学教育研究センターでは、森から海までの生態学的なつながりと人間活動のありように関する「森里海連環学」教育を推進している。
2005年度から行っている学部生教育の発展型として、高度の専門性と学際融合的な広い観点を持ち、世界で活躍できる大学院生を育成するために、2013年度より全学の大学院生を対象とした「森里海連環学教育プログラム」を開設した。

森里海連環学とは

京都大学フィールド科学教育研究センターは、2003年に京都大学農学研究科附属演習林・試験地、亜熱帯植物実験所、水産実験所、理学部附属臨海実験所を統合して設立された部局です。本センターでは、設立時から教育研究の柱として「森里海連環学」という新しいフィールド科学の創生に取り組んできました。
人類は地球に誕生して以来、長い時間をかけて自然の仕組みを学びその力を巧みに利用して、自然や生態系と折り合いながら歴史を刻んできました。ところが、19世紀以降の科学技術の発達は、生態系のつながりや自然との調和を無視して、限定された目的だけを達成する局所最適化を可能にしました。経済は豊かになり人の生活は便利になりましたが、人間活動のインパクトと局所最適化の積み重ねにより、本来相互に密接につながって循環していた自然環境や生態系が分断され、その矛盾は地球環境問題という形で人類の生存を脅かしています。危機的な状況に陥りつつある人類の未来を救うためには、もう一度社会・経済と自然環境・生態系との関係を考え直し、全体最適化の方向性を科学的に示す必要があります。
日本は海にかこまれた森の国です。国土に降った雨は森や里を潤して川に注ぎ、栄養物質や土砂を沿岸の海に運びます。アユやサケ、ウナギなどのような水圏で暮らす生き物の中には、川と海の間を行き来することによって、いのち(生活史)をつなぐ種も少なくありません。また、人による魚介類の消費や海水が蒸発して陸上に降る雨は、海から陸への重要な物質移動であり、このような双方向の密接なつながりを私たちは「連環」と呼んでいます。
従来、森林、人が暮らす里、河川、沿岸海域などの生態系は、行政による国土の縦割り管理と同様に、学問分野としても個別に研究されてきました。しかし、たとえば漁獲量の激減やクラゲの大発生など沿岸海域で起こっている生態系の異変を、沿岸海域の研究だけで解決するのは困難であることが認識されつつあります。私たちは、川や海で起こっている異変の重要な原因が、森から海までの多様なつながりの劣化にあると考え、わが国の国土環境の再生とそれを基盤とした地域振興に資するために、森里海連環学の研究と教育を推進しています。
森里海連環学研究においては、京都府や高知県のフィールドで森林の管理方法が河川環境に与える影響を調べるための大規模な間伐実験を行っています。また、河川では、流域の利用形態と栄養塩や腐植酸鉄の生産との関係、上流から海までの栄養物質の輸送と生物機構の研究などを行い、多くの研究成果を学会に報告してきました。

森里海連環学教育

■森里海連環学教育プログラムの必修科目「流域・沿岸域統合管理学」の第一回目の講義として行われたブレスト大学デニス・バイ博士の記念講演

当センターは、設立の翌年から学部生に対する森里海連環学の講義と実習を始めました。とくに森里海連環学実習はユニークな実習であり、北海道の厚岸湖にそそぐ別寒辺牛川(べかんべうし)と若狭湾にそそぐ京都の由良川において、流域の利用様式、水圏環境、生態系と食物網構造の変化について、1週間かけて上流から河口までのフィールド調査とデータ分析を行います。溶存態チッソ、リン、珪素の濃度を精密な機器により分析し、得られたデータを解析するというかなり高いレベルの内容を含んでいます。森里海連環学教育については2005年度から日本財団の助成を受け、現在、座学3科目、実習2科目を全学の学生に提供しています。
学部教育での成果を受けて、2013年度より全学の大学院生を対象とした「森里海連環学教育プログラム」を新たに開設しました。本教育プログラムを始めるにあたり、京都大学の当センター、農学研究科、人間・環境学研究科、地球環境学堂・学舎の4つの部局が参画し、日本財団との共同事業として京都大学学際融合教育研究推進センターに「森里海連環学教育ユニット」を設立しました。この事業は、高い専門性とともに、地球環境の観点から多様な分野を統合した広い視野を持ち、世界の舞台で活躍できる日本人の大学院生を育成することを目的としています。講義は原則としてすべて英語で行い、外国や国際機関においてインターン研修を行うことを奨励しています。講義科目は、森、里、海、総合の4領域から構成され、自然科学系の科目はもとより環境法、環境政策、環境経済、環境倫理教育、国際資源管理など、法学、社会学、経済学に渡る広い分野の科目が用意されています。
受講する大学院生は、所属する大学院で専門分野のテーマについて深く掘り下げる研究を行っていますが、本教育プログラムはそれに加えて、森里海のつながりという地球規模の観点と文理が融合した学際的な学理を勉強するものであり、受講生の負担はかなり大きいことが予想されます。今年4月の開講直前まで、いったい何人の大学院生がプログラムを受講するのか胃の痛む思いもありましたが、開講記念として行われたブレスト大学(仏)のデニス・バイ博士の講演には100名近い大学院生と教員が集まりました。また、6研究科に所属する77名の大学院生(うち23名が外国人留学生)が履修登録するという、嬉しい結果になりました。
今年度が本教育プログラムの初年度であり、予期しなかった様々なハプニングに対応しながら、科目の運営やインターン研修を進めています。受講生のうち26名が本プログラムの補助金を得て、夏休みから後期にかけてインターンを行うべく海外に出発しつつあります。前期に得られた経験と受講生との意見交換やアンケートを通して、後期以降の改善点を検討中です。とくに受講生から、今年度は科目に含まれていないフィールド実習に対する強い要望がありました。また、少人数ゼミ形式での講義科目を増やすことにより、受講生が課題を深く考える訓練を行うとともに、受講生間の連帯感や得られた成果を通してプログラムへの帰属意識を高めるシステムを検討しているところです。
専門分野の異なる全学の大学院生を対象とした、英語による分野横断的大学院教育プログラムは、全国にもほとんど例のない取り組みです。広い視野と長期的・総合的な観点から地球環境問題の解決に取り組むことができる人材を育て、社会へ出た後も受講生間の密接なつながりやネットワークを構築して、人類の持続的な繁栄に貢献できるプログラムとなるよう努力を続けています。(了)

【参考】 
『改訂増補森里海連環学―森から海までの統合的管理を目指して』京都大学フィールド科学教育研究センター編 京都大学出版、2011年、ISBN9784876985814

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