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オーシャンニューズレター

第317号(2013.10.20発行)

第317号(2013.10.20 発行)

日本‐米国‐ハワイのユニークなパートナーシップ~アジア太平洋の気候共同研究を主導する国際太平洋研究センター~

[KEYWORDS]IPRC/気候研究/漂流物のモデリング
国際太平洋研究センター(IPRC)所長、ハワイ大学教授(気象学)◆Kevin Hamilton

アジア太平洋の気候変化を科学的に解明し、未来を想定することを目的として、日米のパートナーシップの下、国際太平洋研究センター(IPRC)は1997年にハワイに設置された。IPRCはユニークな国際研究協力関係をもち、若い研究者への教育や専門家養成のための機会を設け、日本からも多くの優秀な若手研究者が育っている。
今や気候研究において国際的に広く知られる重要な研究センターとなり、国際研究協力の構築に向けたリーダーとしての役割を担っている。

気候研究と日米共同研究の始まり

アジア・太平洋地域には、世界の人口の半数以上が生活しており、さまざまな時間スケールで起こる気候変動の影響を受けている。人類活動に起因する、長期的な気候変化の影響にも脆弱である。気候システムは非常に複雑なので、将来の地域的な気候変化を科学的に解明し、未来を想定するのは難しい。しかし、幸いなことに、世界で最も先進的な科学水準にある日米両国が、太平洋を挟んで向かい合っている。20世紀が終わる頃、明確なビジョンを持った両国政府のリーダーたちが、この地域の緊急の気候研究を行うために、日米両国の科学リソースを統合させる利点に注目した。1997年に気候研究が「グローバルな協力に関する日米の共通アジェンダ」の一つに加えられたのである。両国のリーダーたちのビジョンに呼応して、両国の科学者と科学マネジャーたちが努力し、ハワイ大学(UH)に国際太平洋研究センター(IPRC)が日米のパートナーシップの下で設置され、同年10月に活動を開始した。
掲げられたIPRCの公式ミッションには、「アジア太平洋地域における気候変動と変化の特性と予測可能性に関する人類の知見を向上させ、かつ、得られた知見を社会の発展に活用するための革新的な方策を発展することに貢献する国際的な研究環境を創出すること」とある。
気候変動の原因が自然界にあっても、人類活動にあっても、IPRCの科学者はモデリングや診断研究を通して、その科学的な記録と原因解明を行う。基礎研究を進めることで、アジア太平洋地域の環境予測を改善するという究極目標の達成に貢献している。IPRCは様々な時系列を示す気候変動のモデリング解析能力と診断能力に強みがあり、その長所を生かして、長期の気候トレンドが極端現象の発生を含む短期変動にどう影響するかを調べる研究で世界に着目されている。
日本との関係では、(独)海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)の研究者との長年にわたる広範な協力活動が続けられてきた。IPRCのガバナンスは極めてユニークで、ハワイ大学だけではなく、JAMSTECおよび米国連邦政府の研究機関にも共有されている。IPRCの研究活動に対する研究資金は、JAMSTECに加えて、米国海洋大気庁(NOAA)、米国航空宇宙局(NASA)、さらには全米科学財団など連邦政府の主要機関からも支援されている。

IPRCの画期的な役割

■写真1:IPRCは数多くの重要な国際的な気候研究会議を開催している。ここにある2012年3月の写真は、世界中の主要な気候研究センターで実施された気候変化予想モデルの結果の解析を行うために世界で初めて開かれた会合の様子である。成果は「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第5次評価報告書に反映された。

IPRCは昨年創立15周年を迎えた。ハワイ大学の10人の専任教員がIPRCに所属し、加えて約50名に及ぶ科学者、ポスドク研究員(博士研究員)、研究および管理のサポートを行うスタッフがいる。IPRCの科学者はこれまでにおよそ1,000件の査読済みの研究論文を発行している。さらに主として日本やアジアの大学院生、ポスドク研究員、専門研究者、その他長期滞在研究者などからなる100人以上の若い研究者に対する教育および専門家養成活動で重要な貢献をしてきた。IPRCの「卒業生」たちはアジア、米国および世界の他地域の大学や研究機関で活躍している。創設者と主要な出資機関の期待通り、今や気候変動研究における「太平洋上の十字路」として、いろいろな国からのさまざまな研究者(大学院生、ポスドク研究員、期限付き雇用研究員、長期滞在者)が滞在するだけでなく、多くの国際会議を主催することによって、数千人の研究者にハワイでの交流の機会を提供してきた(写真1)。

日本人研究者養成と重要な研究投資事業への貢献

日本とIPRCの特別な関係から、多くの若い日本人気候研究者が大事な成長期をIPRCで過ごしている。こうした日本出身の「IPRC卒業生」は24名いる。このうち21名の研究者は日本に戻って研究や教育活動を行っており、他の3名は米国において他の大学でポスドク研究員を続けている。最近IPRCの日本人研究者たちが、研究成果に対して次々に顕彰されるという快挙をなし遂げた。特に2010年、2011年および2012年に連続して日本気象学会山本・正野論文賞を受賞し、2009年と2013年には日本海洋学会岡田賞を受賞している。IPRCの若く、優秀な日本人研究者に、こうした評価が次々に与えられたことは私たちにとっても、JAMSTECパートナーにとっても非常に喜ばしいものである。
IPRC自体は大きな観測や大々的な数値実験を行う施設を備えていない。しかし、協力関係にある研究組織が行う観測や大規模な計算結果の解析を支援する役割を果たしている。特に、世界レベルの施設を有するJAMSTECとの協力関係には目覚ましいものがある。気候システムの診断分析が得意なIPRCの研究者は、高解像度全地球モデリング、海洋堆積物コアリング、航海調査及び国際的なフィールドキャンペーンなど、JAMSTECの重要な投資事業の成功を強力に支援してきた。

東北地方太平洋沖地震津波による漂流物のモデリング

IPRCの研究者は太平洋海洋循環のモデリングの専門知識を持つだけでなく、日本と密接に連携しており、そのことの重要性が2011年3月の巨大津波の後に明白となっている。津波によって太平洋に流れ出た数百万トンの物質の行方は非常に重要な問題である。これらの浮遊物の津波直後の詳細な観測は実質的に不可能であり、数値モデリングと太平洋上と海岸での個別的な事象報告に依存せざるを得なかった。IPRCは独自のユニークな高解像度世界海洋表層流解析システム(写真2)を使って、漂流物の破片の追跡作業を行っている。IPRCのNikolai Maximenko博士はこの活動を指揮し、津波漂流物が、まず北米の西海岸に漂着し、そして2012年の晩秋以降にはハワイの海岸に達することを正確に予測した。その活動は全米メディアに大々的に報道され、関係政府官僚も市民もあまねく、漂流物の脅威を把握することができた。このことは日本でも同様であった。2011年のある期間、日本の首相のウェブサイトが、津波漂流物問題に懸念を抱く日本の市民に対して、詳細情報はIPRCのウェブサイトを参照するよう指示を与えていたことは注目すべきである。
IPRCは、今や気候研究において国際的に広く知られる重要な研究センターとなった。ますますグローバル化する研究コミュニティの中にあって、IPRCは、アジア太平洋地域全体の人々にとって重要な現実問題に焦点を当てて活動を行うことで、深くかつ永続的な国際研究協力の構築に向けて、ユニークなリーダーの役割を担うことになったのである。(了)


■写真2
この図は2011年3月11日の津波によって太平洋に流された漂流物の拡散状況を、IPRCのモデルシミュレーションで捉えたもの。津波の発生後の状態がプロットされている。色彩によって「ウィンディジ(風による偏流の具合)」が示されている。赤色は海上に突き出た軽い物体を示し、風の強い影響(偏流)を受けている。紫色は漂流中にほとんど海水中に沈んでいる密度の大きい物体で海流によって運ばれる状況を示している。

※ 本稿は英語で寄稿いただいた原文を翻訳・まとめたものです。原文は当財団HP(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2013/317_1.html)でご覧いただけます。

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