Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第316号(2013.10.05発行)

第316号(2013.10.05 発行)

山を越え、海を渡る鳥を追う

[KEYWORDS]海鳥/渡り/衛星追跡
慶應義塾大学政策メディア研究科特任教授、東京大学名誉教授◆樋口広芳

海鳥の中には、1回の採食飛行で数千kmも移動するものがいる。また、渡りをする鳥の中には、毎年秋と春、片道数千km、あるいは1万kmを超す季節移動をおこなうものがいる。かれらはいったい、どこへ行くのか、どのくらいの範囲をどのくらいの期間をかけて移動しているのか。
近年の人工衛星を利用した追跡によって、そうした謎が次々に解明されてきている。海にかかわりのある鳥に焦点をあて、研究の最前線を紹介する。

はじめに

鳥類は飛ぶことに専門化した生きものである。特定地域に定着している場合でも、日常的に数kmや数10kmを移動する。また、季節的往復移動である渡りをする時期には、片道だけでも数千km、あるいは1万kmを越える距離を移動する。
翼をもたない私たち人間は、鳥のあとをついて行くことができず、鳥たちがどこに行くのか、またどのようにして戻ってくるのかを知ることは通常できない。しかし、近年、科学技術の進歩によって、人工衛星を利用して長距離の移動を追跡することが可能になってきた。この方法では、対象個体が地球上のどこにいても位置や移動を確かめることができる。しかも、ひとたび追跡機器を対象個体に装着すれば、あとの追跡はコンピュータ上で難なくおこなうことができる。
この衛星を利用した移動追跡は、略して「衛星追跡」と呼ばれる。詳細は省略するが、アルゴスシステムと呼ばれる位置測定・データ収集システムを利用する方式と、全地球測位システム(Global Positioning System、 GPS)を利用する方式がある。前者では送信機を、後者では受信機を対象個体に装着して追跡することになる。衛星追跡の仕組みについては、小著『鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡―』(2005年、NHK出版)を参照されたい。本稿では、海にかかわりのある鳥類の移動に焦点をあて、いくつかの研究事例を紹介したい。

アホウドリ類の採食移動

アホウドリ類は大型の海鳥で、長大な翼をいっぱいに伸ばして海上を飛びながら、魚やイカを捕らえて食べる。これまで私たちの研究グループでは、小笠原諸島で繁殖するクロアシアホウドリ、南米エクアドル・ガラパゴス諸島で繁殖するガラパゴスアホウドリ、ニュージーランドで繁殖するシロアホウドリ、南極海域で繁殖するワタリアホウドリなどの繁殖期の採食移動を調べている。利用している追跡機器は、鳥類用に開発したGPSである。
抱卵時期あるいは育雛時期の採食海域を調べているのだが、移動範囲がとにかく広い。クロアシアホウドリでは、測位点の9割が繁殖地から200kmの海域にある。最大移動範囲は400kmにおよぶ。1回の採食飛行に平均29時間を費やし、延べで445kmを移動する。シロアホウドリでは、1回の採食飛行に平均して8.2日を費やし、延べの移動距離は2,080kmほどになる。もっとも遠い採食海域は、繁殖地から約530km離れている。ガラパゴスアホウドリでは、繁殖個体と非繁殖個体で採食海域が異なっている。非繁殖個体は、繁殖地から100km程度のガラパゴス海域内で採食する一方、ひなのいる繁殖個体は、1,000km以上も離れたペルーの西岸まで移動する。ある個体は、1回の採食飛行で16日間を費やし、延べ3,500kmほどを移動した。
追跡結果を衛星画像上にのせて調べると、採食海域は浅海域であることがわかる。クロアシアホウドリは、繁殖地から200km内の浅海域で主に採食する。シロアホウドリでは、繁殖地から100km内にある大陸棚外縁の海域がもっとも重要であり、測位点の約3割がこの範囲に収まる。言うまでもなく、大陸棚はすぐれた漁場であり、数多くの魚やイカが生息している。アホウドリ類はそうした漁場を求めて長距離の移動をしていると考えられる。ガラパゴスアホウドリの繁殖個体が1,000km以上も離れたペルー沖まで移動することは、注目に値する。言うまでもなく、この地は世界有数の漁場である。たくさんの食物を要求するひなを育てるため、長旅をしてでもこの地にやってきて、豊富な魚資源をいっぱい食べ、ガラパゴスに戻っていくのだろう。

ハチクマの渡り

■図1:ハチクマの秋(a)と春(b)の渡り経路。春の渡り経路中、○印は1週間以上滞在した地点。
Higuchi 2012: J. Ornithol. 153:3-14.

■春と秋に1万kmを超える移動を行うハチクマ。
(写真提供:中村照男)

ハチクマは、スズメバチ類などの卵や幼虫、蛹を主食にする中型のタカ類である。この鳥では、2003年の秋以降、50個体以上の渡りを衛星追跡し、渡り経路を詳細に明らかにすることに成功している(図1)。使用している機器は、主にアルゴスシステム用の太陽電池方式の送信機である。
渡りの様子を少しくわしく紹介しよう。本州の中~北部で繁殖するハチクマは、9月中下旬から10月上旬に本州から九州へと向かう。九州西部の五島列島などを飛び立ったのち、東シナ海約700kmを越えて中国の長江河口付近に入る。その後、中国の内陸部を南下し、インドシナ半島、マレー半島を経由してスマトラに至る。のちに、ボルネオやフィリピン、あるいはインドネシアのジャワ島、さらには小スンダ列島にまで移動して渡りを終える。越冬地への到着時期は11月から12月、総延長移動距離は1万~1万数千kmにおよぶ。
春の渡りは2月の中下旬から3月に始まる。ボルネオやフィリピンで越冬した個体も、ジャワや小スンダで冬を越した個体も、マレー半島の北部までは秋の経路を逆戻りする。そこから先、一部の鳥は、90度方向転換して東に進み、カンボジア方面へと向かったのち、再び90度方向転換して北進する。ほかの鳥は、北上してミャンマーから中国南部へと入る。その先は合流するような形で中国の内陸部を北上し、朝鮮半島の北部に至る。そののちなんと、すべての鳥が90度方向転換して朝鮮半島を南下して九州に入り、さらに再び90度方向転換して東進し、繁殖地の長野県や山形県、青森県などに戻る。この春の渡りも1万kmから1万数千kmにおよぶ長距離移動で、日本の繁殖地に到達するのは5月の中下旬である。
渡りの経路が季節によって異なる主な理由は、東シナ海の気象条件にある。ハチクマが渡る9月中下旬から10月上旬にかけては、この海域に東からの風がかなり安定して吹いている。ハチクマはこの追い風を利用して、西に向かって移動する。また、ハチクマが渡る高度数100mほどの上空には、この時期に上昇気流が高頻度で発生しているらしい。この上昇気流も、渡るタカにとって好都合な存在である。一方、春には、東シナ海の気象条件は不安定で、いろいろな方向からの風が吹いている。しかも、海上に上昇気流が発達している様子はない。700 kmの海上を横切るのは、きわめて危険である。大きく迂回してでも、朝鮮半島を南下し、170 kmほどしかない朝鮮/対馬海峡経由で九州に入る方が、明らかに安全なのである。
鳥たちは、採食条件や気象条件に応じて、移動のあり方をいろいろに変えている。その状況は、ここで紹介したような研究がおこなわれるまでは想像もつかないことだった。今後、科学技術がさらに発達していけば、より多くの鳥たちを対象に、さまざまな生活や移動の様子が明らかになるだろう。(了)

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