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オーシャンニューズレター

第316号(2013.10.05発行)

第316号(2013.10.05 発行)

平成の黒船、日本市場に本格参入

[KEYWORDS]客船観光/船のLCC/平成の黒船
(一社)神戸経済同友会特別会員◆上川庄二郎

アメリカのクルーズ船社が、日本を起点とした本格的なクルーズ事業としてわが国に乗り込んできた。
LCC(ローコスト・クルージング)を謳い文句とした「サン・プリンセス」でさっそく北海道・サハリンクルーズを体験したが、格安ツアーのつもりでいただけに立派なものと感激した。日本の船社にとっては大きな脅威となるであろう。まさしく正真正銘の「平成の黒船」である。

遥か国後に!

■国後島の最高峰・爺爺岳(国後島北端ルルイ岬を航行中のサン・プリンセスから筆者撮影)

釧路港を昨夜出航したサン・プリンセスは、明け方には歯舞・色丹の沖合を通過しているはずだが、千島列島特有の海霧に包まれて何も見えない濃霧の中である。今年の6月のことだった。
私は1994年にカムチャッカを訪ねたことがあるが、この時はついぞ千島列島沿岸の航海で海霧が晴れることはなかった。まあ今回も駄目か、と半ば諦めていた時、急に薄れて白い虹が表れた。北極海で見たあの白い虹である。早速キャビンのベランダに飛び出し、夢中で眺め入った。これは晴れるぞ! 予感は的中し、午前10時頃国後水道に差し掛かった頃から、曇り空ながら国後島の北端が見え隠れするようになってきた。幸先良し!
ところで、どうしてサン・プリンセスなの? という疑問にお答えしなくてはならない。

日本の港を母港にやって来たサン・プリンセス

■私たちが乗船した北海道・サハリンクルーズのコース

ここ数年、アメリカのクルーズ船社がアジア、中でも経済成長の著しい中国に目をつけて上海、香港を起点に、韓国、日本、東南アジア方面へのクルーズを盛んに行ってきた。その延長線上でいよいよ日本にも目をつけ、横浜、神戸、小樽を起点に日本人向けのクルーズ事業に打って出てきた。いよいよ今年から本格的に日本起点の、主として日本人目当てのクルーズ事業を始めようとしてやってきた正真正銘の「平成の黒船」である。今年は、横浜発着日本周遊・韓国クルーズ、横浜発着北海道・サハリンクルーズ、神戸発日本周遊・韓国クルーズと合計9回延べ92日間運航される。
日本のクルーズ船は三隻ともラグジュアリークラス※の船である。私は、格安クルーズ船との違いも体験してみたかったこともさることながら、行き先にも魅力を感じて乗ってみることにした。

サン・プリンセスってどんな船?

■神戸港を出港するサン・プリンセス

サン・プリンセスは、アメリカの三大クルーズ会社の一つであるプリンセス・クルーズ社が運航管理するプレミアムクラスのクルーズ船で、1995年就航、2010年改装、77,000t、乗客定員2,022人の船である。この程度の船では、カジュアルクラスの超大型船が次々と投入される地中海やカリブ海のような競争の激しい海域ではとても他船との競争に耐え切れず、日本市場切込みの尖兵として送り込んできたものと考えられる。
来年は、サン・プリンセスに加え、姉妹船のダイヤモンド・プリンセス(2004年就航、116,000t、乗客定員2,270人)と2隻体制でやってくる。横浜発着(20回)ばかりでなく、神戸発着9回、小樽発着12回、計41回を2隻で延べ346日間運航する計画だ。一挙に今年の運航回数9回の4.6倍、延べ日数も3.8倍と相当の力の入れようだ。クルーズ日程は、いずれも7泊8日から9泊10日とクルーズ日程としては今年よりもやや短めに設定している。日本人向けに日程を短めに設定したというところだろうか。
正に黒船艦隊の来襲と言っていいだろう。日本の船社にとっては「太平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん)たった四杯で夜も眠れず」といったところ。この黒船艦隊が果たして日本で経営採算が取れるのか、今日までの日本のクルーズ人口が伸び悩んでいるだけに心配する向きもあるが、私が乗船した北海道・サハリンクルーズに関して言えば、乗船客およそ1,700人ぐらい、うち30%がアメリカ、オーストラリアからということで、損益分岐点は維持しているようである。

船のLCC(ローコスト・クルージング)

この黒船の来襲を、乗船し体験してみた者として若干述べてみたい。
まず、来年は41回延べ346日やってくる。ホームページでの広報中心だけに、募集コストだけでも大きな削減になるはずだ。次にキャビンの広さである。正確な比較はできないが、バルコニー付キャビン、角窓キャビン共にサン・プリンセスは邦船のおよそ3/4と狭い。したがってベッドも幅が狭い。だが、ベッドの下にはスーツケースが収納できてその分助かる。キャビンは、およそ8割がベランダ付きでこのあたりが邦船と大きく違うところである。
またレストランのテーブルも邦船のレストランと比べ若干手狭である。6人テーブルを8人掛けにしている感じでかなり窮屈。ディナーのメニューは若干少なめ(日本人向けには不満はない)、朝食の和食は大盆に盛り合わせで出されるなどかなり省力化されている。飲料水もボトルを求めるよう明示している。しかし、果物やコーヒー・紅茶の他にフレッシュジュースやハーブティーのサービスはよい。洗面用具もかなり省力化されていて、歯ブラシ、カミソリ、櫛などのサービスはない。最後に服装であるが、さすがにアメリカのプレミアム船だけあってドレスコードの指定はあるもののみんな気にしない。私も持参したが着用せずに持ち帰った。それでも乗船した翌日の航海日に船長主催のシャンパンプレゼント&ウォーターフォールが催され、格安ツアーのつもりでいただけに立派なものと感激した。乗組員比率で比べると、プリンセス・クルーズの船は、乗客定員1,000人に換算して乗組員455人なのに比し、邦船は、乗客定員1,000人当たり乗組員527人と乗員比率が圧倒的に高く、したがって人件費率の高いのが良く分かる。
このように徹底した合理化の結果、例えば、北海道・サハリンクルーズの料金は海側角窓のスタンダード・キャビンで9泊10日16~20万円、邦船の飛鳥IIが似たようなコースと同じ日程の9泊10日で40~48万円と2倍を超える。いかに飛鳥IIがラグジュアリークラスだからといわれても、この差に「ああそうですか」とすぐには納得できない。
まさに「黒船」の殴り込みと言っても過言ではない。しかも彼らはアフターフォローも忘れていない。今回の乗船客に対して詳しいアンケートを要請している。次なるリピーターと新規需要の獲得に余念がない証左である。日本市場はまだまだ開拓の余地があると踏んでいるようだ。日本の船社も安閑とはしておれないはず。何時までもラグジュアリークラスばかりとお高く留まっているようでは先がない。クルーズは決して富裕層だけのレジャー産業ではないことを忘れないで欲しい。日本政府も客船観光の振興にもっと真剣に目を向けて欲しいものである。(了)

※ 世界のクルーズマーケットをリードしているのはアメリカ、ヨーロッパであるが、欧米にはラグジュアリー船(およそ4万円/泊、マーケットシェア5%)だけではなく、プレミアム船(およそ2万円/泊、同10%)、カジュアル船(およそ1万円/泊、同85%)と多彩な船が運航されている。日本のクルーズ船3隻はいずれもラグジュアリークラスであるため、日本ではクルーズ人口が延びなかったといえる。今回そこにアメリカのクルーズ船社がプレミアムクラスの大型客船を投入してきた。

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