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第311号(2013.07.20発行)

第311号(2013.07.20 発行)

浮いて生き延びる~津波から身を守る新しい発想「津波救命艇」~

[KEYWORDS]津波救命艇/避難弱者/四国運輸局
国土交通省四国運輸局長◆丸山研一

津波から「避難する」ではなく、「浮いて生き延びる」。これが津波救命艇のコンセプトだ。
東日本大震災では津波により多くの尊い人命が犠牲になった。二度とこのような惨劇を繰り返さないために何か対策はないのかという思いが発端となり、この新しい津波対策は誕生した。津波救命艇の円滑な普及が促進され、近い将来必ず発生するといわれる南海トラフ巨大地震災害において、一人でも多くの命が救われることを切に望む。

津波救命艇、発想の原点

■津波救命艇1号と内部の様子。

津波から「浮いて生き延びる」。新しいコンセプトのもとに開発された津波救命艇だ。これまでの高台や避難タワーなど、高いところに向かって避難する津波対策に、もう一つの強力な選択肢が実現した。
開発の発端は、東日本大震災での甚大な津波被害。特に多くの尊い人命が犠牲になったことへの深い悲しみと、そして二度とこのような惨劇を繰り返さないために何か対策はないのか、と言う切実な思いにあった。地震発災後、短時間で高い津波に襲われる可能性のある地域は非常に多い。特に、近くに避難可能な高台などがない地域の住民、地震で負傷した者、高齢者・傷病者・小児などのいわゆる避難弱者、こうした避難困難者をいかに救うか。
そこで、避難距離を極力小さくすることに主眼を置き、避難者の住居などの近くに設置することが可能で、かつ、どんな高さの津波が来ても安全に避難できる方法はないか、との視点から検討を開始した。その結果、大型の船舶などに搭載されている救命艇は比較的コンパクトでかつ、堅牢に作られていることから、これをモデルにした救命設備、「津波救命艇」の検討がスタートした。
しかしそこには、大きな技術的な課題が存在した。それは、巨大な破壊力を持つ津波の中でも津波救命艇自身が壊れないための十分な構造強度が確保できるか、そして津波救命艇の中にいる避難者に過度な衝撃を与えないことが可能なのか。

津波救命艇に求められる過酷な条件

2012(平成24)年2月、四国運輸局は、大年邦雄高知大学教授を座長とし、津波防災の技術および関係する様々な工学分野の有識者を始め、自治体の防災関係者、海上保安庁等をメンバーとする「津波対応型救命艇に関する検討会」を発足し、津波救命艇に求められる必要条件等の検討に着手した。
まず、津波救命艇が橋脚やビルなどの構造物に衝突する時が津波救命艇にとっても、また内部の避難者にとっても最も過酷な状態となるため、東日本大震災の津波データを分析し、津波流速の評価から開始した。その結果、東日本大震災での最大津波流速は、ほぼ秒速10mであったことが判明したため、これを設計の基本条件とした。また、転覆時の復原性やさらに艇体損傷時の復原性についても、船舶に搭載されている救命艇に求められている要件をこの津波救命艇にも同様に求めることとした。また、津波救命艇が洋上に流出するケースも想定し、7日間の漂流にも十分対応できるよう、トイレ等の設置や水、食糧、医薬品などの収納機能、避難者の精神的動揺を軽減するための配慮等も要件として加えた。

津波救命艇の誕生

四国運輸局では、これらの厳しい条件をすべて満足する津波救命艇が、技術的に実現可能なのかを検証するため、平成24年度内閣府災害対策総合推進調整費を活用して、要件を満足する津波救命艇の試作に係る一般公募を実施した。企画競争の結果、(株)IHIが津波救命艇の設計、製作および各種検証実験に着手した。
開発された試作艇は、船舶に搭載されている救命艇を核として、その全周に衝撃吸収材を装着し、また、ビルジキール※等によりできるだけ船体が回転しないように工夫されている。開口部や窓も可能な限り広くし、乗降の容易さや内部の閉塞感緩和にも配慮。内部は25人が着座できる椅子を配置し、衝撃緩和のためのヘッドレストやシートベルトが各椅子に備えられている。2月には、津波流速10m/sに相当するスピードで地面に激突する落下試験を実施し、艇体の強度と避難者への衝撃レベルが条件に収まっていることを確認した。そして2013(平成25)年3月、(株)IHIは、すべての要件を満足する津波救命艇を完成し、ここにわが国、いや、世界初の津波救命艇が誕生した(写真参照)。
「浮いて生き延びる」津波救命艇には、これまでの津波避難施設とは異なる幾つかの特徴がある。
まず、浮いているため、津波がいかに高くても、安全に避難できることである。従って、万一、想定を越える高さの津波が襲ってきても、津波救命艇であれば安全に避難できるのである。つぎに、試作艇は長さ約8m、幅約3mとコンパクトであり、これの収まる敷地があれば、駐車場やビルの屋上などにも設置することが可能である。そのため、避難者の居所や職場のすぐ近くにおくことで、避難の容易さが格段に向上する。
また、工場での大量生産が可能であるため、価格も安くなる可能性が大きいこと、設置後も必要に応じて移動可能であること、外から受電できるため、平時は離れのような居所としても利用可能であることなど様々な長所を持っている。一方、公園等に設置する場合は、しっかり管理しないと装備品の盗難や悪戯の対象になりかねないことや、平時から定期的に避難訓練をして、漂流中にパニックにならないためにも、津波救命艇の内部に慣れておく必要があること、など、津波救命艇独特の注意事項も留意することが大切である。

円滑な普及に向けて

四国運輸局では、関東以南の太平洋沿岸地域の自治体に対し、津波救命艇を紹介するとともに、津波救命艇に対するニーズ等の調査を実施した。その結果、90を越える市町村において津波救命艇の導入に関心があるとの回答が寄せられ、また、津波救命艇の必要隻数の回答は、全国で1,006艇にのぼった。そして、津波救命艇を必要と考えている自治体は四国のみならず、太平洋沿岸全域に広がっていることも明らかとなった(図参照)。
さらに、多くの自治体から津波救命艇の導入を促進する公的支援制度の充実を求める声が寄せられ、また安心して購入するための津波救命艇の品質保証体制等の整備が強く望まれた。
こうした要望を踏まえ、四国運輸局は津波救命艇の品質の保証や維持管理等の指針を示した『津波救命艇に関するガイドライン』を取りまとめ、5月に公開した。
津波救命艇は正に今生まれたばかりである。知らない方もまだまだ多い。四国運輸局としては、津波からの避難に不安を持っている多くの方々に「浮いて生き延びる」津波救命艇の誕生をまず知ってもらうため、全国に発信していきたいと考えている。津波救命艇の円滑な普及が促進され、近い将来必ず発生するといわれる南海トラフ巨大地震災害において、一人でも多くの命が救われることを切に望む。(了)

※ ビルジキール=船体の動揺を少なくするために、船首から 船尾まで船底湾曲部に沿って取り付ける板。湾曲部竜骨。

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