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オーシャンニューズレター

第269号(2011.10.20発行)

第269号(2011.10.20 発行)

中国の西太平洋島嶼諸国に対する関与の動向~その戦略的影響と対応~

[KEYWORDS] 海洋安全保障/オセアニア/対艦弾道ミサイル(ASBM)
海上自衛隊幹部学校 戦略研究グループ、1等海佐◆吉川尚徳

中国が、南シナ海、東シナ海に続いて、オセアニア、特に西太平洋島嶼国への関与を拡大しつつある兆候は、政治的、経済的、軍事的観点からも十分に見て取れる。
現段階では、西太平洋島嶼国を含むオセアニア地域には、南シナ海や東シナ海のような「今、そこにある危機」が存在するわけではないが、中国の海軍力増強の動向を踏まえた対応がわが国にも求められている。

はじめに

米国内には「東半球における大中国圏の形成と中国の海軍力増強に対抗しつつアジアの安定を維持し同盟国を守るためには、第1列島線における米軍の古くからの基地のプレゼンスを削減する一方で、オセアニアにおける米海・空軍のプレゼンスを強化すればよい。」という議論がある。しかし、オセアニア地域は、第1列島線から後退した米軍が容易に影響力を展開できる地域なのだろうか。そこは「力の真空」ではない。西太平洋における米軍の展開を意識して近接拒否/領域拒否(A2/AD)を追求する中国が、南シナ海、東シナ海に続いてオセアニア、特に西太平洋島嶼国への関与を拡大しつつある兆候は、政治的、経済的、軍事的観点からも十分に見て取れるのである。

西太平洋島嶼国に対する中国の関与の現状

政治的に見れば、西太平洋島嶼国を巡って中国と台湾は、外交関係を獲得・維持するための熾烈な外交戦を繰り広げている。「小切手外交」と言われる援助合戦の結果、中国は、特に外交関係を樹立している国々に対する関与を著しく強化している。
経済的な観点から、これらの島嶼国の対中、対米、対豪貿易を比較すると、各国の対中貿易の総額は、対米、対豪貿易と比べて必ずしも大きくはない。しかし、総貿易額に占める割合は、過去10年間で対米、対豪貿易のシェアが多くの国で減少傾向にあるのに対して、対中貿易のシェアは外交関係の有無に関係なく、大半の国で増加している。また、これらの島嶼国に移住している中国人は少なくない。彼らの多くは小規模なビジネスに従事しており、例えば、マーシャル諸島共和国の首都マジュロでは、小売店の1/3以上、倉庫業の1/2以上が中国人によって経営されている。さらには、資源開発や政府系事業のような大規模ビジネスに従事する中国人は、人数こそ少ないものの、一般的にその国の政財界の中枢に接触できる立場にあり、政治・経済に対する直接の影響力は大きい。
軍事的には、中国海軍艦艇のオセアニア方面への寄港実績は、90年代後半以降増加してきており、2010年には、パプアニューギニア、バヌアツ、トンガ等5カ国を中国海軍の練習艦隊が訪問している。これらの活動は、中国海軍の西太平洋への展開に備えた情報収集と練度向上の意図を示すものとして注目される。

中国の思惑


■中国海軍対艦弾道ミサイル

ここで述べてきた関与の拡大の背景にある中国の思惑として、次の3点に着目してみたい。第一は、西太平洋方面において、外交関係を結んでいる国を中心に、中国の活動を支えるための拠点を構築すること、つまり、インド洋方面の「真珠の首飾り」戦略の太平洋版とでも言うべき考え方である。実際に、2010年には中国からの投資家の集団がフィジーを2回訪れ、「港湾と造船施設」を建設する意向を示した。これは海上貿易の中継基地を整備するためのものと言われているが、このような港湾施設を商業目的以外の目的のために使用することは十分に可能である。
第二は、海洋資源の確保である。西太平洋のいくつかの島嶼国の大陸棚では、マンガン団塊、コバルト・リッチ・クラスト、海底熱水鉱床などの海底資源の存在が明らかになっている。これらの資源は、現段階では採掘しても商業ベースでの採算が取れないという課題を抱えているが、埋蔵量は豊富であり、将来は世界的な資源獲得競争の鍵を握る可能性がある。中国では、これらの資源に関する調査・研究を、国家海洋局と地質調査局により設置された「大洋鉱産資源研究開発協会」が実施しており、そこからは長期的な視点に立ち、同地域の海底資源を確保しようとする、国家としての思惑が見て取れる。
第三は、太平洋に展開する米軍部隊へのけん制を目的とした戦略拠点の確保である。今のところ中国は、このような軍事目的の施設を建設する意図をはっきりと否定している。しかし、中国海軍は外洋海軍への脱皮を積極的に進め、台湾を巡る軍事的衝突の可能性を常に念頭におきながら、米軍に対するA2/ADを追求しつつ、第1列島線を越えて西太平洋での演習を実施するまでになった。このような現状を見れば、将来的には、中国がそれらの部隊の活動・補給拠点の確保を追求するであろうことは想像に難くない。仮に中国が西太平洋島嶼国の周辺に確保した戦略拠点からの対艦弾道ミサイル(ASBM)攻撃を企図した場合、グアムから東アジアに展開しようとする米軍部隊の進出経路の大部分は、その射程圏内に収まることになり、その作戦上の影響は極めて大きなものになるだろう。


■中国海軍空母


■中国海軍病院船

既存勢力の対応に

現段階では、西太平洋島嶼国を含むオセアニア地域には、南シナ海や東シナ海のような「今、そこにある危機」が存在するわけではない。そこにあるのは、「将来の危機となり得る蓋然性」である。そのため、中国の関与という観点からの同地域に対する関心は、一般的に低い。しかし、これまでに述べてきたような現状を顧みれば、中国の海洋進出がその矛先を西太平洋の島嶼国周辺海域に向け、その結果近い将来、アジア太平洋地域における中国の影響力が突出し、地域の戦略環境が不安定になる可能性は小さくない。
一方で、その影響力を囲い込んだり排除したりすることは、今日の国際情勢を考えれば、不可能でありまた不適切である。現実的には、中国の影響力は一定の範囲で許容しなければならないであろう。ただし、その影響力が域内で突出し、地域の国際社会そのものが「中国化」することのないように、ある程度の縛りをかけることは必要である。日米を始めとする既存勢力は、中国が既存の国際社会の枠組みに参加するように、利益を共有する大国としての自発的な協調を促しつつ、同時に中国の影響力が突出するような事態が生起しても確実にそれに対処できるだけの力も維持せねばならないであろう。方向の違う二つの努力を推進することになるので、現実的には、その過程において小さな対立が生起する可能性は少なくない。しかし、このような努力の結果として、アジア太平洋地域における影響力のバランスが保たれたならば、中国との間で安定的とまでは言えなくとも、少なくとも具体的な紛争には至らないような共存関係を追求することは、十分に可能であると思われる。(了)

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