Ocean Newsletter
第269号(2011.10.20発行)
- 東京大学地震研究所教授◆佐竹健治
- 横浜国立大学大学院工学研究院教授・副研究院長◆角 洋一
- 海上自衛隊幹部学校 戦略研究グループ、1等海佐◆吉川尚徳
- 「島と周辺海域のよりよい保全・管理に向けて」
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所・教授)◆秋道智彌
東日本大震災に想うー危機管理と海洋問題
[KEYWORDS] リスク管理/失敗と成功/人材の育成横浜国立大学大学院工学研究院教授・副研究院長◆角 洋一
東日本大震災による福島第1原子力発電所の事故は、「安全神話」という表現で危機管理の甘さが批判されている。
適切な危機管理は、人間活動のあらゆる分野に必要とされており、海事・海洋問題もその例外ではない。昨今の情勢は、日本周辺海域や海上交通路に各種のリスクが増大しているように見えるにもかかわらず、われわれは都合の良い「想定」の中に安住しようとしていないだろうか。
東日本大震災から学ぶべきこと
今回の大地震は、地震そのもの、津波、原子力発電所事故による三種類の災害をもたらしたが、地震そのものによる建物やインフラの被害は極小に抑えられたと考えてよい。その一例は、昨年12月に青森まで全通した東北新幹線の列車が、地震波の到来を感知し、地震波の列車到達前に最高速度の半分程度まで減速し、脱線転覆などの悲惨な事故を未然に防ぐことができたことに見られる。一方、津波については、地震波の到来に比べ数十分の余裕があったにもかかわらず、多くの人が高台へ避難することができず、約2万人となる死者・行方不明者を出した。これは、地震後に発生する津波の予測、防波堤の有効性、発動すべき避難指示のあり方を含む現状の危機管理に多くの問題があることを示している。
今回のもう一つの災害、すなわち福島第1原子力発電所のメルトダウンは、今後数十年にわたって日本社会に深刻な影響をもたらす過去に経験したことのない災害である。今回の事故を受けて原発の縮減・廃止と再生可能エネルギーへの全面的転換が主張されているが、つい最近までは、温室効果ガス削減の切り札として原子力発電の飛躍的増大が謳われていた。まずは、事故調査委員会による事故原因の究明が鋭意なされることを期待したい。特に、福島第1原子力発電所の近くには福島第1の約10年後1980年代に運転を開始した福島第2原子力発電所が立地しており、これは正常に冷温停止している。津波の高さの違いや敷地面の海面からの高さの違い(福島第1の1-4号機:海抜10m、5,6号機:海抜12m、福島第2:海抜12m)や年代を追っての原子炉構造の改変だけで本当に説明がつくのか、徹底的に原因を究明し、何が同じで、どこがどう違ったのか、一般人にわかりやすい説明を期待したい。このような比較調査をしないと、「失敗」と「成功」(福島第2の冷温停止が、本当の成功か、たまたま幸運だったのかも含め)の境界は見えてこないし、有益な「教訓」は導き出せないのではないだろうか。
「安全神話」という表現で原子力関係者の危機シナリオ想定の甘さが批判されているが、造船を専門とする筆者には第2次大戦中の日本海軍における防禦を軽視した「個艦優越主義」神話を想い起こさせる※。適切な危機管理は、何時の時代も人間活動のあらゆる分野に必要とされており、本ニューズレターの主題である海事・海洋問題もその例外ではない。昨今の情勢は、日本周辺海域や海上交通路に各種のリスクが増大しているように見えるにもかかわらず、われわれは都合の良い「想定」の中に安住しようとしていないだろうか? 以下に海洋問題におけるリスク管理について産業と技術の視点から触れたい。
海事・海洋産業のリスク管理
■海上油濁汚染リスクに対応する(独)海上災害防止センター
http://www.mdpc.or.jp/index.html
少子化、超円高は、製造業を中心とした日本の産業構造に大きなインパクトを与えつつあり(「日本には何が残るのか」日本経済新聞(以下日経)2011/7/24)、日本の経済活動の基本インフラである海運と造船についても産業と人材のグローバル化は、避けて通れない状況である。国際海運のグローバル化はこの20年間でかなり進み、日本船社の支配船舶における日本籍船、日本人船員の著しい減少にその実態が見て取れる。平和な時に適用される経済原則はそれとして、小規模な海賊行為やテロ攻撃から国際関係の多極化により起こりうる最悪の状況までを想定し、これに適切かつ秩序だって対処するにはどのような体制をとるべきか、冷静な政策判断を要する。海運とともに国内の造船産業の適正な規模と能力についても日中韓の国際競争の観点とともに安全保障の観点の適切なバランスある政策判断が求められよう。
一方、海洋開発を産業化する際のリスクについては、国家間の資源権益の衝突リスク(「海洋権益 荒波のアジア」日経2011/7/25,26)、石油開発のようなビジネスとしての当たり外れ、さらに昨年のメキシコ湾、今年の中国渤海湾における原油漏洩のような環境リスクがある。これらのリスクを支える仕組みと判断力・体力・胆力を併せ持つリーダーが必要である。自然災害に関しても、日本で開発されたメガフロートによる海洋空間利用は、防波堤内の比較的静穏な海面での設置が想定されている。今回の東北地方太平洋沖地震に伴う津波のような巨大津波を想定外とするわけにいかないことは明白であり、この問題の早急な検討を要する。
前述の通り、海洋に関するリスクも、他の社会的リスクと同様心配すればきりがないということではあるが、結局は、生じうる損失とその発生の可能性の合理的推定に基づき、限られた資金をいかに投入するかという政策判断あるいは経営判断にならざるを得ない。答は自ずと落ち着くべきところに落ち着くはずである。また、危機の防止だけではなく、万一このようなリスクが発生した場合に直ちに人命・財産・環境への事後対応措置を取れる包括的な体制を内包しておくことが重要である。日本周辺での油濁汚染リスクに対しては(独)海上災害防止センターがその役割を担っているが、包括的な危機対応体制は整っているとはいえないのではないか。中でも特に危機に対応できる人の問題は大変大きい。
国際交流と人の育成
最近、日本企業が外国人新卒者の採用に熱心であるという(「新卒外国人が変える日本」日経2011/7/24)。若年人口の減少という現実に対処するということばかりではなく、海洋のような未知の領域におけるビジネスにはリスクを冷静に分析できる技術者とリスクをとることができ、臨機応変な判断力をもつ経営者が必須である。このような人材はグローバルな競争の中から育ってくるのではなかろうか。懸案は多いものの海洋分野における日中韓を中心とする東アジアの学生の大学間交流・人材育成・学術交流体制の構築を進める必要がある。対立と協調、さらに協働の中から醸成される関係者相互の信頼感を礎として、互いの本音を探ることのできる貴重な人脈が織り成されていくことになるのではないだろうか。(了)
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