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オーシャンニューズレター

第261号(2011.06.20発行)

第261号(2011.06.20 発行)

「想定外」には想定外の対応を~現制度融資法の改正でこれからの水産業の復興を~

[KEYWORDS]風評被害/水産業再生/融資制度改正
茨城県久慈町漁協組合員◆小泉光彦

東日本大震災による水産業の被害は甚大だ。地震・津波による被害はもちろんだが、原発による被害も深刻で、とりわけ風評被害による水産物価格の下落や売れ行きの不振は、今後の水産業復興に大きな影を落としている。
一日も早く漁業を立て直したいと水産業に関わる誰もが切に願っているが、そのためには、緊急時限的融資制度の改正など行政的な支援が絶対に必要である。

茨城県の被災状況


■茨城県久慈漁港の被災の様子。

3月11日に東日本を襲った大地震は、巨大な津波を引き起こし、東北から関東の沿岸域を中心に、広範にわたる地域が津波の被害を受けた。茨城県では死者、行方不明者合わせて21人、家屋の全半壊戸数は約1,800戸にのぼる。その上、東京電力(株)の福島第一原発の被災による汚染水の海域流出により、一部の魚に基準値を超える放射性物質が検出されるという事態が起こっている。
県内の漁業に関わる被害状況は、漁船の被害が249隻、県下24漁港の内15港に被害が出ており、漁港の被害金額は400億円を超えるといわれている。市場および荷捌所は9市場の内全壊が2市場、水没1市場、浸水3市場で、水産加工施設は247工場の内全壊10、半壊44、浸水21となっている(いずれも数字は4月上旬時点のもの)。地震・津波による被害はもちろんだが、原発による被害も深刻で、とりわけ風評被害による県産の水産物価格の下落や売れ行きの不振は、今後の水産業復興に大きな影を落としている。

久慈町漁協の漁業者からの意見


■日立の駅前で地元の魚のPRを兼ねた販売を行い、売上金を震災の義援金へ寄付。(4月30日)

私たち漁業者は国民においしい魚を食べてもらうことを目的に、日夜頑張って操業してきたが、今回の災害は自力だけではどうにもならないと感じている。私が所属する久慈町漁協の漁業者間の話し合いでは、様々な意見が出てきた。特に目立ったのは再建のための資金をどうするか、という問題だった。
「網代や修理代の請求が来ているが、実際問題として支払うお金がない」「家のローンを含めて年間400万円の仮債がある」「流し網は網代だけで300~550万円くらいかかってしまう。船曳網漁船でその他の流出網の分を足すと、損害は1,200万円くらいにはなってしまい、これに家のローン、これまでにかかった資材や設備費等を含めると、気が遠くなるような金額になってしまう」といった、個別の具体かつ切実な問題は、組合員全員が抱えるものである。こうした状況の中では、融資を受けるしかないが、融資にも多くの問題がある。ほとんどの船主の意見としては、「船があっても予備網等を買う資金がない。網代はすでに値上がりしてきており、今後は燃油の値上がりも予想される。その上、原発の収束の見込みがなく、浜値は下落するといった状況の中では、融資を受けたくても先行き不安で受けられる状況にない」というものだった。
現在受けている制度資金については、1年の据え置き手続きなどをとることができる。しかし、再建のための融資を受ければ、据え置き期間が過ぎた翌年からは制度資金と受けた融資についての仮債の両方がかかってきて、二重債務の状態となる。漁業の見通しがつかない現時点では、その負担に耐えられるか疑問である。特に若手のやる気ある漁業者ほど、借金の額も大きいので、現在のような融資制度だけでは、倒産する可能性も大きいのである。
また、茨城県はシラス漁が盛んな地域であるが、シラスを中心とする加工業者も厳しい状況に立たされている。加工業者の在庫は大体1カ月程度であるが、風評被害によって市場状況が悪化しているため、通常より在庫の持ちは続くと思われるが、その後に売るものがない。コウナゴについては、放射性物質の検出により、震災前の製品についてさえも販売できない状態となっている。県内量販店については、積極的に県産のシラスを扱うところもあるが、今後の原発の状況次第ではどうなるか分からず、多くの業者が廃業や倒産を余儀なくされることになるかもしれない。

対応策に望むこと

地震、津波、原発、風評被害と、幾重にも重なる苦しみを受けている私たち漁業者だが、なんとかこの状況から脱し、1日も早く漁業を立て直し、生活を元に戻して行きたいと切に願っている。そのためには、自分たちの努力はもちろんだが、行政的な支援が絶対に必要である。そこで、いくつかの観点から、支援制度に関する私なりの意見を述べたいと思う。

(1)融資について
・緊急時限的融資制度の改正
・特例被災制度資金の新設(包括的な資金制度の新設)
これまでの制度融資に含まれていなかった、漁網、船体修理、機器類、漁労機械、発電機、モーター等の修理代、生活資金等、出漁できるようになるまでのすべての費用を特例として融資の対象とする。
・特例被災制度資金の償還については、原発事故の収束を目安とし、収束後からの償還開始とする。
・現在制度融資を受けているケースについては、利息も含め、その償還については、原発事故収束時を目安とする措置を講じる。この場合、償還期間についてはスライドする。
(2)風評被害の補償と対策について
・東京電力(株)に対しては、可及的速やかに保障することを随時交渉し、その一方で、国民を漁業者の味方にするようなアピールを継続的に行っていく。
・国や県は、サンプル調査を密に実施し、正しい情報を公開する。
・漁業者自らも、地元行政や商工会議所、市民団体などと連携をとりながら、地元からの安全・安心の発信を続けていく。
(3)関連産業の救済について
・水産加工業、仲買人、おさかなセンター等の鮮魚販売店、造船所、エンジン代理店、発電機や無線機器の修理工場等の関連産業の連鎖倒産を回避するため、これらの業者に対しても、時限的制度融資を新設する。仮債償還は、原発事故の収束時を目安とする。
(4)心のケアについて
・海の男は一見強そうに見えるかもしれないが、実は繊細で、人前で強がっている分、内面では悩みを抱えながら苦悩している。行政は漁業者と直接対話をする機会を設け、水産業再生のための方策について、共同で知恵を絞る場をつくっていってほしい。この苦しみを、行政をはじめすべての水産関係者が共有しているということは、漁業者の心の支えとなる。(了)

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