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オーシャンニューズレター

第194号(2008.09.05発行)

第194号(2008.09.05 発行)

海洋国家を支える総合海洋基盤プログラム

[KEYWORDS]海洋アライアンス/海洋基本法/海の総合教育プログラム
東京大学海洋アライアンス特任准教授◆福島朋彦

東京大学は昨年7月、海洋の総合的な教育・研究体制の整備を目的とした全学組織「東京大学海洋アライアンス」を発足させたが、この4月より海洋アライアンス内に総合海洋基盤プログラムが新たに設立された。
これまでにない横のつながりによる教育研究の推進をめざした本プログラムについて紹介したい。

1994年に国連海洋法条約が発効し、沿岸域から深海底に至るまで、全海洋の4割以上が直接国家に管理されるところとなった。しかし、高度回遊性の種は境界を自由に行き来し、石油・天然ガスなどの地下資源も管轄域の線引きとは無関係に存在する。また無害通航権により、わが国領海内には当然の権利として外国船籍が航行している。このように海は国際化され、多様な利害が交錯する最前線となった。そのことは、海の管理には国際的かつ総合的な視点が求められるようになったことを意味する。
しかしながら、海の総合管理を支え、かつ政策に昇華させるような研究活動は、日本のみならず、世界でも十分に行われているとは言い難い状況にある。そうしたなかで東京大学は、海洋の総合的な教育・研究体制の整備のために、6研究科、5附置研究所、2研究センター等からなる東京大学全学組織「東京大学海洋アライアンス(機構長:浦環教授)」を発足させた。この経緯は本誌168号に紹介されているので割愛するが、本稿ではその後の展開について筆者の私見を交えて紹介したい。

総合海洋基盤プログラムの船出

総合海洋基盤プログラム発足の記者会見にて。左は東京大学の小宮山宏総長、右は日本財団の笹川陽平会長。
総合海洋基盤プログラム発足の記者会見にて。左は東京大学の小宮山宏総長、右は日本財団の笹川陽平会長。

本年4月、海洋アライアンス内に横型教育研究の推進をめざした総合海洋基盤プログラムが発足した。本プログラムは「海洋基本法」を支える研究基盤の構築と海洋政策の実現を担う人材育成を目的として、日本財団からの総額4.5億円にも及ぶ助成を受けて実施されるものである。
実施期間は2008年から2011年の3年間を予定しているが、4月2日に行われた記者会見の席上で、日本財団の笹川陽平会長から「最低でも10年の継続支援を考えている」との発言が飛び出し、東京大学側の関係者は驚き、そして事の重大性に身を引き締めた。本プログラムは「海洋政策学分野」と「学際海洋学分野」から成り、それぞれにおいて公共政策大学院などの社会科学系や人文科学系部局、および理工系の海洋関連部局が融合的に取り組むことになる。海洋政策学分野では、海洋科学技術政策論、国際海洋法制度論、沿岸域管理制度論及び海洋産業政策論に分けて海洋政策の企画・立案・施行に寄与する学問的貢献を目指している。一方の学際的海洋学分野では、海洋キャリアパスの形成、マイクロ・ナノ海洋複合センシング、海洋生態系サービスおよび海洋生物の回遊生態の解明など、これまでにない横のつながりを強調した研究に取り組む予定である。
総合海洋基盤プログラムを通して、学問横断的・融合的な研究を戦略的に推進する研究基盤の構築、グローバルな視点から問題解決に取り組める国際人材の育成、さらに総合カリキュラムの創成や海洋問題の啓発書籍の刊行あるいは講義やシンポジウムによる積極的なアウトリーチなどが期待されている。

総合海洋基盤プログラムの舵取り

総合海洋基盤プログラムを最新装備の船体に例えれば、それに関わる教職員はエンジンである。大きな期待を背負った船出だけに推進力が衰えないように慎重な舵取りが求められる。
現在海洋アライアンスには、社会人文系から理工系に至るまで、東京大学内の170名ほどの教職員が、それぞれの部局に在籍しながら活動している。したがって総合海洋基盤プログラムをとおして海洋アライアンスにコミットするということは、従来のミッションと新たな活動の両方を抱え込むことでもある。両方を抱え込むと言っても、二つの活動がオーバーラップする分野であれば、プログラムの枠組みを最大限に利用してより充実した研究・教育が目指せる。また、オーバーラップがなくても異分野交流をとおして「目から鱗が落ちる」を経験したり、あるいは二つの活動がシナジー効果を生み出したりなど、期待できる効果は実に多様である。その一方で専攻領域如何では、総合海洋基盤プログラムの活動が、これまでの活動の上に単純に加算されるだけのケースも考えられないこともない。
海洋アライアンスでは定期的に、評議会、推進委員会および運営委員会などの各種委員会を開催し、研究公募、シンポジウム公募、情報提供、ネットワークへの呼びかけなど、公平かつ透明な条件のもとで魅力的なインセンチブを提供するよう検討している。

広げよう海のアライアンスの輪

国連海洋法条約の前文から海洋基本法の総則まで、海の問題を総合的に取り組む動きが随所で強調されるようになった。この流れの中でそれに対応する教育プログラムが増えるのも自然のなりゆきである。例えば横浜国立大学の統合海洋教育研究センター、東京海洋大学の海洋管理政策学専攻、大阪府立大学、大阪大学および神戸大学が共同して運営する関西地区海事教育アライアンス、あるいは学際的研究・教育活動の先駆け的存在である京都大学フィールド科学教育研究センターなどで実施されるプログラムが相当する※1。
それぞれの大学が行う海の総合教育プログラムには、文理融合、海洋管理、海事クラスターあるいは森里海連関学など、専門分野を反映した多様性がある。その一方で領域横断的な視野を持った人材育成といった共通する目標もある。ここから輩出された多様な人材が、海に関わるあらゆる分野で網の目のようなネットワークを構築すれば、より有機的な海洋管理が期待できるであろう。
ところが筆者の経験から推し量ると、それぞれの大学に共通するのは人材育成の目標だけではなく、直面する課題も同じである。具体的には既存の枠組みを越えた教育プログラムつくりや担当する教員の確保など、程度の差はあるものの、どこの大学でも四苦八苦しているのが実情ではないだろうか。「人材確保」を「情報」あるいは「設備」などの言葉に置き換えても同じことである。
ようやく始まった海の総合教育プログラム、課題はあっても共通の目標をもつ大学が連携して乗り越えていきたいものである。連携が深まれば、それぞれの得意分野あるいは教育環境の整った分野などが明らかになり、おのずと補い合う機運が高まることだろう。プログラムの開発、人事交流、施設の利用あるいは研究の推進など、大学間で共有化できることは枚挙にいとまない。
これらを推進することが海洋基本法を支える総合海洋基盤になりうるのではないか。もちろん、単に手をとりあうだけでは波間を漂う小舟のように辿り着く先さえも時々の風まかせになってしまう。やはり連携の前提にはそれぞれの専門分野を研鑽する必要がある。つまり「研究を深めつつ連携を探る」である。海洋アライアンスのメンバーの一人として、こうした懐深い運営を目指したい。その延長線上には海のアライアンスの輪が広がると信じるからだ。(了)

※1 福島朋彦・酒井英次「海洋基本法の成立と海洋教育の今後」, 第20回海洋工学シンポジウム論文集, 日本船舶海洋工学会, 東京(2008).

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