モンゴルに日本の高専教育を導入
2014年3月、笹川平和財団が林の新天地となる。
「研究員補佐という職種が当時はまだあって、研究員を目指してアシスタント業務から始まった。研究員2、3人の補佐をして、日本と韓国、日本とベトナムの防衛交流や、太平洋島嶼国の事業、日本とインドの政策研究、アジアの科学ジャーナリストの育成事業など、何でも手伝った。関係者との連絡調整が多く、講演会やセミナーのロジもです」
そうした中で、一貫して携わってきたのが、モンゴルに日本の高等専門学校教育を導入する事業である。2013年に始まったこの事業は、産業の多角化により持続可能な経済成長を実現し、そのための人材育成に力を入れるモンゴル政府の取り組みを、日本が得意とする「モノづくり」の技術者を養成することで支援するものだった。
モンゴル工業技術大学(IET)の付属校など3校の「モンゴル高専」(5年制)が設立され、人口約300万人のモンゴルにおいて学生は約800人を数える。2019年2月には、IET付属モンゴル高専技術カレッジの高専モデルクラスの学生15人に、修了証書が手渡され、モンゴルにおける高専教育のモデルが確立し、この事業も終了した。

モンゴルの高専モデルクラスの学生と
「日本の民間財団の強みを生かし、役割を果たした事業だったと思う。もともとこの話は日本政府にいった話と聞いています。でも当時はそのスキームがないということで、政府は支援できなかった。そこで笹川平和財団がフィジビリティスタディから始めたわけですが、 事業を進める中で、日本の政府機関、国立高専機構などをどう引き出し関係をつくるか、ということが難しかった。財団が事業を開始した後、少しずつ政府関係機関もモンゴルの高専支援を検討し実施することになるのですが、最初のころは何をやっているか情報が入らず、『まだ言えません』と言われたりした。私みたいな小娘が行っても、なかなか相手にしてもらえないのかなと悩んだりもしました」
事業の初期には担当主任研究員の補佐役として関わっていたが、林は2016年から担当研究員として事業を推進し、IETや一般社団法人「モンゴルに日本式高専をつくる支援の会」などと協力して、日本人専門家のモンゴルへの派遣や、モンゴル人教員の日本での研修、学生の日本、モンゴル企業におけるインターンシップ(就業体験)などを実施してきた。
そうした5年間の中で、「一つ決定的だったのは、モンゴルの法律に高専教育を明記し、法制度化してもらったことです。あれで日本政府は支援しやすくなり、モンゴルの政府機関もコミットするようになった。両国が率いるプロジェクトとしての土台が築かれました」と振り返る。モンゴルでは2016年4月、当時の教育科学相、ルブサンニャム・ガントゥムルのイニシアチブで、「高等教育に関する法律」が改正され、高専を「技術カレッジ」と位置づけ高等教育機関として認めた。
「法律にするところでも裏で頑張ったんですが、ウランバートルで、教育省の人と3つの高専の人たちに集まってもらい、日本人の専門家の方々と一緒に日本の高専の仕組みや、法律に明記されていることなどについて説明し、その後に法案を作成してもらいました。それが通ったわけです。モンゴルは二大政党制で、選挙で政権交代するたびに政策もひっくり返る。どちらの党の人たちにも説明して、理解を得たことが大きかった。法律ができ、超党派の体制で高専教育導入を進められるようになったことは、継続性という意味でも大事だったと思う」

2018年10月、笹川平和財団ビルの国際会議場でシンポジウムを開き、「モンゴルへの高専教育導入の挑戦、歩みと展望」をテーマに議論した
モンゴルにおける高専教育制度の導入は、アジアをはじめとする国際的なモデルになり得る。現に、タイとベトナムでは国立高専機構が、笹川平和財団のノウハウに倣い、モンゴルの経験を共有する形で導入へ向け動いている。ミャンマーやカザフスタン、ウズベキスタンも関心を抱いているという。笹川平和財団と林らのバトンは、着実に引き継がれているのだ。
モンゴル高専の卒業生には、少子高齢化などに伴う労働力不足に悩む日本企業の一部からも、熱い視線が注がれ、そうした視点で日本メディアに事業が報じられたこともある。だが、林の信念は首尾一貫して「日本の人材不足を補うためではなく、モンゴルの発展のための人材育成」というものであった。林には気がかりなことがある。
今年2月、ウランバートルでの修了式後、日本の中小企業が数社、卒業生を目当てに就職説明会を開いていた。また、モンゴルの高専には日本の企業から数々の求人票が届いていると聞いた。しかし、その中には卒業生たちが学んできた技術分野とは縁遠く、どちらかといえば、技術実習制度の下で外国人が従事している仕事のように思われるものもあった。
「卒業生は日本に親しみをもち、日本語も少し習っており、就職の機会が増えるのはいいことなんですけれども、自分たちがせっかくここまで学んできたことを生かせる仕事をしてほしい。彼らには日本に対する憧れや、日本で働きたいという気持ちも強いから、悪質なところに引っかかると怖いなとも思います。 労働者としての権利を知ったうえで、ただ日本語で会話ができるというだけではなく、何か困ったことがあれば自分で交渉できるような日本語を身につけないと、心配だなというところがある。そういう意味では、移住労働の事業とも関連する」