【Faces of SPF】躍動する女性たち(4)
移住労働者の権利を擁護する 林茉里子

ここに1冊の調査報告書がある。「ASEAN地域における移住労働者の権利:ベースライン調査/ Migrant Worker’s Rights in ASEAN Region: A Baseline Study」 である。笹川平和財団の「アジアの人口動態事業グループ」が2018年夏、インドネシアの国際人権を擁護する非政府組織(NGO)連合である「ヒューマン・ライツ・ワーキング・グループ/ Human Rights Working Group(HRWG)」と調査を実施し、2019年1月に公表したものだ。この調査報告書では、東南アジアにおける移住労働者の実態と問題点が、主に権利の保護と侵害という観点からつまびらかにされている。詳しくはこちら
「移住労働者」とは、「すべての住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約」(ICMW)の第2条で「国籍を有しない国で、有給の活動に従事する予定であるか、またはこれに従事している者」と定義されている。これには、外国へのいわゆる〝出稼ぎ労働者〟や、日本では過酷な労働実態と生活環境が問題視されている技能実習生が含まれる。
経済と情報のグローバル化が定着した国際社会では、ヒトの移動も拡大し、多様化している。そして、移住労働者は送り出し国(出生国)と受け入れ国(行き先国)における経済成長の重要な牽引役となっている。
こうした移住労働者について、ICMW、国連女子差別撤廃条約(CRPD)、国連子どもの権利条約(CRC)といった国際人権・人道法条約や、国際労働機関(ILO)の国際的な労働基準などは、移住の地位が合法(正規)、非合法(非正規)にかかわらず、移住労働者には人権をはじめとする基本的権利があり、これを擁護することを規定している。

シンガポールでの会合で、ベースライン調査の報告書を手にする林茉里子(前列左から2人目)ら
例えば、ICMWは性別や人種、言語、宗教、国籍、政治・民族・社会的出身などによって区別することなく、権利を与える義務があるとしている。移住労働者には①その国の労働者と同一の報酬、社会福祉、医療サービスを受ける②本国へ所得や貯蓄を送金し、個人の身の回り品を移す③移住労働者の子どもの出生と国籍を登録し、教育を受ける―などの権利があると明確にし、彼らの身分を証明する文書や労働許可書、パスポートを没収、破棄したりすることなどは違法だとしている。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の移住労働者は、域外への移住と域外からの移住を含めると推定で2090万人にのぼり、このうち域内諸国間の移住は690万人とされる。最大の受け入れ国はタイで、①ミャンマー→タイ②インドネシア→マレーシア③マレーシア→シンガポール④ラオス→タイ⑤カンボジア→タイ―という流れが、全体の88%を占めるという。フィリピンやベトナムが含まれていないのは、多くが域外諸国へ働きに出ているためだろう。
しかし、ICMWなどに規定されている移住労働者に対する諸権利が、擁護されることなく、侵害されているケースは枚挙にいとまがない。冒頭のベースライン調査の詳細はここでは省くが、いくつかの指摘を紹介しておきたい。
▷移住労働者の権利保護へ向けた様々な計画や施策を考えるうえで、大きな課題となるのが、移住労働者が自身のあらゆる権利について認識を欠いているということである。特に「不法」「正式な書類がない」とされる移住労働者は、搾取や労働権の侵害を受けやすい。
▷人材派遣会社は移住の費用などを融資しローンを提供して、彼らの給料から差し引く。この「今出発し、後で支払う(fly now, pay later)」というシステムが、移住労働者を脆弱な立場に置き債務労働を生む。深刻な虐待につながりかねない事例もある。
▷ASEAN域内では、移住労働者の半数以上が、雇用期間に労働権の侵害を経験している。最も一般的な侵害行為には身元確認書類の没収、賃金の未払いや差し引き、移動の制限などがある。人身取引、強制労働、その他の人権侵害にさらされる。
▷雇用における権利侵害は男性と女性の両方が等しく直面している問題であるが、家事労働を含む特定の分野では女性の方がより虐待を受けやすい。移住家事労働者は、コミュニケーション手段を制限されたり奪われたりすることが多く、本国に残してきた子どもや家族との関係に影響を及ぼす。