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No.0070

インド北東部出身のドキュメンタリー映像作家を迎えて
アリバム・シャム・シャルマ、ハオバム・パバン・クマール、ピンキー・ブラフマ・チョウドリーの3氏

2020年6月17日

 1989年以来、山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)は世界中のドキュメンタリー映像作家の登竜門としての地位を確立してきました。通算16回目の「YIDFF2019」(2019年10月10日~17日)では、当財団とYIDFFの協同特別プログラム「春の気配、火薬の匂い:インド北東部より」が話題を集め、インド北東部のドキュメンタリー作品16本が上映され、5人の映像作家を招いてのトークやシンポジウムも開かれました。 
 インド北東部を代表する映画監督であるアリバム・シャム・シャルマ氏をはじめ、ハオバム・パバン・クマール氏、ピンキー・ブラフマ・チョウドリー氏の3人に、YIDFFでの体験や歴史資料としてのドキュメンタリー映画の役割、ドキュメンタリー映画制作に抱く将来の期待などについて話を伺いました。

 ――― インドの北東部はどのような地域でしょうか? 

 ピンキー・ブラフマ・チョウドリー氏 インドは多くの地域から成り立っていて、それぞれが全く違った特徴を持っています。インドの北東部には8つの州があります。シッキム、アッサム、メガラヤ、ミゾラム、アルナーチャル、マニプール、ナガランド、トリプラです。この地域に住む人々は、インドの他の地域とは違い、ほとんどがモンゴロイド系の民族に属しています。8つの州それぞれに独自の文化があり、またそれぞれの州の中でさらに多くの違った文化を持つ集団があります。

 アリバム・シャム・シャルマ氏 (私の出身地である)マニプール州だけでも、40以上の言語がありますが、今では皆が、自分たちのアイデンティティや言語、またそれに基づいた独自の教育を受けることを欲しています。言語は一度失われてしまうともう二度と戻らないものなので、これはとても重要なことだと思います。自分たちの文化やアイデンティティを大切にすることはある意味では排他的にも映りますが同時に包括的でもあると私は思います。なぜなら、これこそ私たちが現在の世界を生きていくための方法だと思うからです。私たちは多くの文化的相違点を持ちますが、お互いを尊重しそれぞれの文化を敬わなければなりません。そうして初めて社会が包括的になれるからです。
 
 ――― 地域や世界、大きな共同体を背景とした中で、アイデンティティと自分自身を理解するというこのコンセプトは、今回の映画祭でもたれたディスカッションの中で何度も出てきたテーマです。このアイデンティティの考え方とドキュメンタリー映画制作の間には、どんな関係があるのでしょうか?
 
アリバム・シャム・シャルマ氏

アリバム・シャム・シャルマ氏

 シャルマ氏 ドキュメンタリー映画制作における基礎的な考えの一つですね。自分自身について知ろうとすれば、あらゆることを知ることができます。重要なのは、物事の根本を見つけることです。私の場合、映画制作を通じて自分自身と自らの文化を知る過程で、自身の文化を敬うことだけでなく、他者の文化を敬い、理解しようと努めることを学びました。誤解というものはとても危険なものになり得ます。インド北東部には数多くの地方言語があり、分断を生む多くの政治的、歴史的原因がありますが、私たちは共に生きる術を学ばなければなりません。

 ハオバム・パバン・クマール氏 他者を理解するためには、まず私たちは自分自身を理解する必要があります。例えば、私が(故郷の)マニプールを舞台にした作品を撮るとしても、それはマニプール中心の、隔絶した物語ではなく、誰もが共感できるものにしたいと思っています。なぜなら、そういった物語は普遍的なもので、インド北東部の人だけでなく、あなたや私、そして皆さんとも繋がることができるはずだからです。マニプールに関する作品を撮り始めた時、私たちの物語を伝えたいと思い、私たちが存在することを人々に伝えることで彼らと繋がろうと思いました。最初はインド中に伝えることを考えていましたが、今はもっと大勢の人たちにこうした作品を観てもらいたいです。

 チョウドリー氏 対立とは、しばしば他者への無知から発生するものです。それに対し、映画は人々をまとめ、アイディアを共有するための優秀なツールになり得るものだと思います。人々がこれらの普遍的なメッセージを理解できれば、内外の多くの対立は解消され、多層的な解決ができると思います。それこそが、ドキュメンタリー映画が果たすことができる小さな貢献ではないでしょうか。映画制作とは、主題をはじめとする多くの物事を発見するプロセスです。映像作家は、1つのアイディアから始めますが、撮影を続けるうちにそれは大きくなり、編集中に何かしら新しい発見をすることもあるのです。

 シャルマ氏 劇映画では、自分の意のままに演出できる物語や会話を通じてこういったアイディアを形作ることができますが、ドキュメンタリーではそのような側面はありません。私はたまたま劇映画もドキュメンタリーも撮った経験がありますが、ドキュメンタリーのほうが重要で難しいと言えます。撮影している一瞬一瞬が二度と撮り直せないですからね。

 クマール氏 こうしたドキュメンタリー作品は、アーカイブとしての機能も果たしています。先日映画祭で上映されたシャルマ監督の作品の中でも、マニプールの市場やさまざまな場所が映し出されていましたが、私はあの映像を観て「これは視覚的なアーカイブだ」と思いました。あの作品で映し出されていた光景は、今はフィルムの中にしか存在せず、もう実物を見ることができません。ですから、(メガラヤ州の州都)シーロンの街のドキュメンタリーや、そのほかさまざまな素材の記録保存を支援している、笹川平和財団の活動がどれだけ重要か、皆さんも想像できると思います。こういったドキュメンタリー作品をもっと制作していく必要があります。
 とはいえ、私はドキュメンタリー映画制作とドキュメンテーション(記録資料の作成)は分けて考えたいのです。先ほどふれた新しいアーカイブにはドキュメンタリー映画が含まれるべきですが、同時にドキュメンテーションも重視すべきだと考えます。映像作家である私たちは、撮影するものに対して強いこだわりを持っている点で少しわがままだと思います。5~6年に1、2本しか撮りません。そのような点では、ドキュメンテーションが正しくできているとは言い難いところがあります。
 
 シャルマ氏 私もドキュメンテーションとドキュメンタリーは区別すべきだと考えます。ドキュメンタリーとは、何かを創造することであり、それは個人的なものです。ドキュメンテーションは、もっと客観的でなければなりません。ドキュメンテーションでは、ある対象について言及したり描写したりするものですが、ドキュメンタリーでは自分が感じたことを表現するものです。こういった解釈は、ドキュメンタリー作品の最も重要な側面でもあります。
 ――― YIDFFでインド北東部を舞台にした映画を上映する特別プログラムは今回が初めてですが、この映画祭の印象を教えてください
 
ハオバム・パバン・クマール氏

ハオバム・パバン・クマール氏

 クマール氏 YIDFFはドキュメンタリー映像作家にとって重要な映画祭で、ずっと参加したいと思っていました。厳選されたプログラムだと思いますし、広報活動や資金集め、配給のための営利部門が前面に出ていない、という点でも他の映画祭とは違います。集った人々は商業上の利益にあまり関心がない。それが今の時代において非常にユニークだと思います。

 シャルマ氏 駆け出しの頃はよく国際映画祭に行ったものでしたが、この頃はそれほど遠出をしていませんでした。しかしながら、(YIDFFのような)タイプの映画祭はアットホームで、監督と主催者側の方々がコミュニティのように親密な繋がりを持てます。これは素晴らしいことです。またこの映画祭はドキュメンタリー映画のみを上映しており、最高レベルの映画祭だと私は思います。今回私は35ミリフィルムの作品を上映する機会を得ました。これは一度きりのことになるかもしれませんが、素晴らしい経験でした。映像作家として最高の喜びは、映画館が暗くなる瞬間、すべてが静まり返って映写機が動き出すあの一瞬です。ここで私の作品を上映した日もその喜びを味わうことができました。この映画祭のことも、自分の作品をこんな素晴らしい形で上映する機会を与えてくださった財団のことも、絶対に忘れることはないでしょう。
 今回、山形で上映した3作品の上映には、それぞれオリジナルのフィルムを使用しました。作品を保管していた(インドの政府)機関は当初、日本への発送を渋ったようですが、私自身がもう一度自分の作品を観て、その音を聞いてみたいと思ったので、自ら交渉し、許可を得ました。これから、(笹川平和財団の支援で)メガラヤ州シーロンのセント・アンソニーズ大学内に設立した、インド北東部映像アーカイブの協力によってこれらの作品をデジタル化すれば、より多くの人にこれらの作品を観てもらえるかもしれません。この手のセルロイド・フィルムは、現在ほとんど上映が不可能になってきたのに、YIDFFは対応してくれました。こうしてYIDFFに参加できたことを大変幸せに思っていますし、この映画祭の未来はとても明るいと強く感じています。

 チョウドリー氏 映像作家にとって、YIDFFにおいて、厳選された作品の中から自分の作品が選出されるということは、とても名誉なことです。映画祭の雰囲気でも、映像作家、観客の皆さんの間に堅い団結が感じられ、そしてもちろんドキュメンタリー作品がここに結集するということは、非常に大きな意味を持ちます。世界中を探しても、ただチケットを買ってドキュメンタリー映画を観るために何キロも、いくつもの街を越えて人々がやって来るなどという場所は、そうはありません。これは称賛に価することですし、それが16回も続いているということは驚くべきことです。
 それに、(YIDFFには)世界中からやって来る映像作家たちが置かれている状況についても、深く理解しようとする特別な姿勢があります。国際政治や映像作家が育った背景、そして各作品が誕生した経緯についても、丁寧に理解しようとする気概があるのです。つまり、ドキュメンタリー映画制作をひとまとめには提示していないのです。インド北東部からの作品を集めて持って来たとしても、それは単に、私たちに上映の機会がないからや、映像作家の数が少ないから、あるいは、こういった露出を私たちが必要としているからという理由でやっているわけではなく、状況や背景を理解しようとする意図が感じられます。 
 ほとんどの映画祭では、皆が自分たちの作品を売り込むために撮っているかのように感じます。誰が賞を勝ち取るかに重点が置かれ、映像作家同士の間でも常に競争がありますが、YIDFFは違います。映像作家として繋がりあえたことにも、笹川平和財団がこのような意義のあるイベントを支援してくれたことにも、大きな幸せを感じます。
 
 ――― 映画祭に来た観客の方々に、皆さんの作品から何を受けとってもらいたいと思いますか?
 
ピンキー・ブラフマ・チョウドリー氏

ピンキー・ブラフマ・チョウドリー氏

 チョウドリー氏 今回のプログラムの上映作品を通じて、日本の観客の皆さんには、インドを一つの国としてよりよく理解して頂けることが出来るのではないかと思っています。そこには、インド北東部という、8つの州があり、インドの他の地域と少し違っているということ。そして、そこには外の世界ではおそらくあまり知られていない問題がいろいろとある、ということだけでも知ってもらえたらと思います。北東部には、日本人が考える、「典型的なインド人」とは違った人がいることを理解してもらえて、現地に暮らす人々の問題や希望、体験などについて学んでもらえたら、と思います。特定の地域や特定の問題にあらためて目を向けることも大事です。これは、私がこの映画祭に期待していたことであり、いま目の前で実際に起きていると実感しています。観客の方々から「このようなことがインドにあることを知らなかった」という反響をいただいたので、とても大きな前進だと思います。

 クマール氏 今回のYIDFFは、インド北東部で活動する映像作家の私たちにとっても、地元の人々との理解を深める機会なのです。笹川平和財団アジア事業グループの中村唯主任研究員も、このたび上映された作品を持ってインド北東部の8州を巡回することを計画していると言っていましたが、本当に素晴らしいことだと思います。日本のみのことではありませんが、映像作家である私たちにとってもお互いを理解することはまた重要だと感じています。特にドキュメンタリー作家には、このような特別プログラムや映画祭以外でドキュメンタリー映画を観る機会というのがあまりないのです。

 ――インド北東部のドキュメンタリー映画制作の将来の展望を教えてください

 チョウドリー氏 これからのドキュメンタリー制作は、簡単に作品を共有できるデジタルメディアと共に成長するだろうと感じています。特にオンラインでの発展が期待できます。最近、私の村で開かれたワークショップに参加するよう誘われたので、最近の人たちはどのような活動をされているのか、ブログなどを通して調べてみました。オンラインではたくさんの音楽や映画が共有されていて、ブログでの投稿も盛んに行われていました。時代が進むにつれて、自分の身の回りのことについて発信したり、社会問題についてもコメントしたりするような世の中になってきています。この流れは今後もどんどん活発になっていくと思いますが、こうした流れを支援するワークショップをもっと開催したり、みんながドキュメンタリー映画の可能性を知ることができるように、映画祭の数を増やすべきだと感じます。我々は、これからを担う映像作家を指導する人のサポートにまわり、映画学校に通っている人たちだけでなく、映画を作っている一般の人たちにも手助けができると思います。
 また、今はみんな自分の目で見た体験を話せるよう、新たな物語の形を探っているように思います。以前は、自分が感じたことを表に出すのに相当な勇気が要りましたが、世の中の流れが変わりつつあり、多くの人々がとてもオープンに自分の考えを表現できるようになっています。この映画祭でも、ある作品に強く惹かれました。自分の子供の頃の思い出について語った監督の作品です。強い希望を感じさせてくれました。

 クマール氏 たしかに希望に溢れているとは思いますが、その一方で、ドキュメンタリー映画制作の資金が正直ありません。新しいメディアがたくさん生まれているので、私たちがこれからドキュメンタリーを制作しても、おそらくこれまでよりも短く、5~10分くらいの、忙しくても観られるものになるでしょう。1時間も2時間もある長編ドキュメンタリーを観る時間はなくなると思います。それに、映画のスタイルも、今後は「芸術的」と呼ばれるスタイルに向かって変化すると思います。北東部がたくさんのことが起きる場所であることは間違いありませんし、新しいメディアや器材の登場と相まって、さらに多くの小作品が作られることになると思います。
 また、人々は自身の現実について話すことに対してよりオープンですが、制約も増えると思います。それに異を唱えようとするかもしれませんし、異を唱えるのが叶わないかもしれませんが、簡単には行かないことはたしかです。地域全体で過去4~5年に制作された映画の数を見ると、ドキュメンタリーはおそらく4~5本といったところでしょう。また、インディペンデントの映像作家は、さらなる知名度アップやお金を求めてフィクションへと路線変更しています。インドにドキュメンタリー作品の配給システムがないという現状もドキュメンタリー制作を難しくしています。劇映画やニュースなら何千ものチャンネルがありますが、ドキュメンタリーのチャンネルは1つもありません。オンラインのプラットフォームを探してみても、ドキュメンタリーはほんの少ししかありません。

 シャルマ氏 昔は、ドキュメンタリー映画の制作にはお金がかかったので、細心の注意が必要でした。短編1本を撮るのに、どう撮るのか、どこで撮るのか、カメラはどう置くか、角度は、レンズは、そして筋の運びはどうあるべきかなどを何百回も考えなければなりませんでした。今は100回なら100回撮れば良いのです。映画制作はもともとドキュメンタリー映画から始まったので、ドキュメンタリー映画はずっと存在し続けると私は思います。我々映像作家が映画制作を通して自分自身を表現しようとすることは、詩人が詩によって、音楽家が音楽によって自己表現を試みることと多くの点で同じと言えます。理解されることもあれば、されないこともありますが、そこにはいつもアイディアがあり、それがとても重要なのです。要するに、人間は創造したがるもので、これはずっと続くと私は信じています。
 
(SPF英文サイト編集長 ジャッキー・エンズマン)
 
【プロフィール】
アリバム・シャム・シャルマ(Aribam Syam Sharma) 

 1936年生まれ(84歳)。インド北東部マニプール州インパール出身。インドを代表する映画監督であり、これまでに13本の劇映画、31本の短編・ドキュメンタリー映画を製作。4本目の長編劇映画作品「Imagi Ningthem (My son, My precious)」は1983年フランスのナント三大陸映画祭にて、金の気球賞(グランプリ)を受賞し、1990年「Ishanou (The Chosen One)」は、カンヌ映画祭にインド映画で初めて正式招待された。哲学者として大学で教鞭を取り、詩人、作曲、歌手としても活躍。2006年にインド政府から、その貢献をたたえ、「パドマ・シュリ賞(文化・芸術・科学・スポーツ等に多大な貢献をした人物に与える勲章)」を授与された。
 YIDFF2019では3作が上映された。「マニプールの蘭」(1993)、「ライハラオバの踊り」(1995)では、マニプール州の花をはじめとする自然、伝統的な音楽と踊りにスポットを当て、「アルナーチャル州モンパの民」(2001)ではアルナチャルプラデシュ州のブータンに近い山岳地に暮らし、チベット仏教を信仰するモンパ族の暮らしの様子を伝えた。


ハオバム・パバン・クマール(Haobam Paban Kumar)
 インド北東部・マニプール州出身の映画監督。コルコタのサタジット・レイ映画テレビ学院を卒業後、アリバム・シャム・シャルマ監督に師事し、精力的にドキュメンタリー映画を中心に製作。ナショナル・アワードを筆頭に受賞経験も多く、ベルリン、釜山など国内外の映画祭でも広く上映されており、インド北東部の映画人の中心的存在である。

 YIDFF2019では、インド北東部最大の淡水湖に点在する浮島に暮らす漁民と、漁民の生活排水によって湖水が汚染されているとして家々に火を放ち、重機で破壊するマニプール州政府との対立を撮影した「浮島に生きる人々」(2014)が上映された。


ピンキー・ブラフマ・チョウドリー(Pinky Brahma Choudhury)
 インド北東部・アッサム州コクラジャル出身の映画監督。インド映画テレビ学院(FTII)研究科課程修了。1992年から自主映画監督として活躍。学生時代の短編映画『Ether』(35ミリ)は多くの映画祭に出品された。テレビ番組制作で活躍し、近年は若手・女性の監督育成に力を入れ、プロデュースを多く手掛けている。
 今回、YIDFF2019で上映された『秋のお話』は、内外で高い評価を受け、1999年、YIDFFの「アジア千波万波」のプログラムでも上映された。同作品では、自身の出身地である、アッサム州ボドランドにおいて、自治を求める先住民族ボド族による独立運動が武装闘争として泥沼化し、コミュニティも崩壊に瀕していくなかで、毎年秋に村の人々に演じられる音楽、歌、踊り、立ち回りの民俗劇に焦点を当てた。
【参考情報】
1.本インタビューは2019年10月に公開された英文記事を和訳したものです。英文記事については、こちらをご覧ください。
2.YIDFFとの共同特別プログラム「春の気配、火薬の匂い:インド北東部より」の詳細については、当財団のパンフレットおよび YIDFF公式ホームページをご覧ください。
3.当財団によるYIDFF2019に関連する活動については、下記の記事もあわせてご覧ください。
映像が語るインド北東部 山形国際ドキュメンタリー映画祭で特集 アジア事業グループ 「記憶と記録」事業
【Faces of SPF】躍動する女性たち(5)インド北東部 融和こそ持続的発展のカギ 中村唯

 

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