2025年以降の世界の紛争、国際危機グループ 理事長コンフォート・エロ氏
世界が直面しているグローバルな危機とは何か、そして日本にどのような影響を及ぼすのか。国際危機グループ理事長のコンフォート・エロ氏と笹川平和財団の西田一平太上席研究員がこのテーマについて掘り下げ、ヨーロッパと中東で進行中の紛争、米中対立の激化、そしてトランプ2.0、グローバル・サウスへの影響などについて語り合いました。
世界が直面しているグローバルな危機とは何か、そして日本にどのような影響を及ぼすのか。国際危機グループ理事長のコンフォート・エロ氏と笹川平和財団の西田一平太上席研究員がこのテーマについて掘り下げ、ヨーロッパと中東で進行中の紛争、米中対立の激化、そしてトランプ2.0、グローバル・サウスへの影響などについて語り合いました。この対談は2024年12月、エロー理事長が笹川平和財団の公開イベントに出席するため東京に滞在している間に、収録されました。
本記事は英語の記事を翻訳したものです。オリジナルの英語版はこちらです。
西田氏 国際危機グループ(ICG)は、危機に関するその徹底的な分析で有名ですが、日本では知らない方も多いかもしれません。そこでICGの活動とその運営に関して簡単にご説明いただけますでしょうか? また報道機関や学界、シンクタンクの活動との違いについてもお願いします。
エロ氏 来年はICGが30周年を迎えるため、そうした質問にお答えするにはいいタイミングだと思います。ICGは1995年に設立されました。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の最中でもありました。当時の政治家、外交官、政府関係者は危機の予防に重点を置く新しい思想や組織を生み出そうとしました。それによって紛争の当事者に対して警鐘を鳴らし、警告や情報提供を行い、様々な政策立案者や政府、紛争の行為者などに働きかけ、紛争を回避、縮小、解決に導くことを望んだのです。
我々にはイデオロギーや政治的な立場はありません。人々の命を守ることと、またそうした問題への対策を見つけることを第一に設立されました。
報道機関や学界との違いは、ICGは問題となっている国々に根ざしている点です。その現地にずっととどまります。ICGのアナリストはその現地出身の専門家です。その国で長年、活動してきた者たちです。自身が関わっていない国について議論することはありません。そして我々が行う分析は、無目的の単なる分析ではなく、平和への道を見つけるという具体的な目標のための分析です。
西田氏 ICGのミッションが予防と警鐘を鳴らすことだということが分かりました。その見地から、国際情勢の現状をどのように分析されますか? 特に紛争やその情勢に対応する国際社会の能力についてお聞かせください。また、それに関連して、従来の国連を通した紛争解決支援についてはどうお考えですか? 何か問題意識をお持ちでしょうか?
エロ氏 ICGのこれまでの30年間で、世界情勢を大きく変えたと思った瞬間が3つあります。1つは2000年代前半に勃発したイラク戦争、もう1つはアラブの春、そして今です。
今の状況が心配なのは、どの地域を見ても戦争が増加している点です。全ての地域においてです。至る所で戦争が増加している、これほど不安で危うい状況は初めてです。
そして、戦争だけでなく、人道危機や、難民や避難民が直面する人間的苦難が伴うことにより、事態が複雑化しています。考慮すべき問題の1つです。しかし、今日私たちが目にしている世界の根底には、大国間の競争が存在します。
ICGの30年間で、これほどまでの大国間の対立は見たことがありません。日本から見れば、最も懸念されるのは米中の対立でしょう。我々が対処している多くの危機がその影に隠れています。日本にとっては南シナ海と台湾という身近な問題があります。
世界には、3つの大きな不安要因が存在しています。今挙げた1つ目は、重要性が高いと考えています。
もう1つの不安要因は中東です。2023年10月7日以前からも切迫した状況はありましたが、その10月7日に、「凄惨な攻撃のに対する報復をイスラエルが行って以降、ガザ地区では悲惨な状況が広がっています。その結果、激化を防ぐこと、特に中東では全面的な地域戦争を防ぐことが重要な課題となっています。
現状ではある程度、そうした地域戦争は回避されています。しかし、ちょっとした誤算から、より大規模な戦争が起こり、イランが現在よりもさらに深く関与し、他の大国も巻き込まれる可能性を有するレベルには達していると思います。
3つ目の不安要因は、大国間の対立と戦争の増加についての話に関連しますが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後のヨーロッパの状況です。戦争が長期化し、ヨーロッパの脆弱性が露呈し、その結果、ヨーロッパ各国の指導者たちは、ウクライナを守るために自国の防衛力を強化せざるを得なくなっています。
ですから、様々な地域で危機が生じている非常に不安定な時代となっています。これら3つの不安要因によって、将来の国際安全保障が形成されていきます。
西田氏 日本にとっては米中の対立が重要な懸案事項の1つであるとおっしゃいましたが、超大国であるアメリカは長年、世界中の紛争に関与してきました。今回の第2次トランプ政権によって、アメリカ政府や国際秩序、世界の紛争への影響はどう変化すると思われますか?
エロ氏 ある面では、継続が見られると思います。継続もしくはその加速です。距離を置く面もあると思いますが、加速と継続についてここでお話しするのは、それがアジア関連、特に中国との戦略的競争において、その傾向があるからです。
政治的な方向性に関係なく、オバマからトランプ、そして第2次トランプ政権に至るまで、アジア重視戦略が取られています。特にインド太平洋地域、そして中国に関するものが中心です。日本や多くの国々が思案している大きな問題は、アメリカが国際舞台において中国を経済、政治そして安全保障の面で受け入れる能力または意欲があるかどうかという点でしょう。それが2国間の戦略的競争を方向づけていくと思います。
その緊張関係はトランプ氏によって継続し加速していくでしょう。トランプ氏はそうした対中国戦略を進めてきましたし、率直に言いますと、ロシアとウクライナの戦争が、バイデン氏の行動を抑制していたと思います。バイデン政権も、対中国戦略へのシフトを望んでいました。バイデン氏は就任後、前任のトランプ氏が実施した政策を撤回せずに、むしろトランプ政権よりも強力に推し進めていました。1月20日のトランプ大統領就任後も、同じ方向性の継続と加速が見られるでしょう。その点では、今後の展開に見通しが立つと言えます。
アメリカのパートナーや同盟国、そして日本もはっきりとそこに含みますが、そうした国々の多くは、特に南シナ海とアジアの行く末に不安を抱えています。
まずフィリピンは、アメリカと相互防衛条約があり、その実効性と中国の反応を懸念しています。また台湾に対しては、トランプ氏は選挙期間中に、台湾の防衛や抑止力と外交を主張しながらも、自国の面倒は自国で見るよう台湾を突き放す発言をするなど、両端のメッセージが発信されています。
それゆえにICGは、台湾は抑止のために防衛体制を構築する必要があると提言しています。
そしてオーストラリアも、イギリスとアメリカと共にAUKUSという同盟を組んでおり、トランプ政権によって何が起こるのか、おそらく心配していたと思います。「アメリカ・ファースト」の考えを意識し、オーストラリアの優先順位の降下やアメリカの利益の重視を懸念したのです。
アメリカ・ファーストとは、負担を分担し、アメリカの責任を軽減し、貿易や移民政策で自国の利益を追求し、冒険的な外交を避けることです。それがトランプ氏の外交政策を推進する原動力です。それは彼が行った外交政策を見れば明らかです。
西田氏 中国についても触れていましたね。中国は国際秩序や紛争管理の面でより大きな役割を果たすようになっています。中国は国連分担金の最大の貢献国の1つでもあります。アフリカやアジアの国々に多額の投資や援助も行っています。ジブチには軍事基地も設けています。紛争管理に関する中国の役割をどうお考えでしょうか?
エロ氏 興味深いことに、アメリカが異なる役割を担うようになってきています。はっきりさせておきますが、私はアメリカが衰退しているとは考えていません。衰退論者ではありません。また、アメリカは孤立主義であるという議論にも慎重であるべきだと思います。
しかし、この5年から10年で、世界はさらに多極化し、多くのプレーヤーが出てきています。中国は確実にキープレーヤーの1人であり、自国の勢力圏内で、さらなる影響力を持つことを望んでいます。この5年でも確実にバイデン政権は、同盟の強化と地域内での再編、地域の協働の推進を試みました。一方で中国はさらに独断的姿勢を強め、アメリカが既成事実によって地域を再編しようとしていることを警戒し、経済的にも軍事的にも自国の力を誇示しようとしました。
第1次トランプ政権において、アメリカが多国間主義や国連から距離を置いている間に、中国が自身を良きグローバルプレーヤーとして、また国連の擁護者として自らを主張しようとしたという見方には疑問が残ります。中国が“連携”していたというのも、いわゆるグローバルサウスやアフリカとの連携でした。
冷静な見方をすれば、第一に、連携していると主張したところで、中国はグローバルサウスではありません。第二にそうした国々の債務危機があります。一部は中国の融資基準に起因しています。第三に、中国が責任あるプレーヤーとしてどこまで行動できるかは不透明なままです。なぜなら、中国は自国に有利になるよう多国間主義や国連を変えようとしており、必ずしも利他的な観点から行動しているとは言えないからです。
西田氏 グローバルサウスは最近のバズワードの1つです。専門用語としては、多くの問題があります。しかし、定義はさておき、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる国々の役割をどう見ていらっしゃいますか?例えばインドやインドネシア、台頭しつつある中堅国家(ミドルパワー国家)、また世界経済の流れから取り残された国々についてです。
エロ氏 用語の定義の曖昧さも、その様々な捉え方もご指摘いただきました。そうした広義の意味で、この用語が流行した理由は、ロシアとウクライナの戦争とイスラエル・パレスチナ紛争です。ウクライナに対して同情はしたとしても、皆が自動的に同意をしたわけではありません。そしてルールに基づく国際秩序や国際的な規範に対し、疑念が生じています。特定の紛争に関し、その問題は特に深刻です。
そうした状況下で、グローバルサウスという概念が影響力を持つようになったのです。しかし、それはパワーバランスの変化や、無秩序な世界、もしくは秩序が変化する世界を示しているとも言えます。
そうした流れの中で、強硬的な中堅国家(ミドルパワー)が台頭しています。インドネシアやインドが挙がっていましたが、私としては、そこにトルコとブラジル、湾岸諸国を加えます。日本もそこに含まれると思いますが、オーストラリアと共に西側陣営の一部とみなされているとも思います。
確実に言えることは、今日の世界は多極化が進み、国際平和と安全保障をめぐる情勢はとても流動的で、ルールに基づく秩序も揺らぎつつあり、各地域の強国が世界に進出する余地が生まれており、また、そうした国々は国際的な存在感を強めようとしているということです。
その良い例はトルコでしょう。トルコは例えば黒海穀物イニシアティブの締結において有益な役割を果たしています。その締結は、ロシアとウクライナの戦争から悪化した食料安全保障に貢献しました。
もう1つ興味深い国はインドです。インドも面白い役割を果たしてきました。安全保障面ではアメリカと協力しつつ、ロシアとの関係も維持し、中国に対しては防波堤の役割を果たしています。ゆえに有益な支援を提供する国となっています。
興味深いプレーヤーのもう1つはルラ大統領率いるブラジルです。グローバルサウスの擁護者として、不平等の是正やよりインクルーシブな国際秩序を提唱しています。気候変動の問題についても声を上げています。来年開催されるCOP30でも主張するでしょう。それに脱ドル化の考えの支持者でもあります。しかし、特定の問題に関しては、まだ西側と非常に親しい関係を維持しています。
そしてグローバルサウスについて正しくご指摘された通り、そこにはアフリカの国々も含みますが、彼らはトランプ氏に対して非常に異なる見方をしています。全ての国が不安を抱いているわけではなく、トランプ氏の政策の商取引的な性質を歓迎している国もあります。トランプ氏の主張が明快で、取引しやすいと感じている国もあるのです。なぜなら彼らを神経質にさせるような原則や価値観を求めてこないからです。今後を見ていきましょう。
さらに掘り下げて言えば、中堅国家(ミドルパワー国家)は明確な自信を持ち、自己主張を行い、リスクヘッジを行っています。彼らはいずれかの陣営に固定されることは望みません。アメリカと手を組むか、中国に敵対するかということではなく、独自の立場を画策し主張しようとしています。
西田氏 最後の質問です、日本の方々に伝えたいメッセージは何かありますか?また、期待する日本の役割とは何でしょうか?
エロ氏 いい質問ですね。我々はこれまで、非常に流動的な地域で活動する日本を見てきました。一方に中国があり、北朝鮮があります。またロシアと北朝鮮と韓国には、ウクライナでの戦争に対して利害を有する興味深い関係が形成されつつあります。
日本も、ウクライナで起きたことや、台湾に対する中国の動きを見ながら、自国の安全保障体制を見直しています。第一に重要なのは、ウクライナから得られる教訓です。第二に重要なのは、数十年にわたるアメリカとの緊密な同盟関係を維持しながら、地政学的なリスクが高まる中で中国との関係をいかに調整するかという点です。
その板挟みになりながら、どの国もちょっとした誤算で大きな混乱を引き起こしかねないと考えると、日本は夜も眠れないでしょう。
ですが、それは現実的な懸念には至っていないと思います。今は後退すべき時ではなく、可能な選択肢を評価すべき時です。日本だけでなく地域全体にも言いたい重要なことがあります。それは、我々は外交が通用しなくなることを懸念しているということです。外交の必要性、対話の必要性、また抑止力や防衛体制の構築と外交とのバランスをどう取るか、そうした事項が非常に重要です。
次に日本には、裕福な国家として、IMFや世界銀行のような国際金融機関の運営を助ける役割があります。昨年日本がG20で発言した際、我々が受け取ったメッセージは、日本がルールに基づく秩序を守りたいと思っているということでした。そうした秩序を守るためには、世界がインクルーシブであること、また多極化した世界に適したプレーヤーが参加すること、そしてそれが改革の議題に含まれることを確認する必要があります。
日本は、壁を築いて後退し、国際社会のプレーヤーであることをやめるというわけにはいきません。日本の外交、予防、危機管理の価値観に基づく結果を導いていくことが必要です。
西田氏 すばらしいコメントをありがとうございます。笹川平和財団にお越しくださり、大変うれしく思います。ありがとうございました。
2001年に西アフリカでのプロジェクト・ディレクターとして国際危機グループ(ICG)に参加し、アフリカ部長や暫定副理事長のポジションを経て、2021年12月に理事長兼CEOに就任。それ以前は、紛争の影響下にある国々でキャリアを積み、国際移行期正義センター(International Centre for Transitional Justice)でアフリカ・プログラムでの副ディレクター(2008-2010)や国連リベリア・ミッション(UNMIL)事務総長特別代表の政治担当官兼政策顧問(2004-2007)などを務めた。ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得。さまざまな委員会や諮問機関の委員を務める。