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オーシャンニューズレター

第95号(2004.07.20発行)

第95号(2004.07.20 発行)

国連海洋法条約発効10年にあたって ~条約への国家の挑戦~

外務省経済局海洋室首席事務官◆梅澤彰馬(あきま)

国連海洋法条約の採択から20年以上を経て、深海底の遺伝子資源の取り扱い等同条約の採択の際には想定されていなかった事案が出てきている。特に、近年の環境問題に対する国際社会の関心の高まりを受け、国際慣習法化した同条約の原則に国家が挑戦するような先鋭的な議論が海洋環境を巡って始まりつつある。

1994年11月16日、「海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)」が発効し、本年末に同条約発効10年目を迎える。しかし、本条約は、それより約10年前の1982年4月に採択され、同年12月に署名が開放されているのである。

国連海洋法条約が採択されてから22年を経て、同条約が益々普遍化するなかで、同条約の審議過程や採択の際には必ずしも想定されていなかった事案が様々な分野で噴出してきている。特に、地球環境サミットに代表される近年の環境問題に対する国際社会の関心の高まりは、これまでの地域的管理から、グローバルな形での管理手法へと各種議論が進んでいる。今後とも発展し続ける国連海洋法条約を基盤とした海洋の法秩序形成のなかで、国際慣習法化した国連海洋法条約の原則に国家が挑戦する国際社会の流れに焦点をあて、先鋭的な海洋環境問題を巡る国際的な議論についてご紹介したい。

深海底生物の遺伝子資源

本年6月に開催された国連海洋法条約締約国会議及びその前週に開催された「海洋と海洋法」に関する国連協議において焦点のひとつとなったのが、深海底の生物の遺伝子資源の扱いであった。陸上や浅中層の海洋では、ご存じの通り太陽光線をエネルギー源とする光合成生産を基盤とした生態系が形成されている。他方、深海底の熱水鉱床周辺では、熱水噴出孔から出るメタンや硫化水素等を酸化し、それによって得られるエネルギーを利用した化学合成生態系を基盤とした特異な生物生産や、海底下の地殻内の化学物質によって生きるバクテリアが発見されている。そして、これら特異な生物やバクテリアの遺伝子資源の利用が、医薬品や酵素の新商品開発の上で脚光を浴びつつある。

写真(2点とも):海洋研究開発機構(JAMSTEC)
目のない白いカニ
センジュナマコ

このような経済効果をもたらす資源について、途上国側は、技術力ある先進国のみが開発するのを受け入れられないとして、深海底生物の遺伝子資源(genetic resources)は、国連海洋法条約に基づき「人類共同の財産(common heritage of mankind)」として、そのいかなる部分も特定の国家が専有してはならないと主張しはじめた。しかしながら、同条約第11部の「深海底」の条項では、深海底の資源は人類の共同の財産としているも、深海底の資源とは「鉱物資源(mineral resources)」と規定し、生物資源から生成される遺伝子資源は含まれないとされている。同条約の関連規定に鑑みれば、公海の海面下の海底及びその下の生物資源の開発については、「公海」の規定、―即ち、公海の自由―が適用されるのは明白であり、深海底の遺伝子資源が「人類共同の財産」ではないことは必然である。ただし同条約では、公海の自由は深海底における活動に妥当な考慮を払って行使されなければならないとし、かつ深海底における鉱物資源の探査・開発に際しては海洋環境に合理的な考慮を払うよう規定されている。今後、このような切り口から途上国側が、遺伝子資源は人類全体の利益のために用いられるべき旨の主張が展開されることと想定されよう。

もちろんわが国をはじめ、先進諸国はこのような国連海洋法条約の規定に沿わない考え方については一切与していないが、本件についても、国連海洋法条約採択当時には全くといっていいほど想定されていなかった分野である。今後、以下の2つのグローバルな管理概念とともに、このような先進技術を駆使する分野についての議論が急速に深まっていくことと感じている。

海洋保護区

従来の資源保護管理措置の効果が、生物資源の減少と海洋環境の悪化を目に見えた形で改善できない現状に加え、途上国を含めた海洋利用の急速な発展を背景に、有史以来、海は「万物の共有物(res communis omnium)」として国際慣習法化した公海自由の原則に対しても国家が挑戦する動きが見られてきている。特に、公海といえども、特定海域においては全ての人的活動が排除される「海洋保護区」を設定すべきとの急進的な考え方は、一般受けしやすいことと相まって、生物多様性保護条約等における生態系保護を通じた環境管理手法強化の潮流にも乗り、新しい概念として動き出している。

世界規模の海洋環境評価プログラム

2003年12月、国連持続可能開発委員会や国連環境計画等の検討を踏まえ地球環境サミットの実施計画に基づき、世界規模の海洋環境評価プログラムの設立が国連総会において決議された。これは、既存の海洋環境評価制度とは異なり、世界規模で海洋環境を定期的かつ総括的に評価しようとする流れであり、その評価手法・手続きの方向性次第によっては、それぞれの国の個別具体的な事情を踏まえず、各国の国内法や制度に基づく海洋政策が脅かされる状況が杞憂される。

おわりに

これら3つの流れに共通することは、定義等国際的に統一した見解や合意がないままに、海洋環境の管理を世界的な一つの概念の傘のもとで画一的に実施せんとする考え方である。わが国はこれら問題に早くから警鐘を鳴らし、例えば、海洋保護区については昨年の「海洋と海洋法」に関する国連協議において、科学的根拠の重要性とともに、経済的な妥当性や、国際法との整合性について十分な議論が必要であるとの国際的な考え方の方向性を形成した。また、世界規模の海洋環境評価プログラムに関しては、本年3月に開催された専門家会合の約20名のメンバーの一人として、また、本年の「海洋と海洋法」に関する国連協議の場において、既存の評価制度や多数の国際機関の取り組みに屋上屋を重ねるのではなく、それら既存のアセットを最大限に活用し、かつ国家政府との関係を明確にすべきとの潮流を作ってきている。

国連海洋法条約は、発効10年後、即ち本年11月16日以降、改正提案が可能となる。現在のところ、微妙なバランスの上に立って合意された300以上の条項から構成される本条約の改正はパンドラの箱を開けるようなものとして表だった動きはないが、四方を海に囲まれ、海洋国家としての存立を確立し成長してきた島国日本として、今後とも海洋先進国の一員として国際社会で指導的立場を発揮するため、こうした海洋における法の支配や秩序維持の積極的な担い手となり続けることが重要である。(了)

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