Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第95号(2004.07.20発行)

第95号(2004.07.20 発行)

インタビュー 「海の日におもう」

日本財団理事長◆笹川陽平
聞き手=シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所長◆寺島紘士

国民の祝日「海の日」は何のためにあるのか。「海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う」というのなら、国を挙げて海洋日本の将来をもっと真剣に見直すべきではなかろうか。わが国は、近年の海洋軽視の態度を反省し、いまこそ海洋政策を国家の重要な課題と位置づけ、これを推進する体制を早急にうち立てるべきである。

海の日は何のためにあるのか

―日本は海に囲まれている海洋国です。いま、海の問題を考えるにあたって重要と考えておられることを、まずお聞かせください。

「日本は四海に囲まれた海洋国という言葉がよく出るのですが、私はどうも地政学的にただ海に囲まれているからそう言っているにすぎないのではないかと感じるのです。海の恩恵を受けて日本の歴史や文化が豊かに発達し、今こうして成熟した国になったという認識が少し足りないのではないでしょうか。特に国民の祝日『海の日』は海について私たちが思いを巡らせる絶好の機会であるはずなのに、現実には夏の休日イベントにとどまっているのは誠に残念なことです。」

―海の日の制定のために、1,038万人が署名し、47都道府県のすべてを含む、全国自治体の7割が祝日にするように意見書を提出しました。海の日は、数多い祝日の中で初めて国民運動で生まれた祝日なのですが。

「海の日は『海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う』日ですから、もっと国を挙げて真摯に『海の日』を祝いたいものです。アメリカでは祝日でなくても、海の日には大統領が海事に関する声明を発表しています。わが国も、総理大臣がきちっと海の日にあたって国民にメッセージを出すべきでしょう。われわれ海に関係する者も、さらに海の日の意義を国民レベルまで浸透させるための努力をしていかなければいけないと痛感します。休日をつくったことだけで満足という状況では情けないことです。」

わが国に乏しい、海洋管理の視点

― 1994年の国連海洋法条約発効により、領海は12海里に拡大し、さらに200海里の排他的経済水域ができて、"国土"が海域に大きく広がったのですが、これを管理しようという意識が希薄です。日本人は、いまだに領海3海里という古いイメージに捕らわれているのではないでしょうか。

「われわれには海からわが国を見るという視点が乏しかったですね。かつて日本では海というのは、せいぜい渚までの話であって、その先は神が棲む世界だったんです。

しかし今や巨大な海洋空間の開発利用と保全を管理する基本的な条約が史上初めてできたのです。私たちは、海を含むグローバルな視点を持って対応しなければなりません。いまわが国に求められていることは、第一に海洋管理という概念のなかで世界の海をこれからどうすべきかを考えることです。そしてその次に、わが国の排他的経済水域の中をどうすべきか、そして沿岸域をどうすべきか、と広い範囲から狭い範囲へと視点を下ろしていかなければそれぞれが抱える問題もうまく整理がつきません。なにか問題があっても前例から積み重ねていって、そのときに応じて解釈を加えてゆくから、全体像としてはいびつになってしまい、とても説明がつかない自己撞着に陥ってしまうのです。もっと大きな視点で物事を仕切ってゆく仕組みが必要です。だから、海洋政策専門の官庁が必要なのです。」

―アメリカ、豪州、中国、韓国を始め世界各国は、海洋政策、海洋法、沿岸域管理法などをつくって海洋の管理に努めていますが。

「残念ながら日本は遅れています。東シナ海の排他的経済水域の境界線の画定、大陸棚の調査、尖閣諸島や沖ノ鳥島などの遠隔離島の管理は、新時代の海洋管理の大前提です。わが国の排他的経済水域は世界で6番目の広さをもつのですが、現状はそれが無為無策で放置されているに等しい状況です。

わが国も早急に、海洋政策を策定し、それを実行するために海洋基本法の制定や海洋主管大臣、海洋関係閣僚会議の設置などの抜本的な対策を講じる必要があります。そのために、先ず、内閣に『海洋政策統括室』のような組織を設置して海洋政策とその推進体制の検討を開始すべきだと思います。」

―中国の海洋調査船が沖ノ鳥島あたりの海洋を調べています。彼らは自国の排他的経済水域から遙か離れた太平洋上にすら関心をもってやっています。離島の問題についてどうお考えですか。

「それは一方通行の歴史だと私には感じられます。離島は貧しいところであり、援助すべき対象としてしか見ていなかったように思います。離島に存在する歴史や生活の知恵、さらに海域を含めたその豊かな環境をわれわれがどのように活用するかという視点が欠けていたのではないでしょうか。離島は、もはや離れ島でも何でもない、日本の国土そのものであり、これからは、その周辺の排他的経済水域などと併せて、国土の重要な一部としてとらえなければならないのです。中国が最近『無人島の保護及び利用の管理に関する規則』をつくって離島の管理に取り組んでいますが、参考にすべきではないでしょうか。」

海洋政策担当官庁の早期創設を

―1992年のリオの地球サミットで採択された行動計画アジェンダ21、及びその10年後のヨハネスブルグ世界サミットの実施計画は、海洋と沿岸域の統合管理と資源・環境の保護をとりあげました。世界は今、大きく動いていますが、残念ながら、わが国はその流れに付いていけません。

「海は、地球上に生存するすべての生物にとってかけがえのない原点であることは明らかです。この海をグローバルな視点からどうわれわれ人間が管理してゆくか。海はけっして無限なものではなく、世界の人口増加は必然的に海を汚染させるし、乱獲が進めば海の生態系も変化する。気候との関係においても、あらゆる人間の生存に重要な影響を及ぼすことを強く認識しなければならないでしょう。

実は先日、ヒマラヤの中にあるブータンを訪問して帰ってきたところですが、ブータンは非常に環境保護を重視して、森林と緑を大切にしている国なのです。ヒマラヤは地球の心臓部であり、そこの生態系が崩壊したら地球はどうなるのかということを、ブータンの人たちはよく理解している。ブータンの首相とお会いしたさいに、それは素晴らしいことだとお話したところ、おもしろい話を聞かせてくれました。『われわれの隣国のネパールでは開発が進みすぎて、ヒマラヤの土砂が川を伝わってバングラデシュのベンガル湾に流れ込んでいる。その砂が湾内に堆積して島になりつつあるが、これはバングラデシュの土地になるんじゃなくて、ネパールの土砂でできたのだからネパールの土地になると思う』と。実は海の問題は、山と川とも一体となって考えなければならないわけです。

『持続可能な開発』は、環境保護が不可欠なのですが、わが国では『環境』と『開発』がいまだにそれぞれ別々に論じられており、統合管理は実現していません。

しかも、持続可能な開発の議論からしばしば海洋のことが抜け落ちているのは残念です。海洋をどう管理していくかは、日本の重要な政策課題の一つです。経済・技術大国である日本にとって、国際的にも主導的役割を発揮できる分野であるにもかかわらず、むしろ世界に遅れをとっています。海洋政策を統括する省庁が存在しないままに時がいたずらに流れてゆくことは危惧すべきことです。

30年前に較べれば東京湾もきれいになりました。工業排水・生活排水の処理がうまくされていることは、もっと評価されるべきです。かつて水俣や四日市であった環境問題で痛い経験をしたことが教訓となっています。世界最先端の環境技術をわれわれが中国をはじめ発展途上国で有効に活かすことが必要です。そうすれば、国際的にも発言力が高まるでしょうし、リーダーシップを発揮できると思います。」

―海洋問題を討議する重要な国際会議に日本の関係者が出ていないことがあります。

「海洋の問題は総合的に討議しよう、というのが世界の共通認識であり、総合的、横断的に海洋問題を扱う国際会議は頻繁に開かれています。各国から政府の関係者が出席しているのに、日本からは研究者や民間だけでどの省庁からも出席していないということがよくあるようです。いまわれわれが危惧することは、海洋に関する日常の情報の交換や公式・非公式の協議から、わが国が知らない間に取り残されてしまう恐れがあることです。現在のところ海洋問題を総括し、総合的に取り組む部局がありませんので、たとえ会議に出席しても会議の内容すべてに対応できる人はおりません。相手もわが国に適切なカウンターパートがなければ情報の発信のしようがないわけで、ますます世界の動きから遅れるという悪循環となっています。ですから、しばらくの間は海洋政策研究所にがんばってもらいたいのです。

国連海洋法条約発効から10年目にあたる今年は、海洋管理の節目の年になるのではないでしょうか。というのは、発効後10年経つと各国が条約の改正を提案できるようになるからです。また、世界の海洋に対する取り組みをリードしている米国の国連海洋法条約加盟が近く実現しそうです。米国では、新しい海洋政策について審議会の最終報告書が間もなく議会と大統領に提出されようとしています。アメリカの動きが海洋の管理を巡る国際的な動きを一気に加速させる可能性があります。

わが国も海洋政策を国家の重要課題と位置づけ、速やかにこれを推進する体制を構築して対応しないと本当に世界の動きから取り残されてしまいます。」

必要な人材育成

―海洋管理の問題に取り組むには専門的な知識経験を持った人材が必要ですが。「日本財団のいまもっとも力を入れている仕事のひとつが、人材の育成です。残念ながら、日本も含めアジアの国々では、欧米に比べ、海に関する人材が不足しています。『海は、地球上で生きる人々を結びつける道である』と考え、海に関わる様々な分野の人材育成を進めています。

WMU笹川フェローの皆さんと(2002年11月フィリピン、前列中央が笹川理事長)

日本財団とシップ・アンド・オーシャン財団は協力してスウェーデンのマルメにある世界海事大学(WMU)に奨学金制度を設けております。既に40カ国273人が卒業しました。彼らは卒業後、同窓会を組織して連携を取りながら、それぞれの国に帰って専門分野で活躍しています。また、国際海運を担う船員の教育向上を図るため、世界の商船大学の集まりである国際海事大学連合(IAMU)の活動を強力に支援しています。さらに、昨年からはマルタにある国際海事法研究所(IMLI)で、海事法の奨学プロジェクトを始めました。本年度は、海底水深図作成の専門家の育成、国際海洋観測機構(POGO)に特別講座設置、国連の海洋法の教育・インターンシップ・プログラムなどの人材育成プロジェクトを開始します。ここから育った人々が議論しあい、お互いに協力しあうことで、これからの海洋管理がうまく機能する一助になればと考えています。」

海の教育の充実と海洋管理に関する情報開示を

―海に対する国民の関心と理解は、最近少しずつ高まりつつあるように感じます。

「不審船の騒動があって、海は安全だと思っていたけれど、海の方が日本の安全保障上で大きな問題だと気づいた人も多いでしょう。日本近海の魚が少なくなって、魚の捕りすぎが問題じゃないかと考えるようになった人もいるでしょう。先日も、秋田県でハタハタが捕れなくなったため漁師が相談して3年間は魚を捕るのをやめて資源を回復したというTV番組をみました。

しかし、さらに国民の海への関心を高め、理解を深めるためには、海に関する教育の充実と海洋に関する情報の国民への開示・提供が必要です。」

―学校教育の現場でもなかなか海のことを教える機会がないようです。海のことを知らない世代の先生も増えています。総合学習の時間で海辺での体験学習がもっと増えるといいのですが。

「私たちが、命ある地球の中で生存しているということについて、子どもたちに簡単に分かりやすく説明する機会、あるいは子どもたちを教育するスキームなどを作って盛んにやっていかなければいけないですね。

子どもが海に親しむことを敬遠する親もいるようですが、海だけに限らず、自然に親しむということが必要です。人工的な構造物のなかだけで人間は生きていけるという錯覚をしているように私には見えます。

海洋に関する情報の開示・提供については、政府が国際的な動きをきちんとフォローすること、また取得した情報を十分に国民にわかりやすく知らせることも大切でしょう。

いまは行政の遅れや足らざるところをわれわれ民間の研究機関で補完し、サポートしながら、行政が動き始めたときにノウハウをきちっと提供できるように蓄積しておくことが大事です。どこかがリードオフマンとしてやらなければならないし、それを海洋政策研究所に期待しております。」

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