Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第84号(2004.02.05発行)

第84号(2004.02.05 発行)

包括的な見直し進むアメリカの海洋政策

メリーランド大学環境科学センター所長◆Donald F. Boesch

米国では海洋政策の歴史的転換に関する提言がとりまとめられつつある。民間のPewOceansCommissionはすでに報告書を発表しており、大統領任命のU.S.Commission on OceanPolicyは2004年初頭に報告書を発表予定。いずれも海洋の管理および持続可能な資源利用を強調し、大幅な行政機構改革等を提言している。どの程度まで実行されるかは不透明だが、米国海洋政策の大幅な転換が期待される。

二つの審議会報告の共通点

現在、米国では2つの審議会が海洋政策の方向転換に関する提言をとりまとめているところである。民間のピュー海洋審議会(PewOceans Commission:以下、PewCommission)はすでに報告書を発表しており、大統領任命の米国海洋政策審議会(U.S.Commission on OceanPolicy:以下、PresidentialCommission)は2004年初頭に報告書を発表する予定である。PewCommissionとPresidentialCommissionは検討の範囲も政治的観点も異なるが、どちらの主要提言も管理(Stewardship)および持続可能な資源の利用を強調するものである。たとえば、両Commissionとも連邦機関の横の連携、および国、州、地方政府の縦の連携による海洋管理(OceanGovernance)の改善の必要性を明示している。また、生態系に基づく漁業その他の人的活動の管理、および沿岸ならびに海洋に影響を及ぼす陸上活動の管理については流域圏に基づくアプローチを支持している。さらに、海洋科学技術、特に統合海洋観測システム(IntegratedOcean ObservingSystem)に対する投資を倍増させるよう提言している。最後に、いかに人間が海洋に影響を及ぼしているのか、いかに海洋が人間の生活に影響を及ぼしているのかなど、一般市民への海洋に関する教育の重要性も強調している。

本格的な行政機構改革を盛り込む両審議会報告

2004年初頭、Presidential Commissionは、その設置法たる2000年海洋法(OceansAct of2000)で義務付けられている待望の報告書を発表する予定である。同審議会は、1969年にストラットン審議会が歴史に残る報告書「OurNation andSea」を発表して以来の米国の海洋関連政策の包括的な見直しに取り組んだ。元海軍作戦部長およびエネルギー省長官のジェームズ・D・ワトキンズ退役提督が議長を務める同審議会は、ブッシュ大統領に任命された16名の著名人で構成されており、2001年から2002年にかけて米国全土で一連の公聴会(fact-findingmeetings)を開催した。

他方、2003年5月、PewCommission※1は、独自の報告書を発表し、新たな米国海洋政策について提言した。同審議会は、PresidentialCommissionに比べて焦点が若干絞り込まれており、米国海域の漁業および自然の生物多様性などの生物資源に集中して取り組んだ。この非政府審議会は2000年海洋法成立前に民間財団の後援により組織され、元下院議員および大統領首席補佐官のレオン・パネッタ氏が議長を務めた。

PewCommissionは、特に漁業管理および海洋保全に関してより積極的と見られているが、PresidentialCommissionのワトキンズ提督およびその他の委員が行ったプレゼンテーションによれば、二つの審議会の主要提言には将来の米国海洋政策に間違いなく影響を及ぼすであろう数多くの類似点があることを示唆している。先のストラットン審議会は、海洋を探査・開発するための広大なフロンティアと捉えていたが、現在の両審議会は、海洋の限界とその限られた資源保護の緊急性および維持の必要性を特に強調している。

ところで、PresidentialCommissionでは、ばらばらでわかりにくい多くの縦割りの管理ツールを連携・調整する新しい海洋管理モデルを提言する予定である。同審議会が提言するのは、次のような統合体制である。(1)海洋資源を生態系の一部として扱い、事前対処的な適応性のある管理手法を用いる。(2)官民のパートナーシップによる共同の管理原則(principleofStewardship)に基づく。(3)政府機構を水平的(連邦省庁横断的)かつ垂直的(連邦政府から州および地方政府へ)に統合化、体系化する。(4)利害関係者および専門家のより定常的な参加が可能なようにする。また、同審議会は、国家的取り組みをより適切に組織化し調整するハイ・レベルの国家海洋会議(NationalOceanCouncil)の設置を提言する予定である。PewCommissionも、省庁間にまたがる常設の海洋会議の設置を求めているが、さらに踏み込んで独立した海洋省庁(oceansagency)の設置を提言している。

生態系、流域圏の視点による海洋管理体制

どちらの審議会も、漁業およびその他の、人間による沿岸および海洋利用の管理改善を図るために、生態系に基づく戦略の採用を強く支持している。PresidentialCommissionは、生態系に基づく管理の適用には、政治的な境界ではなく、生態系の境界に基づく地理的管理区域の明確化が欠かせないと認識している。PewCommissionは、さらに進んで、地域別海洋生態系会議(RegionalOcean EcosystemCouncils)および国家的な海洋保全区域(marinereserves)制度の設立を提唱している。また、自然界の水産資源は有限であるため養殖への依存度が高まることも認識しているが、海面養殖はあくまで環境上、共生可能かつ持続可能なものでなくてはならないと主張している。

いずれの審議会も、海洋汚染の管理にはかなりの進展があるとする一方、特に栄養塩類および有毒汚染物質による非点源汚染(non-pointsourcepollution)については大きな課題が残っていると指摘する。また、非点源汚染や消失が危惧される生息域への被害を含め、米国沿岸地域における急速な人口増加と開発に関する管理改善の必要性についても強調する。政府プログラムのより効果的な統治メカニズムと見直し、および、有害な沿岸域の乱開発から有益な開発および環境修復への補助行政の切り替えが要請されることになる。興味深いことに、非点源開発と土地開発の両方について、両審議会とも、農業、エネルギー消費、大気環境、輸送、その他の陸上活動に関する政策と、海洋政策との連携の必要性を強調している。沿岸域および海洋の管理には、流域圏の観点を取り入れなければならない。「メキシコ湾はミネソタ州に始まる」というのが、ワトキンズ提督が好んで用いる表現である。

海洋科学研究への重点投資と海洋教育の重要性

PresidentialCommissionは、科学技術に対する国家投資の大幅な増加を強く主張する予定である。同審議会では、海洋の基礎研究および応用研究に対する連邦政府の投資は、インフレ調整をすれば、過去20年間にわたり年間約6億5,000万ドルのままの低迷が続いていると指摘する。連邦政府の海洋研究開発費は、1982年には研究開発費全体の7%だったが、現在はおよそ3.5%にまで減少している。

実際、両審議会とも、海洋科学技術への財政投資額の倍増を求めている。両審議会とも揃って環境モニタリングと海洋観測の必要性を強調するが、PresidentialCommissionは持続的な統合海洋観測システム(IOOS:Integrated Ocean ObservingSystem)を強力に支持することが予想される。米国のIOOSは、地域の生態系に基づく管理の必要性および多様な利用者に役立つ地域沿岸観測システムのネットワークと、天気予報および天候評価のための全地球的観測とを統合したものになるだろう。また、IOOSは、世界海洋観測システム(GOOS:Global Ocean ObservingSystem)に貢献している多くの国際的なパートナーを結びつける役目も果たすだろう。

ところで、両審議会とも、海洋に対する米国市民の理解と認識を深め、生態系に基づく効果的な海洋資源管理に必要とされる次世代の科学者や管理者を育てるため、あらゆるレベルにおける海洋教育の重要性についても強調している。また、海洋の環境修復と維持に欠かせない広範な一般市民の支援を得るための要件として、海洋に関する知見の向上の必要性を認めている。たとえば、PresidentialCommissionでは、国の教育体系に海洋科学を組み入れて教師を訓練することや、教育者と科学者のより円滑なコミュニケーションの促進、知的感動を与える手段としての海洋調査航海への財政支援、水族館、動物園、博物館による非公式の教育強化、などに関する提言を作成中である。

今後の米国海洋政策を左右する審議会報告

この二つの審議会の報告書は、これまでに実施された海洋政策の再評価としては、米国はもちろん、おそらく世界でも最も徹底的かつ包括的なものだろう。2004年は米国の選挙年であり、市民や政治指導者は、他の重要な経済、社会、国家安全などの問題に焦点をあてることになろうが、両審議会の報告書が米国の海洋政策に大きな影響を与えるのは確実である。たとえば、PresidentialCommissionの報告書が発表されるまで、連邦漁業管理法の再承認を含むさまざまな海洋政策の重要課題に対する議会の行動は保留されている。さらに、これらの報告書により次期大統領が任期期間中に多くの提言をすることに疑いの余地はない。(了)

※1http://www.pewoceans.org

●Donald F. Boesch博士は、U.S.Commission on Ocean Policyの科学アドバイザリー・パネルの委員、およびPewOceans Commissionの技術コンサルタントを務めている。米国東海岸のチェサピーク湾総合管理に関する第一人者として広く知られ、本文中の審議会の両方に関わるほとんど唯一の専門家であり、本誌では、その点に着目して原稿執筆を依頼し、寄稿していただいたものである。原文は英語で、和訳は要約文の短縮化、本文中の中見出しを含め当研究所において実施し、編集代表者の監修を経て掲載した。ホームページ上では原文も掲載するので、関心のある方はそちらも参照されたい。

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