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オーシャンニューズレター

第84号(2004.02.05発行)

第84号(2004.02.05 発行)

運河で思うこと ~英国運河を巡って~

Japan Ship Centre(JETRO)所長◆田中 圭

英国の産業革命を支えた運河は、単なる産業遺産でなく、現在でも貨物輸送の用に供されており、新たな水辺のレジャーの場として活用が進んでいる。運河を維持するためには多くのボランティアの協力が不可欠であり、英国政府も年間約8,000万ポンド(約160億円)の支援を行っている。日本でも、舟運を過去のインフラとして諦めるのではなく、新しいレジャーの場として、その復興は可能ではなかろうか。

1.英国運河の歴史と現状

英国の運河は、1761年、Bridgewater運河開通に始まる。この時代、運河は大量物資輸送に有効な手段であり、産業革命にはなくてはならないものであった。運河事業は利益を生み出すことから多くの投資家が参入し、19世紀中頃の最盛期には、England、Wales、Scotland及びIreland各地に4,250mile(6,840km)に及ぶ運河網が構築され、年間約3,000万トンの貨物が輸送された。

しかし、この運河も鉄道や道路の整備に伴い、必ずしも効率的な輸送手段ではなくなり、運河会社の経営の拙さもあり、20世紀初頭には輸送量は激減した。第二次世界大戦後まで貨物輸送は行われていたが、モータリゼーションの拡大等により、England東部の運河を除いて、運河による輸送という使命を停止させることとなった。

1960年代には、運河の総延長は2,775mile(4,470km)へと減少し、運河は、放置され、埋められ、鉄道橋のために暗渠化されたりした。1962年及び1968年に制定された法律で、運河はレジャー用の水路として位置付けられ、1962年に管理団体としてBritishWaterwaysが設立された。多くの資金が投入されると共にボランティアの助けを得て、多くの運河は、現在、航行の用に供され、また、保存されている。

■英国の運河が果たしている役割
(British Waterways公表資料にもとづく)
運河管理長さ2,000mile(約3,200km)
ライセンス発給隻数25,000隻
貨物輸送350万トン(英国内輸送の1%)
来訪者1,000万人(延べ1億6,000万人)
消費15億ポンド(約3,000億円)
光ファイバー網2,205mile(3,550km)
その他水道水供給

今日、運河が果たしている役割をBritishWaterwaysが公表している数字で表すと別表のとおりである。

これらの運河を維持するために、運河の使用料等(約8,000万ポンド:約160億円)と、NationalLottery等(約3,000万ポンド:約60億円)からの収入に加えて、英国政府は年約8,000万ポンド(約160億円)の支援を行っている。

今後の目標として、10年後に現在の2倍の来訪者が運河を利用することが掲げられており、そのために、航行可能な運河を増やし、運河の浚渫、Lock(閘門)等の設備の修理等を行うこととしている。

2.運河を航行して

晩秋の10月、CanalBoat(全長15.9m、定員8名)を借りOxfordCanalを航行した。このOxfordCanalは、OxfordでThames川から分かれ、北方のCoventryまで結ぶ約77mile(124km)の水路で、Midland地方からLondonを結ぶ、産業にとって不可欠の運河として、1950年代にその利用を終えるまで商業的に利用されてきた。

運河の両側は林や牧場に接しており、紅葉の時期と相俟って木々が黄色く彩りを添え、また、牧場では牛、馬、羊が草を食み、運河の水を飲みに来る姿も見受けられた。周辺に障害物が少ないことから、遠くの町の尖塔が望まれた。

この時期、運河を航行するCanalBoatは少ないものの、カヌーを楽しむグループと出会った。運河の片側には、1997年に全通したOxfordCanalWalkと呼ばれる遊歩道があり、散策したり、ジョギングしたりする人が見られた。この遊歩道は、内燃機関等の動力が導入されるまで、船を曳く馬が利用した道であり、運河の再利用にあたり整備されたものである。

CanalBoatは時速約3mileということであるが、実際に速度を上げると引き波が起こり、両岸に大きな波が打ち寄せた。この様子を見ると、やはり、のんびりと自然を楽しみながら航行する遊び方が適しているようだ。護岸構造は、石積み、鋼製パイル、コンクリート、自然のままと様々であるが、この引き波による影響からか、自然のままの岸は大きく侵食され、また、林の木々の根元部も露出していた。馬の歩む速度であれば問題は生じないものの、動力が引き起こす力は侮れないものがある。木の根元部に、木を筒状に縛ったものを設置し、草を植えたりして、自然を生かした岸の保護も行われていた。

このような運河の復旧・補修作業にあたっては、多くのボランティアグループが活動しており、各地でキャンプをしながら、護岸工事、雑草除去、Lock復旧・補修等様々な活動を行っている。

3.雑感

英国の産業革命を支えた運河は単なる産業遺産ではなく、現在でも貨物輸送の用に供されており、新たな水辺のレジャーの場として活用が進んでいる。今回、運河を航行する機会を得て、雄大な田園地帯における自然をゆっくりと楽しむことができた。水遊びする人々、遊歩道を散策する人々、また、白鳥や牧場の馬、牛、羊がのんびりと草を食んでいる姿を見ると、自然を身近に楽しめることを実感した。

特に、これらの運河の復旧・補修に多くのボランティアが参加しているが、彼らは、自然の中で運河復旧・補修作業を行う一方、ユーザーとして運河を利用する立場でもあり、一方通行でないボランティア活動が運河の活用に大きな力となっているのではないだろうか。

日本の水辺のレジャーといえば海を連想するが、厳しい自然条件から海難事故も後を絶たない状況である。他方、英国の運河は、水の流れもなく、浅く、船の速度も遅く、初心者でも楽しめるレジャーを提供し、さらに利用者を増加させている。過去のインフラを新しいレジャーの場として再利用し、多くの人々に親しまれていることに羨ましさを感じた。日本においても、例えば、江戸時代の江戸と銚子を結んだ舟運の復興も不可能とは思えない。ゆっくりと航行する気楽な舟旅は日本の風景にも似合うと思われる。(了)

運河脇の遊歩道と橋石積みの護岸
Lockに浮かぶCanal Boat水路のカヌーと遊歩道を散策する人々
木の枝を用いた復旧工事

●運河紀行の詳細については、maritimejapan.comのサイト(http://www.maritimejapan.com)に掲載されております。サイト内の「ニュース海外」欄の「英国運河紀行(8.Dec)」をご覧下さい。

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