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オーシャンニューズレター

第70号(2003.07.05発行)

第70号(2003.07.05 発行)

瀬戸内海の海砂利採取規制の実情と今後の方向

呉大学社会情報学部教授(海上保安大学校名誉教授)◆廣瀬 肇

これまで瀬戸内海では大量の海砂が採取され、建設骨材や海岸の埋め立てなどに使われてきたが、水産資源や自然環境への深刻な影響を防ぐという観点から、採取は禁止の方向へと向かいつつある。だが、もはや、かつてのような自然環境に戻ることは困難なほどにダメージの大きい海域もあり、また禁止への動きさえない県もあることから、瀬戸内海の環境問題はいまだ注意をそらすことのできないものとなっている。

海砂の採取がもたらす、瀬戸内海の海域への悪影響

平成10年度において、瀬戸内海から採取された砂利はおよそ2,000万m3であり、瀬戸内海沿岸地域から採取される砂、砂利全体の約90%に当たる。俗に東の川砂、西の海砂といわれるほどに、西日本におけるコンクリート骨材や海面埋め立ての基礎として使われる海砂の割合が、とりわけ瀬戸内海沿岸の各県では大きかったのである。そして、大量の海砂の採取は、瀬戸内海の海域に悪影響を及ぼした。海底が大きく削られて水深が深くなり凹凸が激しくなった。底質が砂から礫または泥に変わり、あるいは硬い粘土層が露出した。

ところで、この砂のほとんどが海中の岩が長い年月をかけて削られ流されてきて堆積したものであるとされる。だから、採取された後すぐに、そこに砂が堆積することはない。その結果、砂の中に棲息する生物、とりわけイカナゴの生産が著しく減少した。サワラの生産量も近年著しく減少しているが、海砂の大量採取は食物連鎖と絡んでその原因になっているのではないかと疑われている。海砂の採取の際に巻き上げる泥のために海水の透明度が減り、また海藻(草)類の表面に泥が付着して、海藻(草)類の生産の減少をもたらしている。さらに、海底に沈殿した有機物を巻き上げて、それらによる海水の汚濁を高めているとも指摘されていた。

また建設骨材として海砂利が多量に利用され社会問題化したことも記憶に新しい。たとえば住宅の白華現象であるが、コンクリート表面に白い綿花状のものが吹き出す白華現象は、古いマンションや住宅の基礎・外壁部分に見られたし、また、山陽新幹線高架橋の腐食は昭和58年、山陽新幹線トンネル壁落下事故は平成11年に特に問題となった。

このような海砂利の採取問題が顕在化したのは平成9年10月に広島海区漁業調整委員会委員への贈収賄事件であった。平成に入ってから瀬戸内海沿岸各県は、海砂利採取を削減する方向で動いており、広島県でも平成2年に「海砂利採取に関する基本方針」が改定され、水産資源への影響、自然環境の保全及び海砂利資源の減少を勘案して、平成11年以降は海砂利採取を中止することにしていたが、諸般の事情から海砂利採取期間を5年間延長するとの決定が行われた。そこに贈収賄事件が発覚し、海砂利採取禁止先送りまたは期間の延長についての工作が明らかになり、平成10年2月、広島県は海砂利採取の全面禁止を決定した。このように、広島県ではいささか劇的な経過を辿ったのであるが、広島県以外ではどのような状況であったかも見ておきたい。

瀬戸内海の各県における、海砂利の採取禁止への動き

香川県では、昭和40年代の建設ブームで川砂の採取が急増し、河川の砂利が取り尽くされ、また、川砂に規制がかかったので、海域における海砂採取が開始された。しかし、海砂の需要の増大から、県外の無許可業者の操業や許可業者による権利横流しが横行するようになり、違法採取船の摘発もあって、県は業者毎の許可から組合毎の許可に転換を図り、13の組合が設立され、総量規制も実施された。平成5年から許可量は削減されていったが、県内3市11町の議会と5市5町、2漁業組合から、海砂利採取の全面禁止又は抜本的対策の要望が県に提出されていた。海砂採取は備讃瀬戸の海域環境に悪影響を与えており、香川県の「海底土砂採取対策協議会」も、漁業資源保全のために適切な対応を望みたいという認識を前提にして、現在の海砂利採取を続けることにより将来に大きな禍根を残すことのないよう、持続可能性に配慮した海砂利採取規制方針の確立を県に強く求めた。また、砂利採取海域の砂質堆積物は、約1万年から数千年にかけて生じた海釜の侵食による堆積物を起源とし、河川から供給されることもなく有限であり、しかも採取跡地に砂州や砂堆の復元の兆しはなく、復元の可能性はない。そうした認識からも規制を強く求めたのである。そして、その結果、県は平成17年度から海砂利採取を禁止することになった。

すでに河川の環境悪化を理由として昭和47年には河川砂利の採取が禁止されていた岡山県では、安価で大量供給できる海砂の採取が本格的に行われていたが、岡山県における海砂利採取禁止問題は、広島県の禁止措置を受けて現実的課題となり、平成11年に「建設骨材委員会」が設置され、「海砂採取等のあり方について」という報告の中で、瀬戸内海の環境保全や水産資源の保護意識等の高まり、他県の採取方針や建設用の砂の対策等について検討する必要が生じたとの提言がなされた。そこで県は、違法採取の監視を厳しくする一方、海砂採取環境影響調査を行った。そして、平成12年8月に「建設骨材委員会」は、海砂の採取は海域の環境や水産資源等に及ぼす影響が大きいと判断し、海砂の採取はできるだけ早い時期に禁止することが望ましいという提言を行い、平成15年から海砂採取が全面禁止となったのである。

このような経過を辿って、採取認可の実績のない大阪府と和歌山県は別として、瀬戸内海沿岸では、兵庫県、徳島県、広島県が海砂利の採取を禁止又は中止し、平成15年から岡山県が、17年から香川県が、18年から愛媛県が海砂利採取を全面禁止とする予定である。禁止の方針なしに採取を認めているのが大分県と福岡県で、山口県は、県の日本海側と瀬戸内海のごく一部に限って採取を認めているというのが現状である。

待ったなしとなっている、瀬戸内海の環境問題

このように瀬戸内海の海砂利採取は、環境への悪影響を防ぐという観点からほぼ全面禁止の方向へ向かいつつある。しかし、広島県の例に見られるように、ほぼ完全に取り尽くされているという現実からは、かつてのような自然環境に戻ることは困難であるように思われる。他の県でも、漁業資源に与えたダメージはかなりのものであるように思われる。研究者からは「瀬戸内海環境保全特別措置法」を改正し、海砂利採取を明確に禁止する規定を盛り込むべきとの提言もなされており、干潟や藻場の減少や埋め立て用材の問題も含めての瀬戸内海の埋め立て問題とならび、環境の観点からは注意をそらすことのできない問題として意識されている。

さらに、海砂採取を禁止すればそれですべてが終わるわけでもないことを指摘しておかなければならない。海砂に代わる建設用骨材・代替骨材の開発がなされなければならない。かなり研究開発は進んでいるようであるが、不足する砂を外国からの輸入に頼る方向も進められており、瀬戸内海の海砂採取禁止は国際性も帯びてきているのである。(了)

■瀬戸内海の海砂利採取規制
府県名規制の状況
大阪府採取認可の実績がない
和歌山県採取認可の実績がない
兵庫県昭和51年から採取を禁止
岡山県平成15年度からの採取禁止を決定
広島県平成10年2月、採取の全面禁止
山口県下関市蓋井島近海の一部に限定して採取を許可
香川県平成17年度からの採取禁止を決定
徳島県昭和53年から採取を禁止
愛媛県平成18年度からの採取禁止を決定
福岡県瀬戸内海海域での採取を禁じていない
大分県瀬戸内海海域での採取を禁じていない
(平成15年6月現在 編集部調べ)

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