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オーシャンニューズレター

第70号(2003.07.05発行)

第70号(2003.07.05 発行)

瀬戸内海の環境保全について

瀬戸内海研究会議会長、香川大学元学長・名誉教授◆岡市友利

12の湾、灘、瀬戸、海峡からなる複雑な構造をしている瀬戸内海では、各海域によって環境特性も大きく異なるため、瀬戸内海をひとつとして考える一方、各海域ごとに関係諸県が共同で管理するガヴァナンス(総合共同管理)の体制を整えるべきである。各海域のガヴァナンスは、産・官・学だけで構成されるのではなく、周辺住民と一体になって組織されることで初めて環境修復、環境創造への道が拓けると考える。

瀬戸内海における、これまでの環境保全

瀬戸内海は言うまでもなく、日本最大の閉鎖性海域であり、12の湾、灘、瀬戸、海峡からなる複雑な構造をしているが、環境庁の示す閉鎖度指標からみれば、大阪湾を除くと1.13で、東京湾の1.78、伊勢湾の1.52に比べれば、閉鎖度は低く、廃水規制対象値の1を僅かに超えるに過ぎない。また、海水の滞留時間についても、産業技術総合研究所中国センターの上嶋氏によれば、燧灘(ひうちなだ)の海水の90%が外洋に出ていく時間は2年とされている。いずれにしても、一時騒がれたほど閉鎖性は強くない。それでも1970年代から深刻な汚染に悩まされ、赤潮の発生も1951年には300件に達している。汚染の原因は沿岸の都市、工業地帯、河川からの各種の廃水などの流入にあり、1973年までは、沖合いでのし尿投棄もあった。

1973年に瀬戸内海環境保全臨時措置法(後に、特別措置法、瀬戸内法と略す)が公布されて、ちょうど30年になる。現在では、ヘテロキャプサのような新種の赤潮による貝類の斃死が生じてはいるものの、赤潮の発生も100件程度に減少し、富栄養化の進行も以前心配したほどのことはない。

このような状況下で、環境庁は従来の規制型環境保全から環境保全・創造施策に向けて2000年に環境保全基本計画を変更した。環境修復はともかく環境創造が現在の瀬戸内海の生態系の保全と漁業・水産業の持続的発展を促すものかどうかそれぞれの施策に対して十分な検討を要し、規制、修復とともに管理体制の整備が必要である。

沿岸諸県による共同管理方式を検討すべき

現在、瀬戸内海の環境保全のための管理体制としては、京都、奈良を含めた13府県と政令都市、中核市の首長による瀬戸内海環境保全知事市長会議が組織されている。1971年に発足し、当時は活発に活動し、瀬戸内海の環境問題の解決に貢献をしてきたが、現在ではその意気込みもかなり冷えている。瀬戸内海といっても、12の海域に区分され、それぞれに対応する各自治体の抱える問題に違いがある。しかしこの海域区分は地理的な区分であり、行政区分ではない。沿岸や島には県境が示されているが、沖合いは漁業調整上の区分や各県の海洋環境調査海域が指定されていても、県境を示すものではない。海上保安庁にたずねても県境は明確ではない。各海域の環境特性は、水深や海水の流動などの海洋特性と沿岸の生活、産業活動により大きく左右される。

とすれば、全域のあり方は瀬戸内法によるとして、各海域は沿岸諸県による共同管理方式を検討すべきである。例えば播磨灘は、それぞれのこれまでのあり方を考慮しながら、兵庫、岡山、徳島、香川で共同管理をする。燧灘は、岡山、広島、愛媛、香川がそれに当たるなどである。広域行政と情報公開の時代である。各県の環境調査結果を、交換、討議し、海域を関係諸県が共同で管理するガヴァナンス(総合共同管理)の体制を整えて管理することが必要である。

ガヴァナンスとは、山や川、都市環境も海の環境と一体のものとして捉えて管理することであり、周辺住民の協力を前提としている。幸い、改正された瀬戸内海環境保全基本計画で、住民参加をその推進方策の一つの柱としている。環境修復、環境創造は、産、官、学だけではなく、むしろ住民と一体になった組織で計画立案、実行、管理することで可能になる。これまでの環境問題にあった産、官と住民組織との対立構造や不信感は取り除いていかなければならない。それとともに、県境を越えた環境管理のあり方を探るべきである。

瀬戸内海には有人島が167あり、約50万の人が生活している。島の抱えている問題はややもすれば忘れがちになる。多くの島々で高齢化、過疎化が進んでいるが、これらの島々の連携は、県境によって妨げられることが多い。図1に示したような県境を越えた対策が望まれる。

県という枠を越えた環境管理をいかにして実現させるか

香川県豊島は、小豆島の西にある人口約1600人、面積14.6km2の島で、約60万トンに及ぶ産業廃棄物等が不法投棄された。その産業廃棄物等の処理にあたって、県当局と住民会議の中間合意に基づいて1997年に設置された技術処理委員会は、県当局、住民組織と技術処理委員会の間で、共創の理念で解決に当たりたいとの考えを示してこれまで進んできた。まだ、摩擦を生じることがあるが、問題が生じた時には、共創の理念に立ち返ることで解決の道を探っている。25年に及ぶ県当局と住民組織との抗争の後に、住民参加による環境修復に向かいつつあり、これからの瀬戸内海の環境保全のためのあり方を示している。

海域のガヴァナンスの例として、アメリカの東海岸のチェサピーク湾では、1983年に沿岸の諸州の産、官、学と住民が一体となったチェサピークプログラムを立てて管理すべき問題を明確にして、その対策に成果をあげつつある。そこには、サスケハナ、ポトマックなど5つの大きな川が流れ込んでおり、集水域を全体的に捉えて陸域と水域を一緒に考え、省庁横断的に、工場や都市などの点源汚染※1 、農地などの非点源汚染※2の管理を行い、州政府だけでなく市民側の責任も問うべきであることが認識されている。

瀬戸内海環境保全知事市長会議が設立されたのは1971年であるが、現在でも河川の管理は各県に任されている。瀬戸内海は、灘や湾、瀬戸(亜海域とする)などで形成されているので、チェサピークプログラムのような一元的管理は困難であるが、各亜海域ごとの住民参加によるガヴァナンスの組織を作り、県境によって区切られた環境保全の考えを乗り越えなければならない。(了)

■図1瀬戸内海沿岸海域の地域区分
瀬戸内海沿岸海域の地域区分図
「瀬戸内海の白砂青松~海浜資源マップ」((財)中国産業活性化センター)にもとづく

※1 点源汚染:都市の廃水処理場、工場廃水のように廃水口が特定できる汚染

※2 非点源汚染:農地などのように廃水口が特定できない広い範囲からの汚染

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