Ocean Newsletter
第69号(2003.06.20発行)
- ONRアジア事務所 上級顧問(科学技術担当)◆成田 仁
- 海上保安大学校 国際交流企画室長(教授)◆秦野一宏
- 函館産業遺産研究会会員◆山田佑平
- ニューズレター編集委員会編集代表者((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原 裕幸
船大工職の技術継承への提言
函館産業遺産研究会会員◆山田佑平船大工の技術を伝承するためには、職人の作業を一つ一つを見聞きして書き記すのが一番であるが、現在、その機会を得ることは難しく、また、聞き手が同業者だと伝える方も警戒して話をしてくれないように感じられる。職人とは利害関係のない博物館の学芸員ならばいい聞き手になりえるはずで、彼らが貴重な技術のすべてを後世に伝えてくれることに期待したい。
私は、在職当初の7、8年が船大工職であるため、一般の人々より多少木の船のことがわかる程度であるが、昭和60年の定年退職後に「船大工職のことを残そう」と決め、以来、自家本寄稿冊子においてわずかな文章を発表してきたが、より多くの方々に船大工職の技術継承に関心を持ってもらえればとの思いが強くなってきた。
どうしてこの職業の技術が伝わらないのか原因を挙げてみると、
- 100トン前後の大型木船は昭和30年代に鋼船に替わった。
- 0~3トン前後の小型木船は昭和30年代後半からFRP(強化プラスチック)船に切り替えられた。
- これと比例して、船大工職は木造船造りの作業から、他職へ活路を求めていった。
- このごろの職人若手では、戦前の優良な木造船の実態を知る人は少ない。現在、船大工職の経験ありとする人も、戦後の木船しか知らないのがほとんどではないだろうか。
- 和船(北海道内を指すが)は昭和35年前後まで沿岸で大量に穫れたニシンやイワシも少なくなり、これらに使われた木造の小舟も使われなくなった。
- 職人自体が、文章や資料を残す人は極めて少ない。敢えて言えば、この職業に限ったことではなく、他職の場合でも自分の熟練した能力のすべてを他人へ伝えることは甚だ少ないはずである。
- 近来、資料館、博物館などが取りまとめた和形船など地元舟の紹介において、様々な資料が掲載された冊子類が多いが、これを以て舟大工職の技術継承ができることにはならない。
- いくら立派な図面を描いても、その舟、その船の工作順等の詳細がなければ、その船の技術は伝わらない。ほとんどが手作り作業故なおさらである。例えば、和船なら舳、敷、戸立、棚板の始めからの工作順や型板、釘の寸法、材質などを見習い工に教えるごとく詳細に示さなくてはならないと思う。例えば、櫓、櫂、舵、舵床でも、寸法の詳細を示さねば技術の詳しいことが伝わらない。付け加えれば、それがどのように伝えられてきたかという来歴も必要である。
- 日本では、専門誌でも「このような船である」で終わることが多いため、技術継承にはほど遠い。
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職人が技術を教える場合、ほとんどはその場にできつつある船が存在する。見習い工はこれを眼で追い、親方(職人)の言葉に耳を傾けることとなる。図面がなくとも図面以上のことが得られるわけである。高度な精密機械を使ってコンピュータ操作をする作業とは違い、手作り職業であるからこれが必要なのである。技術を伝承するためには、本来ならばその場に立ち会い、作業の一つ一つを見聞きし、書き残すことが一番であろうが、現在、その機会を得ることは非常に難しい。また、その代わりに、私のように多少船大工職を経験したものが、かつての同職の方々に作業の微に入り細にわたることを尋ねたとしても、相手は警戒してなかなか話しをしてくれないものである。このことはたとえ読者の方が全く別の職業でも、同業者に対して職業上の細かい内容を詳しく聞くことはおそらく至難と思う。
これができるであろうと思うのは博物館の学芸員の方々である。職人とは利害関係もほとんどない立場であるため、職人側としても、むしろ仕事を後世に伝えてくれると思う人が多いはずである。大変な努力を必要とするかも知れないが、学芸員の方々には、職人から徹底したヒアリングによる聞き書きを作る、職人のアドバイスを受けた展示を増やすなどにより、現存する和船の展示や保存に終わらず、貴重な技術の詳細を後世に伝えてくださることを期待したい。(了)

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