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オーシャンニューズレター

第69号(2003.06.20発行)

第69号(2003.06.20 発行)

Office of Naval Researchにおける海洋科学技術の振興

ONRアジア事務所 上級顧問(科学技術担当)◆成田 仁

米国政府が海軍省に設置したOfficeof Naval Research(ONR)は、長期的視野に立った科学技術政策のもと、大学、政府研究所、産業界を支援し、幅広い科学技術に画期的な進展をもたらした。その振興策と成果の概要について海洋分野を中心に紹介する。

Office of Naval Research(ONR)とは

■図1 ONRの研究予算配分
ONRの研究予算配分の円グラフ

ONRは科学技術の重要性に鑑み1946年に海軍省のもとに設立された。その任務は、「米国海軍および海兵隊の科学技術研究を計画し、大学・政府系研究機関・非営利機関・営利機関を通じてこれを実行、促進すること」である。長期的視野に立って科学技術の無限の可能性を追求するというONRの基本理念は、その後に設立された全米科学財団(NSF)や他の研究機関のモデルとなった。ちなみに、部分的にであれONRが支援した研究を通じ、今日までに50人ものノーベル賞受賞者が生まれている。

またONRの幅広い研究は、産業や民生にも大きく貢献している。その例として、コンピュータ技術のパイオニアリング、気象衛星、レーザー、ファイバーオプティックス、リチウム電池などのほか、海洋調査を含め広く役立っているGPS衛星もある。

研究分野と予算

ONRが支援する研究分野は、現在以下の6部門により運営されている。

  • 情報、電子、監視(コンピュータ、通信などを含む)
  • 海洋、大気、宇宙(センシングとシステム、プロセスと予測)
  • エンジニアリング、材料、物理科学(船体、機械、エネルギー変換、電気システム)
  • ヒューマン・システム(医学、認識、神経、生物分子学)
  • 海軍遠征型戦闘(打撃技術、遠征型戦闘技術)
  • 産業技術(生産技術、製品イノベーション、小企業の革新的研究)

上記各研究分野のリーダーにはテーマ選定・運営に大きな権限が与えられている。

2002年度のONRの科学技術研究費総額は約20.5億ドル(約2,360億円)、このうち「海洋・大気・宇宙」部門は約3.6億ドル(約414億円)であった。ONRの研究費総額の研究種別配分および研究実施組織別配分を図1に示す。同図にあるように、大学・非営利機関および産業界への予算拠出が約7割を占めていることがわかる。

海洋科学技術分野における貢献

「FLIP」の写真
鉛直にして観測中の「FLIP」

ONRの支援による研究を通じての貢献の一例としては、W.H.ムンク教授(スクリップス海洋研究所)の功績がある。同氏は長期にわたりONRの支援を受け、海洋波および潮汐、海洋循環のメカニズム、大気と海洋の運動が地球の自転におよぼす影響などの理解に大きな進歩をもたらした。同氏は1990年には基礎科学分野における京都賞を受賞している。

米国には、大学および海洋科学関係の研究所が連合して各種海洋調査船を効率的に運用するUNOLS(TheUniversity-National OceanographicLaboratorySystem)と呼ばれるシステムがあり、全米20ヶ所にある27の調査船の運航スケジュールと研究設備の運用調整を行っている。ONRは、NSFなどとともにUNOLSに海洋調査船を提供しており、ウッズホール海洋研究所など63の研究所がこれらの調査船を利用している。

ONRは1960年代より潜水船、水中機器の開発を進展させた。それらの中では1960年に水深10,916mに潜航し世界最深部潜水記録をたてた「バチスカーフトリエステ」、2,400m(後に4,000mに改造)の潜航能力を有する「アルヴィン」、「シークリフ」(同じく改造されて潜水深度6,000m)、さらに1962年に建造されスクリップス海洋研究所を基地として今なお現役で活躍する「FLIP」(長さ355ftの船型計測プラットフォームで観測現場海域で鉛直にして海面下で観測する。写真参照)などが良く知られている。また、ROV(有索式無人探査機)、AUV(無索式自律型無人探査機)の開発研究も推進されている。

現在ONRの主要な分野の一つである海洋、大気、宇宙部門では、センシングとシステムグループが水中音響、リモートセンシング、沿岸地科学、海洋工学などに取り組み、プロセスと予測グループは大気、海洋、沿岸域における大・小規模の諸現象のモデル化および予測の研究を行っている。

ONRは姉妹組織として海軍の総合科学研究所NavalResearchLaboratory(NRL)を有し、研究の一部を支援している。NRLMontereyは気象情報を収集し、その予報システムを用い世界的な気象予報を広く提供している。一日の照会は約3百万件に上っている。また海軍が冷戦時代に世界の海底に設置したSOSUS(音波による探知システム)はソ連の潜水艦探知に使用されたが、今日では海洋調査観測、海洋科学研究にも開放され、そのネットワーク上のハイドロフォンにより、海洋学者は数多くの地点で海の特性を把握することができる。

NRLは海底の構造を高解像度で音響的に探査するためDTAGS(深海曳航型音響探査システム)を開発した。その優れた性能により海洋石油開発企業の高い関心を呼び、またメタンハイドレート研究にも利用されている。

このようにして、ONRが支援した新しい科学技術は海洋関連産業に幅広く利用されている。

船舶工学の分野においては、ONRは船型、構造、推進のほか新しいニーズに対応する新形式高速船についても研究支援を行っている。ほぼ隔年に米国と海外においてONRにより開催されるSymposium on Naval Hydrodynamicsは研究交流に長年貢献し、最近では2002年に福岡で第24回の会議が開催された。構造分野では複合材の船体への適用が検討され、また船内動力源を統合する革新的な"ElectricShip"の開発も行われている。

ONRの支援も受けての海軍のDavidTaylor研究所の船舶工学への貢献はよく知られている。

研究開発における国際協力

ONRは世界各地に支部を設け国際協力を推進している。アジア事務所(東京)では、海洋分野で生物模倣型水中ロボット、将来のエネルギー資源として期待されるメタンハイドレートなどについて日米研究協力を行っている。船舶工学の分野では、CFD(計算流体力学)による船型最適化技術の開発(日米伊協力)、マイクロバブルによる摩擦抵抗低減の微視的メカニズムの研究、複合材の強度研究(日米協力)を実施中である。また材料分野ではナノテクノロジーの日米協力も行われている。

私は日本の産業界を経て現在はONRで国際協力の推進に携わっているが、米国における産・学と軍の境界を越えた科学研究、技術開発における連携をつぶさに見るにつけ、わが国の現状と今後について議論を深めることの重要性を改めて感ずるものである。ともあれ、本稿の読者からのONRに対する国際連携の可能性あるいは共同研究の積極的な提案を歓迎する次第である。(了)

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