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オーシャンニューズレター

第69号(2003.06.20発行)

第69号(2003.06.20 発行)

海保大で奮闘するアジアの留学生

海上保安大学校 国際交流企画室長(教授)◆秦野一宏

海上保安庁では、海賊及び船舶に対する武装強盗事件への取り組みについてアジア各国との相互協力及び連携強化を進めており、その一環として、海上保安大学校は留学生を受け入れて各国の海上警備機関の人材育成に協力している。いま、東南アジア各国ではコーストガードを設置しようとする動きが広がっているが、海保大で学んだ留学生たちがこの活動の重要な担い手となってくれることを期待している。

海賊対策から始まった留学生受け入れ

今日、大学校からの帰宅途中、「こんにちは」と明るくさわやかに声をかけられた。「こんにちは」のイントネーションが少し変だなと思いながらも振り返ると、そこには自転車に乗った二人の留学生がいた。メニャードさんとシュさんである。どうやらこれから二人で町の中心街までワイシャツを買いに行くらしい。来たばかりの頃の緊張し、がちがちにこわばった顔はもうそこにはない。

1999年に起こったアロンドラ・レインボー号事件をきっかけに東南アジア周辺海域における海上輸送の安全に対するわが国の関心が高まった。

これを受けて海上保安庁では、海賊及び船舶に対する武装強盗事件への取り組みについて各国との相互協力及び連携強化を進めており、その一環として、海上保安大学校では留学生受け入れや海上犯罪取り締まり研修の開催など、アジア各国の海上警備機関の人材育成を図り、地域全体の海上警察力の向上を図るために積極的に協力している。

外国人留学生は平成13年度4月から受け入れており、その最初の留学生のひとりであるキアトパスさん(タイ)は今も本科に在学しているが、メニャードさん(フィリピン)、シュさん(中国)、シャナンさん(マレーシア)は二期目の本年度に受け入れた留学生である。彼らには航海学をやりたい、あるいは機関工学について学びたいといった将来の希望がある。しかし、そのような海上保安業務に関する専門の知識、技能を身につける前に、まずは一年間の「日本語研修」という修羅場をくぐりぬけなければならない。日本語の授業は年間597時間(「日本事情」などを含む)、それ以外に前期は数学・物理、後期は海上保安業務概論の計144時間が加わる。宿題は山と出て、補習もある。これは並大抵のことではない。さらに果たして一年日本語をみっちり勉強したとして、それですんなり大学の先生が行う日本語での高度な専門的講義がすべて分かるようになるかというと、これがまたむずかしい。専門の授業にあたっては英語の資料を用いるなど、教官側からのバックアップ体制をさらに強化する必要があるだろう。

異文化との出会い

いや、むずかしいのは日本語だけではない。異文化の中で生活するというそのこと自体がたいへんなことなのだ。ましてや海保大では集団としての行動、なにより寮生活になじまなければならない。留学生の中にはスパッツをはいて風呂に入ってくる者もいる。当人にとっては単に恥ずかしいというばかりではなく、裸を見られることは宗教的な意味合いでもだめらしい。宗教と言えば、お祈りや食べ物の問題もある。寮の食堂ではイスラム教の人たちのためだけに、わざわざ肉料理を魚料理に変え、スープにまで気を配る。お祈りをする特殊なスペースのことも考えなければならないし、決まったお祈りの時間をやりくりするのもやっかいだ。彼らを支えるたくさんの人々の存在なしには生活してゆけないのである。講座教官9名、専従の事務官1名からなるわが国際交流企画室でも各留学生に1人の室員がチューターとして付き、学習面のみならず生活面でも支援体制をとっている。本科学生や研修生たちも自主的に留学生の寮生活の手助けを行っている。

また、お国柄、習慣が違う。どの留学生もその国の海上保安関係機関からやってきているわけだが、やはり東南アジアの人たちと日本人では時間の感覚が違う。海保大の規律正しい学生たちに混じると、その「のんびりさ」が際立ってしまう。朝は6時半起床、そして体操。授業の始まりを告げるチャイムのなる前にはすでに着席し、起立、敬礼、着席と、つねにきびきびした行動が要求される。船の実習訓練になると、当然のことながら手きびしく注意されることもある。たとえ留学生であろうと海保大の学生・研修生なのだから。

留学の楽しみ

そんな厳しい留学生活だが、もちろん憩いの場もある。第一回目の留学生については、月に一度は教官・学生・研修生が留学生を迎え、交流会を開いて議論し大いに盛り上がった。京都府舞鶴の業務見学では、海上保安の最前線で働く職員の教育訓練の厳しさを目の当たりにする一方で、京都ならではの古い町並みや神社仏閣を見学し、日本文化を肌で感じることもできた。呉高専里親会の運動会にも飛び入り参加した。とりわけ呉プレミアクラブのホスト・ファミリーの人たちには家庭で日本食をごちそうになりながら、大学校でいえない愚痴なども聞いてもらった。奥さんや子どもを本国から呼びよせた留学生は、家賃の支払いはたいへんだったかもしれないが、家族の住む家、子どもの通う学校との関係で日本人同士のようなご近所付き合いをし、地域の中に溶け込むことができた。母国へ帰る間際、彼らの中のある者は日本を「第二の母国」と呼んで別れを惜しみ、またある者は「甘くほろ苦い思い出」を振り返った。本科に残ったキアトパスさんは今や方言すら混じった流暢な日本語を操り、同学年の学生を「同期」と呼ぶまでに大学校生活になじんでいる。

留学生と学生の交流・その未来

海保大の留学制度にはカウンターパートを育てるという大きな目的があるが、同じくらい重要なのが学生・研修生への影響である。翻って、彼ら留学生と濃密な時間をともにすごした日本人学生、研修生たちはどうか。もちろん、留学生によっては思い出が「ほろ苦い」と感じるくらいだから、互いの関係がすべてうまくいったわけではないだろう。どうしてわかってもらえないのだろうと、留学生がはがゆい思いをする時には、かならず日本人の学生たちも同じようなことを思っているにちがいないのだ。しかし、そのような食い違いにもかかわらず、あるいは食い違いがあってこそというべきだろうが、学生や研修生たちにも留学生と交わることで大いに得るところがあるのではないか。ある研修生は言った。「同じ飯を食べ、同じ場所に眠り、同じような生活をしてゆくうちに、外国人だというイメージは消えていった。文化は違うけれど、同じ人間なんだなと再確認した」と。これだなとわたしは思う。国際感覚を養うとよくいうが、これは外国語を流暢に話せるようになることだけを意味するものではない。もちろん外国語、とりわけ英語の力はきわめて重要だけれど、それ以上に大切なのは、同じ環境で、同じ楽しみ同じ苦労を味わった体験そのものではないか。外国人と日本人ではなく、人と人になる体験こそがすばらしい。そしてこのような人と人の関係はかならずや国と国との関係に転化するだろう。いま在学しているメニャードさんたち留学生たちも、そして留学生たちと生活をともにする学生、研修生たちもともに、国と国を結ぶかけ橋になってもらいたい。またかならずそうなるとわたしは確信している。

東南アジア各国では今、海賊の取り締まり等海上の法執行を強化するため、コーストガードを設置しようとする動きが広がっている。海保大で学んだ留学生たちがこの活動の重要な担い手となってくれることを期待している。(了)

左/外国人留学生のための日本語授業風景右/巡視船はかた業務見学

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